competition-coexistence

いい意味で国をあてにしない気概を持て 競争と共存

前回は、人間とは「労働力」なのかとして労働と失業についてまとめた。最終回である今回は、いい意味で国をあてにしない気概を持つための競争と共存について解説する。

1 暴走するジェットコースターのブレーキは…

「一生懸命働いてるのに金持ちになれないのはなぜ?」という疑問と「大学に行ける君たちは、行けない人の分まで勉強しなきゃいけないんだ」という恩師の言葉が、竹中平蔵氏が経済学を勉強し始めた理由である

今の世の中を例えると「ブレーキのないジェットコースター」が当てはまる。昔は資本主義と社会主義があって互いに牽制し合い、それがある程度ブレーキの役目を果たしていた。しかし、ソ連が崩壊して社会主義が崩れて、資本主義が単独で暴走しているようである。それはすなわち「競争の激化」ともいえる。

なぜ競争が激化したかというと、市場経済の中にいる人間が倍増したからである。ソ連が崩壊するまでは競争に参加しているのは約27億人だった。しかし、ソ連崩壊後はロシアや東欧、中国やベトナムなども加わり、約55億人になったのである。マーケットが倍に広がったのだからチャンスも広がり、今まで以上に競争が強まったのである。

 

2 健全な競争、無意味な競争

競争には健全な競争と、無意味な競争がある。前者の例は、自動車会社の9社体制の継続である。通産省が石油ショックの前に日本の自動車会社を3社くらいにしようとしたが、猛反発して残した結果現在の国際競争力につながっている。後者の例は、金融システムの護送船団方式である。金利が同じで景品が同じで開店時間も同じなため、競争するとしたら待ち時間をいかに縮めるかとか、お客様の引越の手伝いにいくといった小さな競争しかない。

 

3 コンペティティブとコンピタント

英語にはコンペティティブ(competitive:競争的な)とコンピタント(competent:有能な)という言葉の使い分けがある。前者は競争でほんの一歩くらい抜け出しているというイメージで、後者は何が起こってもやっていけるような力である。前者の例が銀行の競争であり、後者の例が自動車会社の競争である。

暴走するジェットコースターを制御する考え方の1つが「トービン・タックス」である。ノーベル賞を受賞したエール大学教授のトービンが提唱したもので、国際的な資本取引には税金をかけた上で自由にやらせればいいとした。そうすれば、逃げ足も重くなり、アジア危機のようなことが起こらないだろうという主張である。

トービン・タックスに近いことはチリやタイで行われている。例えば、外国人がバンコクの銀行にお金を預けようとすると、普通より高い率の準備預金を積む必要があるというものである。こうした制度は国際的に一致して行う必要があるが、日本ではGATTのときのコメのように日本側から出た提案はゼロという消極的な姿勢が目立っている。

こうした提案を行えない理由は、政府の中に学者がいないからである。日本では役人が利害の調整を行うという仕組みになっているため、そうした提案を出すことができないのである。例えば、スイスで行われるダボス会議で議論できる政治家や民間人が少ないことにもそうした影響が表れている。

日本国民の所得は、バブルのピークの頃に比べて10%上がっている(国民所得、家計貯蓄等)。GDPにして500兆円、1200兆円の資産を失った国の所得水準が上がっているのである。つまり、日本は不景気なのが問題なのではなく、それに対して何の調整もいてこなかったのが問題なのである。言い換えれば、経済危機があったとしてもそれを解決するだけの体力があったといえる。

各国の国民の特徴を端的に表すタイタニック号のジョークがある。タイタニックがいよいよ沈みそうになったときに、女性と子どもを先に逃がそうということで船長が男性の乗客を説得して回るという。イギリス人の乗客には「あなた方はジェントルマンなんだから、女性と子どもに先を譲りなさい」というと納得してそうする。アメリカ人には「あなた方はヒーローになりたくないか?ヒーローになりたいなら女性と子どもに譲りなさい」。ドイツ人には「これはルールなんだから守らなくてはいけない」。そして日本人には「みんながそうしてるんだから、あなたもそうしなさい」。よく考えると残念な話である。

 

