death-valley

ケン・ロビンソン 教育の死の谷を脱するには

人の精神が豊かに花開くためには3つの条件が必要です。しかし、現在の教育風土は残念ながらそれに反しています」ロビンソンは語りかける。ここでは、350万ビューを超える Ken Robinson のTED講演を訳し、教育の「死の谷」を脱する方法について理解する。

要約

人の精神が豊かに花開くために必要な3つの条件と、現在の教育風土がいかにそれに反したものであるかをケン・ロビンソン卿が語ります。可笑しくも心動かされるこの講演で彼が示すのは、私達の直面している教育の「死の谷」をどうすれば脱することができるのか、どうすれば若い世代を可能性の土壌で育むことができるのかということです。

Creativity expert Sir Ken Robinson challenges the way we’re educating our children. He champions a radical rethink of our school systems, to cultivate creativity and acknowledge multiple types of intelligence.

 

1 アメリカ人は皮肉を理解しない?

ありがとうございます。私は 12年前妻と2人の子どもを連れ アメリカに移住してきました。でも 実際にはそこはロサンゼルスでした (笑) アメリカに来たつもりだったのに。もっとも ロサンゼルスは近いですけどね アメリカに。12年前に越してきたとき いろんなことを聞きましたよ。たとえば「アメリカ人は皮肉を理解しない」とか 聞いたことあるでしょう? 正しくありません。私はアメリカの至る所に行きましたが アメリカ人が皮肉を理解しないと示すものはありませんでした。文化に関する一種の神話ですね 「イギリス人は控えめだ」というのもそうですが 何故そんな風に思うのか気が知れません。我々イギリス人は 出会った国を片っ端から侵略してきたというのに (笑) アメリカ人が皮肉を理解しないなんてのも嘘です。ただ皆さんのことを 陰でそう言う人がいるのを知っておいてください。ヨーロッパでは 皆さんがいなくなると 言ってるんです。目の前で言わないだけマシですが。

 

2 落ちこぼれだらけ法?

私はある法案を目にした時 アメリカ人も皮肉を言うのがわかりました『落ちこぼれゼロ法』です これが皮肉であることは一目瞭然ですよね (笑) (拍手) 何百万という子ども達が落ちこぼれているわけですから。そのままじゃ 法案として聞こえが悪いのは分かります 『落ちこぼれだらけ法』というのではね 「その計画の中身は?」 「何百万という子どもを 落ちこぼれさせます。こんな手はずで – 」

 

3 落ちこぼれ問題は氷山の一角に過ぎない

そして見事に成功しました。地域によっては 6割もの子どもが高校を中退しています。先住民コミュニティの場合 8割が中退します。もし中退者の数を半分に減らせたなら それによりアメリカ経済は10年に渡って 1兆ドル近くの経済効果を得られると試算されています。経済的に得な話ですよね? やるべきでしょう。落ちこぼれ問題の後始末には 膨大なコストがかかります。しかし落ちこぼれ問題は氷山の一角に過ぎません。そこで考慮に入っていないのは 通学はしていても 真面目にやっていない楽しんでいない 実のある恩恵を何も受けていない子ども達です。

 

4 教師は単なる労働、生徒は我慢するだけの教育

これはお金の問題ではありません。アメリカは他の国と比べ 教育にお金をかけています。学級のサイズも多くの国より小さいし 教育を改善するための何百という活動が 毎年行われています。問題は みんな間違った方向を向いていることです。人の人生が 豊かに花開くための3つの条件がありますが それが教育風土によって否定され 教育が教師には単なる労働 生徒には我慢するだけのものになっているのです。

 

5 人間とはそもそも多種多様な存在

条件の1番目は 人間とは そもそも多種多様な存在だということです。子どもがいるという人 手を挙げて頂けますか? 孫がいるという人は? 子どもが2人以上いるという人は? 他の人も見たことぐらいあるでしょう? (笑) あの小さくて良く動き回る人間のことです。1つ賭をしましょう。絶対勝つ自信があります。もし2人以上子どもがいるなら その子達は まったく違っているでしょう? どうです? (拍手) 取り違えたりはしませんよね? 「お前どっちだっけ? 今度から間違わないように お前達を色分けすることにママと決めたから」

