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学校の階段の踊り場、理髪店、酒税、電気料金 日常生活の規制

「余っている電力はたくさんある。でもそれを国民は買えない。なぜなら規制があるからだ」著者は語りかける。原英史『「規制」を変えれば電気も足りる』を3回にわたって要約し、日本をダメにする役所の「おバカ規制」の基本を理解する。第1回は、日常生活の規制。

1 学校の階段には必ず「踊り場」がある

「明治時代の石炭ストーブ」のせいで耐震強化工事ができない

学校の階段に必ず「踊り場」がある理由は、2つの規制があるからだ。1つは「高さ3mを超える階段には、必ず踊り場を作らなければならない」(建築基準法施行令24条)。この規制には、階段の上から下まで一気に転がり落ちる事故を防ぐというそれなりに納得できる目的がある。ただし、もう1つの「教室の天井は必ず3m以上にする」という規制が、2005年まであった。この2つの規制の合わせ技で、学校の階段には必ず踊り場があったのだ。

「天井高3m以上」という基準は、ほかの建築物に比べて明らかに高い。学校の教室以外の天井高は「2.1m以上あればよい」と定められていて、一般の住宅が平均2.4m、オフィスでは平均2.6m程度となっている。

この規制のルーツをたどると、1882(明治15)年の「文部省示諭」という文書に行き着く。当時は、冬に教室で石炭ストーブを焚くことが一般的だった。空気の循環をよくして一酸化炭素中毒を防ぐために、規制が必要だったのだ。2005年の規制撤廃まで、この古めかしい規制は変えられなかった。

 

話題となる新設校に全寮制が多い理由

話題となる新設校に全寮制が多い理由は、既存の私立学校が競合を恐れてなかなか同意しないからである。都道府県知事は小中学校の新設を認める前に「私立学校審議会」(都道府県ごとに設置)の意見をあらかじめ聞くことが定められている。この審議会のメンバーの多くは「同業者」なため、最後は「地元以外の子どもたちを連れてくるので競合しない」という「全寮制」が落としどころになるのだ。また、「審査基準」は「他校と不当に競合することなく」といった恣意性の高い文言となっている。

さらに、仮に小学校を作ろうとすると、以下のような規制に直面する。「学校法人として認可が必要」(私立学校法)、校舎を造るときは「原則3階以下」(小学校施設整備方針)、「階段の幅は140cm以上、段差は16cm以下」(建築基準法施行令)、運動場の面積は「児童数721人以上なら7200㎡以上」(小学校設置基準)などである。どれも合理性に欠ける規制である。

 

「寄付を集めて学校法人を作りたければ、学校法人を作れ」?

「寄付を集めて学校法人を作りたければ、学校法人を作れ」こうした役所の論理の矛盾に対して辟易したのが「フリースクールを作る会」代表の松村禎三氏である。学校法人を設立するためには土地と建物を所有しなくてはならず、お金がないから寄付金を集めたくとも税制優遇を受けるには学校法人を作らなければならない、という堂々巡りになってしまうのだ。結果として「どうしても学校法人設立前に税制優遇を受けたいならば、公益認定を受けて公益財団法人を作るしかない」ということで、多大な時間とコストがかかるのである。

 

おバカ規制を知るために1 「法律」と「政令」と「省令」

国の法令は「三段重ね」の構造になっている。法律→政令→省令の順に下に行くほど細かいことを決めていて、決めるための手続も軽くなる。

  • 法律:国会で決める。末尾は「○○法」か「○○法律
  • 政令:政府の閣議決定で決める。末尾は「○○施行令」か「○○政令」
  • 省令:特定の省が決める。末尾は「○○施行規則」か「○○省令」

 

2 それでもダメ教師はクビにならない

公立学校ではなぜ「君が代斉唱」が騒ぎのもとになるのか?

