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5つのデータと5つの分析でリスクを制御せよ ALMシステムの構築

前回は、リスク管理、ALM手法、標準的な財務手法 ALMの基本的な考え方についてまとめた。ここでは、5つのデータと5つの分析でリスクを制御せよ ALMシステムの構築について解説する。

1 ALM実践のための要件とALMシステム

ALMを業務として実践するためには、以下の4つの要件が必要である。それは、①銀行のリスク構造の計測手法、②取引データ収集のためのシステム基盤、③効率的な組織・人材整備、④リスク構造の制御手法である。順に説明する。

 

リスク構造の計測手法

一般的にリスクとは、将来において好ましくない状況が発生する可能性のことである。民間金融機関にとってのリスクとは、収益が減少するような状況が発生する可能性といえる。つまり、金融リスクの計測手法は収益の計測手法と整合的であることが望ましい

銀行が行っている金融取引は、収益を得る方法の違いによって2つに分類される。1つは、取引を満期まで保有し、調達資金との間の利息収支によって収益を得る取引(銀行取引)である。もう1つは、2次市場が存在するような金融資産において、短期的な売買によって市場価格の変動から収益を得るような取引方法(市場取引)である。この2つの関係を以下の表にまとめる。

銀行取引と市場取引

銀行取引 市場取引
収益獲得の方法 利息収支や手数料 市場価格の変動による売買損益
対象資産の保有 原則、満期まで保有 短期間で売買
流通市場 原則、存在しない 存在が不可欠
適当な会計処理 原価法 時価法
金利リスクの計測 GAP法 デュレーション法

なお、銀行が抱える代表的な金融リスクについてはリスク管理、ALM手法、標準的な財務手法 ALMの基本的な考え方参照。

 

取引データの収集等の基盤整備

ALMシステム(特に金利リスク計測部分)に必要なデータは、以下の5つに分類される。

  1. 取引実績データ
  2. 取引シナリオデータ
  3. 市場金利データ(含む時系列データ):デュレーション法などで貸出や預金等から発生するキャッシュフローを現在価値に割り引いたり、時系列データによって将来の金利変動の大きさを推定したりするのに用いられる
  4. 金利シナリオデータ:主要金利の将来の水準に関するシナリオ
  5. その他分類コード類・モデル関連データ等:取引内容を特定するために使用されるもの(取引科目コード、取引拠点コード、取引先コードなど)、市場データを特定するようなものなど

 

リスク構造の制御手法

金融リスクの制御手法には、資産の分散による方法とリスク感応度の調整による方法とがある。資産の分散による方法は、それぞれの金融資産負債に特有の個別事情によって引き起こされる部分に対して適用される。例えば、保険契約におけるリスクの制御や信用リスクの制御、市場リスクの中で固有リスクと呼ばれるものの制御など。

リスク感応度の調整による方法は、各金融資産負債に共通なリスク要因によって引き起こされるリスクの制御に利用される。例えば、市場リスクの制御方法のデルタヘッジ(原資産価格でオプション価格を偏微分したもので価格変動リスクを回避する方法)や株式投資におけるベータリスク(個別株の株価水準が、市場に対して割高か割安か判断するもの)の制御である。

 

2 ALMシステムの構成

ALMシステムの構成は、取引データや損益実績データといった各種データ構成と、金利モデルや新規取引額決定モデルといったALM分析に必要なモデルからなる。ALMシステムの構成例は以下の7つの過程がある。

  1. ALMシステムに必要なデータ類(取引実績データや取引シナリオデータ等)を広範囲に収集する
  2. 取引実績データから既実行取引(ストック)から生じるキャッシュフローを生成
  3. 資金計画に基づき将来に実行する取引(フロー)から生じるキャッシュフローを生成
  4. 金利シナリオデータから金利モデルによって将来の金利水準を推定
  5. 市場データからイールドカーブを生成
  6. 時系列の市場データからボラティリティ等のパラメータを推定
  7. 財務計算・理論価格計算・感応度計算・VaR計算などの結果を分析表に出力

 

データ構成

取引データ(実績データ+予想データ)

取引データには実績データ(ストック部分)と予想データ(フロー部分)の2つがある。ALM分析の1つである「財務シナリオ分析」を行う場合には、将来の一定期間にわたってストック部分とフロー部分の取引データが必要である。

