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課税権、徴税権で資産と負債をバランスさせる 国のバランスシート

「大学では、英語と会計・簿記だけはしっかり学んでおきなさい」著者は繰り返し説いている。ここでは、高橋洋一『バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる』を7回にわたって要約し、バランスシートの考え方を理解する。第1回は国のバランスシート。

1 バランスシートとは 

「借方と貸方」から「Asset & Liability」へ

バランスシート(貸借対照表)とは、一定時点における企業の財政状態を示す一覧表のことである。簿記ではお金の動きを様々な勘定科目に仕訳する。その基本は左側が借方、右側が貸方と2つに分けることである。しかし、この借方と貸方というのはあくまで記号であり、Asset(資産)とLiability(負債:資本と期間利益も含む)で理解するほうがわかりやすい。そして設立日をxとして、x+1日、x+2に血というように日付を表していく。日付を明示する理由は、バランスシートがある時点の数字を表すものだからである(下記図は給与明細から見る自由の思想 サラリーマンのための税・社会保障制度参照)。

ストックとフロー

ストックとはある時点のカネの「状態」を表す数字であり、フローはある期間に限ったカネの「動き」を表すものである。バランスシート(貸借対照表)はストックを表し、損益計算書(PL)はフローを表す。企業の決算に使われる「試算表」はこの2つを合わせたものである。

 

バランスシートは企業の活動の記録

バランスシートは単に資産と負債の状況を表すだけでなく、企業の活動を表している。右側には活動に関わるお金の出所、左側にはそのお金で何を行ったかが記されているのである。

 

家計のバランスシート

家計をバランスシートにたとえると、左側は勤めている会社から将来にわたって受け取る将来給与になり、右側は生きていくために将来必要な出費となる。家計の場合、将来給与を上回るような負債をつくると、即、生活が成り立たなくなってしまうため、資産のほうが多いという状態が一般的である。 一般の家計で企業のようなバランスシートが当てはまるのは、住宅ローンを組んで不動産を取得した場合である。右に住宅ローン、左に取得した不動産価値が置かれる。そして、年々返済していくと、右の住宅ローンは次第に減っていくが、同時に左の不動産価値も減っていき、完済したときには不動産価値も土地を除いてゼロになるという仕組みである。

 

資産インフレと資産デフレ

不動産について損得を挙げるとしたら、資産インフレになればローンを組んででも不動産を取得したほうが得になり、資産デフレになればローンを組んで不動産を取得した人は損をすることになる。その理由は、前者は資産のほうだけが大きくなり、固定金利ならば金利も上がらないからで、後者はローンの総額は減らないにもかかわらず不動産価値は減るからである。 また、変動金利でローンを組んでいる場合は、市場の金利動向によってローンの金利も上下するため、金利が上がったときに返済額が増えるというリスクを考える必要がある。

 

2 国のバランスシートをつくる作業

国のバランスシートづくり

ALM(Asset Liability Management)とは、資産と負債を管理する手法で、金利の状況などによる資産と負債の変化に対し、金利リスクを考慮した資金運用を数理的に決定するものである。 1990年代に世界的なカネ余りを背景に金利の自由化が進み、アメリカを中心に金融機関のビジネスがハイリスク・ハイリターンなものに変質していった。それにともなって、銀行や証券会社では総合的にカネの動きを管理するツールがどうしても必要になり、そこからALMが生み出された。 日本においても1997年に行われた財政投融資(財投)改革によって、ALMの活用がなされた。

財投とは、郵政省(現・総務省)の管轄である郵便貯金や厚生省(現・厚労省)の管轄である年金の資金を大蔵省(現・財務省)が管理し、公共事業を行ったり特殊法人に貸し付けたりするものである。扱う金額は巨大なものになるが、その割にはドンブリ勘定で、金利変動で逆ざやが発生しがちであった。 そこで、著者を中心にしたメンバーで1995年の年度末の時点にしぼって政府の資産と負債をすべて洗い出し、ALM構築が開始された。

 

お金を持っていながらお金を借りている政府

作業を進める中で、日本政府はお金を持っていながらお金を借りているという事実が明らかになった

第一に、政府のお金である政府預金(日銀の口座に預けてあるお金)が数十兆円ある。政府が預金をたくさん持っているということは、実は民間でお金がうまく回っていないということである。

第二に、現金に近いものとして有価証券も持っている。預金と有価証券を合わせると、2010年時点でおよそ130兆円にのぼる。

第三に、お金を借りている(国債発行)にもかかわらず、貸付金が多いことがわかった。貸出先のほとんどが官僚の天下り先になっている特殊法人で、証券や債権の形をとっているので現金に近いものである。

第四に、簡単に現金化できない固定資産として、道路などの土地・建物も所有している。道路の価値は市場がないため算出が難しいが、いくらお金をかけたかはわかるためここから計算した こうしてできあがったバランスシートは、負債に対して資産が小さく、およそ300兆円の債務超過であった。

 

課税権、徴税権でバランスシートはバランスする

政府のバランスシートをバランスさせるのが、課税権、徴税権である。課税権とは政府が税を課す権利であり、徴税権とは税を徴収する権利である。この課税権と徴税権によって、現在、政府に現金がなくても将来にわたる税収が保証されることになり、政府のバランスシートもバランスするのである。

