「危険で恐ろしい状況の複雑さやプレッシャーを、どう切り抜ければ良いのでしょう?」ハドフィールドは語りかける。ここでは、130万ビューを超える Chris Hadfield のTED講演を訳し、宇宙で目が見えなくなったときに学んだことについて理解する。
要約
宇宙飛行士の間ではこんな言い回しがあります。「どんなひどい問題でも それ以上悪化しないとは言い切れない」では危険で恐ろしい状況の複雑さやプレッシャーを、どう切り抜ければ良いのでしょう? 退役したクリス・ハドフィールド大佐が宇宙での(そして人生での)最悪の状況への備え方を分かりやすく説明します—それはクモの巣に意図的に突っ込むことから始まるのです。最後にはすてきなギター演奏も披露します。
Tweeting (and covering Bowie) from the International Space Station last year, Colonel Chris Hadfield reminded the world how much we love space.
1 皆さんがが今までにした最も怖ろしいことは?
皆さんがが今までにした 最も怖ろしいことは? 言い変えれば 今までにした 最も危険なことは何でしょう? そして なぜ そんな事をしたのでしょう? 私は自分のした一番危険な事が 何だか知っています。NASAが計算していますからね。最初の5回のシャトル打ち上げの頃 大惨事が起こる確率は 最初の5回の打ち上げでは 9分の1でした。私がシャトルに乗った頃 1995年 74回目の飛行でも 振り返ってみると 確率は 38分の1や 35分の1か 40分の1 分が良いとは言えません。それで面白い一日になります。ケネディ宇宙センターで目覚め いよいよ宇宙に出発する日ですが この日の終わりには フワフワと優雅に 宇宙に浮かんでいるか 死んでしまうか どちらかだと気付くからです。ケネディ宇宙センターで 宇宙服を装着する部屋に入ります。子ども時代のヒーロー達が 宇宙服を着たのと 同じ部屋です。あのニール・アームストロングや バズ・オルドリンも ここで月を目指してアポロに乗る 準備をしたのです。そこで与圧服を装着してもらい バンに乗り込み 発射台へ向います。この「アストロバン」で発射台に向かい ケネディ宇宙センターの 敷地内を進んで角を曲がると 通常 夜明け前なのですが 遠くに 巨大なキセノンライトに照らされている スペースシャトルが見えて来ます — 私を地球から打ち上げる乗り物です。クルーはアストロバンの中で 息をひそめ 互いの手を握るかのようにして それが段々と大きくなって来るのを 見ています。そして エレベーターでタワーを上がり 膝をついて這って 1人づつ 宇宙船に乗り込みます。芋虫のように這って上り 自分の座席に仰向けに どさっと沈み込みます。ハッチが閉まると 突然 生涯の夢であり 同時に叶いそうも無かったはずの夢が 現実になるのです。私が夢見たもの 私が9才の頃に心に決めた夢が 突然 間もなく 現実になろうとしています。宇宙飛行士の世界では — シャトルは非常に複雑な乗り物です。史上 最も複雑な航空機なのです。宇宙飛行士の間では こう言われています。どんなひどい問題でも さらに悪化することがあり得る (笑) ですからコックピットの中では 神経を張りつめています。これからやらなければならない であろうことを考え スイッチなどを1つ1つ点検します。その時が刻一刻と近づいて来ると 興奮が高まって来ます。打ち上げの3分半前頃になると 教会の大きな鐘ほどもある 背面の大きなノズルが 前後に揺れ あまりにもそれが巨大なので 機体全体が揺れるのです。あたかも機体があなたの下でうごめいて 象が立ち上がろうとでも するかのように揺れ動きます。打ち上げの30秒前になると 機体は完全に活気づき 飛び立つ準備が整います。補助動力装置にスイッチが入り コンピューターは 独立して機能し始め 地球を離れる用意が整います。打ち上げ15秒前になると これが始まります (ビデオ)声:12、11、10 9、8、7、6 — (スペースシャトルがテイクオフのスタンバイ) — スタート 2、1 ブースターが点火しました。スペースシャトル ディスカバリー号のリフトオフです。再びスペースステーションに向けて 飛び立ちました (スペースシャトルが発射される)
2 機内で得られるパワフルな体験
この時 機内にいるというのは 信じ難い程パワフルな体験です。まるで自分より遥かに力強い何かの 手中に自分があるかのように感じます。揺れが激しいあまりに 目の前の計器がぶれて見えます。まるで巨大な犬にくわえられ その足に背中を押されて 宇宙へ押し出されるかのようです。まっすぐ上に向かって加速し ぐんぐん 風を押しのけ 進んでいきます。その複雑な状況で 注意を払い シャトルが 関門を一つ一つクリアするに従い 徐々に笑顔が湧いて来ます。2分後には 固体燃料ロケットが切り離され 液体燃料エンジンのみとなります 水素と酸素です。すると レーシングカーに乗って アクセルを思いっきり踏み込んだような 今までに経験のない ものすごい力で加速します。体重はどんどん軽くなるのに 体にかかる力は どんどん重くなります。まるで誰かに セメントをかけられているような 感覚です。そして最終的に 8分40秒程が過ぎると ついに目指した正確な高度に 辿り着きます。完璧なスピード 正確な方向 そこでエンジンが止まり 無重力状態になります。そして 私達はちゃんと生きています。
3 どのように危険やそれに伴う恐れを克服するか?
