前回は、テレビCM、運転免許、タクシー、ラブホテル、風邪薬 ビジネス規制についてまとめた。ここでは、公職選挙法、派遣社員、野菜の規格、法案提出 世の中を支配する規制について解説する。
13 投票日前に有名政治家とのツーショットポスターが増える理由
「本人タスキ」の謎
「サルは木から落ちてもサルだが、政治家は選挙に落ちたらタダの人」と喝破したのは往年の政治家、大野伴睦・元自民党副総裁。選挙という”就職活動”を勝ち抜かなければ赤絨毯は歩けない。しかし、その就職活動の段階から政治家は「役所のルールは何よりも大事」という意識を植え付けられている。いわゆる「公職選挙法」である。
例えば、告示前の朝立ち(通勤時間に駅前で候補者が演説すること)と告示後の選挙演説は微妙に違う。具体的には、告示前には「ご支援よろしく」などのフレーズは口にしない、名前の入ったタスキはしない(「本人」はOK)、選挙事務所や選挙カーの候補者の「氏名」が入った看板には覆い(薄い布)をかけるなどのルールを守っている。
役人はポスターの写真の面積まで測っている
政治家のポスターも抜け道だらけだ。「個人の政治活動用」として「選挙運動用ではない」という体裁を取ったり、選挙の半年前になると個人ポスターから2連、3連ポスター(候補者と政党幹部や人気政治家の写真が並ぶもの)にしたりするのだ。また、写真の大きさまで細かい規制があり、本人部分はポスター全体の面積の「3分の1以下」(3連なら4分の1以下)というルールがある。
選挙中の練り歩きでは握手攻勢しかしてはいけない
選挙中には様々な活動が制約され、選挙運動は選挙カーでの名前の連呼、街頭演説、演説場所観の練り歩きといったことにしぼられている(公選法164条の3)。選挙期間中に自宅や職場を回ることは「戸別訪問の禁止」(同138条の1)に引っかかり、ホームページの更新やブログやTwitterで政策を語れば「文書図画の頒布」(同142条)になってしまう。ただし、「戸別電話」はOKと、その境目ははっきりしていない。
政治家が地元の冠婚葬祭に追われる理由
政治家が地元の冠婚葬祭に追われる理由は、政治家は原則、選挙区内で香典や祝儀を渡すことができないからだ。「寄付の禁止」(公選法199条の2)に引っかかるのだが、特例として「本人が出席して渡すならOK」となっているのだ。規制の趣旨は「カネのかかる選挙」になるからだというが、規制の結果は政治家が何とか自分で参列して香典を渡そうとすることの繰り返しである。
14 派遣社員は電話に出てはいけない?
突然の「お茶くみ禁止通達」
2010年2月、厚労省職業安定局長の通達として「専門26業務派遣適正化プラン」が出された。これによって、派遣社員は電話やお茶汲みをしてはならないとされた。オフィスで事務をこなす派遣社員には法令上2種類ある。1つは、労働者派遣法施行令第4条で列挙される26種類の業務のうち「五号業務」といわれる専門職種での契約。もう1つは、26業務に含まれない「一般事務」だ。このうち、「五号業務」の人には前述のような電話やお茶汲みをしないこと、という通達が出されたことにより、実稼働者数が3年間で約25万人から半分以下の約12万人に減少してしまったのである。
民主党政権だから「正社員寄りなのか?
「派遣規制強化」は民主党政権で始まったものではない。自公政権時代の2003年の労働者派遣法改正では、派遣期間が3年を超えると正社員として雇う申込みをする義務が課された。しかし、規制の結果、3年が経過する直前に派遣社員の交代を求める事例が多発し、派遣社員の仕事が奪われることになった。こうした、派遣の現実にそぐわない政策が行われるのは「厚生労働省設置法」で労働政策審議会によって審議されるからともいえる。
問題の本質は「正社員解雇規制」にある
こうした労働規制の問題の本質は「正社員解雇規制」にある。福井秀夫・政策研究大学院大学教授によれば「日本の正社員の解雇要件は過度に厳格。労働者の生産性が低くても、いったん雇ってしまうと容易に解雇ができない。このため、企業は採用時、学歴に基づき厳しく選別せざるを得なくなり、差別と格差を助長している」としている。
15 借金の上限金利は明治時代から変わっていない
「借り手保護」なのにヤミ金の利用者が増えた?
