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日銀当座預金と日銀券残高は操作できない? 責任逃れの「日銀理論」

前回は、中央銀行による信用・市場リスクのある証券の売買 非伝統的金融政策についてまとめた。ここでは、日銀当座預金と日銀券残高は操作できない? 責任逃れの「日銀理論」について解説する。

日銀は何をするところか

日銀の目的は1997年に全面改正され、98年4月から施行された日本銀行法(日銀法)に規定されている。それによれば「日銀の主たる使命は通貨価値の安定と信用制度の保持・育成」である。

 

通貨価値の安定は達成されたか

通貨価値の安定とは、物価の安定を意味する。旧日銀法時代のインフレ率を見ると、大体においてインフレだった。インフレ率が10%以上になったのは、1973年5月から1975年9月までと、1976年12月である。こうした「狂乱物価」をなぜ引き起こしたのだろうか。

 

物価高騰の原因は貨幣の急増

物価高騰の原因は貨幣の急増だった。貨幣(M1)とは、現金(日銀券と硬貨)と普通預金などの要求払い預金(引き出しを要求すると同時に現金化される預金)と定義される。M1の増加率は1970年に入って21%に上昇し、73年には28%に達した

M1は狭義の意味での貨幣だが、M1に定期預金を加えたものを広義の貨幣(M2)という。M2の増加率も70年代に入って急上昇し、20%台に達した。これほどの勢いで貨幣が増加すれば、過剰な貨幣がモノへの支出に向かうため、インフレ率が20%台に上昇するのも当然である。

 

貨幣の急増は銀行の貸し進み?

日銀によると、貨幣の急増の原因は「金融機関の貸し進みによるものであった」としている。しかし、それでは通貨価値の安定(物価の安定)は日銀の使命であるという日銀自身の宣言は、どうなってしまうのだろうか。

 

銀行でなく「日銀」の貸し進み

この日銀の高インフレの理由付けに、当時、異議申立てをしたのが小宮隆太郎元東京大学経済学部教授であった。小宮氏が主張したのは「銀行の貸し進みを引き起こしたのは、日銀の銀行への貸し進みであった。したがって、高インフレをもたらした責任は日銀にある」というものだった。

この論理の背景には、現代の銀行制度が採用している準備預金制度がある。準備預金制度とは、銀行は受け入れた預金の一定比率に相当する当座預金を日銀に預けなければならないという制度である。日銀はこの準備金の比率を調整することで、銀行の貸出を増減させている。銀行は企業への貸出金利とコール市場(銀行同士で日銀当座預金を貸し借りする市場)の貸出金利(コール・レート)の差をみて、コール・レートが低ければほかの銀行からお金を借りて企業への貸出を増やそうとするだろう。つまり、1970年代の初めに銀行の貸出が急増したのは、日銀が気前よく銀行に貸し出したため、コール・レートが銀行の貸出金利に比べて低い水準に維持されたからである。なお、日銀がコール・レートを引き上げるためには、銀行に「日銀から借りたお金を返済した場合、借り換えを認めない」と言っておけばよい。

 

日銀には「日銀理論」がある

日銀理論とは「日銀当座預金や日銀券の増減は民間銀行の貸出の増減の結果として起こるものであって、日銀が直接統制に訴えることなしには、日銀当座預金と日銀券の残高を金融政策によって操作することはできない」という考え方である。これは、銀行の緊急時の日銀貸し出し要求に、日銀は応じざるを得ないからだとしている。しかし、長期的には日銀は銀行への貸出を減らしてコール・レートを引き上げることにより、銀行の貸出を抑制し、銀行が必要とする日銀当座預金と日銀券を減らすことが可能である。

 

恩恵としての日銀貸し出し

当時の日銀はコール・レートを引き上げるような金融政策を採用せず、代わりに個々の銀行に対して日銀からの貸出に上限を設けたり(貸出限度額規制)、日銀の窓口で個々の銀行に貸出を抑制するように指導したりする(窓口指導)といった直接統制方式を採用していた。そもそも金融政策を行っていれば済むところを、「規制」や「指導」という手法をとって権限を維持してきたにすぎない。

 

金融引き締めは戦闘である

小宮氏は「金融引き締めは戦闘である」と語っている。つまり、日銀は平時には金融市場には働きかけをせず、非常時になれば金融引き締めを行って戦闘の開始を告げるのである。

 

責任を認めない「日銀理論」の構造

日銀理論は、日銀の責任を問われると「それは日銀にはどうしようもない外部の経済活動によって引き起こされたものである」というように、日銀には責任がないことを論証する構造を持っている。例えば、日銀は1980年代終わりから90年代初頭にかけて、バブルの責任を問われたときがある。その際も「多くの金融機関が業容拡大を目指したことにより…」とか「土地担保価値の増大」のためと説明していた。しかし、「そもそも銀行が貸出を増やすためには、日銀当座預金を増やさなければならない」という銀行の信用創造の基本的原理を無視して議論したのである。

 

日銀に「標準的金融政策論」の理解者はいるのか

日銀の調査統計局には大学で「標準的金融政策論」を学んだ人が少なくない。しかし、調査統計局や日銀金融研究所が発表する文書・論文で、日銀の金融政策に誤りがあったことを認めたり、その可能性を指摘したりするものは見たことがない。むしろ、日銀広報室といった方が適切である。つまり、日銀が発表を認める論文・報告書には、どうしても日銀の利害が絡まざるを得ないことを念頭においておく必要があるのだ。

 

最後に

日銀の使命は通貨価値の安定と信用制度の保持・育成。しかし、「日銀理論」では日銀に貨幣の量はコントロールできないとし、日銀に責任がないことを論証している。そもそも銀行が貸出を増やすためには、日銀当座預金を増やさなければならない(信用創造)。日銀が銀行に貸し出さなければ、長期的には日銀券残高は減少する

次回は、デフレは不良債権が増え、失業率も上昇する 「良いデフレ理論」の誤りについてまとめる。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)


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