前回は、費用便益分析、情報開示、破綻判定条件の確立 財投と社会資本整備についてまとめた。ここでは、ガバナンスの確保と金利の市場化が肝 財政投融資改革の方向性について解説する。
1 はじめに
財政投融資について、標準的な経済的枠組みに基づく分析は少ない。ここでは、まず財政投融資について、諸外国の類似制度を参考としつつ、代表的な6つの批判に対して財政面と金融面の両側面から標準的な経済分析を行う。次に、財政投融資を標準的な経済理論に基づき定義する。最後に、財政投融資の問題点を論じ、その改革の方向を検討する。
2 財政投融資をめぐる6つの考え方
財政投融資をめぐる6つの考え方は以下の通り。
- 財投特殊論:財政投融資は世界でも類例を見ない制度・規模
- 非市場原理論:財政投融資の入口となっている定額郵便貯金は、市場原理に基づかない商品
- リスク隠蔽論:財政投融資の中心となっている資金運用部は、リスクを抱えつつそれを覆い隠す役割を果たす
- 財投赤字原因論:財政投融資のために、国有林野事業や国鉄清算事業団などは赤字となって経営困難に陥った
- 非効率赤字経営論:財政投融資の出口となっている財政投融資対象機関は、非効率であって赤字経営となっている
- 市場洗礼淘汰論:財政投融資の改革には、市場の洗礼を受けることによって無駄な機関を淘汰させるために、財政投融資対象機関が債券(財投機関債)を発行しなければならない
財投特殊論の批判
先進各国の財政投融資類似制度
諸外国にも財政投融資に類似した有償資金を活用する制度は存在する。有償資金とは、補助金などと異なり、資金の受け手から見て一定の元利返済の義務があるものである。こうした制度は、欧米主要国を含む多くの国においても、概ね普遍的に見られる。各国とも住宅政策、地方・中小企業対策、貿易政策、社会資本政策などの政策分野で使われているのだ。
財政投融資制度の国際比較
財政投融資制度を国際比較すると、金融市場におけるシェアは2割程度であり、金融活動としても10年超の超長期金融が中心であることは各国とも共通である。日本の財政投融資制度は、以下に述べるアメリカ・イギリス型とヨーロッパ・大陸型の双方に共通項があり、先進諸国にある貯蓄国債がない分、郵便貯金の割合が大きいのが特徴である。
欧米諸国の制度を大別すると、アメリカ・イギリス型とヨーロッパ・大陸型に分けられる。前者の特徴は、政府等の金融活動に対して議会の予算統制があるが、郵便貯金などの原資が不足しており、資本市場を活用して保証・証券化などの方法により政府等が金融活動を行うか、別の政策手段を模索する。後者の特徴は、政府等の金融活動に対して議会の予算統制がなく、郵便貯金などの原資も豊富で、金融市場では銀行制度と併存する形になっている。
非市場原理論の批判
定額郵便貯金の合理性
定額郵貯は、元利の支払には政府保証が付されており(郵便貯金法第3条→2007年10月1日廃止)、最長10年の預入期間であるものの貯金者に解約権が与えられている。つまり、オプション理論の観点から見ると、市場原理に基づく先進的な金融商品ともいえる。
財政投融資システムの金利体系
資金運用部の調達金利は預託者からの預託金利であり、運用金利は財政投融資対象機関への融通金利と短期・長期の債券への運用金利などになっている。これまでの預託金利の状況を見ると、期間7年以上の預託金利については10年国債の表面金利に連動しており、その水準もプラス0.2%に収まっている。
資金運用部の運用金利は、まず財政投融資対象機関への融通金利は、期間にかかわらず期間7年以上預託金利と同一の水準になっている。また、債券への運用金利は、保有債券の多くが国債だったため、市場への対応はほとんど完了していた。いずれにしても、期間7年以上の預託金利は10年国債の表面金利に0.2%程度上乗せされることが多いことは問題である。
リスク隠蔽論の批判
財投リポート等によるディスクロージャー
財投リポートでは、財政投融資システムの中心となっている資金運用部の金利リスクや信用リスクを開示している。金利リスクとしては、貸出金や保有有価証券の残存期間別残高、長期預託金の残存期間別残高を示している。また、現実にはデュレーション方やシミュレーション法など、民間金融機関でも活用されている現在価値ベースでのALM(資産負債総合管理)が行われている。
また、信用リスクとして民間金融機関と同様な基準での不良債権(破綻先債券、延滞債権に該当するもの)が公表されており、1997年度版では存在しないとされている。最も、財政投融資対象機関へは補給金などの形で政府支援が行われているため、これらを政策コストと考えて検証していくことは、ガバナンスの問題として極めて重要である。
