前回は、預貯金や積立方式年金にもインフレリスクがある ポートフォリオ理論についてまとめた。ここでは、原資産、取引手法、取引方式で分けられる包括的な概念 デリバティブについて解説する。
1 オプションという名の金融魔術
デリバティブとは
デリバティブとは、原資産取引(現物取引、直物取引、スポット取引)から派生した金融取引を意味する。具体的には、先物取引、オプション取引、スワップ取引などのことである。原資産取引とは、契約したらすぐにそれらを受渡する取引である。デリバティブの定義は様々なものがあるが、基本的に前述の3つの取引を表す(先物・オプション・スワップ取引の合成と組み合わせ デリバティブ参照)。
魔術信仰
デリバティブが魔術信仰される理由は、オプション取引の難解さに起因する。オプション取引の難しさを武器として営業するヘッジ・ファンドもある。ここでは、オプション取引の仕組みと価格の計算方法を解説していく。
オプションとは
金融取引におけるオプションとは、通貨・株式・債券などについて、ある期日に、ある数量を、ある価格で買う権利あるいは売る権利のことである。期日や数量や価格と言った条件は変更可能である。買う権利のことをコール・オプション、売る権利のことをプット・オプションと呼ぶ。つまり、オプション取引には以下の4つの基本パターンがある。
- コール・オプションの買い=買う権利の買い=買う権利がある
- コール・オプションの売り=買う権利の売り=売る義務がある
- プット・オプションの買い=売る権利の買い=売る権利がある
- プット・オプションの売り=売る権利の売り=買う義務がある
また、通貨や株式の売買価格を権利行使価格(ストライク・プライス)といい、オプションの価格をプレミアム(オプション料)と呼ぶ。プレミアムは手付金(前払金)とは異なり、保険のようなものである。基本的に1.は将来、権利行使価格よりも価格が上がると予測したときに行うもので、2.は上がることはないと予測したときに行う。3.は権利行使価格よりも価格が下がると予測したときに行うもので、4.は下がることはないと予測したときに行う。
通貨や株式などのオプション取引
金融の世界のオプション取引は、円相場や株価が将来変動するリスクに対して、1ヶ月ごとか3ヶ月後にドルや株式を売買する権利を取引するものである。オプション取引は、プレミアムを支払えば(買い)売買の選択権を得ることができ、反対にプレミアムを受け取れば(売り)売買の選択権を相手に渡すということである。これを整理すると以下の4つのことがいえる。なお、先物取引は値上がりのリスクは回避できるが、値下がりのメリットは享受できない。
- コール・オプションの買い:プレミアムを支払うことで、通貨や株式を買っても買わなくてもいいという選択権を得る
- コール・オプションの売り:プレミアムを受け取る代わりに、通貨や株式を不利な条件でも売らなくてはない危険性を負う
- プット・オプションの買い:プレミアムを支払うことで、通貨や株式を売っても売らなくてもいいという選択権を得る
- プット・オプションの売り:プレミアムを受け取る代わりに、通貨や株式を不利な条件で買わなくてはならない危険性を負う
アメリカンとヨーロピアン
オプションの権利行使の期日(満期日、エクスパイアー)には2つのタイプがある。アメリカン・スタイルは満期までの期間中いつでも権利行使できるオプションで、ヨーロピアン・スタイルは満期日にしか権利行使できないオプションである。一般的にはヨーロピアン・スタイルを前提に議論されることが多く、プレミアムも計算しやすい。
通貨オプションの損益図
通貨オプションとは、円やドルやポンドなど違う国の通貨を交換する、外国為替取引に関するオプション取引である。例えば、「3ヶ月後に、200万ドルを、1ドル=115円の価格(円相場)で、売る権利を、500万円のプレミアムを支払って買った」という取引である。これは「ドル売り・円買い」と呼ばれる外国為替取引の権利なので、ドルを売ることに注目すればドルプット・オプション、円を買うことに注目すれば円コール・オプションと呼ぶ。
