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金利自由化が銀行経営管理手法を変えた 資産負債総合管理 ALM

ALM(Asset Liability Management:資産負債総合管理)は、金融自由化時代必須の経営管理手法である。ここでは、高橋洋一ら『ALM』(銀行研修社)を5回にわたって要約し、ALM導入の背景から各種手法、システム構築から信用リスク管理など「戦略的ALM」の概要を理解する。第1回は、金融自由化とALM。

ALMと金融機関経営

高度成長・規制金利時代の金融機関経営

かつての金融機関経営は、高度成長や規制金利がすべて解決してくれた恵まれた環境であった。高度成長の下で与信先の企業の倒産をそれほど意識しないで済み、規制金利によって利ざやが確保されていたことも経営を楽にする大きな要因だった。一方、家計部門の預金者は、金利水準は低くとも、高度成長により可処分所得は増加したので、不満を生じることはなかった。また、企業にとっても、低金利の資金調達により設備投資が可能になり、高度成長を支えるとともに、投資が投資を呼び成長を促した。

しかし、高度成長が終焉し、金利も完全に自由化された。高度成長・規制金利の下では、金融機関や規制当局のスタンスは受け身でよかったが、企業倒産(信用リスク)や金利の自由化(金利リスク)という金融リスクを負わざるを得なくなったのである。

 

安定成長・金利自由化時代の金融機関経営

こうした安定成長・金利自由化時代の金融機関経営は、金融リスクの計測・管理が必要である。そのための有力な手法の1つとしてALM(Asset Liability Management:資産負債総合管理)がある。ALMとは、金融リスク(特に市場リスク)と収益の関係を計測し、適切なリスク管理手法を選択し実践するものである。

金融機関の収益は金融リスクの分解・負担の対価である。例えば、直接金融(株式や社債等有価証券)では、仲介者(例えば証券会社)は引受審査を行うが、その基本的な機能は、発行体のディスクロージャー(企業内容開示)を十分に行い、有価証券に係る信用リスクや金利・価格変動リスクを投資家に転化することである。間接金融(例えば固定金利預金・固定金利貸出)では、仲介者(例えば銀行)は金融リスクを負担することが本質的な要素である。さらに、近年では、証券化手法やデリバティブ(金融派生商品)手法が発展しており、直接金融と間接金融の境界が曖昧になっている。

 

1 アメリカの金融自由化

自由化の変遷

州際業務規則と預金証書の流動化

米国での自由化の第一歩として、1961年にFNCB(現シティバンク)が発行したCD(Certificate of Deposit:譲渡可能預金証書)が挙げられる。州際業務規制(州を越えた支店禁止)がある中で、CDは従来からある商品に流動性を供与し、付加価値を高めることで調達の安定化を図る手段であった

 

業際規制と預金金利規制

自由化の第二歩として、決済機能の非独占化と、提示金利の市場追随が挙げられる。74年年金法の改正、75年証券改革法によって固定手数料制が廃止されたことによって、証券業の収益は大きく低下した。この低収益を補うために、従来は軽視していた小口取引向けに導入した商品がCMA(Cash Management Account)である。この商品の核となるMMMF(Money Market Matual Fund;短期金融資産投資信託)は72年頃から販売されており、銀行の持つ3つの基本的な機能(満期変換、危険分散、決済)の1つである決済機能を持ちながら、市場金利が提供できた。

すなわち、銀行の3つの基本的な機能のうち、対顧客関係では最も重要な決済機能の独占を浸食されたことが、その提供商品の優位性を著しく失わせることにつながっている。その結果、価格(金利)が唯一の競争決定要因となるとともに、対顧客関係の金利決定権を市場に奪われることにつながっていく。

 

ストックからフローへ

自由化の方向として、銀行側は決済システムへの参加権を維持しながら、金融マネジメント、アドバイス、コミュニケーション会社へ脱皮していった。具体的には、預金・貸出の収益低下を補完するために、証券業などフローの業務に付随する手数料収入の増加を図った。

窓際規制については、60年代に単一持株会社を設立し、その子会社を通して証券業他への参入を図ったことがあるが、70年12月に銀行持株会社法が改正されてその道は閉ざされた。銀・証分離の影響は株式関連業務に見られるが、実質的にはかなり同質化が進んでいると考えられる。

 

銀行経営管理手法の変化

擬似ALM期

  1. 資金配分法:各種規制、安定した経済環境、限られた資金調達先・手法において利用され、その考え方は「収益力=F(流動資産・収益性非流動資産割合)SUB TO 審査能力」である。資産側のみで一定の流動性を確保した後、信用リスクをある程度意識した資金配分を行うもの
  2. 資金プール法・資金コンバージョン法:規制、安定した経済環境、多様化し始めた資金調達先・手法、資金の出し手の意識変化において利用され、その考え方は「収益力=F(個別運用資産・調達手段の組み合わせ)SUB TO 流動性」である。負債側のみで資金をプールして調達コストや流動性リスク(調達資金の安定度)を管理する手法。前者は、多様化する資金源泉ごとにコストを把握し、それをハードルレート(投資案件に最低限求められる収益率)として運用を図ろうとするもの。後者は、費用と収益の関係ではなく、調達と運用のキャッシュフローパターン(流動性リスク)に配慮するもの

