前回は、日本の政治に国民なし 東電と日銀に見る政治主導の問題についてまとめた。ここでは、重要なのは誰が負担するか 東電救済に見る発送電分離とエネルギー政策について解説する。
1 東電救済で国民負担はどうなるか
仕組みに目を奪われてはいけない
マスコミは、新機構や勘定などの仕組みに目を奪われて、誰が負担するかという本質的な話を忘れて記事にしがちである。負担関係を把握するには、東電のバランスシートを見なければならない。資産は13.2兆円、負債のうち流動負債1.9兆円、固定負債8.8兆円(うち社債4.7兆円)、純資産2.5兆円(2010年3月末、連結ベース)。
東電の賠償問題では、資産と負債にいろいろな要素を加味して考える必要がある。まず資産側では、原子力損害賠償法に基づき東電は原子力賠償責任保険に加入する義務があり、福島第一原発で0.1兆円だ。これは東電への支援になるので、資産側に加算する。さらに、この責任保険でカバーできない範囲については、国が東電を相手として原子力損害賠償補償契約を結んでいる。これは2011年度予算で2.3兆円で、資産側に加算できる。
一方、今回の原発問題への賠償は一義的には東電にかかる。その金額は、将来負担や各種経済への負担まで含めると数兆円から10兆円まであり得る。これが負債側に加算される。
こうして修正されたバランスシートを見ると、完全に債務超過となり、超過分は国民負担になる。これが東電補償問題の原理原則だ。
政府案は、東電全体を存続させる。具体的には、東電の上場は維持し、債務超過にされないとし、債券・社債はすべて毀損しないので、純資産や負債が保護され、株主・債権者が負担することはない(2011年8月3日「原子力損害賠償支援機構法(東電救済法)」可決済み)。
東電解体というプランも
その対極として、電力事業を維持しながら東電を解体するという考え方もある。更生手続きのような解体処理をすれば、電力事業を継続するとして流動債権者は守るとしても、それ以外はカットされ、株主や長期債権者は負担を被る。債権のカットには技術上の問題(一般担保による優先弁済)があるが、電力事業に支障のでない範囲で行えば、100%減資と合わせて国民負担は6.1兆円減る。
つまり、政府案のように東電を温存すれば国民負担は9.9兆円にもなるが、東電を解体して電力事業だけを継続させれば、国民負担は3.8兆円まで下がる。多くの人は、東電の電力事情を継続するために、東電を温存しなければならないと思い込むだろう。しかし、東電向けの通常流動債権のみを保護すれば足りるのだ。
2 東電が持ちこたえられるのは4兆円まで?
なぜか公開されなかったSPEEDIのシミュレーション
放射能拡散は同心円ではなく、地形や風向きに依存する。SPEEDI(放射能拡散シミュレーション)はそうした情報を予測するものだが、公開されたのは3月23日になってから、それも静的な一枚の紙だけであった。事故後から、海外のサイトには日本のデータに基づくシミュレーションが多数掲載されていたにもかかわらずである。
実は、震災直後から日本のデータはIAEAには提供されていた。各国はそのデータからシミュレーションを行い、各国のサイトで公表していたのだ。SPEEDIには、これまで累計で100億円以上の税金が使われてきた。この情報がすぐに活用されなかったのはなぜか、しっかりと事後検証すべきである。
飯館村住民は犠牲にされた
このSPEEDIが活用できていれば、飯館村は距離が離れているが放射性物質の飛来が大きいことがわかる。それは気象条件と地形によるが、上空に舞い上がった物質が偏西風で流されるので、両者が拮抗する飯館村付近が大きな数字になるのである。
4.5兆円以内なら東電は持ちこたえる
東電がどれだけの負担に持ちこたえられるかは、純資産額2.1兆円までである。それに加えて、国との原子力損害賠償補償契約による2.3兆円、そして自己負担分の1200億円。合計で約4.5兆円である。
