前回は、将来の郵貯・簡保・郵便の姿と長期シミュレーション 郵政民営化についてまとめた。ここでは、公的年金と道路民営化に将来キャッシュフロー分析を適用 特殊法人改革について解説する。
1 特殊法人改革の背景
特殊法人改革は、小泉政権の掲げていた優先順位の高い政策だった。2001年11月27日、小泉内閣は「先行7法人の改革の方向性について」で道路公団などを民営化するとともに住宅金融公庫を5年以内に廃止すると明言した。さらに、163の特殊法人及び認可法人を対象とし廃止・民営化等の見直しを行うこととした。国民生活金融公庫等の8政府系金融機関については、①民業補完、②政策コスト最小化、③機関・業務の統合合理化の原則の下、経済財政諮問会議において検討することとされた。特殊法人改革について大きな方向性を示したこの政治決断は高く評価される。
ここでは、これらの政治的な決断を本当の構造改革に結びつけるために、どのように公会計やそれに関連したデータを活用したらよいかを述べる。
2 失われた90年代の原因:効果のない公的投資
日本における1990年代の成長率低迷を説明するために多くの仮説が出されているが、ここでは成長会計による単純な成長率要因分解を示す。一般に経済成長は、資本ストックの増加、労働投入量の増加、技術進歩の増加によってもたらされることから、経済成長率に対する資本投入、労働投入及び技術進歩のそれぞれの寄与度を見る。
日本における1990年代の経済成長率は平均1.3%であり、1980年代の平均3.8%より大きく低下している。コブ・ダグラス型生産関数により推計すると、1990年代の低成長率は労働投入の減少と技術進歩の寄与が減少したことによってほとんど説明できる。労働時間は1990年代の累計で10%以上減少している。技術進歩は1990年代の効果のない公的投資が一因であるといえる。
公的投資には、需要面への短期的需要創出効果の他に、供給面への中・中長期的な生産力効果がある。例えば、道路の建設は走行時間短縮、走行経費減少、交通事故減少等の便益があり、運輸業など道路を利用する産業の生産を高める効果がある。しかし、日本でも1997年から行われている費用対効果分析は詳細情報が公開されておらず、その効果分析の妥当性の第三者検証が困難である。また、諸外国が便益対費用比率を3または4にしているのに対し、日本は1以上にすぎないという低い基準も問題である。つまり、日本において新規に建設される高速道路路線が生み出す社会的便益はそれほど大きかったとはいえないのである。
3 公的活動の基準:民間でできるものは官がやってはいけない
公共財的性格を持つ財・サービスは、民間による供給が不可能であるか、民間による供給では極めて過小(あるいは過大)となるなどの問題があるものと定義される。公的投資が正当化されるのは、市場の失敗などが存在する場合に限られる。つまり、社会的に価値がある一方、民間だけではできない場合に公共投資に意味がある。また、受益者負担分について、明確な事業・会計区分が可能(民間主導)か否か(公共主導)によって事業主体を変える必要がある。さらに、公共投資の場合、補助金など財政支出を必要とするため、事前に必要な補助金が確定できないほど不確実性の高いことも特徴になる。
このように、公的活動は必要な側面もありながら、その評価分析がなされてこなかった。そこで、公的活動の効果を長期分析するために、将来補助金を含む財政ストック・データをバランスシートで表す手法を提示し、公的年金問題と道路公団問題を例に具体的な提言を行う。具体的には、バランスシートを分解し、個別政策に応じたものをつくることとし、資産・負債について将来キャッシュ・フローを含むものに修正することである(将来キャッシュ・フロー分析)。概要は年金は決して破綻しない バランスシートで見る民営化と年金参照。
4 公会計及び経済分析の現状
複数年度にわたる経済分析では、単年度フロー・データではなくストック・データが必要である。しかし、現状では、個別政策を分析するためにバランスシートなどの財務データがないなどの問題が多い。経済分析を行い適切な経済政策を実施するためには、公会計制度が十分に機能していることが前提条件である。
公的活動を監視する公会計の重要性
国のバランスシート
