前回は、変動相場制では財政政策は効果なし 物価の安定が目的の金融政策についてまとめた。ここでは、世界大恐慌は金本位制によって発生し伝播した 金融政策の理論的根拠について解説する。
金融政策と「オズの魔法使い」
「オズの魔法使い」は19世紀末のアメリカの金融政策からヒントを得て作られたと言われている。つまり、当時のアメリカが採っていた金本位制から、金銀複本位制に変えることでデフレ克服ができるというものである(オズの魔法使いと金融政策)。
まず「オズ(Oz)」は金の単位であるオンスの略号である。主人公ドロシーは伝統的なアメリカ人の価値観を表している。カカシは農民、ブリキの木こりは産業資本、ライオンは民主党のブライアン候補である。
最後に、ドロシーは自分の家に帰る道を見つけるのだが、それは黄色いレンガ道(金本位制)を単純にたどるものではなかった。自分の銀のスリッパ(金銀複本位制)の魔力でやっと帰ることができた。
実際の大統領選では、共和党のマッケンジーが勝ち、金本位制が維持された。しかし、金本位制の維持でデフレが解消できたわけではなく、アラスカで金鉱が発見されたり、南アフリカからも金が持ち込まれることでマイルドなインフレになったのである。
昭和初期の金解禁
昭和初期の世界大恐慌の中で、金解禁(金輸出解禁。金本位制のための措置)を断行した当時の首相・浜口雄幸と大蔵大臣・井上準之助の物語がある。城山三郎氏の『男子の本懐』(新潮文庫)という小説で紹介されているが、なぜ恐慌の中で金解禁を行ったかはわからない。もし金本位制が優れた制度ならば現在も続いているはずだが、世界のどの国でも管理通貨制度を使っているのだ。
大恐慌研究の最前線
FRB議長のバーナンキは『大恐慌論』(日本経済新聞出版社)において、世界大恐慌は金本位制によって発生し、伝播したと述べている。米国学会では、世界大恐慌と金本位制の関係について既に論争は終了し、こうした理解が標準になっているのである。
国際比較による大恐慌研究
「大恐慌論文集」によれば、金本位制に執着した国は十分な金融緩和ができずデフレから抜け出せなかったが、金本位制を放棄した国では自由に金融緩和できたのですぐに脱出できた。世界24カ国を金本位制に対するスタンスに基づいて4つに分け、デフレの状況(具体的には卸売物価の推移)をデータで示している。物価だけでなく、生産活動など他の経済指標との相関も示している。
金本位制の放棄が重要
この国際比較アプローチによって、大恐慌からの脱出には金本位制の放棄が重要なことがわかった。第一次大戦前には金本位制によって世界経済が繁栄したが、大戦後は経済発展に伴う金が不足したこと、覇権国であるアメリカが緊縮的な金融政策をとったために国際的な貨幣供給の減少が生じたことなどから、世界的な大恐慌につながっていったのである。
日本の実情と日本への教訓
大恐慌の原因について、日本の多くの識者は「ニューディール政策による大規模な公共投資、さらには戦争という究極の積極財政によってしか脱出できなかった」とみている。しかし、先のような欧米の大恐慌についての標準的な理解では、金融政策(金本位制からの脱却)によってデフレが解消できたのである。
また、ルーズベルトのニューディール政策で最初に採られた政策は公共投資でなく、金輸出・外国為替取引の停止(事実上の金本位制度離脱)と銀行閉鎖だった。つまり、金融政策が先に行われたのである。
さらに、1933年、農業調整法トーマス修正条項として、大統領に政府紙幣の発行権限も与えられている(1945年6月に廃止)。つまり、中央銀行だけでは必要な通貨をする力が足りない場合、政府も一緒になって発行できるというものである。当時のアメリカの名目GDPは約600億ドルで、発行権限枠は30億ドルだった。これを日本に当てはめると、名目GDPが約500兆円なので、25兆円の政府紙幣の発行が可能ということである。
デフレを起こしてはならない
