前回は、電波で高速にデータを送るといったデータ通信における無線アクセス技術についてまとめた。ここでは、IPネットを抜けてインターネットへ データ通信におけるコア・ネットワーク技術について解説する。
1 データと音声の通り道は途中で分かれる
携帯電話網でのデータ通信は、音声通信用の回線交換型のネットワークとは別に、データ通信用のパケット交換型ネットワークを用意している。パケット交換型ネットワークの構成は、無線基地局、移動通信制御局(無線ネットワーク制御装置+加入者交換機)、中継交換機・関門交換機(ゲートウェイ)からなる。このうち無線基地局と無線ネットワーク制御装置は音声通信用と同じものを共用しているが、交換機とゲートウェイはデータ通信専用のものを使う。
データ通信の場合、加入者交換機は加入者パケット交換機(SGSN:Serving GPRS Support Node)といい、中継交換機は中継パケット交換機(GGSN:Gateway GPRS Service Node→後述)と呼ぶ。また、ゲートウェイを経由して他のネットワークとつながっている。
2 携帯電話端末からWebサイトにアクセスする
携帯電話端末のデータ通信サービスでは、携帯電話網とインターネットの間にゲートウェイを置き、メール、Webアクセスなどすべての通信でゲートウェイを経由させている。インターネットに接続する際は、携帯電話端末が指定したAPN(Access Point Name、ゲートウェイのドメイン名)を基にパケット交換機が接続先を判断する。また、プロバイダーごとに中継パケット交換機やゲートウェイは用意されている。
携帯電話端末からのパケット送受信は以下の3つの過程を経る。①携帯電話端末から出した要求がパケット交換機でバケツリレーされてゲートウェイに到着、②ゲートウェイとコンテンツ提供サーバーで情報をやりとり、③情報が携帯電話端末までバケツリレーされる。音声通信用の回線交換網の場合は複雑なルーティング(経路選択)が必要だが、ルーターという装置でつなぐIP網を経由することによって、目的となるゲートウェイのIPアドレスを指定することで直接ゲートウェイと通信することができるのである。
3 メール送受信のしくみ
同じ携帯電話事業者の携帯電話端末同士のメール送受信の概要は以下の通りである。
- 携帯電話端末でユーザーが書いたメールは、無線基地局、無線ネットワーク制御装置(RNC)を通過し、パケット交換機(SGSN、GGSN)でリレーされた後、ゲートウェイ内のメールサーバーに届く
- ゲートウェイ内のメールサーバーは、メールの宛先アドレスを見てデータベースを参照したり、電話番号に対応した中継パケット交換機を選択して着信処理を進める
- 着信処理は音声通信の場合と基本的には同じ
ただし、メール着信動作はPCと携帯電話で異なる。PCに着信する場合はPCがメールサーバーにメールを取りにいき、携帯電話に着信する場合は携帯電話網が携帯電話端末へ強制的にメールを着信させるのである。
4 移動しても通信を続けられる秘密はトンネルにあり
移動しても通信を続けられるための対策として、加入者パケット交換機(SGSN)と中継パケット交換機(GGSN)との間でトンネルを設定する方式を採用している。それはトンネリング方式といい、GGSNとSGSNの間でIPパケットを別のIPパケットに入れて(カプセリング)送るというものである。
カプセリングの仕組み(下り)は、パケット交換機間は交換機のアドレスを宛先にしたパケットで元のIPパケットをカプセル化し、交換機と携帯電話端末の間は端末機番号(TMSI)を宛先にした形式で送るというものである。この方法のおかげで、通信中に加入者パケット交換機が切替えられても、携帯電話端末のIPアドレスを変えずにパケット通信を継続することができるのである。
5 パケット交換機とゲートウェイが連携してメールを送る
異なる携帯電話事業者(A社とB社)のユーザー同士がメール送受信する場合の処理の概要を述べる。携帯電話端末が発信信号を送ると無線チャネルが確立し、中継パケット交換機までの通信パスを設定する。その後に携帯電話端末からメールを送信すると、A社のゲートウェイがB社のゲートウェイにメールを転送する。
B社の携帯電話網では、ゲートウェイから着信信号を受けた中継パケット交換機が、着信すべき携帯電話端末の位置登録エリアを確認し、加入者パケット交換機へ着信信号を送信する。すると加入者パケット交換機が着信すべき携帯電話端末を呼び出して、携帯電話端末からの応答を確認し、ゲートウェイから携帯電話端末にメールを送る。この主な流れのポイントは以下の4つである。
- 発信:通信パス設定(IPアドレス割り当て)
- メール送信:発信端末からA社ゲートウェイへ。ゲートウェイ間の通信にはインターネットで使われているメールの転送プロトコル(SMTP:Simple Mail Transfer Protocol)を使う
- 着信信号(加入者番号):通信パス設定(IPアドレス割り当て)
- メール送信:B社ゲートウェイから着信端末へ
6 パケット通信のための様々な工夫
