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人口減少は恐くないが高齢化は恐い 就業者数と労働時間の増加が重要

前回は、高齢化、若年雇用の悪化、女性の社会進出 格差問題の本質は何かについてまとめた。ここでは、人口減少は恐くないが高齢化は恐い 就業者数と労働時間の増加が重要について解説する。

1 人口が減少したら1人当たりの豊かさは維持できないのか

人口が少なくとも豊かな国はある。中国、台湾、香港、シンガポールは、いずれも中国人が人口の多くを占める国・地域だが、人口の少ないところほど豊かである。規模の経済は自由な貿易があれば実現できるため、世界の市場を相手にすればいいのだ。

 

「人々の自由を認める」寛容さこそ重要

優れた人材を輩出するのは、人口の規模よりもそのような人々に自由な活動を許す社会の寛容さである。人口の多い中国から、生命や物質の秘密を解き明かすような発見は生まれていない。

 

高齢化は、どれだけ心配すべきことか

日本全体の人口と働ける人の人口(15〜64歳までの生産年齢人口)の推移を見ると、2005年から2030年にかけて、日本全体の人口は毎年0.4%ずつ減少していくが、生産年齢人口は0.9%ずつ減少していく。この0.5%の差が、高齢化によって日本の1人当たりの豊かさを低下させる大きさである。ただし、高齢化の水準が一定になる2055年以降は、高齢化の進行が日本人を貧しくすることはなくなる。

また、実際には高齢者や女性もこれまで以上に働くようになり、生産年齢人口以上の伸びで働く人が増えることが十分に期待できる。つまり、人口減少で大変だと大騒ぎすることはないのである。

 

2 成長のために人口増と就業者増のどちらが重要か

全労働投入時間減少と経済低迷のメカニズム

全労働投入時間指数(国民経済計算の産業別就業者数に労働時間をかけて指数化したもの)と経済低迷のメカニズムとは、労働時間が減少したことによって経済が低迷するということである。つまり、今後10〜15年という期間の経済成長を考えるなら、就業者数と1人当たり労働時間を増やすことの方がずっと大事だといえる。これは、生産年齢人口や就業者、就業率、日本の全労働時間を比較することでわかる(総務省統計局「労働力調査」、内閣府「国民経済計算」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」より)。

 

3 就業率の低下を食い止めたのは誰か

人口減少を前に低下し続けた就業率

就業率は1992年の62.6%をピークに低下し、2003年と2004年に57.6%まで落ち込んだ後、07年まで上昇していた。もし、現在の就業率が92年から低下していなければ、149万人から532万人の就業者を得られたことになる。

 

就業率低下の主因は経済停滞

就業率低下の主因は、90年代が不況で、人々が働く場所を探すのが難しかったからである。

 

不況下でも上昇していた25〜34歳女性の就業率

他の年齢での就業率が全体の就業率と同じ動きをしているのに対して、25〜34歳の女性の就業率は一貫して上昇し続けている。25〜34歳の女性は、経済停滞の中で必死に仕事を求め、働いていたと言える。

 

4 子どもの方程式で何がわかるか

「子どもに対する愛情」は変わらないだろうが…

子どもを持つ度合いは「子どもへの愛情/(子どもを育てる費用/親の所得)」という方程式で表すことができる。子どもに対する愛情は変わらなくとも、「子どもを育てる費用を負担できるだけの親の所得」という分母がなければ、子どもを持つ度合いは上がらないというものである。

 

子育てコスト=あきらめなければならない所得

子育てコストには、養育するための直接コストだけではなくて、母親が子どもを育てるためにあきらめなければならない所得が含まれる。仮に、28歳で出産育児のために会社を辞めて2人の子どもを34歳まで育てる場合、日本の平均的な大卒女性にとっての年功賃金カーブから計算すると、2億3719万円(子ども1人当たり1億1860万円)が失われたことになる。これに対して児童手当でもらえる補助金がすべて1万円になったとしても、144万円(1万円×12ヶ月×12年間)と非常に少ないといわざるを得ない。

 

日本的賃金制度の崩壊で子ども増加?