FRB理事のとき、バーナンキはワシントンで「デフレをアメリカで起こしてはならない」という講演を行っている。それは、もしゼロ金利の下でデフレになった場合でも、国債発行による減税と中央銀行による国債買入まで行えば、デフレから確実に脱出できるとしている。
金利ゼロでも金融政策が有効な理由
名目金利がゼロでも金融政策が有効な理由は、マネタリーベース(中央銀行が市場に供給するマネー)を増やして予想インフレ率(BEI)を上げることで、実質金利を下げることができるからである。実質金利が下がると、為替が円安となって輸出が増え、消費や投資が促進される。そして、約2年後にはGDPと賃金とインフレ率が上がり、失業率が下がる。3年後には、銀行貸出が増え、長期金利が上がる(「株安でアベノミクスは頓挫した」と、1割の可能性にBETする危ない橋を渡る人たち 高橋洋一氏インタビュー参照)。
最適金融政策
最適金融政策とは、経済に発生するショックに対して、経済厚生(国民の満足度)を最大化する政策である。経済厚生の最大化とは、理論的には代表的な個人の効用関数(満足の度合いを定量的の表すための数学モデル)を考えて、それを最大化させるということである。言い換えると、個人の効用関数と整合的な中央銀行の損失関数が存在するため、こうした関数を最小化する政策をさす。
わかりやすくいえば、インフレ率が高くなったり、実際のGDPが経済の持つ潜在的なGDPから乖離しないように中央銀行に行動させるものである。
フォワード・ルッキング・モデル
フォワード・ルッキング・モデルとは、将来予想を組み込んだ手法で、民間主体の将来の短期金利に関する予想を、適切に管理することである。将来の短期金利に関する予想が下がればお金が借りやすくなり、上がればお金を借りにくくなる。ここで重要なのは、中央銀行が金融政策の目標達成について「コミットメント」することである。
コミットメントとは、具体的な目標について責任を持って期限内に達成することを約束し、未達成の場合には具体的な形で責任を取ることである。ただし、このコミットメントにおける政策は、過去の経済変数(インフレ率やGDPギャップなど)に依存する(歴史依存性)。つまり、将来の短期金利は現在の変数に依存して決まるため、急に金融政策の枠組みを変えることは避けるべきだといえる。
金融政策の保守性
金融政策の保守性とは、中央銀行が経済の構造パラメータを完全に把握していない場合には、慎重な政策対応が望ましいというものである。ただし、経済状況がわかっている場合には、経済主体の予想に強く働きかけられる物価水準ターゲッティングが効果的である。
クルーグマン効果
クルーグマン効果とは、名目金利がゼロでも金融政策でインフレにすれば、実質金利がマイナスになって不況から脱出できるというものである。流動性の罠に陥り、もう名目金利が引き下げられなくても、マネーの量的拡大をすれば「いつかはインフレになる」と民間が予想する。それを利用することで、需要を創出することができるのである。
なお、ポール・クルーグマンは2008年にノーベル経済学賞を受賞している。受賞理由は、貿易パターンと経済活動の配置の分析である。彼の貿易理論は、規模の経済性や消費者が多様性を好むことによって、世界市場を相手にするような大企業が台頭し、年への経済集中や周辺の過疎化が起こることを説明している(『クルーグマンの国際経済学 上 貿易編』)。
最後に
「世界大恐慌は金本位制によって発生し、伝播した。通貨管理制度を採り、適切な金融緩和を行えば不況は克服できる」「予想に働きかけることで、流動性の罠は克服できる。そのために有効なのが金融緩和政策」金融政策の意義を精緻に分析したバーナンキとクルーグマンから学ぼう。
次回は、原油価格が上がったら通貨供給を増やせばいい 個別物価と一般物価についてまとめる。
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