「コミュニケーション不足が問題なのではない、コミュニケーション不全が問題なのだ」著者は語りかける。ここでは、秋山邦久『臨床家族心理学』(福村出版)を3回にわたって要約し、親子関係・家族関係という関係性(システム)に働きかけ、コミュニケーションの質を上げる家族支援のあり方を学ぶ。第1回は、現代家族が抱える問題と特徴。
1 現代家族の諸問題
現代家族の諸問題について、統計的な資料からその現状を明らかにする。具体的には、児童虐待、高齢者虐待、ドメスティック・バイオレンス、親族間殺人、不登校、ニート・引きこもりである。同時に、統計とマスメディアの留意点についても述べる。
児童虐待
児童虐待とは、保護者がその監護する児童(18歳未満)に対し、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(育児放棄)、心理的虐待を行うことである。児童相談所の児童虐待の相談対応件数(平成23年度)は、児童虐待防止法施行前(平成11年度)の5.2倍に増加(約6万件)しており、虐待死はほとんどの年で50人を超えている。
厚生労働省が平成19(2007)年9月28日に公表した「平成18年度社会福祉行政業務報告(福祉行政報告例)」では、平成18(2006)年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待対応件数は37,323件で、統計を取り始めた平成2(1990)年度を1とした場合の約34倍、児童虐待防止法施行前の平成11(1999)年度に比べると約3倍強と、年々増加している。
また、同報告の詳細において、平成17(2005)年度の全国における市町村が対応した虐待相談対応件数は40,222件と記載されており、同年の児童相談所の対応数よりも5,750件多くなっている。ここから、児童虐待相談件数に表れる数字以上の潜在的な児童虐待が存在していることが伺える。
平成24(2012)年11月29日発表の最新版での児童虐待相談の対応件数は59,919件、平成25(2013)年7月25日発表の速報値では66,807件と、過去最高を更新し続けている。
高齢者虐待
高齢者虐待とは、養護者および養介護施設従事者等による身体的虐待、介護・世話の放棄・放任、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待の5つの行為とされている。
厚生労働省が平成19(2007)年12月19日に公表した「平成18年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」では、平成18(2006)年度に全国の1,829市町村(特別区を含む)で受け付けた養護者による高齢者虐待に関する相談・通報総数は、18,390件と報告されている。
平成24(2012)年12月21日発表の最新版での相談・通報件数は、25,636件と過去最高を更新している。
ドメスティック・バイオレンス
DV(domestic violence)とは、同居関係にある配偶者や内縁関係の間で起こる家庭内暴力のことである。近年では、元夫婦や恋人など近親者間に起こる暴力全般をさす場合もあり、問題意識が高まっている。このため、国は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(通称:DV防止法)を平成13(2001)年から施行し、平成19(2007)年には保護命令の対象や内容を拡大するなどの法改正が行われている。
内閣府男女共同参画局の調査によると、平成14(2002)年度に全国の配偶者暴力支援センターで扱った相談件数は35,943件だったが、平成19(2007)年度には62,078件と、5年間で1.7倍に増加している。また、警察庁の統計では、平成19年度に全国の警察が対応した配偶者暴力件数は20,992件だった。
なお、平成25(2012)年7月24日内閣府発表の最新版では89,490件、同年3月14日警察庁発表の最新版では43,950件と、いずれも過去最高を記録している。
親族間殺人
