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電波で高速にデータを送る データ通信における無線アクセス技術

前回は、音声通信における無線基地局を結ぶコア・ネットワークのしくみについてまとめた。ここでは、電波で高速にデータを送るといったデータ通信における無線アクセス技術について解説する。

1 携帯電話の音声通信とデータ通信の違い

音声通信とデータ通信の違いは、データ通信が以下の4つの特徴を持つことである。

  1. 非リアルタイム性:パケット通信によって情報を送受信するときだけ通信チャネルを割り当てる。送信要求による衝突制御
  2. 高速性:拡散率可変とマルチコード伝送技術。HSDPA(High Speed Downlink Packet Access)と呼ぶ高速化技術の利用
  3. データ誤りの防止:ARQ(Automatic Repeat reQuest)によって誤りがあった場合にデータの再送を要求する
  4. 通信していないときのハンドオーバー:独自アルゴリズムによる回線の継続

ただし音声通信もデータ通信も、CDMA技術を利用していることに変わりはなく、ほとんどは共通の技術を使って設備費用を抑えている。

 

2 できるだけ速く誤りなく送る

上記項目の2.、3.、4.の説明。

 

3 パケット通信の仕組み

第一に、パケットとは、情報の塊に送信元と宛先のアドレスをつけたものである。パケット通信(パケット伝送)は、様々な送信元や宛先のパケットを1つの通信チャネル(共通チャネル)を共用してやりとりすることである。共通チャネルでは時間をずらして1つの電波に複数ユーザーのデータを乗せるため、効率的に電波を使うことができる(コンピュータ同士がつながることネットワーク基礎知識7選参照)。

FDMA方式で音声伝送と同じ回線交換方式(ストリーミング)を利用してデータ伝送すると、個別チャネルを使って通信する一人ひとりに別の周波数を割り当てていた。PDC方式でも当初はこのような仕組みで提供されていたが、電波の効率が悪いためパケット通信方式を開発した。

 

4 送信要求同士の干渉を防ぐ衝突制御

パケット通信では衝突制御を実行して、伝送効率の低下を最小限に抑えている。衝突とは、複数の携帯電話端末が同時に「送信要求」を発信したとき、無線基地局にすべての電波が同時に届く状態のことである。衝突するとお互いが相手に干渉を与えてしまい、受信に失敗したりするため制御する必要がある。

W-CDMAにおける送信開始の手順(上り回線)は、以下の3つの過程を経る。

  1. 送信パワーランピング:携帯電話端末から送信する電波の電力を低い値から少しずつ上げていく
  2. プリアンブル送信:PRACH(Physical Random Access CHannel)というチャネルでプリアンブルという短い信号を送信。基地局に送信許可をもらう。プリアンブルは電力を大きくしながら(ランプアップ)何度か送る
  3. ACKかNACKの受信:基地局からAICH(Acquisition Indication CHannel)というチャネルを通じて返事。ACK(Acknowledgement)を受信したらメッセージ送信し、NACK(Negative Acknowledgement)だったら待ち受け状態に入る

プリアンブル送信などの動作は、すべてレイヤ構造で階層化されたプロトコルスタックに基づいて実行する。レイヤ3のRRC(Radio Resource Control)は、無線チャネルの割り当てや管理などを担当する。レイヤ2のRLC(Radio Link Control)は再送制御などを担当する。同じレイヤ2のMACは誤り検出や、レイヤ1のPHY(物理レイヤ)へRRCからの指令を伝える役割を果たす。

 

5 ブリアンブルの種類とタイミングを変えて衝突を防ぐ

(以下は技術的でやや難解なため要約のみ)

プリアンブルは、16チップのシグネチャを256回繰り返した4096チップでできている。プリアンブルの到着を基準に送られてきたデータの先頭を把握できる。

12個のサブチャネルには、1周期(8フレーム)ごとに5個のアクセススロットが決めてある。サブチャネルとアクセススロットを選ぶことで、プリアンブルの送信タイミングが重ならないようにしている。

 

6 衝突の確率は192分の1

同時に発呼したとしても、1つのプリアンブルを送信するごとに16シグネチャ×12サブチャネル=192通りの組み合わせがあるので、衝突の確率は非常に少ない。

 

7 短いコードで通信速度を速くする

第二に、CDMAでは音声とデータでスペクトル拡散率を変えて情報を送ることで高速通信を可能にしている。音声通信では長いコードを使い、データ通信では短いコードを使って拡散率を下げることで情報伝送速度を速くしている。また、ベースバンド回路という部品の追加や切替をすることにより、拡散率可変も行っている。

拡散率と通信速度、同時に使えるチャネル数との関係は、低速で良い音声は拡散率を高くして同時に使えるチャネル数を増やす。逆にデータ通信は拡散率を低くして通信速度を高めるのである。

 

8 通信速度を巡るトレードオフ

W-CDMA方式はチップ速度が3.84Mcpsと決まっているため、通信品質(通信速度と誤り訂正ビット(冗長ビット)をどれだけつけるか)と容量(同時に使用できるチャネル数)はトレードオフの関係になる。つまり、通信速度を高速化する際には、次の3つの関係を考慮する必要がある。

  • 送りたい情報+誤り訂正の冗長ビット数=送信情報
  • 送信情報の伝送速度(bps)=1単位(回)の変調で送れるビット数×1秒間の変調回数(シンボル速度)
  • シンボル速度(sps)×拡散率(コード長)=チップ速度(cps)

 