一方、財政投融資全体のリスクとしては、信用リスクは政策金融機関(出口)、金利リスクは郵便貯金(入口)と資金運用部(中間)に集まっている。政策金融機関の不良債権はそれぞれの自己資本などにより十分に対応可能なため、資金運用部の信用リスクはないと考えてよい。郵便貯金では期間ミスマッチがあるため一定の金利リスクがある。政策金融機関では期間ミスマッチはあまりないと考えられる。
最後に、金利オプション・リスクについて述べる。まず、入口の郵便貯金の定額郵便貯金はオプション・リスクを抱えているが、金利設定により対応可能である。また、出口の政策金融機関の貸出では期限前償還の問題があるが、これはオプション理論から見ればこうした償還権を与えるか否かである(先物・オプション・スワップ取引の合成と組み合わせ デリバティブ参照)。このように、財政投融資システム全体で見ると、機能的には信用リスクは出口、金利リスクは一部が入口で大半が中間というように、リスクが分解されていることが分かる。
資金運用部の金融仲介
資金運用部は、期間変換を行うことにより、財投システム全体として長期・固定・低利の資金供給を可能にしている。具体的には、資金運用部の供給する長期固定資金は、期間にかかわらず7年預託金利と同一の水準に設定されている。これは、順イールドの市場金利体系を前提すれば、長期ほど市場金利より低く提供していることを示している。
財投赤字原因論の批判
国鉄清算事業団
国鉄清算事業団への財政投融資からの資金提供は、資金運用部や簡易保険が同事業団の発行する政府保証付きの債券を購入することにより行われている。同事業団の債務は、平成20年度末時点では19.5兆円である。国鉄清算事業団の問題を考える際には、これまでの経緯を振り返る必要がある。
まず、1987年の国鉄民営化が実行されたときに、旧国鉄には巨額の債務があった。この債務を分離して国鉄清算事業団へ引継ぎ、新JRは身軽になってスタートした。同事業団は、JR株や土地を売却して、なお債務が超過していれば新たな財源措置を考えるという、まさしく「清算」のための会社である。つまり、財政投融資が資金提供したことによって同事業団の経営が悪化したのではないのである。
その他の財政投融資対象機関
国有林野事業の経営が悪化したのも財政投融資のためというわけではない。端的にいえば、高度成長期に木を切りすぎて今後切って売れる木が少ないからである。一般には累積債務は3兆円のみが強調されているが、バランスシートでは資産として林野事業の森林資産6兆円が計上されている。ただし、森林には公益的な部分も含まれているため、額面通りには受け取れない。いずれにしても、各政策やそれを担っている特殊法人を個別に検討することが重要である。
非効率赤字経営論の批判
各財政投融資対象機関の経費率
財政投融資の場合には、官より民の方が業務が効率的という常識は現時点では妥当するか必ずしも明快ではない。財政投融資のうち出口を政策金融機関に限った場合においても、官民の金融業務には違いがあるために厳密な比較は困難である。
各財政投融資対象機関の赤字は政策コスト
各財政投融資対象機関の赤字はほとんど政策コストとして説明可能である。ただし、こうした見方は現時点における各財政投融資対象機関の赤字水準を是認するものではない。特に、財政投融資対象機関を含む特殊法人などについて、現状の制度が民主主義プロセスが働くようなガバナンスの仕組みとして適切かどうかを検討する必要がある。
市場洗礼淘汰論の批判
財政機関債の意義と問題点
財政機関債の意義は、個々の特殊法人の財務に対する市場の評価を受けさせることにより、効率性の悪い機関を浮かび上がらせ、そうした機関は市場からは資金調達ができず淘汰されることが期待される。しかし、こうした考え方はナイーブであり、特殊法人が民間では実施できない収益性の低い事業を行っていることを考慮していない(費用便益分析、情報開示、破綻判定条件の確立 財投と社会資本整備参照)。
いずれにしても、はじめに財政投融資対象機関が財投機関債を発行するときには、政府が支援しないといえばその資金調達に支障が生じるだろうことは想像に難くない。財投機関債によって淘汰させるためには、こうした「暗黙の政府保証」を排除する必要があり、そのためには財投機関への補助金の上限を設定したり、場合によっては破綻させるなどの法整備をしなければならない。
必要な条件整備
財投機関債が市場で機能するための理論的な前提条件を考察する。財投機関債の「暗黙の政府保証」を取り去るためには、①事前に補給均等の実行額など政府支援の程度を確定する、②破産能力の有無など現行の曖昧な法制面の整備をすること、③現行法上要しない開示について法的な義務を課すこと、④機関への政府の関与をなくすために所管官庁の監督権などを少なくすることである。なお、財投機関債に関連した事例として、アメリカの連邦信用計画と欧州投資銀行でも困難が指摘されている。
3 財政投融資とは何か
財政投融資の定義
財政投融資とは、国全体の立場から政策目的を最も効率的・効果的に推進するために、有償資金の資金源と財政投融資対象機関とを金融的手法でつなぐ財政政策の実現システムである。一般的にいえば、金融的手法による財政政策と定義できる。
