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ポール・ニックリン 氷に閉ざされた不思議の国の話

「30頭のヒョウアザラシがいる海に入りましたが、恐ろしい目に遭うことは一度もありませんでした」ニックリンは語りかける。ここでは、140万ビューを超える Paul Nicklen のTED講演を訳し、氷に閉ざされた不思議の国の話について理解する。

要約

とても恐れられている動物であるヒョウアザラシに近づくため北極海の氷の下へと潜ったポール・ニックリンは、そこで意外な友達を見つけることになります。不思議の地・北極で彼が体験した可笑しくも心温まる物語を、氷の上や下に生きる動物たちの見事な写真とともにお楽しみください。

Paul Nicklen photographs the creatures of the Arctic and Antarctic, generating global awareness about wildlife in these isolated and endangered environments.

 

1 雪と氷が砂場で、イヌイットが教師だった

私が極地専門の写真家になるまでの 長い道のりが始まったのは 4歳の時でした。家族でカナダ南部から グリーンランドに近い バフィン島北部へと引っ越したのです。そこでイヌイットとともに暮らしました。200人ほどのイヌイットの集落の中で イヌイットでないのは3家族だけでした。その村にテレビはなく 当然コンピュータもなく ラジオや電話さえありませんでした。やることと言えば イヌイットと外で遊ぶことだけです。雪と氷が私の砂場であり イヌイットが私の教師でした。そうして私はこの極地という世界に 心から惹かれるようになって いつか この場所のことを伝え この場所を守るための仕事をしようと 心に決めたのです。

 

2 200頭ほどしか残っていない熊

私の作品をいくつか ブランディ・カーライルの素敵な曲にのせて ご覧いただこうと思います。ナショナルジオグラフィックがなぜOKしたのかわかりません。まだ雑誌に載っていない 撮ったばかりの写真を公開させるなんて かつてなかったことです。お見せできるのは大変嬉しいです。スライドの始めの方に グレートベア・レインフォレストに住む 小さな熊の写真が何枚かあります。真っ白ですが シロクマではなく スピリットベアとか カーモードベアと呼ばれている 200頭ほどしか残っていない パンダより珍しい熊です。2ヶ月川辺で待ち構えましたが 一度も姿を見せず もう駄目だと思いました。こんな馬鹿な話をナショジオに持ちかけて いったい何を考えていたのかと思いました。だからその2ヶ月 考えていたわけです。写真家をやめたら 何をしたらいいのかと きっとクビに決まっています。雑誌に載せるのは写真であって言い訳ではないというのは 彼らがはっきりさせていることですから(笑)

 

3 熊から1mと離れていない所で一緒に寝た

2ヶ月粘った後のある日 もう終わりだと思っていると すごく大きな白い雄熊が出てきて 私のすぐ1メートルくらい横を過ぎると 魚を捕りに行き 森に戻って食べたのです。子どもの頃からの夢が叶い その日はずっと熊と一緒に森を散歩しました。熊は原生林の中を歩き 先住民による細工のある樹齢400年の木のそばで眠り 私もその森で 熊から1メートルと離れていない所で 一緒に寝たのです。 そして写真を撮りました。その時の写真や 私が極地で撮ってきた作品を お見せできることに興奮しています。どうぞお楽しみください

(♪“Have You Ever”)ひとりで森にさまよい込んだことある? すべてが あるべき姿にあると感じられる場所に? そこの命の一部になり 素敵なものの一部になったと感じる ひとりで森にさまよい込んだことがあるなら Ooh ooh ooh ooh ひとりで森にさまよい込んだことがあるなら 星空を見つめたことある? 仰向けになって なぜなのかと思いながら 何のためなんだろう? 自分は何者なんだろう? 星空を見つめたことがあるなら Ooh ooh ooh ooh Aah ah aah Ah oh oh ah ah oh oh 星空を見つめたことある? 雪の中を歩いたことある? 元いた所に戻ろうとして いつでも結局 どこへ行けばいいかわからなくなる 雪の中を歩いたことがあるなら Ooh ooh ooh ooh Aah ah aah ah aah Ah ah oh ah ah oh ah Oh ah ah ah Ah ah oh ah ah oh oh 外の世界を歩いたことがあるなら わかるでしょう

(拍手)ありがとうございます。まだ終わりじゃありません。時間がないので先へ進みましょう。どうもありがとうございます。

 