こうした子どもを持つことの膨大なコストは、日本の賃金制度から生まれている。しかし、賃金カーブはフラットになっていくというトレンドが進み、児童手当や育児休業補償、保育所の充実などの子どもを生み育てるための援助が充実すれば、子どもの増加をもたらすだろう。

 

人口は減少し続けるのだろうか

日本の人口が減少していくのは確実である。現在の低い出生率が続けば、最後の日本人が2975年に生まれることになる。しかし、こうしたトレンドが何百年も続くと想定することが正しいとは限らない。

 

地価が下がると子どもが生まれる

「地価が下がると子どもが生まれる」という仮説がある。地価が下がることで住宅ローンなどの子育てのコストが減るため、子どもを生む余裕が生まれるというものである。人口が減少していけば間違いなく地価は下落するため、この仮説はかなり可能性が高い。また、現在の日本の年金給付額は世界一高くて、児童手当は先進国の中で一番低い。しかし、人口が減少し続ければ、このような制度は当然に変化するだろう。

 

「自由貿易」の維持と「豊かさ」の関係

人口減少には、すでにある富を少数の人々で分配できるために豊かになれる面と、「規模の経済」が失われて貧しくなる面の両面がある。規模の経済は自由な貿易から生み出されるが、小さな国でも少ない種類の商品を大量に作って別のものと交換すれば、多数のものを効率よく作っているのと同じになる。また、国内の生産性の低い産業を、輸入に置き換えることもできる。つまり、自由な貿易を確保できていれば、規模の経済は保たれるのである。

 

5 若年層の所得低下が出生率を低下させたのか

婚姻率と若年者の実質賃金の関係を見ると、若者の雇用が改善すれば結婚期の収入は増え、婚姻数も増えた結果子どもも生まれる効果があるといえる(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」「人口動態統計」、総務省統計局「消費者物価指数」より)。つまり、景気回復と若年層の雇用対策は少子化対策としても重要である。

 

出生率を経済計算で考えていいのか

国家が出生率を問題にする背景には、高齢化社会の国民負担が大変になるからという側面がある。つまり、たくさんの子どもが生まれて皆で負担を分担してくれという意図が見える。しかし、真に子どもを愛する国家ならば、子どもの将来負担を減らす国家であり、現在の年金支給額を減らして将来の負担が重くならないようにする国家なのではないだろうか。

 

経済学は人間の自由を明らかにするもの

経済学は、人々はお金ばかりでなく、信念や思い込み・愛情や嫉妬でも動く自由な存在であることを明らかにする。国家が愛情について語り始めれば、信念や思い込みや嫉妬についてすら語り始めることになる。それはかなりうっとうしい社会になるだろう。

 

6 第1次大戦前、人口が増加する国ほど豊かになったのはなぜか

米・豪州・カナダの人口増加と成長は例外

第1次大戦前と第2次大戦後では、成長率と人口増加率の関係が正反対になっている。前者は人口が増加する国ほど豊かになったが、後者では人口増加率が低い国ほど豊かになったのである。

 

4カ国が「例外」になり得た理由

米国、豪州、カナダ、ニュージーランドが人口増加率も1人当たり実質成長率も高くなった理由は、以下の4つが考えられる。①すでに十分な所得水準を実現していたので新しい人々を引きつけた、②特に高い能力を持つ人々を呼び込むことができた、③新しく移住した人々の高い能力を活かして、さらに高い成長を続けた、④その結果、人口増加率と1人当たり所得成長率の高さが両立した、ということだろう。

また、この4カ国が人口増加に見合う食糧生産を賄えるだけの豊かな耕地があったことや、大西洋を横断するコストが負担できるだけの境遇の人々が海を渡ったとも予想される。

 

人的資本を増やせる国になることの重要性

アメリカが18世紀末から19世紀後半にかけて豊かになった背景として、「経済成長に貢献する資質を備えた」人々が移住してきたことが挙げられる。つまり、成長に貢献できるような人材がたくさんいるような状況を作ることが必要であり、そのための教育が求められている。

 

7 低成長、人口減少時代の年金はどうあるべきか

年金制度の本質

年金制度とは、現役の勤労世代が退職した高齢世代を養う仕組みである。1970年代のはじめに成立した現在の制度では、既に高齢の世代は納めた年金保険料の割には有利な年金がもらえ、現在の若年世代では納めた保険料も返ってくるかわからないという状況にある。この制度ができた背景には、高度経済成長という事実を抜きにしてはあり得ない(公的保険の特徴は強制加入、賦課方式、変額年金 年金と医療保険参照)。

