credit-risk-quantification

信用リスクの定量化を行い取引先に助言せよ 今後の金融機関経営とALM

前回は、仕切レートの取引別固定方式への変更が鍵 戦略的ALMの実践と課題についてまとめた。ここでは、信用リスクの定量化を行い取引先に助言せよ 今後の金融機関経営とALMについて解説する。

1 ALMと信用リスク

不良資産問題

1990年代の金融機関の不良債権問題は、日本経済全体にとって重大な問題だった。不良債権とは、一般に金利が約定どおり入金されないとか、元本が全部回収できないような貸金が想定されるが、これを正確に定義することはかなり難しい。一方、都銀、長信銀、信託の3業態21行では、平成5年3月期から資産の健全性に関するディスクロージャーとして「破綻先債権」と「延滞債権」が開示されることとなった。

破綻先債権とは、会社更生法の規定による更生手続きまたは商法の規定による会社の整理手続きその他これに類する法律上の整理手続きが開始された債務者等にかかる債権とされ、延滞債権とは利息が6ヶ月以上延滞している場合未収利息を収益不計上扱いとしている債権と定義されている。これが不良債権を正確に言い換えたものである。さらに、海外ではこれらに加えて約定金利を一定額以上減免しているいわゆる金利減免債権も「不良債権」に含めることが多い。

 

信用リスク管理と資産査定

信用リスク管理

金融機関の収益が金融リスクの分解・負担の対価である以上、発行体にかかる信用リスクを常に管理することは、間接金融における本質的な要素である(金利自由化が銀行経営管理手法を変えた 資産負債総合管理 ALM参照)。

具体的な信用リスク管理事務としては、以下の5つの項目が必要である。その流れは、まず融資時の融資審査があり、その後においてもそのフォローのために日常的な債務者との連絡や債務者の資金移動等の把握、期末における債務者からの財務資料の徴求などである。また、次に述べる定期的な資産査定も重要である。

  1. 債務者の実態把握:債務者とその関連グループに関する経営分析
  2. 返済財源の検討:約定弁済の一定期間猶予後の元金均等返済など
  3. 資金トレース(追跡):事後的な領収証等の証拠書類の確認など
  4. キャッシュ・フロー分析:企業またはプロジェクトから生じる毎年の現金ベースの収益分析
  5. 分散投資:融資限度額を守り、特定業種への集中や大口案件に偏らせない

 

資産査定

資産査定とは、金融機関の保有する全資産を個別に検討して、元利回収の確実性の度合いにしたがって分類することである。貸付金を定期的にチェックし、回収できない貸付金は償却し、回収できないとは断定できないものの将来の回収が不安視されるような不良貸付金はその一部の額を引き当てること(値引き)が必要である。これは一般企業における商品在庫管理と似ている。

資産査定は、まずは自行内において行うべきである(自己資産査定)が、その際は客観的に査定を行うために営業部門等とは独立した部門で行う必要がある。さらに、自己資産査定を客観的にするために、第三者の資産査定を受けることも必要である。可能であれば四半期ごと、少なくとも半期ごとに自行内で実施し、監督官庁による検査によって再チェックすることが理想的である。

自己資産査定における分類基準は、監督官庁の分類基準と整合的であることが望ましい。大蔵省(現・財務省)の資産査定における分類基準は、回収上の危険の度合いに応じてⅠからⅣまでの4段階に分かれている。アメリカの分類基準でのイメージとともに以下に整理する。

  1. Pass(Good)(問題なし):2.3.4.いずれにも分類されない債権
  2. Specially mentioned(要注意)、Substandard(水準以下):債権確保上の諸条件が満足に満たされないため、あるいは信用上疑義が存する等の理由により、その回収について通常の度合いを超える危険を含むと認められる債権(延滞債権、金利減免債権など)。固定額ともいう
  3. Doubtful(回収懸念あり):最終の回収について重大な懸念が存し、したがって損失の発生が見込まれるが、その損失額の確定し得ない債権(損失額の見込みが50%以上)
  4. Loss(回収不能):回収不能と判定される債権

 

信用リスクの計量化と引当

信用リスクの計量化

資産査定によって貸出金に対する資産査定分類(格付)とともに、債務者の業種や地域をも勘案し、貸倒率などのデータを長期間にわたり蓄積すれば、信用リスクの計量化にもつながる。信用リスクの計量化とは、貸倒が確率現象であるとし、信用リスクは今後一定期間に外部環境の変化により起こりうる最大限の損失とする。

例えば、今後1年間の平均貸倒率が5%、その貸倒率は3〜7%に収まるとする。その貸出金の約定金利が8%だとすると、期待収益率は「(1-0.05)×1.08=1.026」つまり2.6%となる。また「(1-0.03)×1.08=1.0476 (1-0.07)×1.08=1.0044」つまりほとんどの場合、収益率は0.44〜4.76%におさまる。

 

引当

引当とはリスクに対する備えのことであり、個別管理のための特定の貸出金に対する特定貸倒引当金である。ある程度までの引当金を積み、残りは自己資本相当部分で対応することが多い。先ほどの例でいうと、元本の損失にかかる信用リスクは3〜7%であり、平均では5%なので、引当金は貸出金残高の5%として、引当金との差額の2%は自己資本相当部分で対応することになる。