なお、東電は4割が個人株主である。株価は長い目で見れば、会社の純資産価値を株式数で割った金額になる。東電の株価が下がっているのは、原発事故による補償のためである(2013年7月現在、東電の株価は500円程度)。
3 電力自由化はできるのか
発電事業と送電事業の分離
電力事業を発電部門と送電部門に分けて考えた場合、発電部門での規模の経済性は技術革新によってなくなりつつある。例えば、各家庭に太陽電池パネルを設置して、自分の家で消費する以上に発電した家庭から、近隣家庭に余剰電力を供給するという考えもある。一方、送電部門には、まだ規模の経済性が残っている。家庭レベルで送電線を敷設するというのは現実的ではない。
そこで、既存の電力会社を発電部門と送電部門とに分離し、同時に送電網を開放して、発電分野に新規参入を促して競争させるのが国民にとって望ましいことになる。電話回線網を開放して、いろいろな電話会社を参入させたことと同じである。
国民のためには東電解体が望ましい
東電改革案を見るときのキーワードは「電力自由化」特に「発電と送電の分離」や「送電網の開放」が含まれているかどうかが重要である。それらがない場合には、東電の独占体質が維持されたままになることを意味する。そして「将来の電力料金で補償する」という場合、それらは国民負担になる。
国民の立場で東電改革案を評価するなら、国民負担が少しでも軽く、被害者への補償が手厚いほうが好ましい。東電資産のうち送電部門はかなりの割合を占める。これを売却するかどうかがポイントである。送電網売却は同時に株主・債権者整理になる。
他の電力会社にも負担させるというリーク記事
著者は役人の伝統芸として、リーク、悪口、サボタージュの3つを挙げている。リーク記事の特徴は「…という原案が明らかになった」といった形の記述で、政府関係者の引用がないこと、新聞1紙にしか記事が出ていないことなどである。
2011年4月13日、東京電力福島第一原発事故について、その賠償を他の電力会社にも負担させるという記事が流れた。この記事もおそらく、官僚サイドからのリークであろう。「他の電力会社も賠償負担」は、実は「電力料金値上げ」という形で最終的には国民負担になる。
東電解体で日本のエネルギー政策は一変する
東電解体で送電網が売却されれば、日本のエネルギー政策は一変する。電力会社に競争原理を持ち込むからである。送電会社は東電や他の電力会社、また大規模工場などの発電設備を持つ会社から電気を買って販売するだろう。また、これからできるかもしれない地熱発電や一般家庭の太陽電池パネルの電気も買うだろう。電力料金も下がる可能性が高い。
送電網を売却すれば5兆円?
東電が持っている送電網の資産価値は、およそ5兆円といわれている。東電を解体すれば、その分国民負担は減る。また、送電事業が分離されて東電と別会社になれば、自家発電の買い取り価格が今より上がることが予想される。今までは東電が発電と送電を両方持っていたから、自分の発電の利益を守るために電気の買い取り価格を安く抑えていたからである。
新エネルギーは政治力次第
これまで原子力はコストが安いとか環境に優しいといってきた。しかし、廃炉までの処理コストや事故補償のコストを考えると安いとはいえない。また、放射性物質をまき散らかしたのだから、環境に優しいともいいにくい。
短期的にはLNGへの依存が高まるが、長期的には再生可能エネルギーへ移行していく必要があるだろう。太陽光パネルの普及には補助金が必要だが、これまで原子力にかけてきた予算の半分程度をかければ可能かもしれない。休耕地の太陽光発電や風力・地熱なども活用していけばいいだろう。
最後に
重要なのは誰が負担するか。仕組みに目を奪われてはならない。発送電分離と送電網の開放でエネルギー政策は変わる。電力会社も競争しよう。
次回は、世界恐慌・終戦直後の国債引受 高橋是清に学ぶ復興の歴史についてまとめる。
![]() |