curator

トーマス・P・キャンベル 美術館の展示室で物語をつむぐ

「キュレーターは大衆が作品にまつわる物語を学べる環境を作り、そこに作品を配置するのです」トーマスは語りかける。ここでは、55万ビューを超える Thomas P. Campbell のTED講演を訳し、キュレーターの哲学について理解する。

要約

ニューヨーク、メトロポリタン美術館 館長のトーマス・P・キャンベルは、キュレーターの仕事について真剣に考えています。キュレーターは単に芸術品を選ぶだけではありません。大衆が作品にまつわる物語を学べる環境を作り、そこに作品を配置するのです。華やかなイメージとともに、中世のタペストリーやアレキサンダー・マックイーンによる超一流ファッション/アートの展覧会に、キュレーターとしての哲学がどのように生きているかを教えてくれます。(TED2012の「デザインスタジオ」セッションより。ゲストキュレーター: チー・パールマン とデビッド・ロックウェル)

Thomas P. Campbell, director of The Metropolitan Museum of Art, aims to make the venerable museum’s offerings both narrative-driven and accessible.

 

1 どの作品も昔は現代美術だった

美術の世界で働こうと考えていた頃のことです。ロンドンで講習をうけたんですが 教官に怒りっぽいイタリア人がいました。ピエトロ先生です。酒飲みで ― 煙草をよく吸い口が悪い先生でしたが 教えることに熱心でした。最初の頃の先生の授業を思い出します。壁に画像を投影して どう思うか質問されます。先生は1枚の絵画を映しました。風景画で 半裸の人物が ワインを飲んでいます。ヌードの女性が 前景の下にいて 背景の丘には 酒神バッカスの姿があります。先生がたずねます「これは何だ?」

誰もこたえないので私は手を挙げました 「ティツィアーノの『バッカス祭』です」先生は「何だって?」と言いました。自分の発音が違うのかと思って ― 「ティツィアーノの『バーカース祭』です」「何だって?」「ティツィアーノの『バッカース祭』です」(笑)そしたら先生が「この頭でっかちのモヤシ! これは狂宴だ!」 (笑) 先生は口が悪いんです。

私はこの授業で大切なことを学びました。ピエトロ先生は形式的な美術史教育に 批判的でした。専門用語を覚えて作品の分類はできるようになっても 作品を見なくなると考えたのです。よく言っていたのは どの作品も昔は現代美術だったということ ― それから 特に力説したのは 自分の目を使うことでした。先生は失明寸前だったのです。また 対象をよく見て基本的なことを問うように言いました。それは何か?どうやって作られたか? なぜ作られたのか?どう使われていたのか? 美術史家になってからも この教えは重要でした。

 

2 タペストリーは媒体として大きな力を持っていた

私に「発見の瞬間」が訪れたのは その数年後です。北欧の宮廷美術を研究していたのですが この分野は 絵画や彫刻や建築の観点から 論じ尽くされていました。ところが歴史的な文書や 当時の記録を読んでいて研究分野に空白があることに 気付いたのです。というのも 文書のいたるところにタペストリーの記述があったのです。タペストリーは中世から18世紀の半ばにかけて どこにでもあるものでした。理由は はっきりしています。タペストリーは持ち運べます。丸めて 先に送れば 壁に掛けるだけで冷たくじめじめした内装を 鮮やかな色合いに変えることができます。タペストリーは いわばキャンバスのようなものでした。当時のパトロンは自分に関連付けたい英雄を 選んだり 時には自分自身が 描かれたものをかけました。また非常に高価なものでした。優れた技術をもつたくさんの織職人が 長い期間をかけて制作し 羊毛や絹糸 金糸や銀紙といった 高価な素材が使われました。視覚的なイメージが 貴重だった時代にはタペストリーは 媒体として大きな力をもちました

 

3 タペストリーは巨大で複雑

私はタペストリー史の専門家になりました。その後 メトロポリタン美術館の キュレーターになったのです。この美術館は 私が情熱を注いだこのテーマで 大規模な展覧会を開くことができる 数少ない場所のひとつだったことが理由です。1997年頃 当時の館長のフィリップ・デ・モンテベロが 2002年に開催予定の企画に ゴーサインを出しました。こんなに長い準備期間も 美術館では普通です。