 

6 「落ちこぼれゼロ法」の影響の1つが科学技術分野の偏重

『落ちこぼれゼロ法』の教育は 多様性ではなく画一性に基づいています。学校がするように求められているのは ごく狭い範囲の領域で子供の能力を見るということです。『落ちこぼれゼロ法』の影響の1つが 科学技術分野の偏重です。STEM分野は確かに重要です。科学や数学に反対する気はありません。必要には違いないですがそれで十分ではありません。教育は 芸術 人文 体育にも 同様に重きを置くべきです。実に多くの子ども達が – (拍手) ある推計によると現在アメリカでは 子ども達の10%近くが 注意欠如 多動性障害に分類される 種々の症状があると診断されています。そんなの嘘っぱちだとは言いませんが そんなに蔓延しているとは考えられません。子どもに座ったまま何時間も 低級な事務作業をやらせたなら ソワソワし始めてもおかしくはないでしょう (笑) (拍手) 子ども達は多くの場合 精神症状を患っているのではなく 子ども時代を患っているのです (笑) なぜ私に分かるかというと 実は私にも 子ども時代の経験があるからです。子どもが一番伸びるのは広範なカリキュラムにより 様々な才能が認められる場合であって 限定した場合ではありません。ちなみに 芸術はそれ自体重要なだけでなく 数学も伸ばします。それ以外の方法では 触れられることのない子ども達の部分に触れるからです。

 

7 子どもは生来の学習者で、好奇心は達成のための原動力

2番目の – (拍手)人の人生を花開かせる2番目の条件は 好奇心です。子どもの好奇心に火を点けることができれば さほど助けなくとも子ども達は自分で学んでいきます。子どもは生来の学習者なんです。子どもの能力を生かすか殺すかというのは とても大きなことです。好奇心は達成のための原動力です。私がそう言うのは アメリカにおける現在の文化が 教師をおとしめてきたからで 世界を見ても アメリカ国内を見ても 学校が教師より優れていることはありません。教師は学校の成功の源泉なのです。教えるというのはクリエイティブな仕事です。教えることの本質は配達ではありません。教師は単なる情報の受け渡し役ではないのです。優れた教師もそれはしますが それだけでなく導き 刺激し 引き出し関わるのです。教育は 学びのためのものです 学びのない所に 教育はありません。なのに 延々と教育の議論をしながら 学びを語らないなんてことが起こります。そもそも教育の目的は学ばせることなのに。

 

8 行為における作業と達成の違い

私の古い友人で実際すごく古く – とうに死んでるんですが – (笑) 年取るとそうなりがちですね – でも彼は素晴らしい人でした。素晴らしい思想家で よく行為における作業と達成の違いについて 語っていました。取り組んではいるけれど 達成はしない という – ダイエットが良い例ですがそういうことが ありますよね。「彼はダイエットしてるんだ」「体重は減ったの?」「ちっとも」 教えるのも同じです 「デボラ先生は34番教室で教えています」 でも誰も何も学んでいなければ 先生は教えるという作業に 従事していてもそれを実現してはいないわけです。

 

9 教師の役割は学びを促すことに尽きる

教師の役割は 学びを促すこと。それに尽きます。私が思うに 問題は 教育が 教え学ぶことよりテストすることに 重点を置くようになったことにあります。テストは重要で標準テストにも役割はあります。でもテストが 教育の中心になるべきではありません。診断と補助にとどめるべきです (拍手) もし私が病院で検査を受けるとしたら 標準的なテストがあって欲しいと思います。自分のコレステロールが 標準と比べてどうなのか知りたいと思います。かかりつけの医者が 車の中で思い付いたような単位で言われたくはありません「あなたのコレステロールはオレンジ・レベルでしたよ」「それっていいの? 悪いの?」「さあね」

 

