前回は、株価は金融緩和で上がり、金融引き締めで下がる 金融政策と株価の関係についてまとめた。ここでは、物価上昇率を合わせておけば為替相場はあまり変わらない 金融政策と為替について解説する。
為替は物価で決まる
為替(外国為替)とは、円とドルなど異なる国の通貨間の貸借関係を手形や小切手などによって決済する方法のことである。重要なのは、この異なる通貨間の交換比率(為替相場)で、基本的に市場の取引で決まる。また、需要と供給の関係によって時々刻々異なる交換比率で取引が行われている(変動相場制)。
長い目で見れば、為替相場は自国通貨と外国為替の購買力の比率によって決まるといえる(購買力平価説)。そして、それぞれの通貨の購買力は物価水準になるので、為替相場は二国における物価水準の変化率に連動するともいえる。
なお、物価はお金の量(ハイパワードマネー)で決まり、一般的に、二国間で物価上昇率(インフレ率)に差ができると、低いほうの国は通貨高になる(原油価格が上がったら通貨供給を増やせばいい 個別物価と一般物価参照)。つまり、物価上昇率を合わせるようにしておけば、為替相場はあまり変わらない。多くの国が物価上昇率の目標を1〜3%にしているのは、物価を安定させるとともに、為替が大きく動かないようにする意味もあるのだ。
金利と為替の関係
金利と為替の関係は、単純に考えれば、金利が高くなればその通貨を買う人が増え、為替相場が上がる(円高)。反対に、金利が低ければその通貨を売ってもっと金利が高い通貨を買う人が増え、為替相場は下がる(円安)。しかし、金利には名目金利と実質金利の違いや、今後どのように動くかという「方向感」がある。
つまり、物価上昇率を考慮しない名目金利だけでは、二国間の金利差は測れない。また、現在の金利水準が高いから通貨の価値が上がるとは限らず、今後どう動くかという「予想」が重要である。
円キャリートレードの巻き戻し
円高・株安を、日本の低金利が生んだ円キャリートレードの巻き戻しだ、と主張する者がいる。円キャリートレードとは、低金利の円を借り入れて売り、より高い利回りの外国の通貨、外貨建ての株式、債券で運用して利ざやを稼ぐことである。その巻き戻しとは、円高が進行すると為替差損が拡大するリスクが高まるので、円借り取引を解消しようとして円を買い戻す動きのことである。この資金がOECDの400兆円だとか、IMFの20兆円という調査がある。
しかし、2007年の世界金融危機での全体の損失は130兆円だが、日本の損失はその1割にも満たない。そのため、世界経済がバブルになるほど多くの資金を円キャリーが供給したという説は、この点から疑問である。
為替介入
為替介入(外国為替平衡操作)とは、変動相場制において為替相場の過度な動きを緩和するために、金融当局(意思決定の主体は財務省。介入の実行は日本銀行)が市場取引に参加し、通貨の売買を行うことである。
介入資金は、財務省が管理する外国為替資金特別会計(外為特会)から捻出される。円売りドル買い介入の場合は、政府短期証券(FB:法人のみが購入可能な、償還期間が60日の国債)を発行して調達した円資金を売って、ドル(アメリカ国債)を買う。反対に、円買いドル売り介入の場合は、外為会計のドル資金(外貨準備)を売って、円を買う。
為替介入は2004年3月以降行われていなかったが、2010年9月に実施されて以来、2年間で合わせて5回行われた。
外国為替資金特別会計(外為特会)
外為特会はいわば世界最大の円キャリーファンドである。そして、この外為特会には莫大な超過積立金がある。いわゆる埋蔵金(特別会計の資産負債差額)である。その一部は一般会計に繰り入れ、国債償還(国の借金返済)の財源などにあてている。
財務省は、この積立金の目的を為替変動リスクに備えることとしている。また、これだけ外為特会が膨れ上がったのは、円安が大きく影響している。FBの金利は0.5%で、外貨建て債券の金利はドル建て債で5%である。すると、為替変動が少なければ、その金利差額分が黒字になっていく。こうして外貨資産が膨らみ、20兆円もの超過積立金が生まれたのである。
金融政策が行われていれば、為替介入は必要ない
しかし、そもそも適切な金融政策が行われていれば、為替介入は必要ない。例えば、日本のインフレ率をアメリカと同じくらいにしておけば、極端な為替変動圧力から逃れることができ、極端な内外金利差も回避することができる。
なお、日本の外為資金残高の対GDP比は20%を超えているが、アメリカは0.5%、EUは2%、イギリスは2%である。つまり、日本だけが突出して大きいのである。
変動相場制の意味
また、為替介入によって簡単に相場を動かせるなら、そもそも変動相場制の意味がなくなってしまう。これまでの実証分析でも、為替介入が為替相場に与える影響は限定的であることがわかっている。
例えば、円売りドル買い介入では、FBを発行して円を調達してアメリカ国債を買う。その直後には少し円高が緩和されるが、いつかは売る必要がある。もし為替介入の効果が大きかったとしても、売ったときには逆に円高になるのである。そのため、日本以外の先進国は外為資金をそれほど持たないのである。
余剰金は持たないようにするのが先決
余剰金があるから外債投資をするということが前提になる。外債投資をするなら、円高になったときにロスが生じるといけないため、この準備金をとっておくということになる。しかし、そもそも外債投資を縮小してFBを減らせば、その分だけ国の負担が減るのだから、余剰金をなくせばいいのである。
デフレ克服に非協力的な金融政策
2003年は、政府によって1年間に20兆円を超えるドル買い円売り介入(金融緩和)が行われ、円高に対応した。しかし、日銀が売りオペをすることによって金融緩和を相殺したのである。
ここで重要なのは、1999年3月までは、FBについてほぼ全額日銀が引き受けていた(円が供給される)。しかし、2000年4月からFBは完全入札により市中消化されるようになったため、日銀が新たに買いオペするまで円が供給されないことになったのである。
為替介入に大きな金融緩和の効果を持たせるには?