「GAP分析」は財務シナリオ分析で前提としている金利水準がすべて一定の幅で変化したと仮定した場合の、期間粗利ざやへの影響度を表示したものとして位置づけられる。そのため、ストック部分のみのデータで実行することができる。

 

損益実績データ

損益実績データは財務シナリオ分析による予測と実績とを比較するためのものである。

 

金利の期間構造データ

金利の期間構造データは、将来の各時点に対して発生するキャッシュフローを現在価値に割り引くときに使用する金利水準を、各時点ごとに定めたものであり、発生するキャッシュフローの通貨種類や信用度によって何種類も考えられる。収益性やリスクを現時点で捉える分析(市場取引における分析)で用いられる。

 

感応度データ

感応度データとは、市場リスク分析において、リスク要因が微小に変動した場合に、損益がどの程度連動するかを表示した指標のデータである(例えば、GAP、デュレーション、デルタなど)。これまでのデータが、ALM分析のための原データとして位置づけられるのに対して、感応度データは中間で生成されるデータである。また、感応度データには加法性があり、個々の取引で計算された感応度を合算することができる。随時このような分析が実施できるシステム環境の整備が必要である。

 

リスク要因のボラティリティ/要因相互の相関関係

各リスク要因のボラティリティ(予想変動率)とリスク要因相互の相関関係は、リスク要因を表現する市場データを時系列で蓄積し、統計解析を行うことによって得ることができる

 

各種のテーブル/パラメータ類

各取引先に信用度情報を対応させたテーブルや、以下に述べる様々なモデルを記述するためのパラメータ類も、ALMシステムを構成するデータとして必要である。

 

ALM分析に必要なモデル

金利モデル

金利モデルは2つの機能を持たせることができる。1つは、中核的な金利に対して、それ以外の金利がどのようにして定まっているかを記述したもの(長期プライムレート=金融債利率+0.9%など)、もう1つは、中核的な金利がどのような因子によって変動しているかを記述したもの(パラレルシフト、長短金利差シフトなど)である。

 

新規取引額決定モデル

新規取引額決定モデルとは、主要科目の新規取引シナリオから全科目の期別新規取引額を決定するのに使用されるもの。全体のバランスの考慮や過去の取引実績の参照、代表的な取引への集約等によってモデル化していく。

 

期限前償還モデル

期限前償還モデルとは、約定金利や満期等の取引条件別残高と将来の金利等の環境シナリオなどによって期限前償還額を決定するものである。期限前償還額によって償還のペースが早まった取引条件別残高は、次期の期限前償還額の決定に使用される。

 

オプション性取引の評価モデル

オプション性取引の評価モデルでは、主として金利変動や為替変動などの市場変動要素がモデル化の対象となる。ただし、リスク計測のためと時価評価のための変動要素の前提は異なり、一般的に前者のための変動要素を多くとる場合が多い。

VaR計算のためのリスクモデル

VaR計算のためのリスクモデルの決定要素は、①市場変動を引き起こすリスク要因の決定とそのモデル化、②それに従う感応度、③ボラティリティ等の計測、そして④非線形リスクの処理の工夫(モンテカルロ法など)である。

 

ALMシステムからの分析表

ALMシステムから出力される分析表や分析機能をまとめると、以下の通り。

ALMシステムからの分析表

分析表名 概要 出力項目 必要データ
財務予想表 将来の残高・損益予想 残高予想
利息収支予想
キャッシュフロー
(元本+利息)
資金計画
金利シナリオ
GAP分析表 将来の金利変動時の
感応の表示
ラダー展開
GAP
キャッシュフロー
(元本)
理論評価額表 現時点の理論評価額と
純資産額
科目別評価額
純資産額
キャッシュフロー
(元本+利息)
金利の期間構造
デュレーション
分析表
現時点の金利変動による
感応の表示
資産側デュレーション
負債側デュレーション
純資産デュレーション
キャッシュフロー
(元本+利息)
金利の期間構造
VaR計算表 現時点の市場変動による
評価の低下予測
理論評価額
VaR
キャッシュフロー
(元本+利息)
金利の期間構造
市場レート
リスクファクターの変動
その他パラメータ

 

