いじめ自殺や学力問題など、教育にかかわるニュースが毎日報道されている。一方欧米では、テキサス大がハーバードとMITのオンライン教育事業に参加するなど、オンライン教育が広がっている。ここではダフニー・コラーのTEDでの講演をもとに、オンライン教育の可能性について考える。
要約
ダフニー・コラーは最も好奇心をそそる授業を無料でネットに公開するようトップクラスの大学を口説いています。単にサービスを提供するというだけでなく、それは人がいかに学ぶかを研究できる機会を与えます。キー入力、確認クイズ、フォーラムでの学生同士の議論、自己採点の 宿題の1つひとつから、知識がいかに処理され、さらには吸収されるのかを示す、かつてないデータを収集できるのです。
With Coursera, Daphne Koller and co-founder Andrew Ng are bringing courses from top colleges online, free, for anyone who wants to take them.
1 教育は容易に得られるものではない
「皆さんの多くと同じように、私は好運に恵まれました」
ダフニー・コラーは講演の最初にこう述べた。「3代続きの博士で、両親はともに学者」という彼女は、いい大学に進むのも当然のことだった。しかし、世界の人の多くはそんな幸運に恵まれてはいない。その例として、南アフリカの事件を挙げた。
南アフリカの教育システムは、アパルトヘイトの時代に少数の白人向けに作られた。その結果、優れた教育を受けることを望み、それに値する人のための場所が不足している。この希少性が、今年1月にヨハネスブルグ大学で起きた事件に繋がった。大学入試の受付が一部追加で行われることになったとき、そのチャンスを掴むために大勢の人が並んだ。列の先頭になりたいと思った何千という人が、登録開始の前夜門の外に何キロもの列を作ったのだ。門が開いたとたん人々が殺到して20人が怪我をし、 1人の女性が亡くなった。息子の人生に少しでも良いチャンスを与えたいと願った母親だった。
アメリカにおいても高等教育がすべての人に行き渡っているわけではない。高等教育の費用が増大し、1985年の5.6倍にもなっている。
日本においては公立・私立間での学習費の差が多くなっており、最も差が大きい学校種は小学校で、私立が公立の4.8倍、次いで中学校が2.8倍となっている。「世帯の年間収入別」の補助学習費は、世帯の年間収入が増加するほど、多くなる傾向が見られる(平成22年度「子どもの学習費調査」参照)。
2 授業体験を与えるために Coursera を設立
Courseraは、アンドリュー・ンの受け持つ「機械学習」の授業をオンラインで公開したところから始まる。毎年400人が受講登録している人気授業だったが、公開するにあたり10万人もの人が登録したのである。これまでに201のコースが登録されている(11月3日現在)。
Courseraの最大の特徴は、よりリアルに近い授業体験を与えることである。特定に日に始まり、学生は毎週ビデオを観て宿題をする。宿題で成績が決まり、〆切もある。授業の最後に修了証を受け取り、それを就職活動先に提示することでよい仕事を得る人もいる。
また、学習内容を理解するために練習問題を課している。習ったことを単に繰り返すだけの単純な復習問題であっても、他の学習方法よりも試験結果を大きく向上させるという研究結果が出ている。ビデオも数分ごとに止まって、学生に質問を投げかけるように構成されている。より複雑な練習問題においても、技術を用いることでフィードバックを与えている。
さらに、学生同士が相互に採点するという方法を用いている。過去の研究結果から、学生同士の採点と教師の採点と高い相関を示していることがわかったからだ。この工夫により、それぞれの授業に受講生のコミュニティを形成することができ、世界中の学生が互いの成果を共有している。世界中にコミュニティがあるため、Q&Aフォーラムにおける質問への回答時間の中央値が22分という脅威の数字になっている。
こういったオンラインコミュニティの規模のおかげで、学生の学びは実際の教室におけるよりも広く深いものになっている。数多くの人がつまづく問題についても、個別に対策を立てることができている。この結果、98%の学生が平均以上になるという個別指導のグループにあたる成績をおさめることができた(教育研究者ベンジャミン・ブルームの2シグマ問題より)。
3 大学の役割は学生を「焚き付ける」こと
コラーは、マーク・トウェインによる大学の評価(「大学というのは、教授の講義ノートが学生の講義ノートへと両者の頭脳を介さずに変換される場所である」)に異を唱えている。すなわち彼が憂いている講義ベースの大学でなく、教室での能動的学習によって創造力や想像力や問題解決能力を焚き付けることが可能だという。実際の対話を通じた能動的学習によって、出席率、参加の度合い、標準テストで評価した学習度といった指標で結果が改善されているのだ。
「心というのは満たすべき容れ物ではなく、焚き付けるべき木のようなものである」(ローマ帝国の著述家プルタルコス)
筆者も臨床心理学の分野で大学院まで進んだが、「焚き付けて」くれた先生の存在は今でも心に残っている。こういった存在に大学がなれるかどうかが、オンライン教育との差別化に大きく影響してくるだろう。
最後に
コラーはまとめとして「最高の教育を世界中の人に無償で提供」できたときに起こることを、3つ述べている。
- 教育が基本的人権として確立される
- 生涯学習が可能になる
- 新たなイノベーションの波を生み出す
Coursera以外にも、Khan Academyやプログラミング学習のCodecademyなど、様々なオンライン教育サイトが存在する。日本においてもeboardやドットインストールといったサイトがあり、精力的に活動している。これらの多くは非営利団体が運営しているが、Courseraは修了証書や資格試験などを収益源とすることによって、利益の追求とも両立している。
オンライン教育の最大のメリットは、言葉(多くは英語)とネットワーク機器さえあれば、国や年齢、性別や宗教などを一切選ばないということだ。日本の男女格差が世界で101位と7年連続で低迷しているが、こういった問題を解決するきっかけにもなり得る。最近ではミネソタ州においてCourseraに禁止令が出されるといった事態も発生しているが、これも時間の経過によって解決するであろう。
明日のアインシュタインや明日のスティーブ・ジョブズを生み出すために、日本においては明日の山中伸弥教授を生み出すために、可能性を広げるオンライン教育に目が離せない。
翻訳してくださった青木靖氏、翻訳をレビューしてくださったMieko Akai氏に感謝する。
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