4 今という世の中の捉え方

グローバリゼーションには、国境を越えて地球規模ですべての問題が展開されていくという恐ろしさがある。ただし、こうした問題はいつの時代でもあったのではないか。例えば、イギリスの経済学者マルサスの『人口論』では、耕地は2倍3倍と定倍数にしか増えないのに対し、人口は2乗3乗と幾何級数的に増えていくと世界に警鐘を鳴らした。しかし、実際は食べられる数しか人口は増えず、技術革新によって食料生産が飛躍的に増えた。

また、産業革命のときにはイギリスの経済学者ジョーンズが石炭について同じことを言ったが、実際には石油を使うようになって問題にはならなかった。さらに、1970年代の石油危機のときには石油の埋蔵量が枯渇すると騒がれたが、実際には現在でも使用されている。

同様に、貧富の格差は拡大している。それによって不安定さが増しているという象徴的な出来事が、9.11テロだった。しかし、テロが起きる背景は様々であり、人が豊かになるのは許せないといった心情を正当化する考え方も世の中にはある。

こうしたグローバリゼーションの問題は、これから予想できないことも含めて起こるであろう。しかし、これまで出てきた問題を解決してきたように、私たちはその都度対処していくのでないだろうか。また、こうした変化が激しいことに大変だと言いながら、おもしろがって対応している面もある。

 

5 グローバリゼーションの光と影

グローバリゼーションは多くの人を豊かにするという光がある反面、均質化を起こすといった影の部分もある。例えば、昔の農村では大きな家を建てて、大きな蔵を建ててというように農業や漁業が産業基盤だった。しかし、そのさらに前の代では林業だったという話を聞いた。現在では「みんなコンビニになってしまう」と思うかもしれないが、ネット販売になったら消えてしまうかもしれない。ある程度そうした変化が起こるのは、仕方がないという側面もある。

また、新幹線の食堂車がなくなったときや、日本橋の東急百貨店が閉まったときに行列ができたが、そもそもみんな乗らなかったり買わなかったからなくなるのである。結局、私たちのあれもこれも求める今の贅沢さが表れているのだろう。

江戸の社会は循環型社会だったが、それは恐ろしい社会でもある。限られた量の生きる糧しかないため、人間を間引くのである。その社会では私たちが生きる糧は太陽からしか来ない。森林量が前年より太陽の恵みで何%か増えた。その増えた分だけで食っていく。これで火を燃やし、家を建てて、米を食って、それを最大限利用するために藁も使う。ワラジも作る。そうした社会は美しいが、人を間引くという恐怖に向き合わなければならない。

 

6 いい意味で国をあてにしない

これからの世の中を考えるときのキーワードは、プロフェッショナルである。それは個人にとってはプライドであり、自分の人生をこれで実現していくんだという自分の人生を高めることである。例えば、中国の安い賃金に対抗できないが、やはりそれに勝っていくのもプロフェッショナリズムだとして生きることである。

また、市場では価値は認められないが、私とあなたにとってはものすごく価値のあることは間違いなく世の中にはある。そういう活動を自由に行うことも、いい意味で国をあてにしない生き方の1つである。

戦後の財界人の人気投票で圧倒的に一位になった人に石坂泰三氏がいる。彼は「とにかく財界は政府から距離を置け」と言った。政府に金も出さんし、そのかわり政府に助けてもらわないという財界人だった。土光敏夫氏はその意志を引き継いでいる立場の人である。しかし、80年代になって財界が積極的に政策提言するようになり、政府へ依存する体制になってしまった。

リスクとはギャンブルではなく、向かっていくチャレンジ精神の裏返しである。バーンスタインの『リスク―神々への反逆』では、リスクという言葉は宗教革命の頃から出てきたとされている。つまり、神の束縛から解き放たれて自由になった途端にリスクが生まれた。だから自由とリスクは裏腹なのである。政府の規制からの自由、しかしそれはリスクを負うことでもある。そうしないと、発展の原動力は何も生まれないのだ。

 

最後に

「リスクとはチャレンジ精神の裏返しである。しかし、創造の喜びはリスクをとらなければ味わうことができない」

佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』を10回にわたって要約し、オイコノミコス(共同体のあり方)である経済についてまとめた。著書は2000年に発刊されたものの文庫版であるが、その内容は本質的で非常にわかりやすく書かれている。変わることのない経済の本質を学ぶためにも、ぜひ一読をおすすめする。また、竹中平蔵氏を筆頭に、ロバート・フェルドマン氏、岸 博幸氏などが経済の時事ニュースについて解説してくれるエコノ・インサイトもおすすめである。

経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>