本当に素晴らしい体験です。でも 何故こんなリスクを取るのでしょう? 何故あれほどまで危険な事を?私の場合 応えは至極単純です。私は子どもの頃 宇宙飛行士になりたいと 思うようになったのです。人類が初めて月面を歩くのを見て 私は当然のように 何とかして ああなりたいと思ったのです。しかし本当の問いは どのように 危険や それに伴う恐れを克服するか?ということです。恐れと危険は それぞれ どう乗り越えればいいのでしょう。目標を持ち それが何につながるか 考えることで 私は常に物事の詳細を 見極めるようになり この夢が実現できたのです。宇宙ステーション建設の 支援のために飛び立ち この500トンもの建造物に住み 地球の周りを 秒速5マイル 秒速8キロで 1日に16回も周りながら 世界がどのような物質で成り立っているかを 学ぶ手がかりになる様々な実験を行い 船内で200もの実験を行ないます。でもさらに大切なのは 他の方法では決して 見ることはできない 新たな視点で 世界を眺めることが出来ることです。目の下に広がるのは 重力さえあれば 開いた口がふさがらない程 回転する天体の呆然とするような華麗さは 動くアートギャラリーのように幻想的で 常に変化する美しい 「世界」そのものなのです。また このスピードでは 日の出や日の入りが45秒毎に起こり それを半年経験します。そして 最も壮大な経験は 船外でのスペースウォークです。1人乗りの宇宙船ともいえる 宇宙服を着て 地球と共に宇宙を漂います。それは全く新しい視点です。宇宙を見上げるのではなく 地球と共に宇宙空間を漂って行くのです。片手でつかまりながら すぐ隣で世界が回転するのを見つめます。音もなく 回りながら 色彩とテクスチャーが溢れ 目の前を流れるのに見入ります。その光景から目をそらせたら 腕の下から覗いて 他の全てに目を向けてみると 手をそこに沈める事が 出来るかのような奥行きと 深淵な質感を持った 暗闇が広がっています。そんな所で捕まっている片手は 70億の人々とつながる命綱なのです。
4 宇宙遊泳中に完全に視界を失った
私の左目が突然見えなくなったとき、人生初のスペースウォーク中でした。原因もわからず 急に左目に激しい痛みを感じ 片目が開かなくなりました。何故目が見えないのか分からず どうしたものか?と思いましたが 目が2つあって良かった と考え 作業を続けました。でも不運なことに 無重力状態では 涙は落下しないので 目に入った謎の物質は涙と合わさって どんどん大きな球体になり その球体は大きくなりすぎて 表面張力によって鼻柱を横切り 小さな滝のように もう1つの目に「グシャッ」と入り さあ 私はいよいよ完全に視界を失いました 宇宙遊泳中にです。
5 危険と恐怖とは全くの別物
さあ皆さんの 最も恐ろしい経験は何ですか? (笑) クモかも知れませんね。クモを恐れる人はたくさんいます。クモは怖くて当然です 気味が悪いし 長い脚には たくさん毛が生えています。このクモは ドクイトグモですが ひどいものです。もしこれに噛まれたら 脚の組織がこのように広範囲で 壊死してしまいます。今でもあなたの椅子の後ろに 隠れているかもしれませんね わかりませんよ。だから クモが落ちて来たら 体が反射的にビクッとします。クモは怖いからです。でも こう考えることも可能です。ドクイトグモが 隣の席にいたりするだろうか? この辺りに 生息しているんだろうか? 実際に調べてみると 世界には およそ5万種のクモが生息し そのうち毒を持つのは 24種ほどだとわかります。5万種のうち それだけです。カナダの冬は寒いので ここプリティッシュ・コロンビアには 720から730種のクモしかいません。そのうちのたった1種 — 1種だけが 毒グモなんです。しかも その毒では死なず せいぜい 虫刺されの ひどいものくらいです。その上 そのクモには はっきりした目印が付いているのです 「危険よ。