「10年以内には脳を構築して心の謎を解決できるでしょう」マークラムは静かに語りかける。ここでは、45万ビューを超えるHenry MarkramのTED講演を訳し、スーパーコンピュータの可能性について理解する。
要約
ヘンリー・マークラムは言います。間もなく–心の謎を解決できると。精神疾患、記憶、知覚:これらはニューロンと電気信号で成り立っています。そして、脳の100兆ものシナプスすべてをモデル化したスーパーコンピュータで心の謎を解明しようとしています。
Henry Markram is director of Blue Brain, a supercomputing project that can model components of the mammalian brain to precise cellular detail — and simulate their activity in 3D. Soon he’ll simulate a whole rat brain in real time.
1 ミッションは人間の脳の詳細かつ現実的なコンピュータモデルを構築すること
我々のミッションは、人間の脳の 詳細かつ現実的な コンピュータモデルを構築することです。 我々は過去4年の間に コンセプトの実証を、 げっ歯類の脳の小片で行いました。 この実証によって、目下このプロジェクトを ヒトの脳にまでスケールアップしようとしています。
2 理由は進化、動物実験からの統合、精神疾患
なぜこんなことをするのでしょうか? 重要な理由が三つあります。 第一に、人間の脳を理解することは、 社会でうまくやっていくのに不可欠です。 また、進化の重要なステップだと思います。 第二の理由としては、 動物実験をいつまでも続けるわけにはいきません。 全てのデータや知識を作業モデルに 統合する必要があります。 ノアの方舟であり、アーカイブのようなものです。 第三の理由は、地球上には二十億もの人々が 精神疾患を患っています。 今日使われている薬の大部分は経験的なものですが、 疾病の手当についてとても具体的な答えを 見つけ出せると思います。
3 脳が宇宙の1つのバージョンを創造・構築する
今この段階でも、 脳のモデルを使用して脳の働きについての基本的な問題を 探究することができます。 ここTEDで、はじめて 我々の取り組みを共有したいと思います、 一つの理論–多くの理論がありますが– 脳の働きについての一つの理論について。その理論によれば、脳が 宇宙の1つのバージョンを創造し、構築するのです。そして、この宇宙のバージョンを泡のように、周囲すべてに映し出すのです。
4 私たちは知覚の泡の範囲内で判断している
これはもちろん何世紀にもわたる哲学的な議論の的です。 しかし、はじめて、実際にこの問題に、 脳のシミュレーションにより取り組み、非常に体系的で厳密な問いを投げかけることができます。この理論がほんとうに真実であり得るのかを。月が地平線上では巨大になる理由は、単に私たちの知覚の泡が 38 万キロメートルも広がらないからです。 空間の限界からはみ出るのです。そこで、私たちは建物と比較するのです。知覚の泡の範囲内で、そして判断します。私たちはその大きさであると判断します。その大きさではないにもかかわらず。
5 麻酔薬の働きは判断させなくすること
これが示すことは、 判断が重要なものであるということです。判断が私たちの知覚の泡を支え、生かし続けています。判断なしには見ることも、考えることも、 感じることもできません。麻酔薬の働きは、痛みを感じないように、 深い睡眠にいざなったり 受容器官をブロックしたりすると考えているかもしれません。しかし実はほとんどの麻酔薬はこのようには働きません。その働きはノイズを脳に導入し、 ニューロンが互いを理解できないようにするのです。 ニューロンは混乱します。すると判断できなくなります。 そのため、あなたが決めかねているうちに 外科医の先生は体を切り裂き、とっくにいなくなっています。 家でお茶をしています(笑)。
6 「あなた」は私の知覚の泡の中にいる
さて、ドアに歩いていって開けると、知覚するためにはたちどころに 判断しなければなりません。数千もの判断を、部屋の大きさや、 壁、高さ、室内にある物体についてすることなのです。見るものの99%は 目から入ってきたものではないのです。その部屋についてあなた方が推論したことなのです。そこで、ある程度の確信をもってこう言えます「われ思う、故にわれ在り」と。 しかし「あなたが思う、故にあなたが在る」とは言えません。なぜなら「あなた」は私の知覚の泡の中にいるからです。
7 脳はそのような知覚を構築できるのか?
