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エリザベス・ロフタス 記憶が語るフィクション

「虚偽記憶は普通にあることです。起きてもいないことの記憶や、事実と違う形で残っている記憶です。なぜそのような記憶ができるのでしょうか」ロフタスは語りかける。ここでは、160万ビューを超える Elizabeth Loftus のTED講演を訳し、記憶のはかなさについて理解する。

要約

心理学者のエリザベス・ロフタスは、記憶の研究をしています。正確には、彼女が研究しているのは「偽りの記憶」―起きてもいないことの記憶や、事実とは違う形で残っている記憶です。こうした虚偽記憶は、一般に考えられているより普通にあることです。ロフタスは、衝撃的な事例や統計を紹介し、私たちが考えるべき重要な倫理的問題を提示します。

Memory-manipulation expert Elizabeth Loftus explains how our memories might not be what they seem — and how implanted memories can have real-life repercussions.

 

1 「この人が一番近い」から「この人で絶対に間違いない」へ

私が関わった訴訟についてお話しします。スティーブ・タイタスという男性の事件です。タイタスはレストランの支配人で 当時31歳でワシントン州シアトル在住でした。グレッチェンという婚約者がいて 運命の人との結婚を間近に控えていました。ある夜 二人は おしゃれなレストランで食事を楽しみ 家に戻る途中 警官に止められました。その日の夕方女性ヒッチハイカーが 男にレイプされる事件があったのですが タイタスの車はレイプ犯の車と似たところがあり タイタス自身も 犯人とどこか似ているというのです。そこで 警察はタイタスの写真を撮り ほかの人の写真と一緒に 被害者に見せました。すると 被害者はタイタスの写真を指差し 「この人が一番近い」と言ったのです。警察と検察は逮捕・起訴に踏み切りました。スティーブ・タイタスが強姦罪で公判に付されたとき レイプの被害者は証言台に立ち こう言いました「この人で 絶対に間違いない」 タイタスは有罪判決を受けました。彼は無実だと主張し 家族も陪審に叫び声をあげ 婚約者はその場に泣き崩れました。そして タイタスは刑務所へ送られます。

 

2 えん罪が認められ、タイタスは自由の身となったが…

このとき あなたならどうしますか?タイタスは 司法への信頼を完全に失いますが あることを思いつきます。地元の新聞社に電話し ある調査ジャーナリストの協力を得ることに成功します。そして そのジャーナリストは真犯人にたどり着きました。その男は 最終的にこのレイプを自白し この地区で50件ものレイプをしていたと 考えられています。この情報が裁判所に提出され タイタスは自由の身となりました。これで 一件落着しすべて終わりとなるべきでした。タイタスにしてもこれは 最悪の一年で 冤罪との闘いも ようやく終わったと思ったはずです。でも そうは行きませんでした。タイタスはかなり憤慨していました。仕事を失いそれを取り戻すこともできず 婚約者まで失いました。彼の しつこい怒りに婚約者は耐えられなかったのです。タイタスは貯金も尽き 裁判を起こすことを決意しました。彼の味わった苦痛の責任を負うべき― 警察などを相手取った裁判です。

 

3 なぜ被害者の証言は変わったのか

私がこの件に関わったのはその時からで 私が解明しようとしたのは なぜ 被害者の証言が 「この人が一番近い」から 「この人で 絶対に間違いない」に変わったのかです。タイタスはこの裁判にのめりこみ 寝ても覚めてもこのことばかり考えていました。裁判所に出廷するほんの数日前 タイタスは朝 目覚めると 身もよじれるほどの激痛に襲われ ストレス性の心臓発作で亡くなりました。35歳でした。

 

