「商品を売りたいなら脳のイラストをパッケージに貼りなさい」モリーは皮肉を込めて語りかける。ここでは、60万ビューを超える Molly Crockett のTED講演を訳し、神経科学データの解釈の限界について理解する。
要約
近代の市場では脳があらゆるところに登場します。例えば、ニュース記事の見出しにはチーズサンドイッチが意思決定の手助けになるとあるし、”ニューロ(神経)”ドリンクはストレス軽減に役立つとうたわれています。そこには一つ問題があると、神経科学者モリー・クロケットは指摘します。その問題とは、これらの神経促進作用は科学的に実証されていないということです。簡潔な本スピーチで、彼女は神経科学データの解釈の限界を説明し、なぜ我々がそれを知る必要があるのかを指摘します。
Neuroscientist Molly Crockett studies altruism, morality and value-based decision-making in humans.
1 本日は上手な意思決定の秘訣をお教えします
私は神経科学者で意思決定を研究しています。異なる脳内物質が意思決定へ与える影響を 調べる実験をしています。本日は 上手な意思決定の秘訣をお教えします。チーズサンドイッチです。そうです、科学者によるとチーズサンドイッチが 困難な決断全ての解決策となるそうです。なぜそう言えるのか、私がその研究をした 科学者だからです。
2 人が不当な扱いを受けた時の反応にセロトニンが与える影響
数年前 私と同僚は対人関係において セラトニンという脳内物質が 意思決定にどう影響するか興味を持ちました。特に 人が不当な扱いを受けた時の反応に セロトニンが与える影響を知りたかったのです。そこで実験をしました。まず被験者のセロトニン量を操作するため ひどい味の レモン味の飲み物を飲んでもらいます。これには 脳内のセロトニン合成に必須の原料を 取り除く作用があります。主成分であるアミノ酸トリプトファンです。その結果 脳内のトリプトファン濃度が低いと 人は不当な扱いを受けた際に 復讐する確率が高まることが分かりました。
3 チーズやチョコレートは意思決定に良い効果をもたらす?
これが我々の行った研究ですが それを取り上げた記事の見出しです。例えば「チーズサンドイッチが良い判断の秘訣」「いつくしみ深き友なるチーズ」「チーズと肉に自制心を高める可能性」何かおかしいですね。「速報!チョコレートで気分爽快」チーズやチョコレートなんて関係あった? これを見て 私も戸惑いました。我々の研究には チーズもチョコレートも一切出てきていないからです。被験者にトリプトファン量を操作する ひどい味のドリンクを飲ませただけですから。しかし トリプトファンはチーズやチョコレートにも 含まれていることが分かったのです。チーズやチョコレートが意思決定に良い効果をもたらすと 科学者が発表したとなれば当然注目を集めます。そうして この見出しの進化が起きたのです。
4 このような単純化は常に起こっていてお店の商品にも見受けられる
これが起きた時 私は一方で 「これくらい大したことない」と思いました。メディアは物事を 単純化しますが たかがニュース記事です。多くの科学者も そう思っているのではないでしょうか。しかし問題は このような単純化は常に起こっていて 普段読む ニュース記事だけでなく お店の商品にも見受けられるということです。先ほどの見出しが出回ると マーケティング担当者達から電話がかかってきました。ある飲料水商品に気分を高める効果があると 科学的証言を添えてくれないか とか テレビに出て 暖かい料理で本当に心もホッとするのか実証してくれないか など依頼されました。彼らに悪気はなかったのでしょうがもし その依頼を受けてしまったら 私は科学者としての領域を超えてしまっていたでしょう。それは きちんとした科学者にはタブーです。
5 神経科学は販売方法として広まりつつある