ここで思いを巡らし哲学することもできますが、 これからの百年は実際にその必要はありません。私たちは非常に具体的に問いかけることができます。「脳はそのような知覚を構築できるのか?」そんな能力があるのでしょうか? そのための実体があるのでしょうか? これが今日みなさんにお話しすることです。
8 宇宙が脳を構築するのに110億年かかった
この宇宙が脳を構築するのに110億年かかりました。少しずつ改善するしかありませんでした。本能を得られるように、前頭部に加えなければなりませんでした。というのは陸上で対応するためです。しかし本当の大きなステップは新皮質でした。新しい脳です。これが必要でした。哺乳類に必要でした。その理由は、親の役割をこなしたり、社会的なやりとりや複雑な認知機能のためです。
9 人間の脳の新皮質は猛スピードで進化している
そこで新皮質は、実際のところ 私たちの知るこの宇宙の今日の究極的な答えと 考えることができます。この宇宙が生成した 頂点であり最終生成物です。進化に成功したので、 マウスからヒトまで ニューロンの数をおよそ千倍に増やし、 このほとんど驚くべき組織、構造を 生成したのです。 その進化の行程はまだ止まっていません。実際、人間の脳の新皮質は、ものすごいスピードで進化しています。
10 新皮質は高度に畳み込まれている
新皮質の表面にズームインすると、小さなモジュールで構成されていることを発見します。コンピュータの中のG5プロセッサのようですが、それが約百万もあります。進化に成功したので、それをいくつもいくつも複製して どんどん脳に付け加えて行ったので、頭蓋の中は一杯になりました。そして脳は自ら折りたたみ始めました。これが、新皮質が高度に畳み込まれている理由です。柱構造に詰め込んでいき、新皮質カラムの数を増やすことで、より複雑に機能できるようになります。
11 新皮質は巨大なグランドピアノにたとえられる
そこで新皮質のたとえとして巨大なグランドピアノ、 鍵盤が百万もあるグランドピアノと考えてください。これら新皮質カラムの各々はある音を生み出すでしょう。あなたがそれを刺激し、シンフォニーを生み出します。しかし、ただの知覚のシンフォニーではありません。あなたの宇宙、あなたの現実のシンフォニーです。もちろん何年もかかります。百万もの鍵盤のあるグランドピアノをマスターするには。そのため子どもを良い学校に行かせなければなりません。願わくば最終的にはオックスフォードに。でも、教育だけではありません。遺伝もあります。幸運な星の下に生まれ、つまり新皮質カラムの扱いに熟達しており、素晴らしいシンフォニーを演奏できるのかもしれません。
12 自閉症は新皮質カラムが特別なもの
実際、自閉症についての新たな学説があります。「強烈な世界」の理論と呼ばれ、新皮質カラムが特別なものであることを示唆しています。これらは非常に反応性があり、超可塑性があり、そのため自閉症者は思いもよらないような シンフォニーを構築したり、習得したり できるのでしょう。しかし、理解できるでしょう。もしこれらのカラムのどれかに 疾患があれば音が外れることを。創造されるシンフォニー、知覚は 乱されることになり、 疾患の症状がでることでしょう。
13 神経科学は新皮質カラムのデザインを理解すること
そのため神経科学の聖杯は本当に新皮質カラムのデザインを理解することなのです– 神経科学に限ったことではありません。たぶん知覚を理解すること、リアリティを理解すること。ことによると物理的リアリティさえも理解することなのです。そこで過去15年間にわたり我々は 体系的に、新皮質をばらばらにすることでした。これは熱帯雨林に行き、その一部をカタログ化することに少し似ています。どれだけの樹木があるのか? 樹木の形は? 各種類の樹木がどれだけあるのか?どこに位置しているのか?
14 ニューロンは接続する相手を慎重に選んでいる
単にカタログ化するだけではなく、実際には情報伝達のルールすべてを記述し、発見しなければなりません。接続性のルールです。ニューロンはどのニューロンとも接続したがるわけではないのです。ニューロンは接続する相手を大変慎重に選んでいます。またカタログ化するだけではありません。というのは実際にはこれらの三次元のデジタルモデルを 構築しなければならないからです。我々はこれを数万ものニューロンについて行いました。出くわしたニューロンのあらゆるタイプの デジタルモデルを構築しました。 一旦それが得られると、実際に 新皮質カラムを構築し始めることができます。
15 脳の回路は脳の織物と考えることができる
ここでこれらを巻き上げています。しかしその際にわかることは、 枝が実際には数百万もの箇所で交差し、 これら交点の各々でシナプスを形成し得るということです。シナプスという場所では化学的に、ニューロンが互いに情報伝達しています。これらのシナプスが集まって ネットワークを形成し、 すなわち脳の回路を形成します。この回路は脳の織物とも 考えることができるでしょう。脳の織物について考えるときその構造はどのように構築され、カーペットのパターンはどんなものでしょう? これは脳のどんな理論に対しても 根本的な挑戦を突き付けることになるとお気づきでしょう。特に次のような理論に対して。すなわち何らかのリアリティが このカーペット、特定のパターンを有するこの特定のカーペットから出現するという理論に対して。
16 脳の最も重要なデザイン上の秘密は多様性にある
