「私たちの環境への責務に私たち自身の身体のエコシステムも含めてはどうでしょうか?」生体組織工学研究者のニーナ・タンドンはこう語る。ここでは、30万ビューを超えるNina TandonのTED講演を訳し、人工生体組織を育てる意義について考える。
要約
生体組織工学研究者であり、TEDフェローでもあるニーナ・タンドンは、心臓や骨を人工的に培養しています。そのためには人工細胞培養のための新しい方法が必要でした。自然環境をまねて開発した、シンプルながら強力な技法です。
Nina Tandon studies ways to use electrical signals to grow artificial tissues for transplants and other therapies.
1 実験室での細胞育成について
みなさん おはようございます。私が研究しているのは 驚くべきちっちゃな生き物?細胞です。実験室での細胞育成について 話をさせて下さい。自然環境から実験室に取り出された細胞は ペトリ皿という お皿に塗布します。そして細胞培養液という餌のようなものを与えます。もちろん無菌の状態で行います。そして培養器の中で育てます。
2 実験室で自然環境を再現する:生体模倣法
なぜそんなことをするのか?お皿の中の細胞を観察しますが 表面にいるだけです。でも私が実験室で本当にやろうとしているのは 生体組織を作り出すということです。それがどういう意味かというと たとえば本物の心臓を育てる、あるいは 人体に移植できる 骨を育てるということです。これは疾患モデルとしても使えます。従来の細胞培養技術では できないことでした。細胞はホームシックになりやすく お皿の上は故郷とは違っています。だから細胞が育っていけるよう 自然環境を模倣する必要があります。これを生体模倣法と呼んでいます。実験室で自然環境を再現するんです。
3 心臓の特徴は鼓動と貪欲さ
心臓の例を見てみましょう。私の主たる研究領域です。心臓の特徴はなんでしょう? 鼓動するということですね。リズミカルに 休むことなく 忠実に鼓動します。細胞培養環境に電極をつけ 心臓の環境を模倣しています。この電極がペースメーカーとなって 実験室の中で細胞の収縮を引き起こします。他にはどんな特徴があるでしょう? 心臓細胞はとても貪欲です。心臓細胞は非常に手厚い 血液の供給を受けています。実験室では 微細な経路網を作り込んだ 生体材料の上で細胞を育てています。そうすることで 細胞の餌である細胞培養液を 細胞の育つ土台に流すことができます。皆さんのイメージにある 毛細血管床によく似ています。
4 「生命は小さなもので大きなことができる」
ここで一つ目の教訓に行き着きます。「生命は小さなもので大きなことができる」。電気刺激を例に 生命の基本要素がいかに強力であるか見てみましょう。左側は私がネズミの細胞から培養した 鼓動している心臓細胞の組織です。大きさはミニマシュマロくらい。一週間しても鼓動は続いています。左上部分を見ると分かりますが よく見えなくても気にしないで下さい。そもそも鼓動すること自体驚くべきことです。しかし本当に驚くべきなのは、これ(心臓細胞)にペースメーカーのような 電気刺激を加えると 鼓動がずっと強くなることです。
5 「細胞があらゆる仕事をこなす」
ここで第二の教訓です。「細胞があらゆる仕事をこなす」。生体組織工学者はアイデンティティの危機を抱えています。構造工学者は 橋のような大きなものを作り、コンピュータ工学者はコンピュータを作りますが、私たちがしているのは 細胞が機能できるようにする技術を作ることだからです。これにはどんな意味があるのでしょう? 簡単な例を考えてみましょう。細胞というのは 抽象概念ではないことを思い出してください。細胞が実質的に 私たちの命を支えているのです。「食は人なり」とよく言いますが 実際には「細胞の食は人なり」なんです。そして腸内細菌叢に至っては 体の一部ですらありません。私たちの生活体験は 細胞が仲介しているということも注目に値します。すべての音 視覚 触覚 味 においの背後には 対応する細胞があって、これらの情報を受け取って 解釈しているのです。考えてほしいことがあります。私たちの環境への責務に 私たち自身の身体のエコシステムも含めてはどうでしょうか?
6 がん以外の細胞が絶滅危惧種になりませんように
皆さんの意見をお聞かせ下さい。さしあたっては 幸運をお祈りしておきます。どうか 皆さんの癌以外の細胞が 絶滅危惧種になりませぬように。ありがとうございました。
最後に
「iPS 細胞が最も役に立つのは自分の細胞から作った臓器移植ではなく、新薬の開発の場面なのです」(中島 聡)。細胞も生かそう。
訳してくださったTakahiro Shimpo 氏、レビューしてくださった Yasushi Aoki 氏に感謝する(2011年7月)。
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