10 人間は本質的にクリエイティブ

テストは学びを助けるものであって妨げるものであってはいけません。実際にはよくそうなっていますが – 私達の文化は好奇心に従うよりも 決められた通りにすることを良しとしています。子どもも 教師も 想像力や好奇心の力に興奮する代わりに 決まった手順通りにするよう求められているんです。条件の3番目は 人間は本質的にクリエイティブだということです。2つと同じ履歴書がないのはそのためです。私達は自分の人生を築き 進みながら作りかえていきます。創造性は人間に共通するものなんです。だから人間の文化はかくも興味深く 多様で 動きに富んでいるのです。他の動物にも想像力や創造性は あるかもしれませんが人間ほど はっきりしていません。犬を飼っている人なら 犬も落ち込むことがあるのが分かるでしょう。でもレディオヘッドの哀愁的な曲を聴いたりはしませんよね? (笑) バーボン片手に窓の外を眺めもしないでしょ? (笑)「散歩にでも行かない?」と聞くと「ああ 僕はいいよ 行っておいで。後で写真を見せてね」

 

11 教育の役割は創造力を呼び覚まして伸ばすこと

他の可能性や選択肢を絶えず思い描きながら 私達は人生を形作っていきます。教育の役割は この創造力を呼び覚まして伸ばすということです。ところが現実にやっているのは標準化です。そんな風である必要はないんです。本当に フィンランドは よく数学 科学 読解力のランクで トップになっていますが この結果からは現行のテスト科目について 優秀だということしかわかりません。そこがテストの問題点です。他の重要なことに目を向けないのです。フィンランドで肝心なのは テスト科目だけにこだわっていないということです。教育に対して 幅広いアプローチを取っていて人文 体育 芸術にも力を入れています。重要なことの2つ目はフィンランドには標準テストがないこと。少しはありますが そのために朝起きたり そのために勉強したりはしません。

 

12 中退というのはありません。どうして中退するんですか?

3つ目フィンランドから来た人達に 最近お会いしたんですが – フィンランド人でしたよ。その人達にアメリカの教育界の人が 尋ねました 「中退者が多いのは頭の痛い問題ですよね?」彼らは当惑しながら答えました 「中退というのはありません。どうして中退するんですか? 問題を抱えている子がいたらすぐ – 助けの手を差し伸べています」こう言うと決まって反論する人がいます 「フィンランドとアメリカじゃ同じようにはいかない」そんなことありません。フィンランドの人口は5百万人ほどなので アメリカの州となら比較できます。アメリカの州の多くは人口がそれより少ないでしょう。ある州にいた時なんか その州に私1人しかいなかったこともあります (笑) 本当ですって。出る時は鍵を閉めるように頼まれましたから (笑)

 

13 教え学ぶことを個別化すること

世界中の成績の良い所では皆やっていることが あいにくと今のアメリカでは ほとんど見受けられません。1つは 教え学ぶことを個別化するということ。成果を出している所では学ぶのは生徒であり システムは 生徒を巻き込みその好奇心 個性 創造力に 応えるべきものと認識されています。そうしてこそ 生徒は学ぶようになるのです。

 

14 教育者の社会的地位はとても高い

第2に 教育者の社会的地位が とても高いということ。優れた人を教師にし絶えず彼らを支え 成長できるようにしなければ 教育を改善することなど出来ないと 理解しています。能力開発というのはコストではありません。投資です。成功している国はどこでもそれが分かっています。オーストラリアにせよカナダ 韓国 シンガポール 香港 上海みんなそのことを知っています。

 

15 教育の仕事を学校に一任する

第3に 彼らは教育の仕事を 学校に一任しています。管理統制式の教育とは 大きな違いがあります。よく見られるのは 中央政府や州政府が 一番分かっているのは 自分たちだと考え指示を出すというものです。問題は 教育は委員会や議会の中で 起きるのではないことです。学校や教室で起きるのです。そしてそれをするのは教師であり生徒です。彼らから裁量を取り上げたら教育は機能しなくなります。現場の人々に権限を返す必要があります (拍手)

 

16 現在の政策の多くは機械的な教育観に基づいている

アメリカでも素晴らしい教育は行われています。でもそれは教育界で支配的な文化の – 助けによってではなくその邪魔にも関わらず 起きているのです みんな絶えず向かい風に立ち向かっているようなものです。私がそう思う理由は 現在の政策の多くが 機械的な教育観に基づいているためです。教育は工業プロセスであり 優れたデータさえあれば改善できるというのです。政策立案者の脳裏にあるのは 上手く調整し ちゃんと設定しさえすれば すべては 上手く進み続けるという思い込みです。そうは行かないし行ったためしもありません。