4 私は虚偽記憶を研究している

私が タイタスの事件を頼まれたのは 私が心理科学者で 記憶の研究をしているからです。もう数十年になります。飛行機で乗り合わせた人と― ここへ来る時にもありましたが― 飛行機で乗り合わせた人と― 「お仕事は何を?」というやりとりをしますよね。「記憶の研究」と私が答えると たいてい「人の名前を覚えられない」とか 「アルツハイマー病や記憶障害の親戚がいる」という 話になります。でも 私は「忘れる」ことは研究していないのです。私の研究はその反対で「記憶する」こと― 起きてもいないことを覚えていることや 実際とは違う風に覚えていることを 研究しています。私は 虚偽記憶を研究しているのです。

 

5 他人の虚偽記憶によって有罪とされた人たちがいる

残念ながらスティーブ・タイタス以外にも 他人の虚偽記憶によって有罪とされた人たちがいます。米国の あるプロジェクトで 無実の罪に問われた― 300名の情報を集めました。犯していない罪で有罪とされたこの300名の被告は 刑務所で10年 20年 30年を過ごし 今になってDNA鑑定により 無実が証明されたのです。これらを分析した結果 4分の3のケースは 目撃証人の「誤った記憶」が原因でした。

 

6 記憶はウィキペディアのようなもの

なぜ こんなことに? これら無実の人たちを有罪とした陪審員や タイタスを有罪とした陪審員をはじめ 多くの人が記憶というものを 記録装置と同一視しています。人は 情報をそのまま記録しておいて それを呼び出して再生し 質問に答えたりイメージを認識したりするというわけです。しかし 何十年にもわたる心理学研究が そうではないことを証明しています。私たちの記憶は組み立てられるもので 再構成もされます。記憶は むしろウィキペディアのようなものです。自ら 内容を書き換えることもできれば他人が書き換えることもできます。

私が この記憶の構成過程の研究に着手したのは 1970年代でした。そのとき行った実験では被験者に 模擬犯罪や事故の現場を見せ 覚えていることについて質問をしました。ある研究では模擬事故を見せ こう聞きました。車がぶつかった時速度はどれくらいだったか? 別の人たちにはこう聞きました。車が激突したとき速度はどれくらいだったか? 「激突」という言葉で質問をしたとき 証人たちが証言する車の速度は上がり さらに「激突」という言葉を使うことによって ある証言を得る確率が上がりました。事故現場で ガラスが割れているのを見たというのです。実際は ガラスは割れていなかったのにです。別の研究では車が― 一時停止の標識がある交差点を突っ切る模擬事故を見せました。徐行の標識があったことをほのめかす質問をすると 多くの証人は交差点にあったのは 徐行の標識で 一時停止の標識ではなかったと言いました。

 

7 米軍に属し、悲惨な訓練に耐えている人たちでも間違える

皆さんはこうお考えかもしれませんね。これはビデオだから 特に緊迫した状況ではないと では もっと緊迫した状況なら 同じ間違いは起こらないのでしょうか? 答えは 私たちがほんの数ヶ月前に 発表した論文に載っています。この研究では通常と違い 被験者に 強いストレスのかかる経験をさせたのです。この研究の被験者は 米軍に属し 悲惨な訓練に耐えている人たちでした。戦争捕虜としてとらえられることが どんなものか学ぶための訓練です。この訓練の過程で 軍人たちは 30分間 肉体的虐待を含む攻撃的で厳しい尋問を受けます。その後尋問をした人を 特定するよう指示されます。私たちが 別の人物を暗示する情報を与えると 多くの人が尋問した人を間違えました。しばしば実際の人とは 似ても似つかない人を選んだりもしました。

 

8 経験した事実であっても、誤った情報で記憶は歪められる

これらの研究が示しているのは 経験した事実について誤った情報を与えると 他人の記憶を歪曲したり ねつ造したり 変えてしまうことが可能だということです。現実世界は 誤った情報であふれています。私たちが誤情報に触れるのは 誘導尋問をされるときだけではありません。他の証人と話していて 相手が意識的にあるいは 何の気なしに言う― 情報が誤っていることもあります。また 経験していてもおかしくないことを メディアの報道を通じて見ることによっても 私たちの記憶は歪められてしまう可能性があります。