ただし、これには一定の条件がある。その基準となるのが、債務残高の対GDP比である。なぜなら、国の支出が増えても、国の経済が成長してGDPが上昇すれば、将来の税収は増えると考えられるからである。 他国のバランスシートも、先進国ではほぼ負債のほうが大きくなっているし、資産のほうが大きいのは産油国などごくまれである。

 

毎日バランスシートを作成するような仕事

ALMの管理は日次で行われるため、毎日バランスシートを作成するような仕事であった。それは、少なくとも資金調達と貸出との間に整合性を持たせ、同時に市場の動きを日常的に監視するシステムが必要だったからである。 そもそも金融機関のツールだったALMを大蔵省に導入することを著者が提案した理由は、当時財政投融資を運用していた大蔵省理財局がやっていたことがほとんど銀行の業務と同じだったからである。しかも、当時の財投には大きな問題が2つあった。

1つは、財投資金の預託と運用との間に発生するリスク管理の問題である。年金と郵便貯金をそれぞれ管轄する厚生省と郵政省は、大蔵省にその資金を預託する。しかし、預託期間については、それぞれ持ち込む側の省庁が決めており、貸出期間も運用先である特殊法人任せだった。つまり、大蔵省は右のものを左に動かすだけで、何の管理もしていなかったのである。 日銀が公定歩合で市中金利を動かしていた時代ならこれで通用したかもしれない。しかし、時代は金利の自由化に向かっており、実際に1994年10月には日本の民間銀行の金利は完全に自由化された。金利は市場原理によって刻々と変動する野生動物に変わっていたのである。

 

金利の割高分を補助金に紛れ込ます

もう1つは、財政投融資そのものが抱える矛盾である。財投資金の根幹は、大蔵省にすべての省庁のカネを一度集めるというものである。これが予算編成と並ぶ大蔵省の力の源泉であった。 大蔵省はこの力を手放さないために預託の時点で金利を割高にし、郵便貯金に対して一定の利益を与えていた。そして、その分割高になる貸出金利を、貸出先の特殊法人への補助金に紛れ込ませることで解消していた。その金額は、総額3兆円の特殊法人への補助金の半分、およそ1.5兆円にのぼった。つまり、大蔵省が預託制度を温存するために、1.5兆円もの税金が郵便貯金などに回っていたのである。

 

預託制度の廃止、財投債の導入へ

こうした預託制度への批判の声を受け、預託制度の廃止、財投債の導入を柱とする財投改革が行われた。具体的には、郵便貯金や年金積立金を預託する制度が廃止となり、理財局の資金運用部も廃止された。郵便貯金などは金融市場で自主的に資金運用し、これまでの主な融資先だった特殊法人は、財投機関債を発行して金融市場から自主的に資金調達を行うようになった。

財投機関債は、特殊法人が自らの信用力で発行する政府保証のない債券である。業績が悪く、財投機関債が発行できない特殊法人には、政府が財投債を発行して調達した資金を融資する。このとき創られたのが財政融資資金特別会計(2008年度から財政投融資特別会計)で、財投債を国の信用で発行する。 こうして財投からの税金の垂れ流しに一定の手を打ち、同時にALMでは特に貸付金の金利の状況に常に細心の注意を払っている。それは、わずかな金利の変動で、日次の負債が数十億円単位で膨らむ可能性があったからである。

 

3 銀行の不良債権処理とバランスシート

1年の6分の5はバランスシートを見続ける金融検査官

大蔵省理財局でのもう1つの仕事は、銀行の不良債権問題である。銀行のバランスシートの右側は預金と資本金からなり、左側は主に貸付と有価証券に使っている。貸付残高と有価証券残高の割合は、だいたい半々から7対3くらいがいいとされてきた。銀行にとっては貸付のほうが収益が上がるため、有価証券が多いところはあまりいい金融機関とはいえない。この貸付が焦げ付いてしまう(返済されない)ことを不良債権という。

不良債権問題自体はどんな金融機関にもあるが、問題は、その金額が自己資本の範囲を超える場合である。そうすると、預かっているお金を預金者に返せなくなるからである。仮に銀行が倒産しても、預金保険制度(ペイオフ)によって元本1000万円とその利息は保護されるが、銀行の倒産は社会的不安が広がるので、事前に危機を察知して手を打つことが重要である。

そこで行われているのが金融検査である。金融検査とは、ラインシートという個々の貸付先の会社の財務状況が詳細に載っている書類を審査することによって、不良債権(貸付先の返済の滞り)を未然に防ぐことである。つまり、銀行の不良債権問題とは、貸付先の不良債権問題なのである。 融資先を全部調べるのは難しいため、半分から3分の1をサンプルとして抜き出して「この貸付金はこのくらい返ってくる」という銀行の自己判断と実際の経営状況を照らし合わせるのである。1回検査に行くと、1日100社ほどのバランスシートを2ヶ月間に渡って見続ける。検査官は年に5回検査に行くので、1年のうちの6分の5は毎日バランスシートを見ていることになる(『新版 ケース・スタディによる金融機関の債権償却』参照)

 

最後に

借方と貸方から資産と負債へ。国も企業(銀行)も家計もバランスシートで表せる。国は課税権と徴税権、企業は利益、家計は収入で資産と負債をバランスさせている。大まかでもいい。お金の出所とお金の使い道に興味を持とう

次回は、特別会計には資産負債差額がある 「埋蔵金」とは何かについてまとめる。

バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる (光文社新書)


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