2000年10月、「国の貸借対照表(試案)」が作成・公表された。貸借対照表(バランスシート)とは、財務の状況を明らかにするためにすべての資産・負債などをまとめて一表としたものである。国と民間ではその目的などが異なるが、国の広範な活動の全貌を俯瞰する手がかりを与える意味を持つ(課税権、徴税権で資産と負債をバランスさせる 国のバランスシート参照)。
行政コスト(特殊法人)
2001年6月、財政制度等審議会財政制度分科会の法制・公企業会計部会公企業会計小委員会により「特殊法人等に係る民間企業と同様の会計処理による財務諸表の作成と行政コストの開示について」が公表され、行政コスト計算書を中心とした財務報告書がつくられることになった。行政コストとは特殊法人運営にかかるコストのことだが、この報告書によって、特殊法人間の比較や機会費用についても計算表示できるようになった。
具体的な行政コストの算出方法は、仮定貸借対照表、仮定損益計算書等を作成した後、仮定損益計算書に計上された費用(損失)から、手数料収入等の特殊法人等の自己収入を控除し、これに政府出資や政府からの無利子貸付金、国有財産の無償使用等にかかる機会費用を加算すればよい。この行政コストと対応するベネフィット(便益)を比較検討する。
政策コスト(財政投融資対象事業)
1999年8月、財投改革の一環として、米国の連邦信用計画(Federal Credit Program)を参考にして政策コスト分析は導入された(ガバナンスと金利に問題あり 米国の先行改革や他国に学ぶ財投改革参照)。政策コストとは、財政投融資を活用している事業の実施に伴い、今後当該事業が終了するまでの間に国(一般会計等)からの投入が見込まれる補助金等の総額を、割引現在価値として一定の前提条件に基づいて仮定計算したものであり、事業に必要な将来の国民負担総額の割引現在価値である。
政策コスト分析の結果、将来補助金がマイナスとなる事業は民間でも実施できる可能性がある。また、政策コスト分析は、財投機関のキャッシュ・フロー・データ(cash flow data)に基づいて行われるため、財投機関のキャッシュ・フローをモニタリング(monitoring)することが可能である。さらに、政策コスト分析に用いられたデータを活用すれば、財投機関の時価価値ベースでのバランスシートが作成できる。
行政コストと政策コスト分析
特殊法人会計、行政コスト計算書、政策コストそして便益対費用比率(参考)における情報、特徴、分析対象、計算方法、数値の安定度、算出根拠には差異があるため、それらを有機的に組み合わせれば特殊法人改革を議論するのに有益である(下記表参照)。
特殊法人会計 | 行政コスト計算書 | 政策コスト | 便益対費用比率 | |
情報 | バランスシート と損益計算書 |
費用(国民負担) | 費用(国民負担) | 便益と費用(費用は建 設費と維持管理費) |
特徴 | 減価償却不足と 貸倒引当金不足 |
減価償却不足と貸倒 引当金不足の補正 |
減価償却不足と貸倒引 当金不足は考慮済み |
減価償却不足と貸倒 引当金不足は考慮済み |
分析対象 | 特殊法人等 | 特殊法人等 | 特殊法人等のうち財投 対象事業 年金資金運用基金や簡 易保健福祉事業団の財 テク事業は含まない |
新規公共事業プロジェ クト |
計算方法 | 現金ベース | 資産評価等 | 将来キャッシュ・フロ ー分析 |
将来キャッシュ・フロ ー分析 |
数値の安定度 | 大 | 資産評価方法に依存 | 計算前提に依存 | 計算前提に依存 |
算出根拠 | 過去データ | 過去データ | 将来キャッシュ・フロ ー |
将来キャッシュ・フロ ー |
将来キャッシュ・フロー分析の理論的検討
各年度末の国のバランスシートを見ると、公的年金を除けば、負債の大半は民間保有公債・政府短期証券、郵便貯金、保険準備金である。これらの資産負債についての将来キャッシュ・フローを考察するために、資産を時価化することを考える。資産の時価化の方法には、次の3通りが考えられる。
- 負担とコストの発生主義的な比較(世代間の財政負担の移転):資産は時価評価ベースで再評価し、資産負債差額は世代間の負担転嫁と考える
- 政策評価を通じた政策のパフォーマンスを計測:資産は公共サービスの価値に基づいて資産評価し(シャドー・プライス)、資産負債差額は国民・住民の純満足の大きさと考える
- 政府の債務償還能力の分析:資産は償還財源の将来フローの現在価値で、純負債は包括的に定義された負債から、厳密に算定した換金可能な資産額を引いたもの。資産負債差額は償還能力の程度