にもかかわらず 神経科学は販売方法として広まりつつあります。その一例が ニューロ・ドリンク この「ニューロ・ブリス」もその1つです。その商品ラベルには「ストレスを減らす」 「気分を高める」「集中力を高める」 そして「前向きな気持ちになる」と記載があります。すごいですね(笑) これを10分前に飲んでいたら役に立ったかもしれません。近所の店でこれを見つけた時当然のことながら私は 記載されている効果を裏付ける研究に興味を持ちました。まずは製造会社のウェブサイトへ行き 商品の実験報告を見つけようとしましたが 何も見つかりませんでした。
6 脳のイラストには特別な効果がある
実験が有る無しに関わらずそれらの効果をうたう記載が パッケージの中心に脳のイラストと共に書かれていたということです。実は脳のイラストには特別な効果があるんです 数百人の人に科学的な記事を読んでもらう 実験が行われました。被験者の半数には脳のイラストを含む記事を渡し もう半数には 脳のイラストなしの同じ記事を渡しました。実験の最後に この記事の結論に賛成か否かを被験者に尋ねました。こちらが 脳のイラストを含まない記事の結論に同意した被験者の数で こちらが 同じ内容の記事でイラストを含む結論に 同意した被験者の数です。ここで学んだことは 商品を売りたいなら 脳のイラストをパッケージに貼りなさいということです。
7 この数十年の間神経科学は著しい進化を遂げている
ここで1つ言っておきます。この数十年の間神経科学は著しい進化を遂げ 脳について 素晴らしい発見をもたらしてくれています。数週間前にも マサチューセッツ工科大学の神経科学者が 脳の特定部分の神経活動を制御することによって ラットの習慣を変える方法を明らかにしました。本当に素晴らしい研究でした。しかし神経科学の将来性によって期待は高まり 実証されていない大げさな主張まで出回るようになりました。
8 「神経科学のウソ」を簡単に見抜く方法を教えましょう
ではこのような「神経科学のウソ」を 簡単に見抜く方法をお教えしましょう。ウソ、 いかさま など色々な名前で呼ばれますが 「でたらめ神経科学」が私のお気に入りの呼び名です。
9 脳スキャンを使って人々の思考や感情が読み取れる?
最初の根拠のない主張は脳スキャンを使って 人々の思考や感情が読み取れるというものです。これは研究チームが『ニューヨーク・タイムズ』の論説枠に 出版した研究報告の記事です。見出しは「あなたは本当にiPhoneを愛している」でした。すぐにサイト上で 最も多くEメールで反響があった記事になりました。
10 「島」には数多くの働きがある
この記事の根拠は何でしょう? 16名を対象に 脳スキャナーを用い iPhoneが鳴っている 動画を見せました。脳スキャンで 愛や思いやりの感情に関係する領域の「島」と呼ばれる脳の一部が活性化していることを発見しました。「島」の活性化が見られたことから 被験者がiPhoneを愛しているのだと研究者たちは結論づけました。ただし この論理には1つだけ問題があります。それは「島」には 数多くの働きがあるということです。確かに 愛とか思いやりなどの 肯定的な感情とも 関係がありますが 同時に その他のプロセスにも関与しているということです。例えば 記憶 言語 注意― 怒り 嫌悪感 痛みにまで関与しているのです。同じ論理から「あなたはiPhoneが嫌いだ」とも 結論づけることができるのです。つまり 脳スキャンで「島」の活性化が見られた際に 長いリストから 都合のいい説明だけを選び出してはいけないのです。しかも このリストは気が遠くなる程の長さなのです。同僚のタル・ヤルコーニ氏とラス・ポルドラック氏は 今までに発表された脳の画像研究の 3分の1近くに 「島」に関する記載があったことを明らかにしました。つまり 今この瞬間でも 非常に高い確率で皆さんの「島」に活動があるだろうということです。だからと言って 皆さんが 私のことを愛してるということにはなりませんよね。
11 愛と繁栄の源はオキシトシンというホルモン?