警察庁が発表した平成19(2007)年の犯罪情勢(平成20年5月公表)によると、平成19年の殺人事件の検挙総数1,052件のうち、親族間殺人件数は506件に及び、殺人事件に占める親族間殺人の割合が48.1%と半数近くに上ることが示されている。
平成25(2013)年6月発表の最新版では、平成24(2012)年度の殺人事件の検挙総数884件のうち、473件が親族間殺人と割合が53.5%と増加傾向にある。
不登校
文科省の報告によると、平成18(2006)年度に全国の国公私立小・中学校における不登校児童生徒数(年間30日以上の欠席者)は、小学校で23,824人、中学校では102,940人であり、それぞれ総児童生徒数に占める比率は、小学校で0.33%、中学校で2.86%だった。
平成24(2012)年9月11日発表の最新版では、平成23(2011)年度の不登校児童生徒数は小学校22,622人(0.33%)、中学校94,836人(2.64%)と若干減少している。
ニート・引きこもり
ニート(Not currently engaged in Employment, Education or Training)とは、イギリス政府が労働政策における人口分類として用いた用語で、日本では厚労省が「15~34歳の非労働力人口のうち家事も通学もしていない人」と定義している。総務省統計局「労働力調査」によると、平成14(2002)年以降60万人台で推移しており、平成23(2011)年は60万人となっている。
引きこもりとは、仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6ヶ月以上続けて自宅に引きこもっている状態をいう。引きこもりは正確な統計を取ることが難しいが、全国に50〜100万人ほどはいるとされている。引きこもりは、労働力不足や税収、社会保障制度や少子化などにも影響が及ぶ、きわめて社会経済的な問題である。
統計を利用する場合の問題点
統計を利用する場合には、統計の抽出方法や家族問題の閉鎖性、そして時代による「問題意識」の変化に留意しなければならない。統計の抽出方法は、母数となる人口総数や着眼点によってその結果が変わってくる。例えば、たしかに近年は親族間殺人の割合が高くなっているが、その件数を過去に遡ると、昭和54(1979)年の子殺しは297件など、実数で現在の2倍近くの検挙件数が報告されていることがわかる。
また、家族内の問題は外に知られると恥ずかしいといった文化や、家族問題は社会に認知された時点で件数となるという閉鎖性がある。さらに、何を「問題」とするかも時代とともに変わるため、かつては問題にならなかったことも時代によって問題とされる場合がある。例えば、「巨人の星」といったスポ根アニメは、当時は問題なかったが、現在では「体罰」「児童虐待」だとして取りだたされるであろう。
マスメディアの問題
テレビをはじめとするマスメディアは、ある事件が私たちにさも関係があるかのような伝え方をすることが多い。そのため、その真偽は問わずに事実として捉えられ、現実となり真実となる可能性がある。また、本来そこまで気にする必要がないことに過剰に反応したり、反対に知っておくべきことが知らされないこともある。さらに、近年はインターネットなどの普及に伴い、その情報の真偽について見分ける力も求められている。
このように考えると、統計に現れなくとも、マスメディアで取り上げられなくとも、家族はいつの時代にも様々な問題や課題を抱えているということを、私たちは理解しておく必要があるだろう。
コラム1:臨床的マスキング現象
臨床的マスキング現象とは、ケース全体を見立てずに、目の前のクライエントや、そのクライエントが示す問題行動にばかり援助者が目を奪われてしまうことである。臨床的マスキング現象に惑わされずに適切な援助を行うために、家族療法ではクライエントをIP(identified patient:患者とみなされている人)と呼んでいる。つまり、ケースを問題を起こした個人のみを指すのではなく、その個人を含めた生活環境全体として捉えるのである。
2 現代家族の特徴と特殊性
家族とは