公立学校で「君が代斉唱」が騒ぎのもとになる理由は、教育組織の無責任体制と教師に対する身分保障だ。まず、公立学校の場合、そもそも誰が上司なのかわからない。校長は学校の先生を「監督」する立場にあるが(学校教育法37条4項)「人事権」は与えられていない(地方教育行政の組織および運営に関する法律34条)。人事権は市長たちから切り離され、独立した「教育委員会」に与えられる(同法23条)。また、小中学校の場合は「都道府県教育委員会」に与えられていたりと、複雑になっているのだ。民間人校長として知られた藤原和博氏によれば、これは「GHQ(連合国最高司令官総司令部)が戦後、日本の教育を改造しようとして作った、誰が責任を取るのかわからない、もっと言えば、誰も責任を取らなくていいシステム」だとしている。

教師に対する身分保障とは、公立学校の教員は「崇高な使命と職責」を負っているので「身分を尊重」されなければならない(教育基本法9条)というものだ。この身分保障のもと、減給・免職などの処分発動は極度に制約されてきたのだ。

 

ダメ教師にとって「学校選択制は困る」

公立の小中学校の場合、地元の学区の学校に通うのが「当たり前」だった。これは規制(学校教育法施行例5条)である。最近では「学校選択制」を導入する区市町村も出てきたが、小学校12.9%、中学校14.2%にとどまる(2009年度時点)。政策研究大学院大学教授の福井秀雄教授は「学校選択制と教育バウチャー(クーポン)を導入し、公立も私立も関係なく、学校側で競争させるのが最善の方策。オランダではこれが憲法上の義務になっている」としている。

 

おバカ規制を知るために2 「しなければならない」と「できる」の違い

条文の文末を見ると「○○しなければならない」(義務付け)と、「○○できる」(しなくてもいい)というものがある。傾向としては、一般市民が主語だと「義務付け規定」行政庁が主語だと「できる規定」が多い。前述の「職務命令に従わない場合の懲戒処分」の規定も「できる規定」であり、結果としてなされない場合が多いのだ。

 

3 理髪店はどこも「月曜定休」

カルテル加入が”強制”されていた

東京では理髪店の定休日が「月曜日」、美容院なら「火曜日」のところが多いことが知られている。この背景には規制(環境衛生関係営業の運営の適性化に関する法律)がからんでおり、都道府県ごとに「同業組合」を結成して「適正化規定」を定め、営業日・営業時間・料金などを決めることができる。つまり、本来は独禁法で禁止されるカルテルを認めたのだ。しかも、通達「適正化規定の適正なる実施について」より事実上は「強制加入」に近い。法律そのものも「生活衛生関係営業の運営の適正化及び新興に関する法律(生衛法)」と名前を変えて存続している。

 

使われない「謎のシャンプー台」が出現

「シャンプーなし」のヘアカット専門店に「洗髪台」が設置されている理由は、条例による「洗髪設備の設置義務付け」を定める動きである。あくまで設備の設置だけでよく、洗髪サービスを義務付けているわけではない。この規制強化について、キュービーネットの北野泰男氏は「店のバックヤードに実際には使わない洗髪台を設置」し、保健所のチェックをクリアしているという。その背景には「同業組合」が新興勢力を排除するために、ロビイング活動をして自治体に働きかけたといえる(群馬県の事例)。

 

美容師と理容師は「一緒に働いてはならない」

美容師と理容師は法律上一緒に働いてはならない(利用司法6条の2、美容師法7条)。つまり、「理容所」として届け出た店舗では美容師は働けず、「美容所」として届け出ると理容師は働けないのだ。これについて厚労省は「理容師と美容師は仕事が違う」として、論拠があやふやな言い訳をするのみである。

 

おバカ規制を知るために3 地方の「条例」はくせ者

国の作る「法律」に対し、地方自治体の場合は「条例」がある。国でいう「政省令」にあたるのが「規則」だ。「政令」と「省令」にあたる区別はないため、地方では「二段重ね」になっている。「条例」は、法律に基づくものと、自治体が独自に作るものとがある。条例で決めていい範囲のことなら地方議会に圧力をかければいいのだ。

 

4 日本のビールはアメリカで買った方が安い

ビールが高いのは「消費税がないから」?