9 数Mbps以上で通信できるHSPA

W-CDMAのデータ通信速度をさらに高速化する方式は、HSPA(High Speed Packet Access)という技術である。HSPAは、W-CDMA技術や無線規格を活かしながら、一部を変更した高速データ伝送に特化した方式である。下り回線の高速化を図ったHSDPA(High Speed Downlink Packet Access)と、上り回線の高速化を図ったHSUPA(High Speed Uplink Packet Access)の2種類から構成されている。

HSDPAは理論的には最大で約14Mbpsの通信速度を利用でき、音声通信と周波数を共用できる。その理由は変調方式にあり、BPSKとQPSKよりも効率的な16QAMを利用している。QAM(Quadrature Amplitude Modulation)は、位相だけでなく電波の振幅も変化させる。16QAMの16とは、位相と振幅の組み合わせが16通りあることを表している。つまり、1シンボル(1回の変調)で伝送できるビット数は、BPSKが1ビット、QPSKが2ビット、16QAMが4ビットとなるのである。

 

10 2ミリ秒ごとに方式を変えてベストを尽くす

上記の変調方式の変更に加えて、HSDPAでは以下の3つの新たな技術を適用している。すべてを組み合わせて高速化に適用したのは、W-CDMAのHSDPA方式やcdma2000のEV-DO(Evolution Data Only)方式が初めてである。

  • 通信速度を高める技術:拡散率可変と複数コードの同時利用(マルチコード)。14Mbpsのデータを15の拡散コードを使って同時に送る
  • 電波環境に合わせて最適通信をする技術:適応変調と誤り訂正の制御(適応変復調誤り訂正符号化AMC:Adaptive Modulation and Channel Coding)
  • 総合の通信速度を高める技術:高速スケジューリング(2ミリ秒(ms)ごとの送信間隔で変化に対応)

 

11 データ通信の誤り訂正にはARQを使う

第三に、データ通信における誤り訂正技術では、音声におけるFECに加えてARQ(Automatic Repeat reQuest)方式も利用している。受信データが誤っていた際に、再度送信してもらう方式である。ARQは携帯電話端末と無線基地局間のARQ、携帯電話端末とサーバー間のARQというように、いろいろな場所で使われている。

ARQの原理は、送信側はデータに誤り検出用のビット列をつけて送り出し、受信側はデータの内容をチェックして誤りがあればNACKを送って再送を要求するというものである。再送の方法は、1ブロックごとに確認(ACK)を待つ方法や、数ブロックまとめて確認する方法、後者で誤ったブロックだけ再送する方法のSR(Selective Repeat)方式などがある。W-CDMAではSR方式を利用している。

FECとARQを組み合わせるとより高品質に通信できるため、各通信サービスでは通信品質、遅延、伝送効率の3要素(ハイブリッドARQ)を考慮して、最適な組み合わせを利用している。さらに品質を高めるために、ソフトコンバイニングを伴うハイブリッドARQ方式が新たに開発され、HSPAなどに採用されている。この方式は、誤ったデータも捨てずに活用するものである。

 

12 HSUPAで上り回線も高速化

HSDPAに続いて2009年6月にHSUPA技術が適用されて、上り回線も高速化した。高速化の理由は、高画質の画像伝送や大容量動画ファイルのメール送信などが行われるようになってきたからである。

高速化の基本原理はHSDPAと同じ高速スケジューリングとソフトコンバイニングを伴うハイブリッドARQの2つだが、異なる点が3つある。

  • 送信電力の制御:干渉防止
  • 複雑な変調方式を使わない:大きな送信出力を出せないから
  • ソフトハンドオーバーの利用:通信品質向上のため

これらの方法を適用することで、HSUPAでは0.96Mbps〜5.76Mbpsの4つの物理的な通信速度を規定している。具体的には、0.96Mbpsと1.92Mbpsでは4倍拡散を利用し、3.84Mbpsでは2倍拡散を利用。5.76Mbpsでは4倍拡散と2倍拡散の両方を利用する。

 

13 通信していなくてもハンドオーバーする

第四に、データ通信固有のハンドオーバーとは、より早くパケット送信を開始するために行われている工夫である。データ通信には、①データ送受信中、②データを送受信してはいないが、相手との回線を確保してある、③データ通信をしておらず、相手サイトとの回線も切断されている、という3つの状態がある。①と③の間に②の状態を挟むことで、効率的にデータ通信を行うことができるのである。

 

14 音声通信とデータ通信の共存

W-CDMA方式では、同じ無線の周波数帯域で音声通信とデータ通信を共存させている。それぞれがどのくらいユーザーを収容できるかは、全送信チャネルで生じる干渉量に依存する。また、音声通信のチャネルを多くするとデータ通信で使える帯域が減り、逆にデータ通信を多くすると音声チャネルが減る。その配分は携帯電話事業者がニーズに応じて決めている。

ここで、お互いに異なる拡散率の通信を共存させることで、より多くの通信チャネルを割り当てることができる。拡散率が違うコードをかけ合わせても積和がゼロになるため、通信したい相手の情報だけを取り出せ、それ以外の情報はゼロになるからである。なお、送信電力も受信電力においても、逆拡散による拡散利得によって受信することができる。

 

最後に

電波で高速にデータを送るといったデータ通信における無線アクセス技術についてまとめた。

データ通信の特徴は、非リアルタイム性、高速性、データ誤り防止、通信していないときのハンドオーバーの4つである。それぞれパケット通信や衝突制御、高速化やHSDPA、ARQ、そしてデータ固有のハンドオーバーといった技術が適用されている。音声通信とデータ通信を共存させるために様々な工夫をしているのである。

次回は、IPネットを抜けてインターネットへ データ通信におけるコア・ネットワーク技術について解説する。

携帯電話はなぜつながるのか 第2版 知っておきたいモバイル音声&データ通信の基礎知識


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