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賃金は下がり、失業率は上がり、不良債権も増える デフレ不況の原因

前回は、日銀当座預金と日銀券残高は操作できない? 責任逃れの「日銀理論」についてまとめた。ここでは、賃金は下がり、失業率は上がり、不良債権も増える デフレ不況の原因について解説する。

デフレはいいことか「いいデフレ理論」の誤り

デフレは物価が下がり続けることである。デフレはいいものだとする意見もあるが、これは誤りだ。なぜなら、自分の会社が売っているモノの価格が下がれば、自分が受け取る賃金所得も下がってしまうからである。また、住宅ローンなどの負債を抱えた人は元利金支払が減らないため、最も困る。これは設備投資や研究開発を行う会社も同じである。この証拠に、国内企業物価(企業間取引における物価)の前年比と企業倒産件数の関係は、デフレになるほど倒産が増えることが明らかである。

 

デフレになれば不良債権が増え、失業率も上昇する

企業倒産が増えれば、企業にお金を貸した銀行はお金を返してもらえなくなる。この返してもらえなくなった(元利金の返済が遅れるようになった貸出が不良債権である。デフレで企業経営が苦しくなれば、企業は雇用を守ることが難しくなるから失業率が上昇する。失業率とインフレ率の関係を表した右下がりの曲線をフィリップス曲線という。

 

デフレを引き起こした急激な金融引き締め

デフレを引き起こした原因は、1990年代以降の金融政策に問題があった。日銀は1989年5月に公定歩合を2.5%から3.25%に引き上げて、金融引き締め政策を開始した。この金融引き締め政策の開始をきっかけに90年の初頭から株価は暴落し、その後も長期的に下落傾向を辿った。強烈な金融引き締め政策は金利の急上昇だけでなく、貨幣の急減によく現れている。貨幣の増加率がこれほど急激に低下すれば、経済は著しい貨幣不足に陥り、土地や株式が大きく売られて価格が暴落するのも当然である。こうした資産価値の暴落にもかかわらず家計と企業の負債の価値は減少しないため、バランスシートの悪化を招き、大きな需要の減少を招いたのだ。

 

「日銀理論」は健在

著者は1992年9月に「日銀理論」を放棄せよ、という論文を発表した。この論文は、貨幣増加率が急激に低下しているのは、日銀が銀行部門への日銀当座預金と現金(マネタリーベース)の供給を急激に減らしているからであり、日銀はその供給を増やすことによって、貨幣増加率を適正な水準に引き上げることができることを明らかにしたものである。

この論文に対して、日銀関係者は「民間非銀行部門の貨幣需要が落ち込んだためである」と反論した。また、日銀の翁邦雄氏はマネタリーベースを増やせというのは「オーバーナイト・レートをゼロまで低下させてみろという提言に等しい」と反論した。こうしたマネーサプライ論争は「マネタリーベースをコントロールする技術的な話」だったため、何が本質的な問題なのかがわからなくなってしまった。

 

難産だったゼロ金利政策

日銀の金融緩和政策が極めて不十分だったことに加えて、1997年には消費税率の引き上げや公共投資の削減などの財政政策面での引き締めが加わったため、98年10月-12月期まで5四半期にわたってマイナス成長が続いた。1998円半ば頃から、消費者物価でもデフレに陥った。しかし、ゼロ金利政策はきわめて難産だった。国債の長期金利の上昇を受けての99年2月12日の政策決定会合を経て、やっと「オーバーナイト・レートをできるだけ低めに推移するように促す」というゼロ金利政策が始まったのだ。

 

日銀の「物価の安定」の具体的中身は空っぽだった

当時の日銀は「物価の安定」を目的としていながら、その具体的尺度は持っていなかった。「デフレ懸念の払拭が展望できる情勢」がどのようなものかわからなかったのである。

 

いやいやながらのゼロ金利

当時の日銀総裁だった速水優氏の発言から、ゼロ金利政策をいやいやながら行っていたことがわかる。ゼロ金利政策の副作用として、①高齢者・年金生活者のような新たな所得を持たない人や団体にとって大きなマイナス、②金融機関や企業の構造改革の先延ばし、③インターバンク・マネー・マーケットの縮小はマイナス、を挙げている。このように中央銀行の総裁が発言することは、市場が中央銀行の行動を信頼できないため、結果としてゼロ金利政策の効果をそいでしまった。

 

金利を引き上げれば消費が増えて景気がよくなる?

①に関して、金利を引き上げれば消費が増えて景気がよくなる、と言う者もいる。しかし、そもそもゼロ金利を止めれば株価が低下し、株式で資金を運用している割合の高い年金の運用利回りが低下し、円高になる。企業経営も金利負担で苦しくなって失業者が増え、賃金所得は減少する。そのため、輸出も消費も投資も減って、景気は悪くなるのだ。金利引き上げ論に対して安達誠司氏は「預金者保護のために利上げすべし、という考え方は、限られた富裕層をもっと保護せよといっているに等しい」としているが、最もな指摘である。

 

構造改革がなければ金融政策の効果はないのか

②に関しては、名目金利と予想実質金利を区別しないために生ずる誤解である。名目金利とは表示されている金利のことだが、予想実質金利とは名目金利から市場が予想しているインフレ率を引いたものである。デフレが予想されれば予想インフレ率はマイナスになるため、予想実質金利は上昇するのだ。

構造改革を進めるときには、多くの場合、設備投資が必要になる。例えば、構造改革を担う企業の新規参入に際しては設備投資が必要である。設備投資は、予想実質金利、特に予想長期実質金利が低ければ増大し、高ければ減少する。いくら名目金利が低くても、予想実質金利が高ければ構造改革は進まないのである。

 

不良債権が増えるのはデフレ不況のせい

不良債権が増えるのはデフレ不況が原因である。デフレを止めて、2%程度の穏やかなインフレを維持して景気を回復させ、それを維持することこそが不良債権を削減する特効薬である。全国銀行の不良債権比率は2002年3月期をピークに低下し始めるが、それはその頃から輸出の急増によって景気が回復し始めたためである。

 

インターバンク・マネー・マーケットの縮小は問題か

③に関して、インターバンク・マネー・マーケットとは銀行間で日銀当座預金を貸し借りする市場である。日銀がほぼゼロ金利で銀行に日銀当座預金を供給すると、銀行間でそれを貸し借りする必要がなくなるため、この市場での取引が減少する。しかし、そのことがなぜマイナスになるのかの説明がない。マイナスになるとしたら、同マーケットの取引を仲介する短資会社の仕事が減ることくらいしか思い浮かばない。それはつまり、日銀から短資会社への天下りが減るということであろう。

 

最後に

デフレになると賃金は下がり、失業率は上がり、倒産は増え、不良債権も増える。デフレによって資産価値が下がっても、負債の価値は減少しない。日銀の「物価の安定」の具体的尺度はなかった。金利を上げても消費は増えない。設備投資を増やすために重要なのは、予想長期実質金利を下げること。インターバンク・マネー・マーケットが縮小しても、短資会社しか困らない。日銀の消極的な金融政策が平成デフレ不況をもたらした

次回は、「狂乱物価」のトラウマとインフレへの極度の恐れ 日銀はなぜ利上げを急ぐのかについてまとめる。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)


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