3 ALM分析手法のシステムによる実現

財務シナリオ分析とGAP分析

財務シナリオ分析

財務シナリオ分析とは、将来にわたっての銀行の利息収支(粗利ざや)がどのような水準にあるのかを、一定のシナリオのもとで予測しようとするものである。財務シナリオ分析のための情報は、ストック部分・フロー部分双方の、残高推移と期間利息推移から構成される。財務シナリオ分析に必要なデータのフローは以下の6つ。

  1. 勘定系システムからのデータ収集と変換
  2. ALM科目ごとに償還となる残高・金利更改となる残高を時期ごとに集計して整理
  3. ALM科目ごとに金利更改までの発生利息を期間別に集計して整理
  4. 大まかに作成された資金計画を科目別時期別に展開する
  5. 主要金利について作成された金利シナリオを各ALM科目への適用金利の形で展開する
  6. 以上のデータを将来にわたっての財務予想表の様式で出力する

 

GAP分析

GAP分析とは、将来の金利水準を予想する金利シナリオを一斉に一定の幅で変動させたときに、将来の利息収支(粗利ざや)がどのように変化するかを概算するのに使用する。財務シナリオ分析の出力項目とGAP分析の出力項目の間には「t期の資金収支変動=t期GAP×金利シナリオの変動幅」という関係がある。GAP分析に必要なデータフローは以下の4つ。

  1. 勘定系システムからのデータ収集と変換
  2. ALM科目ごとに金利更改となる残高を更改時期ごとに集計
  3. 金利種類ごとに基本的な金利の変動にどのように感応するかを計測した情報等
  4. GAP分析表の出力

 

理論評価とデュレーション分析

デュレーション分析とは、銀行の資産・負債の収益性を計測するのに計測時点での理論評価を行い、その価値が金利変動によってどのように変化するかを見ようとするものである。「資産評価額=資産側キャッシュフローの現在価値」「負債評価額=負債キャッシュフローの現在価値」という関係がある。理論評価とデュレーション分析のデータフローは以下の6つ。

  1. 勘定系システムからデータを収集・変換する
  2. 元本償還に関するキャッシュフロー情報に整理
  3. 利金に関するキャッシュフロー情報に整理
  4. 市場金利(国債金利やスワップ金利)を収集
  5. イールドカーブを生成
  6. 理論評価額の計算とデュレーション分析を実施して出力

 

VaR分析

VaR(Value at Risk)分析とは、様々な金融取引に内在する金融リスクを、統一的な尺度で計測するための手法である。VaRの計算では、各金融取引を理論価格(あるいは時価)で評価し、あらかじめ設定したリスク要因の単位当たりの変化に対する理論価格の感応度を計算する。そして、そのリスク要因が一定期間の間に変化する度合いを推定する。つまり「VaR=リスク感応度×リスク要因の変動幅」と表せる。VaR分析(分散/共分散法)に必要なデータフローは以下の6つ。

  1. 取引データからキャッシュフローを生成する
  2. 市場金利を収集してイールドカーブを生成する
  3. キャッシュフローと市場データ・イールドカーブによって金融商品の評価額と感応度を計算
  4. 蓄積された市場データの時系列からボラティリティや相関行列等のパラメータを推定
  5. VaRを計算するための変動期間や信頼水準を指定
  6. VaRを計算して出力

また、VaR計算はBIS規制(国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準)では、銀行の資産・負債のうち市場取引の持つ市場リスクについて計測することになっている。VaRによるリスク管理のフローは以下の5つ。さらに、自己資本を部門配布することによって、この手法を部門ごとに展開することができる。

  1. VaRによって銀行の資産負債の持つ金利リスクを統一的に計測
  2. 損失発生時のバッファとしての自己資本等のリスク許容量と対比
  3. 時価法ベースで期間損益を計測(将来の信用リスクに基づく調整が必要)
  4. リスクの上限に対比させて利益率を計算
  5. あらかじめ定めた必要収益率と対比

 

最後に

ALMシステムに必要なデータは、①取引実績データ、②取引シナリオデータ、③市場金利データ(含む時系列データ)④金利シナリオデータ、⑤その他分類コード類・モデル関連データ等に分類される。また、①財務シナリオ分析、②GAP分析、③理論評価、④デュレーション分析、⑤VaR分析によって収支やリスク管理を行うことができる。GAP分析とVaR分析は標準

次回は、仕切レートの取引別固定方式への変更が鍵 戦略的ALMの実践と課題についてまとめる。


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