さて 愛と脳の話と言えば 「ドクター・ラブ」として一部には知られている研究者によると 科学者は社会を結びつけている接着剤を発見したそうです。つまり 愛と繁栄の源です。今回はチーズサンドイッチの話ではなく オキシトシンと呼ばれるホルモンの話です。おそらく聞いたことがあるでしょう。ドクター・ラブの主張の基となっているのは 人のオキシトシンが高まると 信頼 共感 協力の感情が強化されるという研究です。彼はオキシトシンのことを「道徳分子」と名付けます。
12 それらの研究は一部分にしか着目していない
これらの研究は科学的に有効で再現もされています。しかし それらの研究は一部分にしか着目していません。オキシトシンの増加が嫉妬を強めたり 人をあざ笑う気持ちを強めるという研究もあります。オキシトシンの増加が 自分の集団のために他集団を犠牲にする傾向を強めることもあります。時には オキシトシンが協力し合う気持ちを減少させることもあります。これらの研究に基づいて 私はオキシトシンを「不道徳分子」と名付け 「ドクター・ストレンジ・ラブ」と名乗ることもできます(笑)
13 脳スキャンはアルツハイマー病などの予防や治療に役立つ?
さて 記事の見出し スーパーの棚本のカバーにはびこる 「でたらめ神経科学」を見て来たわけですが それでは 診療所ではどうでしょうか?SPECT検査は 脳スキャン技術で 放射性トレーサーを用いて 脳の血流を追跡します。米国には たったの数千ドルで SPECT検査を行い その画像を使っての 診断を売るクリニックもあります。クリニックによるとこれらのスキャンが アルツハイマー病を未然に防ぐ手助けになったり 体重問題 中毒症状夫婦間問題の解決の足掛かりになったり うつ病からADHDまで様々な精神疾患の 治療に役立っているということです。素晴らしい響きですよね、たくさんの人々も賛同するでしょう。これらのクリニックの中には 年に数千万ドルもの利益をあげているところもあります。
14 たった1回の脳スキャンでは精神疾患の診断はできない
ただし 1つだけ問題があります。神経科学分野で一般的に認識されている事は たった1回の脳スキャンでは精神疾患の診断は できないということです。しかし これらのクリニックでは 既に数千もの患者の治療を行って来ています。その患者の多くは子どもたちです。また SPECT検査は放射性単射を使います。人々を放射線にさらすことは健康を害する恐れがあります。
15 真の科学はもっと長い闘い
私は神経科学者として神経科学の 精神疾患を治療する可能性に人一倍期待しています。それは 我々をより善くより賢くしてくれるかもしれません。今はまだ証明されていませんがいつかチーズとチョコレートが 意思決定に良い効果をもたらすことが分かったらその時は 私も仲間に入れてください。しかし 我々はまだそこに辿り着いていません。何をすれば物が売れるか解明できていませんし 誰かが嘘をついているのか恋をしているのか 脳スキャンを見ただけでは分かりません。また ホルモンの力で罪人を聖人に変えることはできません いつか可能になるかもしれませんがそれまでは 誇張された主張のせいで真の科学から資源や注目を 失わないよう 注意深く対処しなければなりません。真の科学はもっと長い闘いなのです。
16 証拠を追及し、隠されている内容を掘り下げてみてください
ここであなたの出番です。もし誰かが脳のイラストが印刷された商品を売ろうとしたら 彼らの言葉を鵜呑みにしないでください。彼らに難しい質問をしてみてください。証拠を追及してください。隠されている内容を掘り下げてみてください。脳は複雑なので 簡単な答えが返ってくるはずありません。だからと言って我々は その解明を諦めたりなんかしません。ありがとうございました(拍手)
最後に
神経科学が精神疾患を治療する可能性は多いにある。しかし、今のところは脳のイラストが印刷された商品に気をつけてね。
TED公式和訳をしてくださった Kana Tsumoto 氏、レビューしてくださった Hidehito Sumitomo 氏に感謝する(2012年12月)。
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