4 氷がなくなれば生態系がまるごと失われる

海から氷が消えているという ニュースが溢れています。最低の水準になっていると 科学者たちは最初 100年以内に 海から氷がなくなると言っていましたが それが50年になり 今では4年から10年のうちに 北極の氷は夏の間なくなるだろうと言っています。そうすると どうなるのでしょう? いつも目にしていると ありふれたニュースになって あまり意識もしなくなります。私がしようとしているのは その帰結を イメージとして見せるということです。氷がなくなれば 生態系がまるごと失われることを みんなに理解してほしいのです。シロクマも50年から100年のうちに 絶滅すると予想されています。

 

5 シロクマは優れたハンター

私のメッセージを伝える上で これほどセクシーで美しく カリスマ的な大型動物は他にいません。シロクマは優れたハンターです。浜辺でしばらく一緒にいたシロクマです。海に落ちた氷の上にアザラシがいて 少し離れていましたが シロクマはそこに泳いで行くと 400キロはありそうな アゴヒゲアザラシを捕え 泳ぎ戻って食べたのです。シロクマは満腹して上機嫌で 撮るために6メートルまで近づいても 見せた警戒と言えば さらにアザラシを食べることくらい。すごくたくさん食べていて 100キロくらいは食べていたのではと思いますが 口の片側で食べながら 反対側から戻すという具合でした。

 

6 北極でシロクマの死骸をよく目にするようになった

だからシロクマは多少とも氷があれば生き残ることでしょう。しかしその氷がなくなろうとしているのです。北極でシロクマの死骸をよく目にするようになりました。20年前 生物学者として調査をしていたときには まず見かけなかったものです。それがこの4、5年は 至る所で目にするようになりました。ボーフォート海で 氷の溶けた海に浮いているのを見ました。去年はノルウェーで2体見ました。氷の上で目にします。この熊たちは 消えていく氷の影響を まざまざと示しています。

 

7 北極の氷河の95%が後退している

母熊と2歳の子熊が 陸から何百キロも離れた氷の船で漂っています。大きな氷河の氷に載っていて 幸い彼らは今のところ大丈夫 低体温症で死ぬことはありません。どこかの土地に流れ着くことでしょう。問題は 北極の氷河の 95%が後退していることで あるのは陸の上ばかりになり 海の生態系へと氷が押し出されなくなっています。

これはワモンアザラシで 北極の「スナック」です。小さくて丸々とした 70キロの脂肪の塊で シロクマの命を支えています。この辺にいるゴマフアザラシとは違っています。ワモンアザラシもまた その一生を 海の氷と関わりながら生きています。氷の中で子どもを産み 氷の下にいる北極鱈を食べています。やせ細った氷の写真です。12年ものの多年氷の一部です。科学者が予想していなかったのは この氷が溶けることで 黒い大きな水たまりができ 太陽熱を吸収することで 氷がさらに溶けるということです

 

8 一塊の氷に300種の微生物がいる

ボーフォート海に潜っているところです。視界が200メートルあります。命綱をつけていて 氷がそこら中で動いています。この潜水で命を落としかけた話を 小一時間くらいしたいところですが この写真で本当に重要なのは 端に見えている 多年氷の大きな塊です。この一塊の氷に 300種の微生物がいるのです。春になって日が差すようになると 植物プランクトンが氷の下に育ちます。それから海藻ができ さらにそれらを食べる 動物プランクトンが現れます。だから氷は 豊かな園のような役割を 果たしているのです。園にある土のようなものです。逆さまの園です。氷が消えるのは 園から土がなくなるのと同じです。

 

9 1時間ほど氷の下に潜っていた後の写真

これは仕事場にいる私です。自分の仕事場がありがたく思えるでしょう。1時間ほど氷の下に潜っていた後です。顔が凍り付いており 手足の感覚もなくなっています。下から上がってきたところで とにかく水から出たいと思っていました。1時間もそのような厳しい状態にいるため 潜るたびにほとんどいつも レギュレータの中に吐くことになります。ストレスに体が対応しきれないのです。潜水が終わって ほっとして 「カメラを受け取ってくれ」と言おうと 助手に向かって「ウーッウーッ」と 言ってるわけですが 「写真を撮ってくれ」だと思ったようです。コミュニケーションの断絶を経験したわけです (笑) でも努力の甲斐はあります。

 

10 カイアシ類、ホッキョククジラ、イッカクという食物連鎖

ベルーガ ホッキョククジラ イッカク シロクマ ヒョウアザラシの写真をお見せしますが この写真は中でも特に意味深いものです。ご覧いただいた穴を通って 氷の海に入り 氷を下から見上げると 目が回るように感じました。命綱もなく とても不安になりました。周りの世界は動いています 「まいったな」と思いました。しかしそこで目にしたのは 無数の端脚類やカイアシ類が動き回り 氷の下でエサを取り 子を産み 一生を過ごす姿でした。これが北極における食物連鎖全体を支えているのです。海から氷が減るとき 海のカイアシ類の数も減ることになるのです。