背中の放射能マークを見て 私は毒グモよ」と言っているかのようです。ですから 少しさえ気をつければ この毒グモは避けられるはずです。しかも 生息するのは地面近くなので このブラックウィドウに噛まれそうな巣に 歩いていて ぶつかってしまうことはまずないでしょう。このクモは そのような巣は張らず 地面近くの隅っこに巣を張ります。ブラックウィドウと呼ばれるのは メスがオスを食べるからですが 人間を狙うわけではありません。ですから 次にあなたがクモの巣に突っ込んだとき パニックなど原始的な反応は必要無いのです。危険と恐怖とは全くの別物なのです。
6 どうしたら恐怖を回避できるのか?
ではどうしたら恐怖を回避出来るというのでしょう? どう行動パターンを変えれば? まず 次にクモの巣を見かけたら ブラックウィドウの巣でないことを 確認して それに突っ込んで行って下さい。そしてまたクモの巣を見つけたら また向かって行って下さい。クモの巣などふわふわした物に過ぎません。大した事はありませんよ。そして現れるであろうクモはてんとう虫や 蝶のように 無害なはずです。保証します。100回もクモの巣に突っ込み続ければ 間違いなく 人として備わっている根本的な行動や 原始的な反射行動が変わります。朝 公園を歩いても クモの巣を恐れることが無くなります。お祖母さんの家の屋根裏や 自宅の地下室に入るのも怖くなくなります。このテクニックは何にでも使えます。
7 目は見えないが聴くことも話すこともできる…大丈夫だ
宇宙遊泳中に目が見えなくなると 自然な反応としてパニックに陥ることでしょう。不安で心配になります。しかし私達は全ての毒(困難)を想定して あらゆる種類のクモの巣(シナリオ)を練習しました。私達は宇宙服について 知るべき知識は全て学び 水中で何千回もトレーニングをしました。順調な時の練習だけでなく 異常事態の練習も常に行います。繰り返しクモの巣に つっこむのと同じです。そして水中だけでなく バーチャルリアリティラボでも ヘルメットとグローブを着け 現実に近い状態を経験しています。ですからついに宇宙遊泳のために 船外に出ても 準備もなしに宇宙空間に出るのとは 感覚がかなり違うのです。そしてもし目が見えなくなっても ごく自然なパニック反応は 起こりません。代わりに周りを見回し こう考えるのです「目は見えないが 聴くことも 話す事もできる。スコット・パラジンスキーが 一緒にいるから大丈夫だ」 実際身動きできない クルーの救助訓練もしているので 彼は私を飛行船のように浮かして エアロックの中に 押し込むことも出来ます。自力で戻る事もできるはずです。大したことではありません。そして しばらく涙を流し続けると 目の中のネバネバしたものは 薄まり また視界が開けて来ます。ヒューストンと交渉すれば 仕事を続ける許可をもらえます。船外活動でやることを全て終え 船内に戻った時 ジェフがコットンで 目の周りの異物を取り除き ただの曇り止めだったとわかりました。オイルとソープの混合物のようなものが 私の目に入ったのでした。今ではジョンソン社の 目にしみないタイプが使われていますが 最初からそうしておくべき だったんです(笑)
8 自分が物事にどう反応するかは根本的に変えられる
この話の鍵は 危険と感じることと 実際の危険との 違いに 目を向けるという事です。本当のリスクは何でしょうか? 本当に恐れるべきものは何でしょう? 何か嫌な予感がする という曖昧な恐怖などではなく 自分が物事にどう反応するかは 根本的に変えられます。それができれば 色々な所へ行き 色々な物を見たり 体験したり 以前は考えられもしなかった事が 可能になるのです。
9 恐怖を克服しなければ見ることのなかった景色