 

ALM創世期

  1. 不確実性とリスク:70年代後半から80年代半ばにかけてファーストペンシルベニア銀行などが清算や倒産になっている。これは第2次石油危機といった全く不確実(予測不可能)な事象を原因としているが、すべての取引を1つの金利見込みにかけていたという点でハイリスク・ハイリターンだった
  2. マチュリティギャップ:70年代後半頃から利用され始めたもので、資産と負債元本の返済時期(再運用・再調達時期)のずれを把握することで、金利変動の金利収支への影響を捉えようとするもの
  3. シミュレーション:ある時点の状況を把握するよりも、ある行動をとった場合のその影響をある一定期間にわたって把握することを目的にしているもの
  4. デュレーション:80年代半ば頃から利用され始めたもので、キャッシュフローの金利感応度指標で、資産側キャッシュフローの金利感応度と負債側キャッシュフローの金利感応度の差が、金利水準の変化に伴う株価の変化の度合いを示す
  5. BPV/VAR:統計的な手法の前提と現実が異なってしまった場合の損失を把握することを目的としている。BPVは価格の1BP当たりの(1/100%)金利感応度指標であり、VARはある時点のほんのわずかの変動ではなく、ある一定期間中で考えられる変動が最大限表れた場合の最大損失幅を得るもの

 

銀行の発展と淘汰

RAROC

RAROC(Risk Adjusted Return on Capital)とは、リスク・リターンの度合いを、間接的ながら市場の要求水準に合わせていこうとしたものである。ただし、発展と淘汰の要因はポートフォリオ選択の問題で、顧客指向とは相容れない。

 

株主指向

株主指向とは、余剰資金は原則株主に渡すというものである。典型例が、サン・トラスト銀行で、余剰資金に関して配当を増加、自己株購入、買収資金充当の3つのどれかに絞っている。買収においても15%程度の投資収益率をハードルとし、極めて慎重に行っている。

 

M&A

M&A(企業買収)は、収益対策として経営者に株主対策をさらに意識させるものとなっている。米国における銀行業は、最大でも名目GDP以上の発展は見込めないと考えられており、通常の預貸業務の収益性も低い。また、経費削減のためにもM&Aによって規模を拡大し、顧客一人当たりの投資効果を上げる必要があるのだ。

 

2 日本の金融自由化とALM

自由化の推移

円・ドル委員会以前(金利)

日本は金融機関の地域的な広がりを抑制しなかった代わりに、直接金融を劣後的な扱いとしている。これは、国際収支の天井といわれた資金の量的な制約があった時代に、国策に沿った形で資金を配分する意図が強かったことを要因としている。

このシステムを大きく変化させたきっかけは、高度成長期における民間部門の金融資産の蓄積、石油ショックと財政支出拡大に伴う国債の大量発行と起債条件の弾力化(公募入札)である。79年から83年までの間は、官による金利自由化イニシアチブがとられており、あくまで国債の円滑な消化を主目的にしていた。

 

円・ドル委員会以後(金利)

米国の財政赤字によるドル金利高の中で、為替市場を円高方向に振るには円の通貨としての魅力を高めることの他はなく、そのため円の利便性を上げる金融・資本市場の自由化と、その利用者層を広げることを企図する円の国際化が示唆された。日米間の交渉過程で円・ドル委員会が開かれ、従来の許認可行政の枠内での自由化を目指した後、金利の自由化は実質的に終了した

 

金利スワップ市場

金利スワップ市場とは、債権・債務、キャッシュフローの交換契約のことで、93年頃から一般化した。90年代に入って収益率が大きく低下する中で、収益の下支えを意図して絶対金利水準の低いもの、すなわち短期化に進んだものと見られる。

また、自由化による対象商品の多様化によって顧客吸収力の増加に結びつくと同時に、資金ポジション的には見合わないものもあり、それを簿外取引で調整する需要が強まっていたこともスワップ市場が成長した要因と考えられる。

 

円・ドル委員会以後(業務)

業務については、直接金融の担い手である証券会社と間接金融の担い手である銀行の分離原則に加えて、後者の中でさらに、長短分離原則・信託分離原則といった業態別の問題がある。ただし、社債に関して受託業務を通じて銀行が実質的にその発行要件に関与し、そのはめ込み先もメインバンクを中心にするなど、こうした分離原則はなし崩しの部分があった。そうした中で、金融制度調査会によって、業態別子会社方式により、相互に乗入れることが提言された。

 

社債制度改革

社債制度として、77年の「望ましい公社債市場のあり方に関する報告書」(証券取引審議会基本問題委員会)と86年の「社債発行市場のあり方について」(証券取引審議会・公社債特別部会)の2つの報告書から見ていく。

