「間違ってもエミーさんの足をじろじろ見ないこと」「え、私の義足は履く彫刻なのよ」エミーは明るく語りかける。ここでは、130万ビューを超える Aimee Mullins のTED講演を訳し、人間の身体の可能性を再定義する。
要約
アスリート、女優、活動家であるエミー・マランスが12組のすばらしい義足について、さらに義足がエミーに与えたスピード、美しさ、プラス15cmの身長などのスーパーパワーについて語ります。とてもわかりやすく、人間の身体の可能性を再定義します。
A record-breaker at the Paralympic Games in 1996, Aimee Mullins has built a career as a model, actor and advocate for women, sports and the next generation of prosthetics.
1 「間違ってもエミーさんの足をじろじろ見ないこと」
子ども博物館で6~8才の 子ども300人と話す機会があって、ここにあるような義足を カバンいっぱい持って行き 机の上に並べたの。子どもは本来見知らぬものや 異質なものに対して 好奇心旺盛。大人が恐怖心を植えつけたり 失礼がないようにと 子どもの好奇心を押さえ込んだり 質問を遮ったりするから 子どもは異質なものを恐れてしまう。実際先生がはしゃぐ子どもたちに言ったわ。「間違ってもエミーさんの足を」 「じろじろ見ないこと」
2 「2分間だけ子どもたちと話がしたい。大人抜きで」
でも大切なのはそこ。義足に触れてもらうのが目的。そこで私は先生にこう持ちかけた。「2分間だけ子どもたちと話がしたい」「大人抜きで」 。扉が開き、子どもたちは義足に群がった つついたり、つま先を動かしたり 短距離走用の義足に 全体重をかけてみたり。私は尋ねた「今朝ふと思ったの」 「家を跳び越えてみたいって」 「2、3階建ての家よ」 「動物、スーパーヒーロー、アニメキャラ」 「何でもいいの」 「どんな足なら跳べるかしら」
3 「ねえ、空を飛びたいとは思わないの?」
「カンガルー!」と誰かが叫んだ。「だめだめ!カエル!」 「ガジェット警部がいいよ!」 「ちがうよ!Mr.インクレディブルだよ!」 私が聞いたことのないものまで。すると8才の子が 「ねえ、空を飛びたいとは思わないの?」 みんな口をそろえて言ったわ「もちろん!」 (笑) 。しつけられた子どもの目には 障害者として映ったであろう私は、今や未知の可能性を秘めた体の持ち主。超人にだってなれる おもしろいでしょ。
4 TEDはその後の人生探求の出発点だった
私は11年前もこの場に立ちました。TEDで人生が変わったという声を 何度も耳にしますが私もそのひとり。TEDはその後の人生探求の出発点だった。その時紹介したのが当時画期的とされた義足。チーターの後肢をモデルに 炭素繊維で作った 短距離走用の義足です。そしてこの本物さながらのシリコンの足。
5 科学と技術を駆使した義足作りを目指した
従来の医療の枠を越えて 革新者を集め、科学と技術を駆使した義足作りを目指した。形、機能、美の価値を 別々に追求するのをやめるには いいチャンス。幸い多くの人が賛同してくれて TED参加者のチー・パールマンを知ったのもこの頃。今日も会場にいるはずよ。チーは当時『ID』誌の編集者で トップ記事で私を紹介してくれた。
6 美しさには探求の余地がある
これが大きなきっかけとなり 心躍る出会いが次々と生まれた。チーター義足のデザインについて 世界中から講演依頼が殺到。講演の後は男性も女性も みんな集まってきた。そしてこんな風に言われるの 「エミー 、すごく魅力的だよ」 「とても身体障害者に見えない」 私だって そんな風に感じたことないわ と心の中で思いながら。だけどこの会話で、美しさには探求の余地があることを 気づかされました。美しい女性ってどんな姿? 魅力的な体って? アイデンティティという視点から 障害を持つことにはどんな意味がある? パメラ・アンダーソンの体は人工的でも 障害者とは呼ばれないでしょ(笑)。