日本ではビールにかかる税率が著しく高い。ビールの大瓶(633ml。標準価格345円)にかかる税金は酒税が139円、消費税16円と、税金が約45%を占めている。これは明治時代に税制の基礎ができたとき、税収のほとんどを土地と酒が占めていたことに由来する。当時、ビールは舶来の高級酒だったため、明治34(1901)年に麦酒税が導入された後、国の歳入を支えていたのだ(三木義一・青山学院大学教授)。

しかし、ビールが大衆酒になった後も高い税率は下がらなかった。これに対し、1984年当時の大蔵省主税局長は「一般的な消費税の体系を持たない国では、どうしても酒税の税負担が高くならざるを得ない」と話した。その後1989年に消費税が日本にも導入されたが、依然ビールの税金は高いままである。

 

おいしい酒より税の取りやすい酒

「税金を取れるところから取る」政策は、特色ある各地の地ビールの普及も妨げている。前述の1901年の「麦酒税法」で、もう1つ導入されたのが製造免許の「最低製造数量基準」だった。1908年「最低1000石」(180kl)製造しなければ酒造免許は与えないこととなり、後に基準は2000klまで引き上げられた。それ以前は、各地に地ビール業者が多く存在したが、規制の結果中小・零細業者は消え去った。

この背景にあるのが「税を集める上での都合」である。数社の巨大ビール業者からまとめて徴税する方がはるかに確実で効率的だからだ。1994年の酒税法改正で最低製造数量は60klに大幅削減されたが、地ビールに適用された軽減税率は2011年度から縮小(20→15%)と、国際標準では極めて高いままである。

 

自家製梅酒を町内会で配ろうと”思っていたら”逮捕される

酒の密造は、法律上極めて厳格に規制されている(酒税法43条1項)。明治時代は、梅酒や果実酒の自家製造も全面禁止されていた。それが1962(昭和37)年に自家製梅酒の製造が解禁されたきっかけは、高級官僚の密造だったとのことである(三木教授より)。個人で楽しむ分には梅酒をつけることが解禁されたのだ。それでも、自家製梅酒を町内会で配ろうと”思っていたら”逮捕される可能性があるのだ(酒税法54条1項)。

 

5 「ひやむぎ」と「そうめん」の境目は超厳密

放置された「罰則なし」規制

2011年4月、焼肉チェーン店「焼肉酒家えびす」で生肉のユッケによる集団食中毒事件が起き、4人が死亡した。1998年に厚生省は「生肉用食肉の衛生基準」(生活衛生局長による通達)を策定し、トリミング(最近の付着しやすい肉の表面を削り取ること)や専用の包丁・まな板を使うことなどを定めていた。しかし、この基準は「罰則なし」の努力目標にすぎなかった。

 

優先された「こんにゃくゼリー問題」

こうした生肉規制よりも優先して消費者庁が取り組んできたのが「こんにゃくゼリー問題」である。ミニカップ入りゼリーを子どもや高齢者が喉に詰まらせてしまう問題だ。毎年3000人以上の患者が出ている生肉規制よりも17年間で数十件にすぎない窒息事故を優先した理由は、「すき間事案」の代表だったからだ。すき間事案とは、個別法令や縦割り行政の狭間で取り締まりできない案件のことである。いわゆる厚労省の食品衛生法(衛生)と農水省のJAS法(表示)のすき間である。結果として、生肉規制がおろそかになってしまった。

 

ジュースのJAS規格で天下りOBが吸う”甘い汁”

食品分野にはくだらない規制がある。「うどん」と「ひやむぎ(細うどん)」「そうめん」の違いは、順に直径1.7mm以上、直径1.3mm以上1.7mm未満、直径1.3mm未満と厳密に決まっている(乾めん類品質表時基準)。しかもこうした基準に違反して表示をすると行政処分と罰則付きとなっている。さらに大きな問題は、マークの認定主体への手数料収入によって、農水省の天下り団体が維持されているのだ。

 

放射能の食品基準はずっと「暫定」だった

原発事故対応でも、食の安全規制のちぐはぐさが露呈した。食品衛生法上、放射能の食品基準がなかったため、暫定的に厚労省が定めたものが「暫定基準」である。かつてチェルノブイリ事故(1986年)のときも厚労省は暫定基準を作ったが、それ以降正式な基準を作ることはなかったのだ。

