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デイビッド・アンダーソン 「あなたの脳はただの化学物質の袋ではない」

「脳は化学物質の袋ではない。特定の精神疾患に影響される特定のニューロンと特定の脳領域を対象にすることが重要だ」アンダーソンは確信を持って語りかける。ここでは、50万ビューを超える David Anderson のTED講演を訳し、ハエを怒らせることから始まった精神疾患の投薬治療法を学ぶ。

要約

現代の精神治療薬は脳全体に影響を与えてしまいます。しかし神経生物学者のデイビッド・アンダーソンは脳がどのように機能するかという微妙な差異に着目しました。今日彼が発表するのは、効果が高く、そして副作用も回避できる精神病の投薬治療法へとつながる新しい研究結果です。彼は何をしたのか?まず、大量のハエを怒らせるところから始めました。(TEDxCaltech)

Through his lab at the California Institute of Technology, David Anderson seeks to find the neural underpinnings of emotions like fear, anxiety and anger.

 

1 ショウジョウバエの基礎研究が、人間の心の病を理解するのに役立つと思う?

自分の家族や友達の中の誰かが 何らかの精神病に苦しんでいるという人は 手を上げてみてください。ええ そうでしょうそうだと思いました。それでは ショウジョウバエの基礎研究が 人間の心の病を理解するのに 役立つと思う人はどれくらいいますか? ええ そうでしょうね驚いてませんよ。どうやら仕事がありそうですね。

 

2 精神疾患の生物学的根拠に対する我々の見方が単純化し、ますます時代遅れになっている

今朝 インゼル博士の話にもあったように 自閉症、うつ病、統合失調症などの精神疾患をもつ方は 大変な苦しみを抱えています。心の病気についてその治療法や 基本的なメカニズムについて我々はほとんど知りません。体の病気ならわかるのに 考えてみてください。今世紀も10年以上経った 2013 年の今 もしあなたが がん検診を受けようかと考えた場合 あなたは医者に行きレントゲンを撮り 生検と血液検査を行いますね。同じく2013年うつ病かなと心配になったら 医者に行ってどんな検査を受けますか? 問診のみです

さて この理由の一つは 精神疾患の生物学的根拠に対する 我々の見方が 単純化し ますます時代遅れになっているからです。よくある考えで 大衆紙などがそそのかすのが これらの病気は 脳内の化学物質の不均衡が原因で まるで脳がドーパミン、セロトニンノルエピネフリンがつまった 化学物質の袋のようだといいます。これは精神疾患患者に対し 非常に多くの薬物が処方されるからです。プロザック等の坑うつ剤は あたかも本当に脳が化学物質の袋であるかのように 脳全体の化学成分を変化させます。しかしそれは答えではありません。実際に これらの薬がうまく効くとは限らないからです。多くの人が薬を飲もうとしないまたは途中で服用を中止します。不快な副作用があるからです。これらの薬には非常に多くの副作用があります。このような薬を使用して複雑な精神障害を治療するということは オイル交換をするのに オイルの缶を開け エンジン全体に注ぐようなものです。ある程度は正しい場所にかかりますが それ以外の多くには害をもたらすのです。

 

3 精神疾患における基礎回路はあまり知られていない

これについて新しい考え方があります。今朝インゼル博士の発表でみなさんも聞いたように 精神障害というのは実際には 感情、気分、情緒を仲介する神経回路の 阻害によって起こります。知的活動について考えるとき 我々は 脳をコンピューターに例えます。ということは感情も同様に コンピューターに例えられるということになります。通常 そのように考えないだけです。しかし 精神疾患における基礎回路について 我々はあまり知りません。なぜなら 化学物質の不均衡が原因だという仮説が 圧倒的な優位性を持っているからです。

 