「家族」を定義することは難しい。自分自身が思う範囲が家族であり、近年ではペットも含まれることが多くなっている。親族には「6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族」(民法725条)といった法律上の定義があるが、家族にはそうした定義が存在しない。ここでは、一人ひとり異なるイメージを持つ家族について、家族心理学ではその特徴をどのように考えているかを見ていく。
家族の形態
多くの人は、その生涯に2つの家族を経験する。1つは、人が生を受けた家族である定位家族である。もう1つは、その人が配偶者を得て新しく作り上げていく生殖家族である。
定位家族や生殖家族にも様々な形態があり、「クレヨンしんちゃん」の家族のような核家族(夫婦とその子ども)、「ちびまる子ちゃん」の家族のような拡大家族(祖父母と両親と子ども)、「サザエさん」の家族のような複合家族(複数の核家族が同居)が代表的である。こうした家族形態を視覚的に見やすく表したものが、下記のようなジェノグラムである(実践家のための仮説・検証のすすめ 柴田長生参照)。
ただし、児童福祉臨床の現場では、こうしたジェノグラムが非常に複雑になることも多い。例えば、子どもは4人いるが実子は1人のみで、3人は夫婦各々の連れ子などである。つまり、家族形態は核家族を中心にしながら様々な形態を示し、家族成員間の複雑な関係性を内包していることを知っておくことが重要である。
家族の機能
家族の機能について、マードック(murdock,G,P.)は「性的、経済的、生殖的、教育的」という4機能が家族を家族たらしめているとしている。性的とは性欲の充足機能であり、経済的とは生産と消費の最小単位としての機能である。生殖的とは子を産み社会成員を補充する機能であり、教育的とは生まれてきた子どもの社会化の機能である。
他にも、社会科学者のパーソンズ(Parsons,T.)や家族心理学者の詫摩と依田(1972)などが家族の機能を挙げているが、現代においては家族だけがこれらの機能を持つことは疑問視されている。つまり、社会や産業の発展によって、こうした家族機能が外部化されてきているのである。その意味で、森岡(1993)は、家族を「成員相互の深い感情的係わりあいで結ばれた、第一次的な福祉志向の集団」と定義している。
コラム2:現代家族と未来の家族
家族は、その機能や形態も時代とともに変化している。拡大家族からより基本的な構造の核家族が増えてきており、一方で家族の機能は外部化が進み、縮小傾向にある。また、離婚に伴う母子家庭の増加や、精子バンクや試験管ベビーなどの生殖補助医療技術の進歩に伴い、核家族すら分化していくと考えられている。つまり、未来の家族は「母親と子どもだけ」という形態が一般的になるとも言われているのだ。
家族は時代とともに変化しているということを、家族の問題を考えたり、家族の支援を行う人は意識することが大切だろう。
3 家族の誕生から消滅まで
家族誕生前史
家族が「一組の夫婦が婚姻関係を結んだときに始まる」とすれば、それ以前に男女が出会い、結婚に向けて準備する期間がある(恋人関係、婚約関係)。この男女の出会いから結婚までの課程を、ウォーラー(Waller,W.)はデーティングとコートシップとに分けて検討している。
デーティングとコートシップ
デーティングは私的交際の段階であり、交際すること自体が目的で複数の交際相手を持つことがあり、関係の解消が容易である。この段階には、異性とのかかわり方、性別役割、配偶者選択などを学習していく機能がある。
コートシップは社会的交際の段階であり、結婚が目的で特定の異性との関係に限られ、関係性を解消することが困難といった特徴を持つ。この2つは重なり合う期間もあるため、望月(2006)はその期間を移行期(私的了解と婚約の間)としている。
異性関係の発達
ハーロック(Hurlock,E)は、異性意識とその関係の発達を、以下の5段階で示している。
- 性的嫌悪:同性同士のつながりが中心
- 同性愛的
- 幼い恋:アイドルやスターへの憧れ
- 仔犬の恋(パピー・ラブ):仔犬同士がじゃれ合うようなもの
- 恋愛
日本では、長く仲人を介した見合結婚の文化があったが、近年では当人同士の合意に基づく恋愛結婚が大多数を占めるようになってきた。しかし、アメリカのデーティング・カルチャーのような過程を経ずに結婚生活に入ってしまう若者も多い。いわゆる「できちゃった婚」などである。