財政的側面
政府の経済活動である財政には、以下の3つの機能があるといわれている。第一に、資源配分機能である。市場メカニズムによって供給されない財・サービスを供給する。第二に、所得再分配機能である。歳入面では累進税率を持つ租税制度を取り入れ、歳出面では社会保障支出などを行うものである。第三に、景気調整機能である。景気が悪化したときには回復を助け、反対に加熱したときにはブレーキをかけるのだ。
まず、資源配分の分野は大きく2つに分けられる。第一に、国防、外交、一般道路など国民に一様に供給される財貨サービスである。第二に、高速道路などの社会資本のように地域全体の人々に便益が及ぶという外部経済効果が大きい分野、あるいは新エネルギー開発のように投資に必要な資金が大きく、短期的な回収が難しいなどの理由で民間では十分に対応できない分野である。具体的には、政府部門と民間部門への配分の2つによって実現される。
また、景気調整機能の分野も大きく2つに分けられる。第一に、財政制度に組み込まれている累進的な課税制度や社会保障給付などのビルトイン・スタビライザー(自動安定化機能)といわれるものである。第二に、景気状況に応じた財政規模の拡大・抑制、あるいは増減税政策などのフィスカル・ポリシー(裁量的景気調整政策)と呼ばれるものである。財政投融資が担うのは後者の方である。
金融的側面
各国の財政投融資に共通する金融面の特色の1つは、いずれも長期金融を担っていることが挙げられる。ここでは長期金融を担う理由について整理する。まず、アメリカの連邦信用計画の存在理由は、不完備市場、不完全競争、外部性、公共財、情報の失敗、経済不均衡の6つの理由を挙げている。市場においては長期の十分とはいえず、例えばスワップ市場でも期間10年を超えると取引量が急減する。その理由として、企業の寿命が30年であることや将来の不確実性が挙げられている。
もう1つの特色は、中小企業関係を担っていることだ。これは、中小企業は事実上資本市場にアクセスできないなどの理由により正当化されているのが実情である。なお、金利面でも、各国の金利体系は国債金利などと整合的になっているところが多い。
4 財政投融資の改革に向けて
アメリカの参考例
連邦信用改革法・連邦政府業績結果法
アメリカの連邦信用計画(Federal Credit program)の特徴として、保証の割合が比較的大きいことが知られている。ここから派生する問題点を解決するために、信用改革法(Federal Credit Reform Act)が1990年成立、92年施行されたが、その中心的な概念は将来コストを推計するサブシディ・コスト(Subsidy Cost)である。その後、連邦政府業績結果法(Government performance and Result Act:GPRA)が行われ、より政府の業績についての監視が強くなった(詳細はガバナンスと金利に問題あり 米国の先行改革や他国に学ぶ財投改革参照)。
将来の財政投融資の姿
財投機関債か財投債か
財投機関債と財投債の双方に得失があり、改革の決定打とは言い切れない。これらは、財政投融資システムにおいては単なる資金調達手段というインプットの1つにすぎず、政策効果であるアウトプットをコントロールすることはできないからである。ただし、財政投融資対象機関が発行する債券であっても、資産ベースのものは暗黙の政府保証などの問題はないため、積極的に取り組むべき課題である。
財政投融資の改革の方向
財政投融資の問題点は、運用面(ガバナンスの確保)と調達面(金利の市場化)の2つに大別できる。前者としては、長期にわたる政策コストの明示を行って民主主義プロセスを働かせなければならない。後者としては、7年以上の預託と10年もの利付国債の格差が預託金の流動性の対価といえるか、さらには一定の上乗せ金利が妥当かどうかが問題である。
そこで、財政投融資の改革の方向としては、ガバナンスの確保と財政投融資金利の市場化が検討されるべきである。前者としては、特に出口の財政投融資対象機関に厳格なコスト分析やディスクロージャーの導入を行えばよい。後者としては、財政投融資取引の証券化などが有効な選択肢である。
最後に
財政投融資をめぐる6つの考え方(財投特殊論、非市場原理論、リスク隠蔽論、財投赤字原因論、非効率赤字経営論、市場洗礼淘汰論)には根拠がない。財政投融資は金融的手法による財政政策。財政投融資改革の方向性としては、ガバナンスの確保と財政投融資金利の市場化が肝。アメリカの先行改革を参考にし、証券化などの金融技術を活用しよう。
次回は、財政と金融の完全分離と地方分権の確立 財政投融資制度の将来についてまとめる。
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