 

9 奇妙な記憶は特殊な心理療法から形成されていた

1990年代私たちは さらに危険な「記憶」を目にするようになりました。何らかの問題で心理療法を受けた患者が― うつや摂食障害などの治療です― 治療を終えると 別の問題を抱えるようになっていたのです。おぞましい虐待に関する常軌を逸した記憶です。悪魔崇拝儀式や 本当に異様な要素を含んでいることもあります。心理療法を終えたある女性は 何年もの間儀礼虐待を受け 妊娠までさせられ堕胎もしたと 信じ切っていました。でも その話を裏付けるような 傷跡や その他の身体的証拠はありませんでした。こうしたケースを調査し始めて 思いました。この奇妙な記憶はどこから来るのだろう? そしてほとんどのケースで ある特殊な心理療法が行われていたことに気づきました。そこで思ったのです。この心理療法で行われていること― 想像訓練や 夢判断 一部の例では催眠や 虚偽の情報にさらすこと― こうしたことが患者に 奇妙で ありえない記憶を作らせているのではないか? そこで 私は実験を企画し この心理療法で使われるプロセスを検証できるようにし このような内容豊かな虚偽記憶が どうやって形成されるか研究しました。

 

10 ある種の暗示を使えば被験者に偽りの記憶を植え付けられる

最初に行った実験の一つで 私たちは暗示を使いました。問題になっていた心理療法から着想した手法で ある種の暗示を使って被験者に 偽りの記憶を植え付けました。子どものとき5歳か6歳ごろ ショッピング・モールで迷子になって 怖くて泣いていたら お年寄りに助けられ 家族と再会できたという記憶です。その結果私たちは この記憶を 被験者の4分の1に植え付けることに成功しました。こうお考えかもしれませんね。あまりストレスのある記憶ではないと でも 我々研究者は もっと非日常的でもっとストレスのかかる― 内容豊かな虚偽記憶の植え付けも行っています。テネシー州で行われた研究で 研究者が植えつけた虚偽記憶は 子どものときおぼれかけて 救命士に助けられたというものでした。カナダの研究で 研究者が植えつけた虚偽記憶は 子どものときに どう猛な動物に襲われたような ひどい経験で この植え付けは 被験者の約半分で成功しました。イタリアで行われた研究で 研究者が植えつけた虚偽記憶は 子どものとき悪魔憑きを目撃したというものでした。

 

11 研究倫理委員会の精査を受け承認された実験

こうした実験はまるで 科学という名のもとに被験者にトラウマを与えているようですが 私たちの研究は研究倫理委員会の精査を受け 承認されたものだということを付け加えておきます。実験において被験者は 一時的に不快感を抱くかもしれないが これらの研究は記憶の過程を理解し 世界各地で起こっている記憶の悪用問題を解決するために 必要だと判断されたのです。

 

12 話題にしただけで科学者が訴えられるという風潮

驚いたことに 私がこの研究成果を発表し ある特定の心理療法に異論を唱え始めると 困った問題が起きました。ひどい嫌がらせを受けたのです。主に自分たちへの攻撃と捉えた― 抑圧記憶のセラピストからで 影響を受けた患者からもです。私は 時には武装した護衛をつけて 招待講演にのぞみました。私の解雇を狙った手紙攻撃キャンペーンも展開されました。でも おそらく最悪だったのは ある女性の無実を私が主張したことです。彼女は成人した娘から 虐待者として責められていました。娘は 母親を性的虐待で非難していましたが その根拠は抑圧された記憶でした。告発をした娘は実際に 自分の話を カメラの前で語りそれを公開していました。私は 疑念を抱き 調査を始めて 最終的に母親が無実であると 確信できる情報を見つけました。私が これに関する暴露記事を発表すると 告発していた娘はそのすぐ後に 訴訟を起こしました。彼女の名前は完全に伏せていたのですが 名誉棄損とプライバシー侵害で私を訴えたのです。ほぼ5年もの間 泥沼の裁判をし不快な思いもしましたが ついにようやく終わって 私も自分の仕事に戻れました。でも その過程で 私は アメリカの悪しき風潮に巻き込まれました。世間で大論争になっていることを 話題にしただけで科学者が訴えられるという風潮です。