引当水準等の参考例は以下の6つである。

  1. 過去の貸倒経験率:個別または査定分類により類型化された貸金に対するもの。自己資産査定を伴うため、信用リスク管理と結びついている。なお、アメリカではSubstandard債権は15%、Doubtful債権は50%、Loss債権は100%の貸倒引当金を積むことが求められている
  2. 入金実績基準:過去数年分の元本・利息の入金実績データから今後の入金額を予想し、それらの現在価値割引額を算出し、帳簿額との差額を引当金とする考え方
  3. 収支見込基準:個々のプロジェクトの進捗状況について、計画段階と実行段階の乖離等によって将来の入金額予想を算定し、入金実績基準と同様にそれらの現在価値割引額を算出し、帳簿額との差額を引当金とする考え方である
  4. 担保等基準:担保物の時価、保証人の資産・収入からの回収可能額、債務者の資産・収入からの回収可能額を積み上げることにより算出し、帳簿額に満たなければその差額を引当する
  5. 時価主義的基準:貸金においても時価を算定し、帳簿額との差額を引当するという考え方。世界的には主流
  6. 類似売買基準:実際の債権の売買事例を参考にして、ほぼ同様な状況にある債権をそれに準じた基準により評価を行い、帳簿額との差額を引当金として計上する考え方

 

2 信用リスクと市場リスクの統合

信用リスクと市場リスクについて統一的に管理すべきかどうかが、今後の金融機関経営にとって重要な課題である。

 

信用リスクの定量化

信用リスクとは、一般的に取引先が倒産などにより債務履行できなくなるリスクである。貸出の場合は、元本・利子についての貸倒となって顕在化する。債券の場合も貸出と同様に、元本・利子が信用リスクの対象である。金利スワップのようなオフバランス取引の信用リスクについては、債務不履行になった取引先と結んでいた金利スワップを第三者と新たに締結し直すコストで認識される(再構築コスト)。いずれにしても、信用リスクは、倒産などの債務不履行を確率的な現象としてとらえることから、統計処理上で定量化することが理論的には可能である(リスク管理、ALM手法、標準的な財務手法 ALMの基本的な考え方参照)。

信用リスクを定量化するための具体的な統計データ整備としては、各信用格付に対応した累積倒産確率(または累積貸倒率)に関する平均と標準偏差が少なくとも必要である。例えば、信用格付が10ランクあるとして、それぞれのランクに対する経年的な倒産確率の平均と標準偏差のマトリックスである。

また、信用リスクの管理の場合には、長期的な観点(少なくとも1年程度以上、できれば5〜7年程度)で考える必要がある。その理由は、倒産は景気変動などの外的経済環境の影響を受けるからである。さらに、貸出に関する累積倒産確率の基礎データを整理する際に、取引先の地域や業種などの属性を合わせて統計処理すれば、経済要因とその他要因を統計的に分解するために便利である。

 

信用リスクと市場リスクの統合

信用リスクの定量化を行えば、信用リスクと市場リスクとの共通の尺度ができる。その結果、同じ貸付でも信用リスクの異なるもの、さらには貸付と債券について理論的な投資効率を比較することが可能になるだろう。つまり、同じ割引率のもとでも、信用リスクが高ければ高いほど貸付金の現在価値の期待値は小さくなる。さらに、債券と貸付金との差異は流動性にあるので、信用リスクが同じであれば、貸付金は流動性が劣る分だけ現在価値の期待値が高いはずである。

また、ALM手法の分野でも信用リスクの定量化は利用できる可能性がある。例えば、信用リスクを考慮したデュレーション法では、資産の将来キャッシュフローについて信用リスクを加味して現在価値を求めればよい。

さらに、将来割引率に信用リスクを加味する方法も考えられる。現在価値が将来キャッシュフローと将来割引率からなっており、将来キャッシュフローではなく将来割引率で信用リスクを考慮するのである。割引率はイールドカーブ(利回り曲線)を考えることと同じであるため、信用リスクを含んだ資産に関するイールドカーブがわかれば、信用リスクを加味した割引率を算出できるのだ。

 

3 取引先のALMアドバイザー

ALMの基本的な性格は、様々なパターンの金利変動などの経済環境の変化を想定しつつ、リスクと収益をコントロールする全行的な経営手法である。このため、今後も本部の財務部門や企画部門が中心となって運営されていくだろう。しかし、本部の各部門のみならず第一線の支店においても、ALM的な経営センスを持って取り組むことが求められる。その際における営業店の基本的な考え方は、以下の3つである。

  1. 営業店は顧客のニーズに合った営業姿勢をとるべき
  2. 営業店は取引先のALMアドバイザーになること
  3. 取引先に対して適切なリスクの告知をすべき

 

最後に

信用リスク管理は間接金融の本質的な要素。信用リスクを計量化し、それに見合った引当を行うことで、リスクに対して備えることができる。信用リスクを定量化するには、少なくとも各信用格付に対応した累積倒産確率(または累積貸倒率)に関する平均と標準偏差が必要だが、それを行えば市場リスクと統合管理することができる。ALMこそ金融機関経営のノウハウ


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>