オプションの損益図において、1ヶ月後に1ドル=100円でドルを買う権利(ドルコール・オプション)を買ったとすると、1ヶ月後の円相場に応じて、①1ドル=100円より円高・ドル安のケースには「権利を放棄」すればいいし、②1ドル=100円より円安・ドル高のケースには「権利を行使」すればいい。オプションが放棄されると利益はゼロだが、行使されると満期日の円相場と権利行使価格の差が1ドル当たりの利益となる。これにプレミアムの支払も考慮して、下記図1のようにプレミアム分だけ下にシフトすればいい。また、図2にプット・オプションの売買の損益図も載せた(オプションの利益と損失の関係まとめ参照)。


オプションの金融商品としての魅力
オプションの金融商品としての魅力は、以下の2つである。第一に、権利行使価格や満期日などの条件を自由に設定できること。第二に、様々な条件のオプションを組み合わせることで自在な損益パターンを描くことができることである。コールとプットの組み合わせ、オプションの売りと買いの組み合わせなどで、多種多様な損益図のオプションを合成することができる。
日本企業は通貨オプションを買うことを嫌う
日本における本格的なオプション取引は、1984年の通貨オプション取引から始まった。ドルや円やマルクやポンドなどの外国為替取引についてのオプションを、銀行が中心になって顧客の企業や他の銀行との間で売買するようになったのだ。背景には、輸出金融などが円相場の変動による為替リスクを回避するという目的があった。しかし、当時の日本企業は通貨オプションを買うことを嫌っていた。
通貨オプションを買うにはプレミアムを支払う必要があるが、日本の貿易企業の多くはコストとしてのプレミアムを支払いたくないと考えた。それは、金融工学の知識があまり知られていなかったため「オプションを購入すると一定のコストがかかる割には、どれほど利益があるのかがよくわからない」と判断されることが多かったからである。
発想の転換と通貨オプション取引の発展
しかし、日本の通貨オプション取引は、1987年頃から予想外の展開で発展していった。通貨オプションを「売る」ことをベースにした商品を外資系銀行などが開発したからである。具体的には、通貨オプション付きローン、ゼロコスト・オプション、ゼロコスト・オプション付きローンなどである。こうして、日本の通貨オプション取引は、特殊なタイプの取引が原動力となって発展してきた。
オプション価格の評価がポイント
そもそも通貨オプションを買おうが売ろうが、オプション価格(プレミアム)の計算・評価難しいことに変わりはない。結果として、通貨オプションを売った企業も予想外の損失を被ったケースが多かった。つまり、オプション価格の計算を「実用的に」行えるかどうかが重要である。
2 オプションの計算に難しい数学は不要
オプション価格の計算原理
オプションも資産の一種なため、その価格はオプションを保有することで得られる利益を計算すればよい。例えば通貨オプションでは、将来の為替の変化の確率に応じてその価格が変わる(期待値)。これを賭けにたとえると、賭けの最初に支払う掛金は、オプションを買うときに最初に支払うプレミアムを意味する。
円相場の変動の予想
権利行使価格が1ドル=100円のドルコール・オプションの価値は、満期日までに円相場がどのように変動しているのか(確率分布)によって決まる。円相場があまり変動しなければ利益のバラツキは大きくならないため、オプションの価格は安くなる。一方、円相場が激しく変動すると利益のバラツキは大きくなるため、オプションの価格は高くなる。つまり、オプションの価格は利益のバラツキ(標準偏差、リスク)の大きさに比例するのだ。
魔法の呪文
専門的で精緻な計算の方法を紹介する。ブラック=ショールズ公式と呼ばれるもので、確率分布に従って変動する資産価格について、微分方程式を使って計算するものである。ポイントになるのはボラティリティと呼ばれる変数で、株価や円相場などの原資産価格の変動の激しさを示すもので、いわゆる標準偏差と同じ意味を持つ。デリバティブの難解さの象徴であると同時に、仕組みを理解しなくても公式とコンピュータさえあれば計算ができるという手軽さを持つ。