以降では、個別政策を取り上げることや計算の簡便性を考慮して、基本的には1.に従う。なお、公的年金の維持可能性の問題などもあるため、負債も時価評価する。
5 将来キャッシュ・フロー分析の応用の具体例
公的年金の維持可能性
公的年金の実態
年金問題は切実である。高齢者にとっては今日の生活を左右する死活問題だからである。一方、若年者にとって年金は将来の問題にすぎず、選挙にも関心が少なく、投票率も低い。ここから、年金問題では高齢者に手厚く、若年者に負担となる政策が採られがちである。
年金問題を理解するには、まず年金財政の現状を数量的に正しく見る必要がある。そのためには、年々のフローではなく、将来のフローを含んだ将来キャッシュ・フロー分析が不可欠である。
年金バランスシート
1999年3月末における政府バランスシートにおける資産負債差額は、公的年金の債務を最大に見積もれば▲776兆円、最小の見積で▲133兆円となっている。しかし、これらは債務を過去に支給決定された分に限定しており、将来にわたっての債務の計算がなされていない。
年金財政の運営方式には、給付の原資について現在の掛金(保険料)で賄う賦課方式と、過去の掛金(保険料)の積立金とその運用収入で賄う積立方式がある。民間の保険では、一般的に積立方式が採用されているが、公的年金では賦課方式が採用されることが多い。日本の公的年金もほぼ賦課方式となっているが、いずれにせよバランスシートをつくることはできる。つまり、債務としては年金給付債務を計上し、資産としては既に保有している積立金と保険料収入の累積値(現在価値)を計上すればよい(年金制度、負の所得税、消費税の年金財源化 社会保障制度の問題点参照)。
2つの基準による積立不足額
実は今の公的年金制度では、30歳代以降の将来世代は、保険料負担に見合う将来給付を期待できない。公的年金では以下の2つの定義によって積立不足を見なければならない。
第一は、プラン・ターミネーション基準である。今ただちに公的年金を廃止したとき、それまで約束した年金給付債務額(現金価値)から、そのときに保有している積立金を差し引いた数字である。これは、公的年金制度の廃止後に何らかの形(増税など)によって賄うべき必要額になる。
第二は、オープン・グループ基準である。公的年金制度が現状凍結のまま将来も継続されるとして、プラン・ターミネーション基準に将来の年金給付と保険料収入を加味するものである。これは、保険料率が引上げられるかどうかを検討するために、必要な負担額を計算するものである。
厚生労働省「厚生年金の給付債務と財源構成」に公表されている2002年の数字で見ると、前者の基準だと455兆円、後者の基準だと529兆円と、制度を継続するほど財政状況が悪化する(国庫負担を除く)。しかも、計算の前提として出生率1.61(1997年1月の将来人口推計)が使われているが、2012年現在1.41と低下している。著者の推計では、出生率が0.1ポイント低下すると、平準保険料は2.2%上昇させなければならないため、積立不足額がさらに多くなるだろう。
日本の公的年金の財政状況は米国よりも悪い
日米の公的年金の現状について、日本は厚生年金、米国はOASDI(Old-Age, Survivors, and Disability Insurance:老齢・遺族・障害保険)で比較する。1997年において、プラン・ターミネーション基準の積立不足額は、日本は490兆円、米国は1100兆円となっている。また、オープン・グループ基準の積立不足額は、日本は910兆円、米国は350兆円となっている。
日本では、制度を継続すると米国より財政状況が悪化している。米国ではこうした制度を改善しようと民営化が議論されているが、日本では制度維持という結論ありきの議論である。
国債よりも将来負担になる年金債務
2000年10月から、公的年金を含む国のバランスシートが公表されているが、公的年金をプラン・ターミネーション基準で見たとしても、欠損額の大半は公的年金の積立不足額であることがわかる。つまり、国の借金という観点では、国債より年金のほうがはるかに重大である。
社会保険方式と税方式
公的年金の徴収・給付方法には社会保険方式と税方式がある。しかし、この将来キャッシュ・フロー分析から見ると、年金財政とはほとんど関係ない議論であることがわかる。日本の社会保険料も徴収は国税徴収法に準拠しており、2つの方式に大差はない。