4 脳内で化学物質が働きかける場所を特定する必要がある

化学物質が精神疾患において 重要でないというわけではありません。ただ 化学物質がスープのように脳全体を浸しているのとは違います。むしろ ある特定の場所に放出されて 特定のシナプスに働きかけ 脳における情報の流れを変更しているのです。私たちが精神疾患の生物学的基礎を 本当に理解したいのであれば 脳内でその化学物質が働きかける場所を 特定する必要があります。さもないと 心のエンジン全体に私たちはオイルを注ぎ続け その影響に苦しみ続けることになります。

 

5 我々の無知を克服するには「モデル生物」が役に立つ

脳回路内の化学物質の役割に対する 我々の無知を克服するには 「モデル生物」と呼ばれるものが 大変役に立ちます。ショウジョウバエや実験マウスのような動物には 強力な遺伝子技術を適用することで 分子レベルで特定の種類のニューロンの場所を 識別 特定することができます。今朝のアラン・ジョーンズの話でもありました。それが出来るようになると 特定のニューロンを活性化させることができ もしくは ニューロンの活動を破壊したり阻害することもできます。もし 特定の種類のニューロンを抑制し ある行動がブロックされているのがわかれば そのニューロンが その行動に必要不可欠であると結論付けられます。一方 もしニューロン群を活性化し 行動が引き起こされていれば そのニューロン群が その行動に必要十分であると結論付けられます。このようなテストを行うことによって 特定の回路にある特定のニューロン活動と 特定の行動との間に 因果関係を導くことができます。これをすぐに人間の体で実験することは 不可能ではないですが非常に困難です。

 

6 ショウジョウバエはモデル生物として適切

しかし ショウジョウバエ等の生物というのは― モデル生物としてはすごいですよ。小さな脳を持ち 複雑で洗練された行動もでき すぐに繁殖でき安価です。しかし このような生物というのは 感情のような状態を私たちに訴えることができるのでしょうか。そもそも彼らには感情があるのでしょうか。それとも単なるロボットなのでしょうか。

 

7 昆虫にも感情があり、それを行動で表現できる

チャールズ・ダーウィンは昆虫にも感情があり それを行動で表現できると1872年発表の 人間と動物の感情表現に関する論文の中で記述しています。私の尊敬する同僚シーモア・ベンザーもそう信じていました。シーモアはモデル生物としてショウジョウバエの使用を導入し 60年代 ここカリフォルニア工科大学で 遺伝子と行動の関係を研究しました。私は1980年代後半にシーモアに雇われてカリフォルニア工科大学に在籍しました。私にとって彼はジェダイでありラビ(ユダヤ教指導者)でした。そしてシーモアは私にショウジョウバエを愛し また科学を楽しむことを教えてくれました。

 

8 人間は感情を顔の表情から読みとる

さあ この質問はどうやってすればいいでしょうか。まずハエに感情のような状態があると信じた上で しかし それが正しいかどうかどのように見分ければいいのでしょうか。私たち人間は 今日この後お伝えしますが感情を顔の表情から読みとります。しかし ショウジョウバエとなると少し難しいです(笑)。まるで火星に着陸して 宇宙船の窓の外を見て 宇宙船を取り囲んでいる小さな緑色の人たちを見ながら 「彼らに感情があるかないかを―どうすれば調べられるだろうか」と考えるようなものです。何ができるかそれはそう簡単ではありません。

 

9 感情に似た状態の表現は永続性、強さの度合い、誘発性

我々ができる方法の1 つは 感情に似た状態例えば覚醒などの 一般的な特性や特徴を見つけ出すことです。これらの状態を表現しているかもしれないハエの行動を 特定できるかどうかを見ます。重要なのは3点です。永続性や強さの度合いそして誘発性です。永続性とは長期的な継続行動のことです。ご存知の通り感情は一度引き起こされると その原因がなくなったあとも長く続きます。強さの度合いとは言葉通りの意味です。人は感情の度合いを強めたり 弱めたりできます。少し悲しいとき人は口角を下げ 鼻をすすります。とても悲しいときは涙が頬をつたい むせび泣いたりするかもしれません。誘発性は 快か不快か引かれるか回避か。