サハラ砂漠の南に硬盤層を眺め ニューヨーク市の夜景は まるで夢のようです。東欧の農場が ギンガムチェックの模様を描き アメリカ大陸の五大湖はまるで 小さな水溜りのようです。サンフランシスコの断層線や 橋の下の潮の流れも 全く真新しい光景が広がります。恐怖を克服しなければ 見ることのなかった景色です。さもなければ めぐり合う事のなかった 美しさを目にする事ができます。やがて 地球に帰還する時がきます。これが私達の宇宙船です。ソユーズ 小さな船です。私達3人が乗り込むと この宇宙船は 宇宙ステーションから離脱し 大気圏に向かって落下します。この2つの部分は 溶けてしまいます。両者は分離され 大気の中で 燃え尽きます。唯一残るのはこの小さな弾丸のような 私達が乗る部分で これが大気圏に突入し 要するに 落下する隕石に乗って 地球に戻るようなものです。隕石に乗るというのは恐ろしいものです。当然のことです。でも恐怖で叫びながら 大気に突入する代わりに — 突如 地球に向かう隕石に乗っていると 気付いたら普通そうなるでしょうね — (笑) でも 20年前に 私達はロシア語を学び始め ロシア語を学ぶと次に ロシア語で軌道力学を学び それから運行制御理論を学んで それからシミュレータに入り 何度も何度も練習しました。実際に この隕石を 操縦して地球のどこにでも15キロ圏内なら 着陸させることが出来ます。ですから私達が帰還するとき ソユーズの中で大気に突入しながら 恐怖で叫ぶどころか 笑っていました。楽しかったですよ。そして大きな大きなパラシュートが開き もしそれが開かなくても 予備があると知っていました。時計のように精密な仕組みで動くのです。このように ものすごい勢いで 地球へ戻り これが ソユーズでカザフスタンに着陸した光景です。
(ビデオ)リポーター「上空には 捜索救助ヘリが見えます。他にもロシアのMi-8ヘリが12機程 飛んでいます。タッチダウン — 午前3時14分 48秒 セントラルタイム 機体は回りながらやがて 地面に投げつけられたように着地し ゴロゴロと転がり止まりますが これも予期しています。自分専用に作られた座席に座り 衝撃吸収の仕組みも知っています。やがて船内に手を伸ばすロシア人たちに 引きずり出され 椅子に座らせられ そしてやっとあなたは その信じがたいような 素晴らしい体験を 思い返すことができるのです。あの9才の男の子の 不可能に限りなく近い夢に伴う 圧倒される程恐ろしく 逃げたくなる程の恐怖を 練習を重ね 自分の反応を プログラムし直す方法を身に付け 原始的な恐怖心を克服したことで 不可能と思われた 様々な事を体験し 人々に伝えられる経験とインスピレーションを得て 地球に帰って来る事ができたのです。
最後に あのギターを弾くように頼まれました。これは私がよく歌う曲で デヴィッド・ボウイの 素晴らしい才能に捧げるものですが 同時に 私たちは単に宇宙を探検する 機械などでは無く 人間であり 適応する能力や 物事を理解する力 自分の認識する力でさえも 変えて行けることを現していると思います (音楽) こちらトム少佐より地上管制へ もう とても遠くまで来てしまった 今 最高に変わった姿で漂っている 今日は星々がとても違って見える 僕はブリキの缶に入って 漂っているから これが最後に見える 地球の光景 地球は青く そしてまだ成すべきことに溢れている (音楽) 恐れるな (拍手) どうも ありがとうございます。ありがとうございました。
最後に
人生初の宇宙遊泳中に完全に視界を失った。でも目は見えないが聴くことも話すこともできる…大丈夫だ。危険と恐怖とは全くの別物。自分が物事にどう反応するかは根本的に変えられる。恐怖を克服しなければ見ることのなかった景色。地球は青く、そしてまだなすべきことに溢れている。
和訳してくださった Eriko Tsukamoto 氏、レビューしてくださった Akiko Hicks 氏に感謝する(2014年3月)。
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