公正な年金は、年金払込額、所得の成長率、人口成長率によって求められる。例えば、年金払込額を1000万円に固定した場合、所得の成長率が1%・人口成長0%で、60歳からの合計年金受取額は1350万円となる。しかし、現在の日本の年金はこのような計算はされておらず、世界的に見ても受け取る年金が多い。典型的な日本の年金給付額は、月23万6000円であり、スウェーデンは15万9529円、アメリカは19万4701円である。

仮に年金支給額と支給年限を3割ずつカットすれば、年金支給額は(1-0.3)×(1-0.3)=0.49と半分になる。これによって年金保険料の引き上げは必要なくなるどころか、引き下げも可能になる。そして、年金をカットした後でも、日本の年金は世界一のレベルにあるのだ。

 

8 高齢者はいつ豊かになったのか

高齢者が豊かになったのは年金のおかげ

世帯主年齢階層別の人員当たり実質消費額を見ると、1970年代には最も消費水準の低かった65歳以上の高齢者が、90年代には2位と3位を占めるようになったことがわかる(総務省「家計調査報告」「消費者物価指数」より)。これは、年金が次第に拡充されていったことを反映しているだろう。この年金を、90年代の失われた10年の間にも上昇していた分をカットすれば、年金問題をやわらげることができる。

 

9 「高齢化で医療費増」は本当か

高齢化だけでは医療費は大して増えない

国民医療費と名目GDPの関係を、労働生産性が毎年2%上昇するという前提で見ると、高齢人口の増加による医療費の増加はGDPの増加に追いつかず、医療費のGDPに占める比率は6.5%から2025年には5.9%に低下する。生産性の伸びが、高齢化に伴う医療費の増加率を上回るためである(総務省統計局「人口推計年報」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」、厚生労働省「医療費の動向」、内閣府「国民経済計算」より)。

 

医療にも薄型テレビのような技術進歩を

医療の進歩には、治癒向上の進歩はあっても、コスト低下の進歩が起きることがまれである。医療においても薄型テレビのように、健康寿命を延ばしながら医療費を安くすることが求められている。

 

10 高齢者ほど負担する意志があるのはなぜか

人は税金をどれだけ払いたがるものだろうか

社会保障に関する負担意志率の調査によると、20歳代の負担意志率が0.15%であるのに対して、60歳以上では0.34%と倍以上になる(栗山浩一他「受益と負担についての国民意識に関する考察」より)。

 

高齢者はちゃっかりしている

ここから3つのことが考えられる。第一に、政府のサービスに対する対価の意識は、平均で24%しかないから、財政および年金会計が赤字になるのはほぼ必然とするもの。第二に、高齢者ほど負担したいと考えているように見えるが、若者との恩恵の差から素直に解釈できないとするもの。第三に、高齢者も若者も同じようにちゃっかりしているというものだ。

 

日本人の資質が下がっているわけではない

こうして考えると、日本人の資質が下がっているのではなく、求められる基準が上昇しているのではないか。求められる基準を低めるべきだと考えるのでなければ、日本はいい方向に向かっているのだろう。

 

11 増税分はどこに使うべきか

日本の高齢者向け社会保障支出は低くない

日本の社会保障支出全体の対GDP比は2003年で17.7%と、国際的に見て低いが、高齢者向けの支出に関しては9.3%であり、ドイツの11.7%より低いものの、イギリスの6.1%、オランダの5.8%を大きく上回っている。一方、家族を助ける支出は0.7%であり、ドイツは2.0%、イギリスは2.9%、オランダは1.6%である(OECD 主要国の社会保障支出の内訳より)。つまり、仮に増税するにしても、その税収は家族対策に使うべきである。

 

イギリスとオランダに学ぶべき

イギリスは高齢者のための支出が日本の3分の2にすぎないのに、子どものためには日本の4倍以上も支出している。社会保障支出の対GDP比は、イギリスもオランダも20%台にまで削減している。

イギリスとオランダは、働いている人々から税金と年金保険料を取り立てれば、老後が安心になるわけではないことをわかっている。子どもが生まれて教育を受け、その子がきちんとした仕事を持って初めて、安心して老後を迎えられると知っているのである。だから、まず子どもが生まれるように支援し、次に雇用があるように支援し、最後に来るのが高齢者のための年金なのである。

 

最後に

社会保障の優先順位は子育て支援、雇用対策、年金。人口減少は恐くないが高齢化は恐い。だからこそ、経済成長のもとに就業者数と労働時間の増加が重要となる。経済成長なくして福祉なし

次回は、輸入の拡大は生産性と成長率を高める 国際経済と日本の関係についてまとめる。

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学


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