 

17 教育は機械的なシステムではなく人間的なシステム

肝心なのは教育は機械的なシステムではなく 人間的なシステムだということです。人に関わるものです。学びたい人もそうでない人もいます。学校をやめていく生徒にはその人なりの事情や 理由があります。退屈だったのか意味がないと思ったのか 学校の外の人生の方が 見込みがあると思ったのか その時々での傾向はありますが事情はいつでも固有のものです。ロサンゼルスで最近代替教育に関する― 会議があって出席してきました。代替教育の目的は子ども達を教育の場に連れ戻すことで 共通する特徴がいくつかあります。個人個人に合わせていること 教師への強力なサポート コミュニティとの結びつき 広範で多様なカリキュラム 校内だけでなく校外での プログラムがあることなど それが機能しているのです。興味深いのは それが 「代替教育」と呼ばれていることです。世界中の証拠が示すとおり これが普通になれば代替の必要はないのです (拍手)

 

18 デスバレーは死んでおらず、眠っているだけ

私達には違ったメタファーが必要です。教育は人間的なシステムであり 人が上手くやっていける条件上手くいかない条件があることを 認識しなければなりません。私達はつまるところ有機的な生き物であり 学校という土壌は極めて重要です。土壌というのは有機的なものですよね?我が家から遠からぬところにデスバレーという場所があります。アメリカで最も暑く乾いた土地で 何も育ちません。雨が降らないからです。それゆえデスバレー(死の谷)というわけです。そのデスバレーに2004年の冬雨が降りました。ごく短時間に180ミリの雨が降ったんです。そして2005年の春にあることが起きました。デスバレーが一面の花で覆われたのです。これが示しているのはデスバレーは死んではいないということです。眠っているのです。その表面下には可能性の種があり 適切な条件が整うのを待っているのです。そして有機的なシステムにおいては条件さえ整ったなら 生命は必然なのです。常に起きていることです。学校であれ 地域であれ 条件を変え人々に違った可能性の感覚を与え 異なる期待を与え より広い範囲の機会を与え 先生と生徒の関係を大切にし クリエイティブになって革新的なことをやれる 裁量を与えるなら しおれていた学校に生命があふれ出すでしょう。

 

19 リーダーの役割は環境を整え、可能性の風土を作り出すこと

優れたリーダーなら分かることです。教育におけるリーダーシップの役割は – これは国 州 学校どのレベルにも 当てはまることですが 管理統制であってはいけません。リーダーシップの真の役割は環境を整えること 可能性の風土を作り出すことです。そうしたら 人々はそれに応じて 想像もしなかったようなことを 成し遂げるでしょう。ベンジャミン・フランクリンの素晴らしい言葉があります。 「世界には3種類の人間がいる。まず動かすことの出来ない人間がいて 分からず分かろうとせず 何もしない。それから動かすことの出来る人間がいて 変化の必要性を理解し 話を聞く用意がある。そして動く人間がいて その人達が物事を成し遂げる」 より多くの人をやる気にできたなら それはムーブメントになるでしょう。そしてムーブメントが十分に力強ければ 最良の意味での革命が起きます。それが私達に必要なものです。どうもありがとうございました (拍手)どうもありがとう (拍手)

最後に

落ちこぼれ問題は氷山の一角に過ぎない。人間とはそもそも多種多様な存在。子どもは生来の学習者で、好奇心は達成のための原動力。教師は学校の成功の源泉。教育の目的は学ばせること。教師の役割は学びを促すこと。テストは診断と補助にとどめるべき。人間は本質的にクリエイティブ。創造性は人間に共通するもの。教育の役割は創造力を呼び覚まして伸ばすこと。教え学ぶことを個別化し、教育者の社会的地位を高く保ち、教育の仕事を学校に一任する。代替教育が普通になる環境を整え、可能性の風土を作り出せ

 

 

 

和訳してくださった Yasushi Aoki 氏、レビューしてくださった Emi Kamiya 氏に感謝する(2013年4月)。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>