ただし、厚生労働省が社会保険方式のメリットとして指摘している「社会保険方式が個々人の保険料拠出と連動して給付が受けられるために自助と自律に役立つ」という点は説得的である。そのため、米国、英国、フランス、ドイツなど主要先進国の制度はすべて社会保険方式を採用している。
ここで重要なのは、社会保険方式と税方式のどちらの制度を採用するにしても、徴収コストを軽減するために、税務当局が諸税の徴収を通じて保険料を徴収している。わざわざ保険料を徴収する独自機関(日本年金機構)を有する必要はなく、歳入庁などに一元化するほうが国民の利益になる(生活保護、歳入庁、負の所得税、ストック課税 大阪維新の格差対策参照)。
社会保険料の法的性格
現状の国民皆年金制度では、すべての国民は強制的に国民年金制度に加入することになっている(国民年金法第88条)。しかし、国民年金の未納率が42.9%(2013年1月現在)に膨らむなど、厚生年金と共済年金との不公平感が高まっている(公的保険の特徴は強制加入、賦課方式、変額年金 年金と医療保険参照)。社会保険料も滞納者に対し強制徴収するということが当たり前にならなければならない。
年金積立金運用の問題
公的年金バランスシートの資産にある年金積立金170兆円(基金代行分含む)の運用がうまく行われていない。新規負債の調達コストを各年度の国債金利並みとして損益を計算すれば、2002年度までの累積損失は6兆6100億円程度である。なお、2012年度の運用資産額は約120兆円で、収益額11.2兆円(収益率10.23%)と過去最高の記録となった。
2000年年金改正の評価
将来キャッシュ・フロー分析により、2000年の年金改正を評価する。この改正では、年金保険料の凍結、5%給付カット、支給開始年齢の引き上げが大きな柱である。
年金保険料の凍結は、債務を200兆円増加させることになった。反面、5%給付カットと支給開始年齢の引き上げは、年金債務を400兆円程度減少させ、最終的には債務を2割程度減少させることになった。しかし、前述の計算の前提となる出生率が下がれば、積立不足額は相殺されてしまうだろう。
2004年年金改正の評価
2004年年金改正において、公的年金の維持可能性にかかわるものは、①基礎年金国庫負担率の2分の1への引き上げ、②保険料水準固定方式とマクロ経済スライドによる給付の自動調整、③年金自主運用がある。
まず、基礎年金国庫負担率の2分の1への引上げについては、国全体を見ると国庫内の資金移転にすぎず、本質的に公的年金の維持可能性を高めることにはならない。
次に、保険料水準固定方式とマクロ経済スライドによる給付の自動調整については、公的年金の維持可能性を高める効果を持っている。保険料は、厚生年金では2004年から毎年0.354%ずつ引き上げ、2017年度以降18.30%とされた。これにより、新規裁定者(新たに年金受給を開始する者)に対して、賃金上昇率の伸び率からスライド調整率(公的年金被保険者の減少率や平均寿命の伸びを勘案した率)を減ずるので、人口変動に対して年金財政の感応度が少なくなった。
最後に、年金自主運用には疑問が多い。将来の年金給付を考える際のポイントは、年金給付がインフレに連動すること(物価スライド)することである。そのため、民間の年金では資産に株式を持ってそれをヘッジする。しかし、公的年金では資産の中に将来保険料収入があり、これはインフレ連動する。つまり、現在の公的年金の株式運用は理論的には不要であり、むしろ年金財政にとって過大なリスクを与えているのである。
今回の改正で運用利回りは3.2%とされたため、これを下回る市場リスクが存在する。こうした市場リスクを回避するためにも、従来のようにリスクフリーの長期的な国債利回りを採用するべきである。
道路公団民営化
2001年整理合理化計画
2001年12月18日閣議決定された特殊法人等整理合理化計画では、高速道路を9342km(整備計画)つくるために、償還期間を50年としながら道路公団へ国費投入しないとされた。これは、現行の高速通行料金25円/kmを50年間とり続ければ、9342kmまでつくれることを意味していた。
2002年7月1日第3回道路民営化委において国交省から提出された資料によれば、25円/km(125.6兆円)の内訳は、5円/kmが過去債務分(22.4兆円)、5円/kmが将来の建設コスト分(24.9兆円)、8円/kmが管理費分(40.8兆円)、7円/kmが借入の利息分(37.5兆円)になっている。