7 見出しは「ファッション化?」
『ID』の記事はグラフィックデザイナーのピーター・サヴィルから ファッションデザイナーのアレキサンダー・マックイーンと 写真家のニック・ナイトに渡った。TEDの3ヶ月後、初のモデル撮影を ロンドンで行いました。それがこの表紙。見出しは「ファッション化?」。3ヶ月後にはマックイーンのショーでモデルを務め トネリコ製の手彫りの義足を履いたら 観客は木のブーツだと勘違い。これが実物です。ブドウのつるとモクレンの見事な美 詩も大切よ。詩は平凡でなおざりになったものを 芸術に変える。詩は人々が恐れていたものを 興味深くし、もう少しだけ見てみたい 理解したいものに変える。
8 私の義足は履く彫刻
マシュー・バーニーの「クレマスター・サイクル」が 私にそのことを教えてくれた。私の義足は履く彫刻なのだと 心から痛感した。そのとき私は人間らしさの復元だけに美の理想を見出す視点から 解放されつつありました。「ガラスの脚」として親しまれた義足は 実はボーリング玉の素材と同じ 透明なポリウレタン製、重いのよ! これは土の中で鋳造した義足、ジャガイモとテンサイが根を張ってるわ。つま先は真ちゅう これが拡大画像。次は上半身が女性、下半身がチーター。アスリート人生への感謝の印 特殊メイクに14時間かけ 本格的な足や爪としなやかな尻尾を持つ 生き物になりきりました。ヤモリみたいに (笑)。もう一つ共同制作したのがこちら。クラゲの足のよう これもポリウレタンです。映画以外での この足の使い道は 感覚に訴え想像力を刺激すること。奇抜さも大事よ。
9 私の身長は5種類
私は義足を12足以上持ってます。多くの人が手がけ それぞれが違った感覚を足もとに与えてくれる。身長だって変えられる。私の身長は5種類(笑)。今日は185cm 1年前、英国ドーセット州の整形外科で 作ってもらったものを マンハッタンに持ち帰り パーティーに行った時のこと、普段173cmの私を知る 長年の友人が 私を見てビックリ 「すごい背が高いじゃない!」。私はすかさず「ねぇ!おもしろいでしょ?」 竹馬に竹馬で乗る感覚よ。想定外だったのは ドア枠に頭を打ってしまうこと。それすらも楽しかった。しかも友人が言うの 「でも、エミーそんなのずるいわ」 (笑)(拍手)。ウソみたいだけど友人は本気だった。自由に身長を変えられるなんて ずるいでしょ。
10 もはやハンディはプラスに増幅していくもの
その瞬間―― 社会の反応がこの10年で 大きく変わったと 実感した。もはやハンディは克服するものではなく プラスに増幅していくもの。社会は可能性に溢れている。義肢はもはや失ったものを補うのではない。新たに生まれた空間に 装着者が自由な創作を実現する 力の象徴。身体障害者とされてきた人々は 今や自分の個性を演出できるんです。自分が秘めた可能性を信じ 身体をデザインすることにより 新たな個性を生み出し続ける。今、私が心待ちにしているのが ロボットやバイオニクスなどの最先端技術と、昔からある詩を 組み合わせることで 私たちが人類全体の人間らしさを理解し始めていること。私たちが持つ人間らしさに最大の可能性を 見出したければ 誰もが持っているすばらしい長所や 偉大な欠陥を褒め称える必要があります。『ヴェニスの商人』でシャイロックが言ってるでしょ 「針で刺せば血が出る」 「くすぐられれば笑いもする」それが私たちの人間らしさであり、そこに潜むすべての可能性が 私たちを美しくするのです。ありがとうございました。
最後に
た・か・す・クーリニック!乙武さんには義肢すら要らない。
和訳してくださったAtsuko Saso 氏、レビューしてくださった Emily Sakata 氏に感謝する(2009年3月)。
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