なお、以下に正規分布とボラティリティについて補足説明をする。オプション価格の計算をするとき、よく利用される確率分布は正規分布と二項分布の2つである。前者は円相場や株価などの原資産価格がアナログ(連続的)に変化すると想定するモデル(ブラック=ショールズ公式など)で使われ、後者はデジタル(離散的)に変化すると想定するモデルで使われる。正規分布を前提にボラティリティ(標準偏差)を説明すると、ボラティリティをX%と予想した場合、円相場の変化率が年率でプラスX%とマイナスX%の間に収まる確率を68%と予想していることになる。また、さらに2倍の範囲に円相場の変化率が収まる確率を95%と予想している。ただし、実践的にはオプションの満期日までの期間に応じて、ボラティリティの数字を解釈する必要がある。なお、現実の円相場は、変化が不安定なときと安定しているときの差が正規分布よりも激しい。
オプション価格の簡易計算法
オプション価格は、そのオプションを買うことで満期日に得られる「利益の期待値」に等しい。オプションを取引する人は、まず円相場についての予想を立てて、次にその予想に基づいてオプション価格を計算し、実際にオプションの市場で決まっている価格と比較できればいい。具体的には、①取引条件、②円相場に対応する③損益(円相場と権利行使価格の差)と④確率からオプション価格(期待値)を求めればいいのだ。オプション価格が計算できれば、それが割安か割高かを判断して、買うか売るか何もしないかを決めればよい。
株式オプション取引への応用
株式オプション取引へ応用するためには、②の円相場を株価に変えて横軸の刻みを適当に設定すればそのまま使える。ただし、為替でも株式でも金利を考慮しなければ実用には使えない(後述)。
四則演算vs.高等数学
オプション価格の計算として、前述した四則演算(原始演算法)を使うものと高等数学(ブラック=ショールズ方式)を使うものがある。これらの計算結果の違いは、最大でも7%未満である。これは、ブラック=ショールズ方式は精緻な計算は行っているものの、決して正確な計算ではないからだ。つまり、オプション取引を職業として毎日行うわけでなければ、原始演算法でも十分実用に堪えられるのである。
横軸の刻み幅をどう決めるか
横軸の刻み幅は刻みの数を11個で一定にするのがよい。そうすることで、おおむね計算精度も高く、見やすい図を書くことができるからだ。ポイントは、確率分布が極端に中央に集中するような図にならないように横軸の刻みを調整することである。具体的には、以下の3つの手順で行えばいい。
- 満期日までの円相場の上限と下限を決める
- グラフの横軸の幅を決める。幅は上限と下限の差をとり、その下一桁を切り上げする
- 横軸の幅を10等分して横軸の刻みを決め、目盛りを予想の下限に近い円相場から始めて、どこかの目盛りがちょうど現在の円相場になるように調整しながら目盛りを決める
なお、予想の精度は満期日までの期間によっても大きく変わる。満期日が1ヶ月後の場合はボラティリティが低いため、5円刻みではかなり精度が低くなる。しかし、満期日が3ヶ月後になると、ある程度円相場の変動が激しいと予想されるならば十分に精度が高くなる。
金利の影響
オプションを行使することで得られる利益は将来の利益のため、現在価値に割り引いて評価する必要がある。これは金利で割り引くのが一般的である(預貯金や積立方式年金にもインフレリスクがある ポートフォリオ理論参照)。特に、通貨オプション取引では金利が重要な影響を持つため、無視できない(詳細は後述)。
3 先物とスワップとオプションの違い
デリバティブの種類と違い
デリバティブの違いは、主に原資産、取引手法、取引方式の3つに分けられる。原資産(基となる取引)には通貨、金利、債券、株式などがある。取引手法は先物(フューチャー、フォワード)、スワップ、オプション取引の3つが基本である。取引方式は店頭取引(OTC、相対取引)と取引所取引の2つである。
先物取引
先物取引とは受渡日が取引日よりも将来になる取引のことである。取引とは価格や数量などの条件を決めて契約することであり、そうした条件を契約した日が取引日になる。契約したモノを実際に受け渡す日が受渡日と呼ばれる。先物取引のうち、取引所で規格化された条件で取引されるのがフューチャー(先物)で、個別交渉で条件を自由に決めて取引するのがフォワード(先渡)である。
例えば、通貨の先物取引には為替予約、通貨先物、FXA(為替先渡契約)の3つがある。為替予約は貿易企業などが銀行との間で昔から行っているフォワード取引である。通貨先物は取引所でのフューチャー取引である。FXAは変則的なフォワード取引で、日本では1994年開始された。圧倒的に規模が大きいのは為替予約である。