為替介入額は、大まかに言えばFB残高の増加として考えられる。一方、金融政策は、ハイパワードマネーの増加である。ただし、その増加額には、以前から約束されていた長期国債の買いオペによる貢献分が含まれているため、為替介入との関係では除いておくほうがいいだろう。
そこで、為替介入に大きな金融緩和の効果に持たせるには、一定期間のFB残高の増加に対する、同じ期間におけるハイパワードマネーの増加から日銀保有長期国債残高の増加を差し引いたものの割合を高めればよい。要は、当座預金目標を引上げてハイパワードマネーを増やせばいいので、例えば、FBや長期国債を買い上げればよい。
福井日銀総裁(当時)は当座預金目標は引上げていたものの「国債の信認を保つために、日銀の長期国債保有残高を日銀券発行残高以内にする」という現行ルールの制約によって、長期国債の買いオペを躊躇していた。しかし、デフレを脱却しなければ、国債の信任を得るための最低条件の1つであるドーマー条件(名目GDP成長率が名目金利を上回る)すら満たせない。つまり、デフレ脱却を阻害する合理性のないルールで自らを縛っていたのである。
為替介入によるデフレ克服の失敗
欧米の有力経済学者の中には、スベンソン教授(プリンストン大学)のように、デフレ脱却の有効策として為替介入政策を主張する人もいる。ただし、その前提は中央銀行が貨幣供給の拡大を容認する(長期国債を買い入れるなど)ことである。前述のように、日銀は国債買入を十分に行わなかったため、デフレ克服に失敗してしまったのである。
外為特会を戦略的に利用する
サブプライム問題に伴う金融危機の際、渡辺喜美金融担当大臣(当時)は極めて戦略的な話をした。外為特会の資金を使ったDES(Debt Equity Swap:負債と資本の交換)によって、アメリカのGSE(政府支援企業)に出資しようとするものである。SWF(政府系ファンド)の資金運用の1つとして、株価が低迷していたアメリカの住宅関連金融機関ファニーメイとフレディーマックに出資するということが考えられたのである。
しかし、外為特会を管理している財務省はそうした運用を考えることさえ認めなかった。一般論としてはこうした政府資産は少ないほうがよいが、もし運用を行うとしたらリスクとリターンを考えて戦略的に活用すべきである。
リスクの比較
この戦略投資のリスクを現状と比べると、為替リスクは同じ、信用リスクは投資するタイミングに依存し、金利リスクはほとんど変化しないというところだ。資本注入が行われる金融機関の損失処理後に投資すれば、信用リスクはほとんど変化しない。
リターンについては、投資するタイミングにある程度依存するが、間違いなく世界経済にとっては大きな貢献になる。それを大きくアピールするために、アメリカ政府と日本政府が協力することが望ましいだろう。
この渡辺案は、残念ながら実施されなかった。その代わりに、2008年11月15日の金融サミットで、麻生総理からIMFに10兆円の資金提供の話があった。外貨準備を使うという点で渡辺案と同じで、違いは資金をアメリカ政府に入れるか、IMFに入れるかだけである。日本の存在感を高めるには、前者のほうが有効だったのではないだろうか。
最後に
物価上昇率を合わせておけば為替相場はあまり変わらない。インフレ目標政策は物価を安定させるとともに、為替を大きく動かさない効果もある。
政府のカネは少ないにこしたことがない。ただし、すぐに減らせないのであれば、その使い道は戦略的であるべきである。
次回は、流動性供給、資本注入、金融緩和 世界同時不況にどう立ち向かうかについてまとめる。
![]() |