価値観のすり合わせ
結婚とは、異なる定位家族の中で育ってきた男女が新たな生殖家族を形成することであるので、当然それぞれの価値観や生活様式には違いがある。新たな家族を形成するためには、この異なる価値観や生活様式のすり合わせも必要となる。お見合い結婚ではこうした価値観や生活様式のすり合わせなどのお膳立てがなされていたことが多いが、恋愛結婚では当人同士が十分に話し合いをする必要がある。
家族の誕生と発達
子どもの発達と親の成長
子どもの発達については、様々な研究者がそれぞれいくつかの発達段階(発達課題)を示している。例えば、エリクソン(Erikson,E.H.)の人格発達論による子どもの発達段階と発達課題として、①乳児期(0〜1歳):信頼感の形成、②早期幼児期(1〜2歳):自律性の獲得、③幼児期(2〜6歳):積極性の涵養、④学童期(6〜12歳):生産性の育成、⑤青年期(12〜20歳):自我同一性の確立、⑥早期青年期(20代):親密さの学習、などが挙げられている。
ここでは、いくつかの発達段階理論と発達課題を、家族臨床的に以下の6つに分けて、それぞれの段階の特徴と対応について整理する。
- 乳児期(0〜2歳):基本的信頼感(ここにいていい)と万能感(他者に対する信頼感)。不快を快に変えるかかわりが必要
- 幼児前期(2〜4歳):自己の欲求と社会の要求との折り合い(しつけ。友蔵現象に注意)
- 幼児後期(4〜6歳):行動規範の習得(善悪判断)と役割行動の学習(ごっこ遊び、居場所の確保)。命に関わる状況と失敗したときの叱り方を変える(なまはげにもマダムにもならない)
- 学童期(6〜12歳):教科学習に対する習慣形成(親自身が学ぶ姿勢を示す)。ギャング・エイジ(カツオ、両さん)。夢の拡大
- 思春期(12〜17歳):夢崩し(現実化、社会の中での相対的な位置づけ)。疾風怒濤の時期(発達加速現象)。「赤とんぼ」(3年以内に子どもを1人産め)。劣等感の克服(いなしと対峙)
- 青年期(17〜25歳頃):経済的自立(収入)・精神的自立(give & take 依存)、社会的自立(自我同一性)
七五三、入学式、卒業式、成人式などの通過儀礼は、こうした発達段階の節目としての意味を持っていたのである。
家族の消滅
家族心理学では、夫婦のどちらかが亡くなったときに家族は消滅したと捉えている。もちろん、離別という形で家族が消滅する場合も多く認められている。現代では、医療の発展などによる平均寿命の伸びによって、子どもが自立した後でも長い人生が残されている。病気や介護などの新たな課題についても考えていく必要があるだろう。
コラム3:思春期息切れ型不登校
思春期息切れ型不登校とは、これまで「いい子」として過ごしていた子どもが思春期を迎えて、突然不登校になってしまうことである。思春期では個人の内部にも変化が起こるため、これまで外部(周囲の期待)に力を注いできたエネルギーを内部に振り分けなければならない。しかし、そうした調整がうまくいかずに周囲に適応できなくなった結果、不登校状態になってしまうのである。
4 家族関係の理解
家族関係には、その中に様々な人間関係(サブ・システム)を内包している。例えば、夫婦関係や親子関係、母子関係やきょうだい関係である。ここでは、そうした家族内のサブ・システムについてまとめる。
夫婦関係
夫婦関係の類型については、家庭経営における意思決定の優位性を夫婦のどちらが持つか(夫優位・妻優位・一致・自律など)によって分類されたり、夫婦の結びつき(性愛、人格、功利、他律)によって分類されてきた。ここでは、夫婦関係を以下の4分類で考える。
- 母親型:妻が夫を息子のように扱う。「かかあ天下」「肝っ玉母さん」。離婚が少ない。妻が死ぬと夫が老ける
- 人形型:夫が妻のことを所有物(ペットや玩具)として扱う。妻が外を向くと夫が豹変
- 奴隷型:夫が妻のことを奴隷として扱う。夫は浮気をすることも。熟年離婚が多い
- 仲間型:夫婦が人格を尊重し、対等に話し合い、家事や育児も分担して行う関係。価値観の不一致で離婚しやすい
子どもの自立や夫婦どちらかの病気などによって、夫婦関係も変化する。そこには、お互いの協力と努力が必要である。