77年の報告書は、基本的にはオイルショック後国債の円滑な消費を念頭においた提言で、①起債会の廃止、②証券4社の引受業務集中化の阻止、③債券の多様化、④無担保化、⑤格付機関の育成などが盛り込まれていた。86年の報告書は、内外市場の無差別化の要因となった為替管理の自由化以降では、国内制度・慣行がその主たる要因であることが明らかになったことを指摘し、①有担原則の廃止、②起債方法の改善(プロポーザル方式の導入)、③受託制度の位置づけ、④引受業務のあり方、⑤多様化、⑥発行限度額の廃止などが提言された。

これらは、95年に至ってほとんどが実施されており、特に96年からの適債基準から格付基準への移行や、95年中に見られた受託銀行を設けない発行からは、社債制度に相応の器は完成されたと考えることができる。

 

銀行経営管理手法の必要性

信用リスク

信用リスクとは、倒産や債務不履行等により、元本の返済や金利の支払いが滞ったり、停止されることである。日本の金融システムの特徴は、戦時経済体制を維持してきたことで、信用リスクがないものとされてきたことである。それは、価格によって量がコントロールされるという市場メカニズムを持たないことを意味し、同時に市場関係者が価格を適切に設定する能力を必要としなかった。

具体的には、株式持ち合いによる事業リスクの分散、護送船団方式によるデフォルトフリー可能運営などであり、結果として個別会社の資本収益率などをベースにした信用の価格設定を適切に実施する必要性がなかった。

 

市場リスク

市場リスクとは市場価格(金利・株価・為替など)の変動によって保有資産に損失が生じる可能性のことである。基本的には負債側の金利リプライシング期間の短期化(預金の短期化)と、資産側の金利リプライシング期間の長期化(証書貸付)となっており、この傾向は都市銀行で著しい。このため、イールドカーブ(縦軸に金利(利回り)、横軸に期間を目盛りにとったグラフ)の形状変化によっては収益が大きく変わる。

 

流動性リスク

流動性リスクとは、債券や株式などを換金しようと思ったときに、マーケットですぐに売れなかったり、希望価格で売れなかったりすることである。ただし、単純化すれば信用力の問題になる。ブラックマンデー時の資金の動きでも、JPモーガンのような信用力の極めて高い銀行には資金が集まりすぎるという例があるからである。

 

日本的ALMの展開

1985〜88年

ALMに関する講演会や研究会が活発に開かれるようになったのは、88年以降のことである。85年頃から動きはあったが、3年間の収益悪化によって本格的にALMを取り入れるべきとされたのだ。

88年当時の主要テーマは、①リスク管理手法、②組織・運営体制、③他業務との関連などであったが、これらのうち管理手法(テクニック)の一点に関心がしぼられていた。特に、国際化と低収益という現実を前にして、それを改善するにはリスクをとらざるを得ないことから、短期調達・長期運用の延長線の感覚であるズレという意味でギャップ分析に関心が集まっていた。

88年前後は、テクニック的には相応の習熟を見せ、また対費用効果の問題に関しても、パソコンや市販のスプレッドシート(表計算ソフト)の積極的な利用などから、この時点までに慎重さがうかがわれるようになっていた。また、月次決算をベースとして考えるものが多く、バリュー(現在価値)の概念が希薄であった。さらに、業態(国内・国際)によって、その進度は異なっていた。

 

1989〜95年

  1. ALCO(Asset & Liability Committee):ALM委員会の通称。原則自由、例外規制の風土とトップダウン経営をベースとした米国のALMシステムを、日本の経営風土に合わせるために、米国と違った形のALCOの利用方法が必要だった
  2. BPV(Basispoint Value):日本の場合は、前提条件などで制約の多いデュレーションから、BPVへの技法の変化が影響が大きかった。金利感応度指標への取り組み方によって、ALM業務を独立したプロフィットセンターとすることが可能となった
  3. 支店業績評価:支店・営業店は期待される役割と機能の関係がそれほど明確でなく、それが自主性を発揮できるチャンスにもなっている。支店への資源配分は、基本的には収益を基に行われる。しかし、その中で生じる対顧客関係費用と収益といった問題を、極めて短期的な視点しか持たないALMシステムで一括管理し、中長期的な意図をシステム上で反映させることは困難である
  4. クレジットリスク:現状でも市場が評価に値すると判断するほどリスクに見合ったクレジットチャージの方法を確立している組織は、ほとんど存在しない。国内でも自身のクレジットが利用できるところはあるが、その場合でも元本が伴わない金利スワップが多い

 

最後に

かつての金融機関経営は、高度成長や規制金利がすべて解決してくれていた。しかし、安定成長・金利自由化時代では、ALM(資産負債総合管理)といった金融リスク(信用・市場・流動性リスクなど)の計測・管理が不可欠となった。金融機関の収益が金融リスクの分解・負担の対価である以上、ALMは必須

次回は、リスク管理、ALM手法、標準的な財務手法 ALMの基本的な考え方についてまとめる。


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