 

10 連続した風を経験することで、ハエは一種の活動過多状態になる

そこでハエが誘発されて感情を表現するような行動を 取ることができるのか検証してみることにしました。例えばピクニックでおなじみですが ハチがハンバーガーに寄ってきて 追い払おうとすればするほど何度も帰ってきて イライラしているよう見えるそんな行動です。我々はある装置を作りパフ・オ・マットと名づけました。研究室の実験台にあるこのプラスチック管から 息を吹き込んで 風をショウジョウバエに届け そして吹き飛ばすのです。この実験を行った結果 パフ・オ・マットにいるハエに何回か息を吹き込むと 彼らは非常に活発になり 吹き込みを停止した後もしばらくは飛び回り続け 落ち着くのにしばらく時間がかかりました。そこで我々はこの行動を定量化するため 協力者ピエトロ・ペローナに開発してもらった。運動追跡ソフトウェアを使用しました。彼はここカリフォルニア工科大学で電気工学部に所属しています。この測量の結果 これらの連続した風を経験することで ハエは一種の活動過多状態になり それは永続的 長期的に続き また程度が段階的であることが分かりました。より多くの風 またはより強い風を送ると より長い期間この状態が続きます。

 

11 ハエは人と同様にドーパミンを持つ

そこで何がこの状態の期間を 制御しているのか調べたくなりました。そこで このパフ・オ・マットと 自動追跡ソフトウェアを使って 何百匹ものショウジョウバエの突然変異体をスクリーニングし 風に対して異常な反応を示すものがいるかどうかを調べることにしました。ここがショウジョウバエの素晴らしい所の一つですが 貯蔵庫があり電話一本で簡単に 何百本もの 異なる変異体の試用びんをオーダーでき それらをスクリーニング 分析して どの遺伝子が突然変異の影響を受けるのか見つけ出せます。スクリーニングをしていると1 つの突然変異体が 風を送った後落ち着くまでに 通常よりも時間がかかることがわかり さらに 突然変異の影響を受けた遺伝子を検査した結果 ドーパミン受容体をコードする遺伝子であることがわかりました。そうです ハエは人と同様にドーパミンを持ち 同じドーパミン受容体分子を通して 脳とシナプスに働きかけるのです。私やあなた方と同じように ドーパミンは脳で多くの重要な機能を持っています。注意、覚醒、報酬などです。ドーパミン系の疾患は 多くの精神障害に関係しています。薬物乱用 パーキンソン病やADHDなどです。

 

12 ハエを怒らせるという試みはヒトの精神疾患に関係があるかもしれない

遺伝学では少し直感に反します。我々はある物質の通常の役割を調べるのに その物質を取り除いたとき何が「起こらないか」で結論付けます。取り除いて何が「起こるか」は普通見ません。ドーパミン受容体を取り除くと ハエを落ち着かせるのに時間がかかる場合 受容体とドーパミンの通常の役割が より早くハエを落ち着かせることだと我々は推測するのです。ADHD のことを少し連想させますが 人間のドーパミン系の疾患と関係しています。もし通常のハエにコカインを与えて ドーパミンのレベルを上げると 適切な麻薬取り締まり局のライセンスを取得してからですが 大変です(笑)。実際 コカインを与えたハエは 通常のハエよりも速く落ち着いて これはまた ADHD のようですが しばしばリタリンのような薬を処方されます。コカインと同じような役割を果たすからです。私は徐々に気付き始めました。遊びのような感覚で始めたハエを怒らせるという試みが 実は ヒトの精神疾患に関係があるかもしれないのです。

 