親子関係
サイモンズ(Symonds,P.M.)は、親の養育態度を「支配的—服従的」「保護的—拒否的」の2軸からなる4つの類型で捉えている。これらの態度をバランスよく保てる親の態度が適切であるとしている。
母子カプセルと世代間境界
母子カプセルとは、母子のつながりが強固なもので、父親の介入も許さないほど閉鎖されたものである。母子カプセル化が強くなりすぎると、子どもの自立や親の子離れが適切に行われなくなる。そこで、家族療法では夫婦間のつながりを強め(親連合)、親と子の間の世代間境界を明確化することによって、家族関係に変化を促すような働きかけを行うことがある。
きょうだい(同胞)関係
きょうだい関係では、同胞葛藤やシブリング・ライバリーなどと呼ばれるきょうだい間の対立が重要な概念となる。それまで一人っ子として親や祖父母の愛情を一身に受けてきた長子にとって、新しく生まれる弟や妹をライバルとして認識するというものである。一方で、第二子以降にとっては、物心がつく頃には兄弟というライバルが存在していることになる。この対立関係にどのように対応するかが、その子の性格形成に大きく影響するのである(否認、逃避、反動形成など)。
家族内の母性と父性の兼ね合い
子どもの心の健全な育成には、家庭内に母性と父性が必要だとされている。母性が母親に、父性が父親に求められることが多いが、これらはあくまで「イメージ」だとする理解が必要である。
母性のイメージは「含み・産み・育み・受け入れる」といったものである。ただし、「善悪・美醜・高低・賢愚」といった価値判断をした後に、それでもなお許し受け入れる許容がその本質と考えられる。一方、父性のイメージは「切断・突き放し・比較・評価・責任感・規律・厳格さ・力・強さ」といったものである。これらは、いわゆる社会性といわれるものと重なる。
こうした母性と父性の兼ね合いは、子どもの問題行動への対処を考える際にも重要な視点となる。つまり、父性と母性のどちらかもしくは両方がマイナスの影響となっているかで、その対応が変わるからである。例えば、不登校において、父性がマイナスで母性がプラスだとすると反社会的なものになる。また、父性と母性の両方がマイナスに働くと精神病的なものになる。さらに、父性はプラスで母性はマイナスだと抑うつ的・神経症的なものになる。これらを父性と母性の両方がプラスになるように働きかけ、適応状態に持っていくことが家族支援となるのである。
コラム4:多様な家族の形態と父親的・母親的役割
「家族」というと、両親がいて子どもたちがいるというイメージを持ちやすいが、現実的には多様な家族の形態があることを意識しておく必要がある。子育てにとって大事なことは、いろいろな家族があることを前提としながら、それぞれの家庭でどのような大人のかかわりが必要かを考えていくことである。つまり、実際の父親や母親ではなく、誰かが父性的な役割を担い、誰かが母性的な役割を担えばいいのである。こうした考え方は、組織運営にも参考になるだろう。
5 現代家族の課題とその対応
価値観の多様化への対応
受容的態度
受容的態度とは、相談者の気持ちを理解するように努め、まずは相手の状況をよく把握する努力を行う姿勢のことである。事例1(深夜まで働いているため子どもに朝食をしっかり食べさせられない母親)や事例2(子どもにはおいしいものしか食べさせないという方針を否定された母親)などを見ると、世の中には様々な家族が存在していることがわかる。家族形態のみならず、経済状態や文化的背景の違いからも、「どの家族が適切か」などとはいえないのである。
観察と監視
ここでいう観察とは、相手のよいところを認める態度である。一方で監視とは、相手の問題点や悪いところを見つけ出そうとする姿勢である。自分と異なる考え方や意見を持つ人とかかわる場合、私たちは無意識に監視してしまうことがあることに注意する必要がある。
また、監視には自分と異なる価値観や考え方を批判し排除しようとする態度を強める作用がある。したがって、監視社会が広まるほど「いじめ」の構造が作られやすい。カウンセラーの役割の1つは、こうした監視社会を観察によって変えることである。
共感的理解