ホッキョククジラです。これは今地球にいる動物の中で 一番長く生きてきたと考えられています。このクジラは250歳以上かもしれません。産業革命が始まる頃に生まれて 150年に及ぶ捕鯨の中を 生き抜いてきたのかもしれません。そして今一番の脅威は北の氷の消失です。南にいる我々のライフスタイルが引き起こしていることです。

イッカクです。2.5メートルの象牙質の牙を持つ威厳ある生き物ですが 広い海で生きていける彼らがここにいて 小さな氷の穴から頭を出し 息継ぎしているのは 氷の下に山ほど鱈がいるからです。そして鱈がそこにいるのは 常食とする端脚類やカイアシ類がいるからです。

 

11 ヒョウアザラシは危険な動物か

いよいよ私のお気に入りの部分です。いまわの際で私が 他の何よりも 思い出すだろうエピソードがあります。スピリットベアと過ごした時間も強烈でしたが あのヒョウアザラシとの出会いのような体験は 二度とないだろうと思っています。ヒョウアザラシは探検家シャックルトンの時代から 悪評を受けてきました。口には苦笑いを浮かべ 邪悪な黒い目をして 体は斑点で覆われています。まったく古風な見た目で 少し怖い感じがします。2004年に悲劇的な事件があって 科学者が海に引きずり込まれ 食べられてしまいました。それでみんな「やっぱり危険な動物なんだ」と思ったのです。みんな思い思いのことを考えます。そのとき記事のアイデアが浮かびました。南極に行って ヒョウアザラシがたくさんいる海に入り 本当に危険な動物なのかどうか 公平な目で見てやろうと思ったのです。それがアイデアでした。ちなみにヒョウアザラシは「ハッピーフィート」も食べます(笑)

 

12 ヒョウアザラシは風船を噛んだだけ

可愛らしいペンギンを食べるヒョウアザラシは 醜い悪者だと 私たち人間は勝手に考えます。でもそれは違います。ペンギンは自分が可愛らしいとは知りません。ヒョウアザラシは自分が怪物のようだとは知りません。単に食物連鎖の一環ということです。ヒョウアザラシはとても大きいです。小さなゴマフアザラシとは違います。体長4メートルで 体重は500キロです。好奇心が強く積極的です。12人の旅行客の乗ったゴムボートが 氷の海を漂っていると ヒョウアザラシがやってきてボートに噛みつきます。ボートは沈み始め 乗客は慌てて船に戻り 家に帰って襲われたという話をします。でもヒョウアザラシはただ 風船を噛んだだけです。海に大きな風船を見つけ 手がないので ちょっと噛んでみたら ボートが弾け 彼らが逃げていった…それだけのことです (笑)

 

13 「いいアザラシだから水に入ったらいい」

ドレーク海峡を過ぎて5日して・・・ これ ちょっとすごいでしょう? ドレーク海峡を過ぎて5日して ようやく南極にたどり着きました。スウェーデン人の助手兼ガイドが一緒でした。ゴラン・エルメという名で ヒョウアザラシについてよく知っていました。私はまだ見たことがなかったのです。小さなゴムボートで入り江に入っていくと 巨大なヒョウアザラシがいて 彼に言わせても 「クソでけぇアザラシだ」ということでした (笑) そのアザラシはペンギンの頭を噛んで 振り回していました。中身を引っ張り出して 骨に付いた肉を食べようとしていたのです。それからまた別なのを捕りに行き、新しいのを捕まえると ボートの下にやってきて 船体に体当たりし始めました。私たちは水に落ちないよう掴まっていました。身を低くしながら ゴランが言いました 「こいつぁいいアザラシだから 水に入ったらいい」 (笑) 私はゴランを見つめて 「冗談言うなよ」と言いました。実際はもうちょっと品のない言い方をしたと思います。しかし彼は正しかったのです。何のために来たのかと説教されました。その馬鹿な記事を雑誌に載せたいなら やらなくちゃいけない。雑誌に言い訳は載せられないだろうと。

 