2002年道路民営化委意見書
2002年12月6日、道路関係四公団民営化推進委員会(道路民営化委)は、建設積極派といわれた今井委員長の辞任、また中村委員の反対にもかかわらず、5人の建設慎重派による賛成多数決で最終「意見書」を決めた。
道路民営化委の意見書のポイントは以下の5点である。①10年後をめどに道路買取り、②通行料平均1割値下げ、③通行料依存の建設認めず、④40年間の元利均等返済、⑤日本全国を5地域に分割。これらのうち、④の債務返済を最優先として、新会社の自由な経営判断を確保し(①③⑤)、債務の返済後に②料金の引下げを行うとされた。なお、④の債務返済は50年を上限としている。
2002年道路民営化委意見書の評価
意見書については、5つのポイント以外にも交通需要見通しの修正や審議の情報公開度の高さなど、評価すべき点も多い。しかし、著者が意見書の最大の問題点と考える点んは、「民営化」の中身が明確になされず、国民負担についての客観的分析や具体的な数字がなかったことである。こうした中で、マスコミは「道路公団は大幅な債務超過」とする論調であり、何を目的とする民営化なのかについて十分な議論がなされていなかったといえる。
また、債務返済を第一優先順位とされたことで、高速通行料金の引下げが不十分であり、しかもその期間が明確でない。現在の高速道路料金が高いのは、債務は返済する一方で資産を残そうとする償還主義のためである。民営化会社にした場合、債務に対する見合いの資産があれば十分なので、債務の元本償還のために要する料金は徴収する必要がなくなり、その分だけ高速道路料金を下げられる。
道路公団は債務超過か
道路公団が債務超過かどうかを、バランスシートの資産負債差額や将来キャッシュ・フロー分析(政策コスト分析)によって調べると、いずれの立場に立ったとしても資産超過であることがわかる(下記表参照)。
前提として、将来キャッシュ・フロー分析は将来キャッシュ・フローからバランスシートを見るので、時価評価のバランスシートと整合的になっている。また、将来キャッシュ・フロー分析の国民負担は、公法人への将来補助金等(支出—収入)の現在価値と無利子融資扱いとなっている資本金に対する機会費用の和である(時価評価負債+簿価資本—時価評価資産)。時価会計ベースの資産負債差額は時価評価資産—簿価負債と考えられるため、この式を変形すると民営化に要する国民負担額は「—(時価評価負債—簿価負債)—(簿価資本—将来キャッシュ・フロー分析の国民負担)」と表せる。
片桐論文 | 公団公表 | 政策コスト分析からの試算 | |
資産負債差額 | 1.3兆円 (2001年3月末) |
5.7兆円 (2003年3月末) |
1.9兆円 (2002年3月末) |
資産評価方法 | 取得原価(簿価) | 再調達価格(時価) | キャッシュ・フローからの 時価 |
国民負担はあるのか
財務省『財政投融資リポート』政策コスト分析によれば、将来キャッシュ・フロー分析に基づく国民負担は2000年度末において、道路公団3兆4615億円、首都高速3712億円、阪神高速2709億円、本四架橋6306億円、合計4兆7342億円である。その後、2001年12月に国費が投入されないことが閣議決定された後は、2001年度末で道路公団1兆7943億円、首都高速3590億円、阪神高速2591億円、本四架橋6612億円、合計3兆736億円の国民負担となっている。
ここで、先ほどの民営化に関する国民負担額の式に代入すると、第1項のカッコ内は4公団が10年債によって主に調達していることなどを考慮すれば、簿価負債40兆円の5%程度であり、簿価資本が4.3兆円なので「—2.0兆円—(4.3兆円—将来キャッシュ・フロー分析の国民負担」となる。仮に需要見通しが10%落ちたとしても、キャッシュ・フロー分析の国民負担は4.4〜6.0兆円となり、国民負担額は▲3.2〜▲0.3兆円とほとんどない。
さらに高速通行料金は下げられる
意見書では「通行料平均1割値下げ」という方針が示されているが、さらに引下げは可能である。前述の通り、道路関係4公団は資産超過であり、現在の出資金をあきらめれば国民負担はない。また、建設コストと管理費を2割カットすれば、通行料金を1割引き下げても9342kmまで高速道路をつくれる。そして、借入金の残高を維持すれば、さらに2割の料金引下げが可能である。