準備は大変でした。タペストリーは自動車の トランクに入れて運ぶわけにはいきません。巨大なローラーに巻きつけて 特大のコンテナで送ります。あまりにも巨大だったので 正面階段を使わなければ搬入できないものもありました。

苦労したのはなじみの薄いテーマを 現代の観客にどう見せるかでした。暗色を基調にすることで色あせている ― タペストリー本来の色彩を際立たせました。シルクや金の糸が際立つように照明を配置しました。ラベルにも工夫があります。私たちが 普段見慣れているのは テレビや写真といった瞬間的なイメージです。一方 タペストリーは巨大で複雑です。ちょうど複数の物語が進行するマンガのようです。だから作品をしっかり見てもらうためには 入場者のテンポを遅くする必要がありました。

 

4 ひとつの体験としてデザインされた展覧会

この展覧会に懐疑的な人もいました。オープニングの晩に ある上級スタッフの言葉を耳にしたのです 「きっと大失敗だな」 しかし実際にはその後 何週間 何か月もの間 数万人の観客が会場に足を運びました。この展覧会は ひとつの体験としてデザインされました。タペストリーを写真で再現するのは難しいので 想像しながら聞いてください。壁一面に広がる作品を思い浮かべて 幅10mもある作品もあります。豪華な宮廷の作品には廷臣や伊達男がいます。現代のファッション雑誌でもしっくりきそうです。深い森では狩人が草むらを踏み分けて イノシシや鹿を追います。激しい戦闘には恐怖とヒロイズムがあります。

以前 当時8才の息子のクラスの授業を引き受けました。クラスの男の子は皆 ―いわゆる「男子」で 子どもたちが注目したのは 狩りの場面の前景で 犬がうんちをしているところです(笑) 作者の挑発的なジョークです。子どもたちの様子が目に浮かぶでしょう。でも そのおかげで作品は生命をもちました。もう ただの古びた織物ではありません。これは実際にあった過去の世界のイメージで 見た人にもそれが解ったのです。私はキュレーターとして誇りと手応えを感じました。美術館だけが作れるこの体験を通して 観客 ― つまり歴史家や芸術家 記者や大衆は タペストリーという失われたメディアの 美しさを発見しました。

 

5 キュレーター陣のビジョンの根幹

数年後 私は館長を頼まれびっくりしましたが 内心 こう思っていました 「私? タペストリー・マニアの私が?ネクタイは付けないよ!」 そのうち気付きました。自分が信奉しているのは キュレーターがつくる美術館での体験です。私たちが生きる現代は 情報や安易な知識であふれています。でもストーリーを背景にして 貴重な作品を展示することにかなうものはありません。キュレーターは 複雑で難解なテーマを解釈し 本来の姿を損なわないように 一般の観客に向けて わかりやすく解説します。これが私の仕事のやりがいと楽しみですし キュレーター陣のビジョンの根幹にあります。 それは日本刀の展覧会でも 初期ビザンチンの遺物やルネサンスの肖像画の展覧会でも 先ほどお話した展覧会でも同じことです。マックイーン展もそうです。去年の夏に大成功した展覧会です。

興味深いケースです。2010年の春か初夏の頃マックイーンが 自殺した直後でした。服飾研究所のキュレーターアンドリュー・ボルトンが やって来て言いました「前からマックイーン展を やりたかったんです。出来るだけ早くやりましょう」

 

6 大成功を収めたマックイーン展

大変な作業でした。マックイーンは ずっと 少数精鋭のデザイナーやマネージャーと仕事をしていて みんな 彼が遺したものを守ろうと必死でした。でもアンドリューはロンドンで 夏の間中 彼らと展示について話し合い信頼を得ました。またパフォーマンスアートのように素晴らしい ― ファッションショーを手がけてきたデザイナーたちの信頼も得ました。私たちは今までにないことを やってみることにしました。普通のインスタレーションではなく 展示室を改装して全く違う場所を再現しました。彼の最初のスタジオや 鏡の間 ― 珍奇な物を収めた棚 ― 沈没船 焼けこげた内装 ― ビデオやサウンド・トラックには オペラのアリアから豚の交尾までおさめました。この非日常的な場所ではコスチュームがまるで 役者か生きた彫刻のように見えました。大失敗してもおかしくなかったし クリスマス時期の5番街のショーウインドウのようにも 見られかねませんでした。でも企画したアンドリューが マックイーンの仲間と関係を築いたおかげで マックイーンの生々しさと才能の輝きを 伝えることに成功し素晴らしい展覧会になって 大変な成功をおさめました。展覧会が終わる頃には 入場するまで4-5時間も並ぶことになりましたが 誰も文句を言いませんでした。こんな言葉をよく耳にしました「並ぶ価値はあったよ。心の底から感動的な経験だった」