為替予約と金利の関係
為替予約とは、例えば1年後に金額10万ドルのドルを円に替える契約を、現時点で結ぶものである。為替と金利の関係は比例関係があり、通貨間に金利差がある場合、金利が高いほうの通貨が高くなる。例えば、ドルの金利が円の金利より高い場合、先物円相場は直物円相場に比べて「ドルと円の金利差」の分だけ円高レートになるのだ。
為替予約は取引全体で見ると、結局は将来受渡する円相場を現時点で確定させるために、現時点で借りてきたドルやユーロを売っている。あるいは、将来ドルやユーロを買う契約をするときには、現時点で円を借りてきて売り、それでドルやユーロを買っている。つまり、為替予約には融資(おカネの貸し借り)の要素があるのだ。
投機とレバレッジ
投機とは、将来の相場変動を予想して儲けようとする行為である。先物取引のメリットは、現時点でおカネがなくても取引できることである。また、手元に持っている資金の数倍・数十倍の金額の取引が可能になるレバレッジ効果がある。ただし、レバレッジ効果には投機に失敗したときに支払ができなくなるというリスクもある。
スワップ取引
スワップ(交換)取引とは、資産の運用によって受け取るべき金利や通貨を交換したり、おカネを借りることで支払う金利や元本を交換したりする取引である。スワップについてのオプションを売買するスワップションという取引もある。スワップ取引の例としてよく使われるのが、金利スワップである。
2つの企業が同じ金額で同じ期間の借入(資金調達)しようとしているとする。借入するときの金利を比較すると、A社の固定金利は4%で変動金利は基準金利+1%、B社の固定金利は8%で変動金利は基準金利+2%とする。A社が変動金利での借入を、B社が固定金利での借入をそれぞれ希望しているときには、金利スワップを利用することで両者ともに条件を改善できるのだ。金利スワップのメリットは元本のリスク(信用リスク)はなく、固定と変動の金利の差の部分だけのリスクで済むことである。
スワップとオプションの違い
スワップとオプションの違いは、スワップは取引した両者がともに利益を得る可能性があるのに対し、オプションは参加者全員の利益の合計はゼロ(ゼロサム・ゲーム)なことである。また、先物取引もゼロサム・ゲームである。
デリバティブという言葉の罪
デリバティブという言葉が多種多様な意味で用いられていることが問題の本質である。例えば、ジョージ・ソロスのクォンタム・ファンドは「デリバティブはほとんど使わない」と話しているが、オプションを使用していないだけで先物やスワップなどは用いている。また、世界のデリバティブの取引規模を定期的に調査しているBIS(国際決済銀行)は、先物(フォワード、フューチャー)、スワップ、オプションをすべてデリバティブに含めて定義している。
こうした取引手法が多岐にわたるとともに、その対象となる市場の特徴によっても差が出る。例えば、株式市場は証券取引所があって取引の開始・終了時間が決まっているが、外国為替市場には取引所などない場合が多く、通信を利用して取引されるため開始・終了時間もはっきりと決まっていない。また、「デリバティブがあるから世界各国のいろいろな金融市場の間で連鎖反応が生じて、1つの国の1つの市場での危機が世界に波及する」という指摘がある。しかし、これはデリバティブが根本の原因ではなく、多くの人が資産を分散して保有しようとするから連鎖反応が生じるのである。デリバティブが問題の本質ではなく、結局はおカネの貸し借りに対する認識や姿勢の問題に行き着くのである。
最後に
デリバティブとは原資産取引から派生した金融取引。オプション取引には4つの基本的なパターンがある。オプション価格は期待値であり、取引条件と円相場に対応した損益×確率の四則演算で簡易的に求められる。スワップは取引した両者がともに利益を得る可能性があるのに対し、オプションは参加者全員の利益の合計はゼロである。デリバティブは原資産、取引手法、取引方式の3つで分けられ、その組み合わせによって影響が大きく異なる。デリバティブが悪魔なのではなく、おカネの貸し借りに対する認識や姿勢の問題にすぎない。
次回は、外貨預金は不利なギャンブル 個人のためのファイナンス講座についてまとめる。
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