共感的理解とは、相手の状況を十分に理解した上で、自分がそのような状況だったらどう感じるかを相談者に伝えて確認していく作業である。これまで共感は「相手の内的な世界を、あたかも自分のことのように感じようとすること」と定義されてきた。しかし、現在のように様々な価値観や生活環境の違いがある状況では、相手に確認する作業が必要である。それは、事例3(父親が病気で死ぬまで虐待されていたことを周囲にできなかった少年)のように、共感とは同情の押し売りではなく、相手の気持ちの確認作業であることがわかる。
コミュニケーションの工夫—内容と文脈
援助者は相談者の生活・文化レベルに応じた対応を心がけなければならない。例えば著者は、事例1の母親には「お母さん」と呼びかけ、事例2の母親には「奥様」と言葉遣いを変えている。つまり、相談者との出会いのときから用いる言葉や振る舞いを観察しておくことが必要なのである。
コミュニケーションには内容と文脈という2つの概念がある。内容とは「話の中身」のことであり、文脈とは「その場の雰囲気や話し方」のことである。内容は「何を」にあたるのに対し、文脈とは「いつ、どこで、誰と誰が、どのように」にあたる。例えば、電話で「お母さんいる?」と問いかけられた3歳くらいの子どもが「いらない」と答えると笑ってしまうのは、お母さんがいたら替わってほしいという前提を読み違えているからである。
時代の変化と文脈
生活圏の拡大と文脈のズレ
生活圏が拡大すると、それまでは自分たちの住んでいる地域で、先祖代々受け継がれてきた風習や習慣(価値観)をそのまま受け継いでいれば、何とか生活していけたという事実が揺らぐことになる。その地域で正しいと考えられていることが、他の地域では受け入れられなかったりする状況が生じるからである。事例4(育てたウサギを料理してもてなしたら孫に嫌われてしまった女性)のように、ある地域ではよいこととされることが他の地域では悪いこととされてしまうこともあるのだ。
情報化社会と文脈のズレ
情報化社会では、携帯電話やパソコンなど個々人がそれぞれの情報ツールを持っているため、どの情報にアクセスするかという個人の興味関心によって、個人が持つ情報の多様化(分断化)が進んでいる。このような個人間の情報のズレが、家族内では特に親と子との間に生じやすい。
また、今日の情報化社会の特徴は、個人が情報の発信者になれることである。例えば、インターネット上の掲示板やブログ、個人のホームページなどを用いて、簡単に情報を発信できるようになった。この簡単に個人が情報を発信できることによって生じる問題として、即時性の早さによる依存症や行き違い、匿名性による自我肥大が挙げられる。
コラム5:マスコミと育児不安
マスコミが児童虐待や子どもの犯罪などを報道することによって、育児不安を起こす親が多い。しかし、統計的には昭和の時代の方が子どもの犯罪は多く、当時はマスコミによって報道されていなかっただけなのである。だからこそ、必要以上に育児や子育てを家庭の中(特に母親だけ)で行おうとせず、父親や学校、地域の人たちとともに行うように、カウンセラーも働きかける必要がある。
最後に
1「現代家族の諸問題」では、児童虐待、高齢者虐待、ドメスティック・バイオレンス、親族間殺人、不登校、ニート・引きこもりについて、統計資料からその現状を明らかにした。2「現代家族の特徴と特殊性」では、核家族を中心としながらも様々な形態や関係性を内包しており、その機能が常に変化していることを示した。3「家族の誕生から消滅まで」では、誕生前史、誕生と発達、消滅の3つに分け、関係性や発達段階によって整理した。4「家族関係の理解」では、家族関係が内包している人間関係について、夫婦関係、親子関係、母子・父子関係、きょうだい関係の4つについて検討した。5「現代家族の課題とその対応」では、価値観の多様化への対応やコミュニケーションの工夫、そして時代の変化と文脈(雰囲気や話し方)についてまとめた。いずれも家族支援を行う者にとっての前提となる知識である。
次回は、援助関係と相談者・援助者双方を取り巻く環境への理解 家族支援と連携についてまとめる。
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