その理由は脳の最も重要なデザイン上の秘密が 多様性にあるからです。ニューロンは全部異なっています。森と同じです。松の木は全部異なっています。種類の異なる木もたくさんあるかもしれませんが、松の木も全部異なっています。脳でも同じです。私の脳には他のニューロンと同じニューロンはありません。また私の脳にはあなたのと同じニューロンはありません。あなたのニューロンは、方向や位置が まったく同じものはありません。ニューロンも多かったり少なかったりします。 そのためほとんどありえないのです。同じ織物、同じ回路を持っている人など。
17 種に固有の織物を共有している
それでは私たちが互いに理解し合える リアリティをどのようにして創造し得るのでしょうか? あれこれ考える必要はありません。私たちはいま千万ものシナプスすべてを調べることができます。織物を調べることも、ニューロンを変えることもできます。異なるバリエーションのニューロンを使うことができます。ニューロンを異なる場所に配置したり、異なる場所で向きを変えたりできます。少なくしたり多くしたりできます。そのようにした場合、我々は回路が変化することを発見しました。しかし、回路をどうデザインするかというパターンは変化しません。そのため、脳の織物は脳が小さかろうが大きかろうが、種類の異なるニューロンや形態の異なるニューロンがあっても、私たちは実際には同じ 織物を共有しているのです。我々はこれが種に固有であると考えています。これは種を超えてコミュニケートできない理由を 説明できるのではないかということを意味します。
18 ニューロンを活性化させる数式と数学を手に入れた
ではスイッチを入れましょう。しかしそのためには活性化しなければなりません。活性化するには数式を使います。たくさんの計算です。実際のところニューロンを電気ジェネレータにする数式は、ケンブリッジの二人のノーベル賞受賞者によって発見されました。それでニューロンを活性化する計算が手に入りました。我々はさらに数学を手に入れました。ニューロンがどのように情報を集め、ニューロンがどのように小さな稲妻を生み出して 互いに情報伝達するかを記述する数学です。そしてシナプスに達すると事実上行われるのは、文字通りシナプスにショックを与えるのです。感電のようなものであり、これらのシナプスから化学物質が放出されます。
19 1つのニューロンの計算に1つのラップトップが必要
このプロセスも数学的に記述できています。そのためニューロン間の情報伝達を記述することができます。文字通りほんの一握りの数式だけです。新皮質の活動を シミュレートするのに必要なのは。しかしとても大きなコンピュータが必要になります。実際一つのラップトップが たった一つのニューロンの計算すべてのために必要になります。そのため1万台のラップトップが必要です。どこに行きますか?IBMに行きますね。スーパーコンピュータのために。IBMは知っています。1万台のラップトップを冷蔵庫の大きさに押し込む方法を。それでこのブルー・ジーン・スーパーコンピュータを手に入れました。すべてのニューロンをロードし、 各々をそのプロセッサに割り当て、発火させて何が起こるかを見ます。 魔法の絨毯に乗りましょう。
20 刺激があるときに脳の中で起きていること
アクティブ化すると、はじめてご覧のように刺激があるときに脳の中では こんなことが起きています。はじめての光景です。はじめてこれを見ると思うかもしれません。「すごい、どうしてこの中からリアリティが出てくるの?」と。 しかし、実際のところこの新皮質カラムをトレーニングしていなくても、 固有のリアリティを創造しはじめることができます。「バラはどこにあるの?」とか「写真で刺激すると、この中のどこにあるの?」 と尋ねることができます。新皮質内部のどこだというのでしょう? 究極的には、そこを刺激するとそこにあることになります。
21 電気的オブジェクトはまぎれもなく宇宙
そのため、我々が調べる方法はニューロンを無視し、シナプスを無視し、ただそのままの電気的活動を調べるのです。なぜならそれが創造されているものだからです。電気的パターンを創造しているのです。そこでそのようにすると、実にはじめてゴーストのような構造が見えました。電気的オブジェクトが新皮質カラムの内部に現れたのです。 これらの電気的オブジェクトはすべての情報を保持しています、刺激したものがなんであれ。そしてズームインすると紛れもなく宇宙のようです。
22 脳を構築することは不可能ではない
そこで次のステップはこれらの脳の座標を取って、知覚空間に投影することです。これを行うと踏み込むことができます。創造されたリアリティの内部に このマシンによって この1つの脳によって創造された内部に。まとめましょう。 思うにこの宇宙は、もしかしたらあり得ることですが- 脳を進化させて、宇宙自体を見ようとしたのではないでしょうか。これは自己に気付く最初のステップかもしれません。すべきことがまだたくさんあります、これらの理論をテストするにも、他のどんな理論をテストするにも。しかし多少は納得されたのではないでしょうか、脳を構築することが不可能ではないことを。10年以内にはできるでしょう。そしてもし成功すれば、10年以内にTEDに ホログラムを送ってお話しすることでしょう。
最後に
脳の中に宇宙を見出す。すごい、おもしろい、でも少し怖い。新しいことを知ることは、明るみに出されるという恐怖を受け入れることなのかもしれない。
和訳してくださった Mitsumasa Ihara 氏、レビューしてくださった Natsuhiko Mizutani 氏に感謝する(2009年10月)。
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