パケット通信のための様々な工夫には携帯電話網ならではのものがある。その工夫とは、①IPアドレスの使い方、②WP-TCP(Wireless Profiled-TCP)、③JavaやCompact HTMLの利用である。
第一の工夫は、IPアドレスの使い方において通信が切れないようにトンネリングをしている点である。この仕組みによって、携帯電話端末が他のエリアに移動しても加入者パケット交換機のIPアドレスを変更するだけで、ユーザーが送った元のIPパケットをそのまま相手に届けることができるのである。
また、携帯電話と固定PCを使った通信とではIPアドレスの使い方が異なる。携帯電話ではゲートウェイまでプライベートIPアドレスを使うのに対し、固定PCではルーターまでがプライベートIPアドレスであり、それ以降はグローバルIPアドレスかプロバイダーのプライベートIPアドレスを使っている。プライベートIPアドレスとは、閉じたネットワーク上で自由に利用できるIPアドレスで、グローバルIPアドレスはインターネットに接続する際に必要となる唯一無二のアドレスのことである。
7 無線向けのTCP方式で効率よく通信する
第二の工夫は、無線ならではの通信方式である。WP-TCP(Wireless Profiled-TCP)という技術を使うことで、効率良くデータ通信をすることができる。WP-TCPと通常のTCPは、ゲートウェイ内のプロキシサーバーで相互変換している。
WP-TCPの特徴は、TCPウィンドウサイズの拡大、SACK(Selective ACK)の採用の2つである。TCPウィンドウサイズの拡大とは、相手からの返事(ACK)を待つ前に、まとめて送ることができるパケット数を増やすことである。ウィンドウサイズを大きくすることで、ACK(確認)待ちの回数を少なくすることができ、待ち時間の合計を少なくすることができる。
8 誤ったデータだけを再送するSACK
2つ目のSACKとは、相手にきちんとデータが届かなかったときに効率的にデータを再送する仕組みである。通常のTCPではエラーとなったセグメント(パケットのグループ)以降をすべて再送する。一方、SACKでは誤りであったセグメントだけを再送すればよく、エラー発生時に再送するデータ量を少なくすることができる。
なおWP-TCPは国際標準規格のWAP(Wireless Application Protocol)2.0として、国際的に標準化されている。
9 携帯電話向けに基本機能を絞ったCompact HTML
第三の工夫は、小さい携帯電話端末でデータ通信を利用するための対策である。通常のWebコンテンツはHTML(Hyper Text Markup Language)という言語で記述してある。これに対して、携帯電話端末やPDA向けのコンテンツを記述するためには、HTMLをより簡単にした言語であるCompact HTMLを使う。Compact HTMLはHTMLで記述した既存のコンテンツを携帯電話向けに簡単に移行できるのが特徴である。
また、携帯電話事業者各社はJavaというプログラム開発用の言語を使って、アプリケーションのダウンロードサービスを提供している。Javaは米国のサンマイクロシステムズ社が開発したプログラミング言語で、OSやプロセッサの種類に依存しないで動作可能なことが最大の特徴である。これを使用することで単なるテキストデータだけでなく、わかりやすい内容表示やゲームなどを簡単に実現できる。
10 携帯電話網はオールIPネットワークに向かう
今後、通信網は音声情報や画像情報もパケット形式で伝送することにして、すべての情報をIP網で統一的に伝送するオールIPネットワークに向けて進むだろう。既に携帯電話網上でのモバイルIPフォンサービス(050番号をもらって発着信が可能)がスタートしている。次回に紹介する高速通信規格のLTEは、オールIPネットワークを実現する最初のシステムと言える。
11 高速LTEはシンプルなネットワーク構成
LTEのネットワークと従来の第3世代携帯電話網の構成を比べると、LTEは装置の種類を減らし、簡単なネットワークを実現している。LTEは回線交換のサポートを止めてパケット交換に特化することで、シンプルな構成を実現した。
具体的には、LTEではハード・ハンドオーバーを利用し、RNCが装備していた機能をすべて無線基地局が持つことで、無線基地局が直接交換機につながる構成になっている。このことにより、ネットワークの敷設や運営にかかるコストの低減に成功しているのである。
最後に
ゲートウェイ経由でメールやWebアクセスするコア・ネットワーク技術についてまとめた。
データ通信用のパケット交換型ネットワークでは、トンネリング方式を用いて移動しても通信を続けられる仕組みを採用している。パケット通信のための様々な工夫には、IPアドレスの使い方、WP-TCP(Wireless Profiled-TCP)、JavaやCompact HTMLの利用がある。
次回は、OFDM、スケジューリング、MIMOといったLTEによる高速通信について解説する。
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