 

6 日本の電気料金はアメリカの2倍

朝の日光をムダにしてきた「明治の勅令」

夏場の電力不足対策で大事なのは、いわゆるピーク対策である。その対策として「サマータイムの導入」が取り上げられたが、早朝の時間帯を有効活用できるとすればよい方策だろう。そもそも日本の時刻は1886(明治19)年の勅令によって定められており、特に夏場の東日本は朝の日光をムダにしている。こうした時刻の前提を見直して「東西の時間帯分割」など思い切った見直し案を含めた議論をしてもよいだろう。

 

なぜ「六本木ヒルズ地下発電所」から電気を買えないのか?

六本木ヒルズの地下6階には地下発電所があるが、この電力は六本木ヒルズ内にしか供給できない。これは電気事業法2条1項において「特定電気事業者」とされているからである。東電をはじめとする電力会社は「一般電気事業者」の区分で不特定多数の一般家庭に電力を供給していいが、「特定電気事業者」は狭い限定エリア内でしか供給が許されないのだ。

明治から昭和初期にかけては多くの事業者が存在したが、戦時の国家統制と戦後GHQ下での確立で、いわゆる「九電力体制」(沖縄も加えて十電力体制)となった。どれほど不祥事を起こしたとしても、地域独占が保証された優良企業とみなされてきたのだ。

 

「発送電分離」とは何か

発送電分離とは、各電力会社が発電から送電、小売まで一貫して担っていることである。首都圏であれば東電が巨大な発電設備だけでなく、その区域内の送電網(電線)も自社所有している。そのため、新規事業者がいざ大口顧客を東電から奪おうとしても、東電の送電網を使わせてもらう必要があり、東電に払う高い託送料金(電力網の使用料)や接続約款に基づくルール押し付けなどの形でハンディを負わされてしまうのだ。

震災後の計画停電時にはこれが問題になった。PPS(特定規模電気事業者)の発電設備は平常通り稼働しているが、東電が送電網を握っているため計画停電中はPPSと契約している工場にも電気が送られず、東電の決めたスケジュール通りに停電になった。つまり、発送電一貫体制が安定供給を妨げていることが明らかになったのだ。

 

計画停電中に自家発電機から病院に送電してはならない

震災直後のエピソードとして、計画停電中に自家発電機から病院に送電してはならないといったものがあった。この背後には規制があり、原子力安全・保安院の「電力設備の技術基準の解釈」という通達などで、自家発電装置について域内で停電が生じたときは、送電網と遮断し、送電網への電気の流れ(逆潮流)を防止しないといけないとと定められているからだ。この根源的な理由には電力政策の基本政策があり、地産地消の発電よりも大規模発電を優先するという考え方があるのだ。

 

奇妙な累進電気料金

日本の家庭向け電力料金(従量料金)は「3段階制度」と呼ばれ「多く使えば単価がより高くなる」仕組みである。こうした料金体系は地域独占で競合他社がいないからこそできることである。また、電気料金の決め方も「適正な原価+適正な利潤」という総括原価方式というもので、まさに供給者目線の殿様商売を行うことができるのだ。結果として、日本の電気料金はアメリカの2倍となっているのである。

 

最後に

学校の階段に必ず「踊り場」があるのは明治時代の石炭ストーブに伴う規制のせい。ダメ教師の人事権は現場のトップの校長にはない。理髪店がどこも「月曜定休」なのは同業組合のカルテルのせい。日本の酒税はおいしさよりも取りやすさを重視している。ひやむぎとそうめんの境目は厳密な背後には天下りがあり、生肉規制のような国民の生命にかかわることはおざなりになっていた。日本の電気料金がアメリカの2倍なのは、電力会社が地域独占の発送電一貫体制を敷いているから。知れば知るほど悲しくなる規制のバカらしさ

次回は、テレビCM、運転免許、タクシー、ラブホテル、風邪薬 ビジネス規制についてまとめる。

「規制」を変えれば電気も足りる (小学館101新書)


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