14 「怖けりゃ目を閉じときゃいい」

口の中がすごく乾きました。たぶん今ほどひどくではありませんが すごく乾きました。脚はずっと震えていて 感覚がなくなりました。足ひれを履き かろうじて口を開けると シュノーケルをくわえ ゴムボートの脇から水の中へ入りました。これがヒョウアザラシの最初にしたことです。すごい勢いで来て カメラをすっぽりくわえ 上にも下にも歯が並んでいました。ゴランは水に入る前に素敵なアドバイスをしてくれました 「怖けりゃ目を閉じときゃいい。そしたらどっかいっちまうから」(笑)

作戦と言えばそれしかなかったのです。しかしとにかく写真を撮り始めました。ヒョウアザラシはしばらく威嚇していましたが 驚いたことに 急になごんだのです。そしてどこからかペンギンを捕まえてきて 私から3メートルくらいのところまで来ると 暴れているペンギンを放しました。ペンギンは私の方に泳いできて逃げました。するとまた別なのを捕まえて戻ってきます。私に食べろと言ってるんだと気づきました。私のところにきてペンギンを放す理由が 他にあるでしょうか? それを4、5回繰り返したあと がっかりした顔を私に近づけました。あまり擬人化したくはありませんが 彼女は本当に 「この駄目な捕食者は きっと私の海で飢え死にしちゃうわ」と言っているようでした (笑)

 

15 彼女の世界では子育てか食べるか

泳ぐペンギンは捕まえられないのだと気づき 捕まえたペンギンをくわえたまま ゆっくりと近づいてから放しました。それでもうまくいきません。私はひどく笑い それから感情がこみ上げて マスクが溢れるほど泣きました。それほど驚くべき体験だったのです。それでもうまくいかないとわかると ペンギンをくわえて 氷山を滑り降りながら バレエのようなセクシーな動きを誇示した後 私の所に持ってきて勧めました。そんなことが4日間続きました 1、2回のことではないのです。それから生きているペンギンが駄目ならと 死んだペンギンを持ってくるようになりました(笑) それで私の周りにはペンギンが4つも5つも漂うことになりましたが 私はひたすら写真を撮り続けました。時折立ち止まると「どうして?」という がっかりした顔を見せます。ペンギンを食べないのが信じられないのです。彼女の世界では 子育てか食べるかであり 私は子育てしてなかったわけですから (笑)

それでも駄目ならと 彼女は私の頭にペンギンを載せ始めました。無理にでも食べさせようというのです。あちこち私を押しやりながら 私のカメラに食べさせようとしました。写真家には夢のようです。彼女はいらいらすると 私の顔に空気の泡を吹きかけました。食べなきゃ餓死しちゃうよと 教えているようでした。それでも彼女はあきらめず ペンギンを食べさせようとし続けました。

 

16 ヒョウアザラシも氷に覆われた環境を必要としている

そこでの最後の日に 彼女を怒らせたかもと 不安になりました。こちらに近づきながら 仰向けになって ノドから ゴッゴッゴッと 削岩機のようなすごい音を出したからです。噛みつかれるかと思いました。きっとすごく苛立っているのだと。でも実はそうではなく 背後から近づいていた別なアザラシを 彼女は威嚇して 追い払ったのでした。それからまたペンギンを捕まえて持ってきました(笑)

出会ったアザラシは彼女だけではありません。30頭のヒョウアザラシがいる海に入りましたが 恐ろしい目に遭うことは一度もありませんでした。私が追ってきた動物の中でも 際立った存在で シロクマにも劣りません。そしてヒョウアザラシもまた 氷に覆われた環境を必要としているのです。すいません ちょっと感情的になっています。これは私の胸の奥深くにあるエピソードです。みなさんにお話しできて光栄です。これが私の情熱を傾けているものです。北極や南極に一緒に行きたいという方がいたら連れて行きます。行きましょう。このストーリーを世界に伝えなければなりません(拍手)ありがとうございます(拍手)

 

最後に

雪と氷が砂場で、イヌイットが教師だった。200頭ほどしか残っていない熊の写真。熊から1mと離れていない所で一緒に寝た。氷がなくなれば生態系がまるごと失われる。シロクマは優れたハンター。北極の氷河の95%が後退している。一塊の氷に300種の微生物がいる。氷が消えるのは園から土がなくなるのと同じ。ヒョウアザラシは風船を噛んだだけ。「この駄目な捕食者はきっと私の海で飢え死にしちゃうわ」ヒョウアザラシも氷に覆われた環境を必要としている

和訳してくださったYasushi Aoki 氏、レビューしてくださった Sawa Horibe 氏に感謝する(2011年3月)。

ディスカバリー・オブ・オーシャン ヒョウアザラシ [DVD]


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