前回は、いまを取るか、未来を取るかとして消費と投資についてまとめた。ここでは、お金儲けはクリエイティブな仕事として起業とビジネスについて解説する。
1 よいお金儲けと悪いお金儲け
よいお金儲けと悪いお金儲けの違いは、マーケットの評価(価値創出)や倫理観などによって分けられる。例えば、ソープランドを経営してお金を儲ける場合、マーケットは評価するが、公序良俗に反するとされて刑事罰を負うというリスクがある。
ミッションステートメント(mission statement)という自らの存在意義が明確にならない企業は、マーケットでも成功しない。例えば、ソニー創業者の井深大 氏が起業のときに書いた文は、将来のイメージや見通しがわかりやすく書いてある。アメリカの学生ベンチャーから始まったオンデマンド印刷のキンコーズも、ニッチな市場を開拓して伸びている。
2 起業に必要なもの「イメージ」
湖池屋、パソナ、HIS、ぴあなどといった創業者の発想に根ざしているものは、自分の夢と体験である。湖池屋の小池 孝氏は、戦後生計を立てるために夫婦でポテトチップスを揚げてリヤカーで引きながら売ったのが最初だった。パソナの南部靖之氏は、学生のときに学生向けのアルバイトニュースで稼いだ300万円を元手に人材派遣会社を始めた。HISの澤田秀雄氏は、ドイツ留学や20代に30カ国回った経験を他の日本人に味合わせたいという想いで格安海外旅行会社を始めた。ぴあの矢内廣氏は、中野のブロードウェイという商店街の地図を作って、そこから映画案内などエンタテインメントの情報提供誌に発展させた。
政治が華やかなのに対し、経済はとても地味である。しかし、そこから世界を動かすビル・ゲイツなどが出てくるのが経済のおもしろさでもある。
ベンチャーや起業でおもしろいことは、起業に求められる能力と経営で求められる能力が違うということである。アメリカにおいて起業した人が最高経営責任者(CEO)になる割合は1割ぐらいしかいない。熱い想いがベースにないと会社は大きくならないが、ある程度大きくなった段階ではライバル会社を冷静に分析して蹴落とすといった能力が必要になるからである。
3 起業とエグジットストラテジー—参入と退出
エグジットストラテジー(出口戦略)とは、何をいつやめるかという企業戦略のことである。例えば、3年間やってみても利益率が3%を超えない場合はすぐやめるなどである。ジレットの会長はそうしたビジネスの取捨選択に、以下の4つの基準を用いている。
- 既存の事業より高成長が期待できる
- 可能性として世界一位になれる
- 国や地域によって商品を作り替える必要がない
- 技術開発で製品を高度化できる
日本において低採算部門を切れずに持ち続けているのは、終身雇用と相まってクビを切れないからである。しかし、分社化とM&A(Merger and Acquisition:買収)をうまく活用することで、自らの得意分野に特化することができる。
4 「他人の土俵で相撲を取れ」
「他人の土俵で相撲を取れ」起業したての小さい会社は、巨大な会社と対等なふりをするという戦略がよい。例えば、カネボウは資生堂と全く同じ時期に同じキャンペーンを行うことで、実質売上が同じように見せかけた。湖池屋はカルビーを意識しているようで、ナビスコやフリトレーのようなグローバル企業のことを意識することで売上を伸ばした。ホンダはトヨタや日産の足元にも及ばなかったが、いつの間にかアメリカで「世界のホンダ」になった。
日本において思い切った出口戦略を取れない企業が多いのは、経営者がリスクを負う覚悟がないからである。経営者の多くが元サラリーマンであり、株主の資産運用の代理人というより従業員の兄貴分のような存在だからともいえる。ジレットの商品の新陳代謝が高いのは「リスクを取らないとリターンは上がらない。それが成熟したマーケットである」という認識があるからだろう。
5 コバンザメの法則—補完と代替
コバンザメの法則とは、巨大な市場のものがあったらそれに付随するものは最低限大ヒットするというものである。例えば、任天堂のファミコンが大ヒットした理由は、テレビが各家庭にあったからである。また、携帯電話が普及したため携帯ストラップも大きな市場になった。
補完財とは「コーヒーが売れれば、クリープが売れる」といった関係のことで、代替財とは「新幹線に乗れば飛行機には乗らない」という関係である。前述のゲームは「放送の代替」と「テレビの補完」という両方の側面がある。このように、ある価値を生み出したときに、世の中がどのようにその価値を受け入れてくれるかをイメージできるかが重要である。
例えば、ジレットのケースでは「世界中の男性のひげが伸びていく」のをイメージしている。また、多国籍企業のネスレの会長は「人間は水を飲む。一方で、地球汚染は進んでいる。しかし誰もがきれいな水を飲みたい、おいしい水を飲みたいと思うはずだ」というイメージを元に、水の源をどんどん買収していったのである。
なお、日本の会社数は約280万社といわれている。建設業者だけで50万社あり、その業界だけ廃業が少ない。また、日本では企業内起業が圧倒的に多い。例えば、商社ではその商社の子会社として作った会社に派遣されるような形になっている。
6 大企業の部長より小企業の社長
「世の中は自分の目で見ろ」「相手の立場になって考えろ」これが小企業であってもリスクを負っている真剣さを持つ経営者の目線である。例えば、消費税を大蔵省(現在の財務省)が通すというときに、最後の最後で誰を説得するかというと、経団連じゃなく大阪財界だという。大阪財界の人は一匹狼が多く、自分が納得しないものには絶対に首を縦に振らない「ナニワの商人」気質がある。だから大阪財界の賛成が得られるかどうかを彼らは心配していた。
また、阪神タイガースの監督だった野村克也氏が新庄選手にやらせたことも、相手の立場に立って考えさせることだった。ピッチャーの立場になるとストライクを取るのがいかに難しいかというID野球のルーツとのことである。さらに、寺田千代乃氏が作ったアート引越センターは、「引越では奥さんに取って何が一番困るか」を考えてアイデアを商品化して成功した。
このように、大企業の部長よりも小企業の社長の方が世の中のことが見えているということがある。そのため、企業が大きくなりすぎたら経営者が代わる、企業を売るというのもひとつの道である。つまり、消費と投資が対立概念でいえるように、起業とエグジットストラテジーが対応しているのである。それは「参入と退出」であり、終わり方が難しいということである。
最後に
「起業に求められる力と経営に求められる力は違う」創業者でない経営者の新浪剛史氏を思い出す。ローソンでは現場への権限委譲を行うために、これまでスーパーバイザー(SuperVisor)が握っていたITなどの運営ツールを、特定の実績を上げているオーナー(Management Owner)に渡すという方針をとっている(個を動かす 新浪剛史、ローソン作り直しの10年)。熱意や強い想いによって企業がある程度大きくなったら、それをより有効活用できる人に任せればいい。終わりよければすべてよし。
次回は、人間とは「労働力」なのかとして労働と失業について解説する。
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