前回は、官僚個人は国益、組織は省益が目的 公務員制度改革が安倍総理辞任の真相についてまとめた。ここでは、ALM、財投債、政策コスト分析が財投改革の三本柱 財務省が隠した爆弾について解説する。
大蔵省の「変人枠」
大蔵省は話題づくりのために2年に1人くらいの割合で、変わった経歴の人間を採る。著者は、東大法学部ではなく数学科の出身で、しかも学生結婚をしているという意味で「変人枠」として採用されたのだとしている。
歌って踊れるエコノミスト
「歌って踊れるエコノミスト」とは竹中平蔵氏の言葉である。著者が竹中氏と出会ったのは1982年だが、一緒にライブハウスにいるときに語った冗談である。
竹中氏は当時から嗅覚が鋭く、まだ日本ではまったく注目されていなかったアメリカの「エコノミック・レポート・オブ・ザ・プレジデント)(大統領経済報告)を持参して、手分けして翻訳したとのことである。「英語と会計はよく勉強しておいたほうがいいよ」竹中氏のアドバイスは的確であった。著者が税務署長時代に紹介された『オプション・マーケット―新しい金融取引の理論と実際』という本も、当時の金融工学の最新理論がフォローされて書いてあった。
郵政省で「高橋株」が急上昇した理由
郵政省で著者の株が急上昇した理由は、1991年当時、定額郵便貯金を合理的だとして擁護したからである。大蔵省や全国銀行協会も「非合理だ」としてつぶそうとしていたが、金融工学で見ると問題なかった。半年たてば解約自由というオプション付きの預金というだけである。
予算の総本山にいる東大法学部出身者の知的レベル
予算の総本山である大蔵省は東大法学部出身者がほとんどである。しかし、計数に弱い傾向がある。根本の理論まで自分で学ばないため、自信がないのである。
例えば、1990年代、金利が完全自由化されたが、その前後の違いについて理解できていなかった。金利が自由化されると、市場の資金需要によって金利は変動する。自由化前は、貸出期間が長ければ長いほど金利が高いというのが常識だったが、自由化後は必ずしもそうではないケースも出てくる。現在、短期金利が非常に高いが、資金需要が一巡して将来は下がると考えられる場合は、長期金利が短期金利より低くなる(逆イールド)ということが起こりうるのである。
破綻寸前だった大蔵省
1991年当時、大蔵省は金利リスク管理を行わずに金融業務を行っていたため破綻寸前だった。大蔵省が行っていた金融業務は財政投融資(財投)というが、これは巨大な国営銀行のような仕組みであった。郵便貯金や年金積立金を大蔵省理財局が管理する資金運用部に全額預託させ、そこから政策金融機関や特殊法人などに資金として貸し出すものである(課税権、徴税権で資産と負債をバランスさせる 国のバランスシート参照)。
この財投は、ALM(Asset Liability management=資産・負債の総合管理)や財投債を持っていなかったため、どんぶり勘定に近い状態で金融業務を行っていたのである。
日銀が突いてきた大蔵省の弱点
日銀が独自性を確保したのは1998年で、それまでは大蔵省の下部組織だった。日銀には「過去に大蔵省から国債を引き受けさせられてハイパーインフレになった」という考え方がある。その日銀が突いてきたのが財投の金利リスクである。著者たちは特命でチームを組み、ALMのシステム構築をすることで、この危機を乗り切った。
大蔵省「中興の祖」と呼ばれて
こうして著者は大蔵省の「中興の祖」と呼ばれたが、預託制度の下では完全にリスクを解消できない。預託期間と貸出期間が異なる限り、リスクは残るからである。しかも預託は金利が市場金利より割高で、負担が大きかった。そこで財投債の発行を考えた。
預託ではなく、債券発行にすればいくらでも調整がつく。10年間ローンなら、それに合わせて10年債を発行すればいいのだから、期間の違いもなくなる。しかも、市場金利で調達できるので、持続可能なシステムにできる。1996年に理財局長に就任した伏屋和彦氏らなどへの説明によって、財投債が導入されたのである。
小泉総理なしでも郵政民営化は必然
小泉総理なしでも郵政民営化は必然である。それは、郵政公社では経営が成り立たなくなるからである。
そもそも郵政公社が経営できていたのは、財投が郵貯から預託を受け入れるときに、通常より高い金利(市場金利プラス0.2%)を払っていたからである。特殊法人は財投を借り入れて高い金利を支払い、財投は特殊法人から吸い上げたカネを郵貯に補給するという仕組みだった。特殊法人には多額の税金が投入されるので、結果的に税金が補填に使われていたのである。
郵政公社(官営)のままでは、公的性格ゆえに原則として国債しか運用できない。しかも、今までは国債しか扱ってこなかったため運用能力はない。せめて民営化して、金融業務(資金運用)のプロを入れなければ、存続不可能なのである。
特殊法人の価値
橋下財投改革の中心として、預託禁止に加えて特殊法人改革を行った。特殊法人の価値を政策コスト分析を行って、業務の実績とつぎ込んでいるおカネの比で決定するというものである。ALM、財投債、政策コスト分析の3つが財投改革の三本柱だった。
ALMを入れると金利の合理的な付け方がわかり、将来にわたって財投機関に合理的な金利で貸し付けることになる。将来の補助金をその金利による現在価値として計算すれば、その特殊法人に将来にわたってつぎ込む補助金の総額がわかる。すると、それだけの補助金を注入する価値があるのかが見えてくるのである。
FRB議長の日銀批判
著者は1998年7月に、政府から客員研究員として、米プリンストン大学に派遣された。そこには、現FRB(連邦準備制度理事会)議長のベン・バーナンキもいた。バーナンキ教授らプリンストン大学の教授からよく聞かされたのが、日本銀行の金融政策への批判だった。
特に2000年8月、日銀が取ったゼロ金利政策の解除には、ほぼ全員から非難の声が上がった。「日銀は市場に資金がジャブジャブあるというが、真っ赤なウソだ。日銀がハイ・パワード・マネーを増やしてデフレを解消し、緩やかなインフレにしない限り、日本経済は立ち直れない。それもせずにゼロ金利を解除したら、日本経済は壊滅状態になる」これが彼らの見方だった。
その後の日本経済を見れば、彼らの見解が正しかったことは明らかだろう。
海外では一言も反論しない日銀
「経済成長、財政再建にはデフレがいい」などという理論は、世界中どこを探しても見当たらない。海外の非難には日銀の人間は誰も反論しない。それどころか、誤りをごまかすために、海外では自分たちの政策については曖昧にしか語らないのである。
用意されていたポストは「雷鳥」
留学は2年間の予定だったが、著者はプリンストン大学でもう1年延長して学ぶことを交渉した。その結果、帰国後用意されていたポストは、国土交通省の特別調整課長だった。特別調整課長の仕事はただひとつ。旧国土庁などを併合した国土交通省が大規模プロジェクトをやろうとしたら、阻止するというものである。「飛ぶな」と釘を刺すのが任務なので「雷鳥」と呼ばれていた(現在、特別調整課は廃止)。
最後に
財投には金利リスクという爆弾が含まれていた。ALMで合理的な金利による貸し付けができ、財投債で資金調達の金利リスクを抑え、政策コスト分析で特殊法人の価値(補助金注入価値)を測ることができる。郵政民営化は必然。
次回は、審議会事務局の「庶務権」が官僚の力の源泉 秘密のアジトはビルの一室についてまとめる。
![]() |