 

13 虚偽記憶は植え付けが可能で、長期に渡って行動に影響を及ぼす

研究に戻った私にこんな疑問が湧きました。誰かの心に虚偽記憶を植えたら 影響はあるのだろうか? その後の考え方や行動に 影響を与えるんだろうか? まず 試した虚偽記憶は 子どものとき ある食べ物で具合が悪くなったというものです。ゆで卵やピクルス苺のアイスを使いました。この虚偽記憶を植えたあと 被験者を戸外の食事に招くとこれらの食べ物を 以前ほど食べなくなることがわかりました。虚偽記憶は 悪いことや不快なことである必要はありません。アスパラガスなどの健康的な食べ物にまつわる― 心が温まるような記憶を植えつければ アスパラガスをもっと食べたくなるようにできます。これらの研究が示しているのは 虚偽記憶は植え付けが可能で その記憶が根付いた後は 長期に渡って行動に影響を及ぼすということです。

 

14 親が子どもに虚偽記憶を持たせるか否かは選択の問題

こうして記憶を植え行動をコントロールすることは 当然 重大な倫理的問題を伴います。例えば この心理技術をいつ使うべきか 使用を禁止するべきかといったことです。倫理上 療法士は患者に虚偽記憶を 植えてはいけません。それが患者のためになるとしてもです。でも 親が肥満の子どもに この方法を使うことは止められていません。これを公言したとき また激しい抗議を受けました 「今度は親が子どもに嘘をつくことを推奨するのか」 サンタはどうなの?(笑)つまり別の言い方をするなら これは選択の問題なのです。子どもが 肥満や糖尿病で寿命を縮め 様々な問題を抱えるのと ちょっとした虚偽記憶を持つのとどちらが良いか。私なら 我が子のためにどちらを選ぶか決まっています。

 

15 記憶は自由と同じではかないもの

でも もしかしたら 仕事柄人とは考え方が違うのかもしれません。ほとんどの人にとって記憶は大切で 自分のアイデンティティーや 人間としての本質を象徴するものです。それは十分理解しますし私もそう感じます。でも 私は仕事を通じて どれだけフィクションが世に あふれているか知っています。この数十年こうした問題を研究してきて 何か学んだとすればこれです。誰かに何か言われて その人が自信満々で 詳細に語ったとしても 感情がこもっていたとしても それが事実とは限りません。虚偽の記憶を確実に見破る方法はありません。一つ一つ実証していくことが必要です。こうしたことに気付いたことで 友人や家族の 日々の記憶違いにより寛容になりました。この気付きがあればスティーブ・タイタスを救えたかもしれません。虚偽記憶によって彼は 将来を奪い取られずに 済んだかもしれません。でも 同時に心に留めておくべきは しっかり留めておくべきは 記憶は自由と同じで はかないものだということです。ありがとうございました。ありがとうございます(拍手) どうもありがとうございます(拍手)

最後に

記憶はウィキペディアのようなもの。経験した事実であっても、誤った情報で記憶は歪められる。被害者の証言も「この人が一番近い」から「この人で絶対に間違いない」に変わるし、「激突」や「徐行」といった言葉によっても変わる。虚偽記憶は植え付けが可能で、長期に渡って行動に影響を及ぼす。親が子どもに虚偽記憶を持たせるか否かは選択の問題。記憶は自由と同じではかないもの

和訳してくださった Yuko Yoshida 氏、レビューしてくださった Emi Kamiya 氏に感謝する(2013年6月)。

目撃証言


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