 

7 文明や文化について展示室では解説できる

いま2つの体験型の展覧会を紹介しましたが 単なるコレクションやひとつひとつの作品にも 同じパワーがあると考えています。メトロポリタン美術館はアメリカ美術専門というより 百科事典的な美術館として設立されました。140年経った現在から見ても当時のビジョンには 先見の明がありました。私たちの世界は今危機や困難に満ちていて ニュース映像を通して 常にそれを目にします。私たちが 現在の姿を目の当たりにしている ― 文明や文化について展示室では解説できるのです。リビアでもエジプトでも シリアでも ― 展示室では わかりやすく 説明できるのです。

 

8 本物を目の前にすることは時空を超えて過去の人々に出会うこと

新しいイスラム展示室のことです。公開されたのは同時多発テロ10周年の頃です。9/11以前はアメリカ人のほとんどがイスラム世界を よく知りませんでした。アメリカ史上 最悪の瞬間に イスラム世界が目の前に突き付けられたのです。ただその認識は恐ろしい事件による 正反対の見方からでした。展示室では広大な地理的広がりをもつ 様々なイスラム文化が1,400年に渡って 発展する様子を展示しています。昨年の10月に公開して以来何万人もの観客が この展示室を訪れました。

よく デジタルメディアが美術館にとって代わるかと聞かれますが この入場者数を見ればそれはあり得ないと分かります。ただ誤解しないでください。私は熱烈なWebの信奉者です。Webは世界中の観客とつながる手段です。でも熱意と学識に裏打ちされた 本物を見せることは何物にも代えがたいのです。本物を目の前にすることは 時空を超えて過去の人々に出会うことです。彼らの暮らしは 私たちとは違ったかもしれません。でも彼らの生活にも 希望や夢が 不満や成功があったことでしょう。このプロセスを経て 私たちは自分をより深く知り よりよい未来に向けて決断できるのです。

 

9 観客を内省的な心理状態にしたい

美術館の中央ロビーは世界への扉です。まるで中世の教会のように荘厳です。ここから 好きな方向へ向かい どの文化に出会うこともできます。私はよくロビーや展示室に行って お客さんがくるのを見ています。ある人は心地良さそうにくつろいでいます。自分の求めるものがわかっているのです。居心地の悪そうな人もいます。ここが威圧的で エリート主義の牙城のように感じているのです。私が打ち破りたいのはこの感覚です。

私は観客を内省的な心理状態にしたいんです。その時 彼らは方向感覚を失い探求をはじめます。見なれた物の中に未知のものを発見し 新しいことに挑戦しはじめるのです。人々を偉大な芸術品と対面させるのが 私たちの役割です。居心地が悪くてiPhoneやBlackberryを いじりたくなる人をとらえて 代わりに好奇心が広がる 場所を作り出すのです。そして 好奇心が起こるのは友達に似ている ギリシャ彫刻の表情や タペストリーの隅で糞をする犬かもしれません。ピエトロ先生だったら ワインをあおりながら 踊る人とか 前景にいたヌードの女性かもしれません。どうですか、若さとセクシーさに満ちあふれているじゃないですか。私たちは 知識としてこれは「バッカス祭」だと 伝えることはできます。でも 私たちの本当の仕事は 観客が専門用語をひとまず置いて 自分の直感を ― 信じるようにすることです。そうすればこれが狂宴に見えるはずです。どうもありがとう (拍手)

 

最後に

どの作品も昔は現代美術だった。タペストリーは媒体として大きな力を持っていた。タペストリーは巨大で複雑。ひとつの体験としてデザインされた展覧会。キュレーター陣のビジョンの根幹はわかりやすさ。文明や文化について展示室では解説できる。本物を目の前にすることは、時空を超えて過去の人々に出会うこと。私は観客を内省的な心理状態にしたい。自分の直感を信じよう

和訳してくださったKazunori Akashi 氏、レビューしてくださった Akiko Hicks 氏に感謝する(2012年3月)。

キュレーション 「現代アート」をつくったキュレーターたち


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