13 ハエは鳴き鳥同様、学習能力がある

では どこまでこの類推が当てはまるのでしょう。多くの方がご存知の通りADHDに悩まされる方は 学習障害も持ち合わせています。これはドーパミン受容体に変異を持つハエにも同様のことが言えるのでしょうか。驚くことに答えはイエスです。シーモアが1970年代に発表したように ハエは 鳴き鳥同様 学習能力があります。ここに青い香水ありますがこの匂いと同時にショックを与えれば ハエにその匂いを避けるように刷り込むことができます。その刷り込みをしたハエに ショック有の匂いと別の匂いの入った管を選ばせると ショック有の青い香水が入った管を避けるのです。これをドーパミン受容体に変異のあるハエに行うと 彼らは学びません。学習スコアはゼロです。カリフォルニア工科大学からは落第します。

 

14 学習障害と多動性障害には全く相関性はなく、共通のADHDメカニズムによって起こる

よって このタイプのハエは2つの障害を持っていることになります。我々遺伝子学者は表現型と呼んでいますが ADHDに見られる多動性障害と学習障害です。では この2つの表現型に関係性があるとすればそれはなんでしょうか。ADHDではよく多動性障害が 学習障害を引き起こすと考えられています。長い間じっと座っていられないため集中して学習ができないのです。しかし 学習障害が多動性障害を引き起こすということも 同様に起こり得るのです。学習ができないため 他のものに目が行き注意がそれてしまうのです。そして最後に残る可能性は学習障害と多動性障害には 全く相関性はなく 共通のADHDのメカニズムによって起こるということです。

 

15 遺伝学を使ってハエの心を探求し、その神経回路を解き明かす

この事は長い間謎のままでしたが ヒトでなくハエでなら実際に実験できます。方法としては 遺伝学を使いハエの心を探求し その神経回路を解き明かします。異常なドーパミン受容体を持つハエを用いて 正常なドーパミン受容体遺伝子のコピーをハエの脳に戻すことで ドーパミン受容体を遺伝子学的に再構築 または修復をします。ただし ハエのある特定のニューロンのみに戻し それぞれのハエにおける学習障害と多動性障害について テストをします。

 

16 2つの異なる回路で異なる機能をコントロールしていることがわかった

驚くことに これら2つの異常は全くの別物であることがわかりました。この楕円形の構造をした中央複合体と呼ばれるものに 正常なドーパミン受容体のコピーを戻すと ハエに多動性障害はなくなりますが学習障害がまだあります。一方で キノコ体と呼ばれる別の組織に 受容体を戻すと 学習能力が回復しハエはよく学ぶようになりますが 多動性は消えません。ここからわかることはハエの脳内を ドーパミンがスープのように浸しているのではないということです。むしろ それは2つの異なる回路で 異なる機能をコントロールしているのです。だからドーパミン受容体異常のハエに2つの障害が起こるのは 同じ受容体が2つの機能を脳内の2つの別領域で コントロールしているからです。同じことがヒトのADHDにも言えるのか それはわかりません。しかしこれらの結果は その可能性を考えさせるきっかけにはなります。

 

17 脳は化学物質の袋ではない

この結果によって 我々はより確信を持ってこう言えます。「脳は化学物質の袋ではなく― ただやみくもにスープの味を変えるだけで― 複雑な精神疾患を治そうとすることは間違っている」と。我々は創意工夫と科学的知識を持って 治療の新しい時代をデザインしなければいけません。特定の精神疾患に影響される特定のニューロンと特定の脳領域を 対象にできることが重要です。もしそれができたなら 不快な副作用もなく 心のエンジンの必要なところにだけオイルをさし これらの疾患を治療できるかもしれません。ありがとうございました。

 

最後に

学習障害と多動性障害には全く相関がない。2つの異なる回路で異なる機能をコントロールしているだけ。特定の精神疾患に影響される特定のニューロンと特定の脳領域を対象にできることが重要。ショウジョウバエの基礎研究が人間の心の病を理解するのに役立つ。科学はおもしろい

TED公式和訳をしてくださった Hisae Uchiyama 氏、レビューしてくださった Hidehito Sumitomo 氏に感謝する(2013年3月)。

ショウジョウバエの再発見―基礎遺伝学への誘い (新・生命科学ライブラリ―生物再発見)


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