現在の高速道路料金が高いのは、債務は返済する一方で資産を残そうとする償還主義のためである。その結果、50年後には70兆円程度の道路資産が残るが、債務なしの純資産70兆円の「超優良会社」になってしまう。また、新規建設に歯止めをかけながら料金徴収期間を60年とすれば、さらに料金を2割引下げできる。このように、いかようにも工夫のしようはあるのである。
2003年政府与党申合せの評価
2003年12月22日、政府・与党申合せという形で、民営化案がつくられた。その内容は多くの点で意見書に沿っているが、道路資産の帰属と債務返済の考え方の点で大きく異なった。
意見書では、新会社は発足後10年をめどに保有・債務返済機構の所有する道路資産を買取り、この時点で同機構は解散するとされた。その結果、高速道路は私有財産となって、高速道路は永久に有料化されることとなった。一方、政府・与党申合せでは、従来から公共財産であるとされてきた高速道路の私有財産化は認められず、新会社は道路資産を買い取らずに機構が45年間の債務返済まで保有し、最終的には地方公共団体など道路管理者に無償で譲渡し、無料開放するとされた。
この差異について、道路資産の所有権を持たない新会社は経営の自主権を持たないと批判されたが、貸借権(使用権)の形態によっては実質的に所有権を持ったものと見ることができる。また、手続きを公開することによって新会社と国土交通大臣の両方に説明責任を与えており、適切なものである。
なお、通行料金の引下げについて、混雑を生んでマイナスになるという考え方もある。しかし、一般道路であっても、都心乗入れ料金制や電子式道路料金徴収システム(Electronic Road Pricing System)によって混雑料金は導入できる。有料道路の場合は、料金を場所と時間に応じて変えればよい。
結論
公的年金と道路民営化の検討
将来キャッシュ・フロー分析の具体的な適用として、公的年金における将来世代の負担やその維持可能性、高速道路関係公団の民営化や準公共財サービスの運営方法を検討した。
公的年金では、少子化が年金財政を不安定化させてきたが、2004年改正ではマクロ経済スライド方式の導入によって一定の歯止めがかかり、公的年金の維持可能性にも一定の改善が見られている(債務超過額約800兆円→600兆円)。しかし、もはや保険料の引き上げの停止などを行う余裕はないことを数量的に分析した。
道路関係4公団では、独占的なサービス供給主体で高い高速通行料金を徴収できる立場であることから、その財務内容は資産超過である(道路公団で3〜5兆円)。そのため、国民負担をかけずに民営化することができるし、工夫によって高速通行料金も引き下げることもできる。
基礎データの公開、客観的な分析
将来キャッシュ・フロー分析は、財政問題を検討する際に重要だが、分析に必要な基礎データの公開がなされていないことが多い。例えば、公的年金では人口動態に関する詳細なデータがあれば、こうした分析を行うこともできる。しかし、現在では5年に1階の財政再計算や制度改正のときにしか公表されていないため、米国などのように毎年年次報告という形で定期的に公表すべきである。
また、道路関係では、交通需要予測などの基礎データが公開されてきているが、本来であれば第三者のチェックも公開で行われるべきである。こうした第三者機関の研究者育成も課題といえる。
政策コスト分析の対象拡大と個別政策への適用
現状では将来キャッシュ・フロー分析といえるものに政策コスト分析があるが、これを財投事業の一部だけでなく、政策決定のときにも拡大すべきである。しかし、将来キャッシュ・フロー分析は定量的であるので、事後の効果分析にも有用であり、公共事業の採択の際に用いられるコスト・ベネフィット分析とも整合的である(高速道路無料化、子ども手当、成長戦略 民主党の政策の問題点1参照)。
最後に
基礎データの定期的な公表と将来キャッシュ・フロー分析を適用することで、より客観的に財政問題を検討することができる。しかも、事後の効果分析や、コスト・ベネフィット分析とも整合的である。効果のある公共投資のために、政策決定に将来キャッシュ・フロー分析を適用しよう。
次回は、対象分野選定の基準は公益性と金融リスクの評価等の困難性 政策金融改革についてまとめる。
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