2010年6月に施行された改正貸金業法で「借入残高が年収の3分の1を超える貸付をしてはならない」という総量規制が導入された。その背景には、多重債務者問題がある。複数の貸金業者から借金を重ね、強引な取り立て、生活破綻、果ては自殺といった悲惨な実態が問題となった。しかし、実際には法施行前後でヤミ金の利用者は、推計42万人(09年)から58万人(10年)に急増した。
遠山の金さんも反対していた「金利規制」
総量規制と一緒に実施されたのが「グレーゾーン金利撤廃」である。それまで、国が定めた上限金利には利息制限法(年利15〜20%を超えた部分は無効)と出資法(年利29.2%を超えると刑罰)の2種類があった。子の間の金利は「グレーゾーン金利」と呼ばれ、貸金業法の登録を受けた業者がルールに従って受け取る分には容認されてきた(貸金業法旧43条の「みなし弁済規定」)。
しかし、2006年1月、最高裁で事実上「グレーゾーン金利」の否定とも受け取られる判決が出たため、過去の「過払い」分を業者に返還請求する動きが出たのだ。さらに、法改正もなされ、有名無実化していた利息制限法が絶対的基準に昇格した。しかし、遠山の金さん(遠山左衛門尉景元)が金利の上限規制に反論したように、本来利息は相対で決まるものであるため、規制すべきものではないのだ(金融業は「お金という商品」をレンタルする商売 資金調達の基礎知識参照)。
中小企業向け融資の”失敗”
中小企業向け融資は「中小企業」であることを条件として、特別な低金利でカネを借りることができる。例えば、売上減少などの要件を満たせば「3年以内1.7%」などの金利で銀行からカネを借りることができるのだ。これは、国や自治体が中小企業政策として資金預託や金利補填をしているからである。しかし、一歩「中小企業」からはずれれば低金利融資が受けられなくなるため、業務拡大をしにくくなるという失敗をはらんでいる。
高齢者は1人で投資信託を買ってはならない
金融商品取引法(2006年制定)の規定によって、金融機関側で「75歳以上の高齢者には契約の際に親族の同席が必要」とするケースが増えている。この自主規制には苦情が相次いだこともあって、金融庁が2008年に文書による火消し対応を行っている。また、金融分野には電話勧誘を規制する「不招請勧誘の禁止」(金融商品取引法38条4号、商品先物取引法214条9号)がある。しかし、規制すべきは電話勧誘という入口ではなく、取引に持ち込む段階での説明の中身である。
16 スーパーのキュウリは「真っすぐ」
野菜は見た目が10割?
農産物の「規格」とは、各自治体や農協が出荷に際して設けている基準のことである。農家が農協経由で出荷する際は、必ずこの規格に従わなければならない。その理由は、昭和40年代に農林省(現・農林水産省)が蚕糸園芸局長通達などの形で、全国の標準規格を定めたからだ。「標準規格」は2002年になって廃止されたが、これをモデルに各地の「規格」ができた。そして、それらに共通するのは「大きさ」と「カタチ」に注目していることで「おいしさ」や栄養は関係ないのだ。
味のよさは関係なく牛乳を「混ぜて出荷」
日本の農畜産物の「規格主義」は果物、米、肉、牛乳などすべて一緒だ。特に牛乳の流通には野菜よりさらに規制があって、酪農家は「全量委託」が原則とされ「全量を農協」か「全量を独自ルート」かのどちらかを選ばないといけないのだ。この規制の背景には、酪農家の腕の優劣をはっきりさせないという農協の組合員横並び主義がある。
農家の「事業」だけでなく「生活」が既得権
農家が農協の指導に従う理由は、農協から農薬・肥料を買い、農協から借金して農業機械を買うという形で、経営のほとんどを農協に握られているからだ。さらに、農業という「事業」だけでなく、貯金やローンといったJAバンクや生命保険などのJA共済という「生活」にまで農協にべったり依存してしまいがちである。こうした農協という組織にとっては「少数の専業大規模事業者」より「多くの兼業農家」がいるほうが望ましいのである。
農地にレストランを作ってはいけない
農地にレストランを作るといった「農業の六次産業化」という言葉を聞くことがある。農業(一次産業)+農産物の加工(二次産業)+流通や販売(三次産業)を一体的に行おうとするものだ。しかし、これを行おうとすると「農地の転用」という規制に引っかかるのだ。また、愛知県田原市で補助金に頼らず脱農協で農業を実践する岡本重明・有限会社新撰組代表は「農地規制では農業委員会の問題も大きい」と指摘する。農業委員会とは、農地の売買や転用などの監視を担う、いわば”農地の番人”である。この委員会の存在によって、農業のために役立つ「転用」は阻害され、土地成金を生むだけの「転用」は進んで行くとしている。
「株式会社が農地保有すると耕作放棄が起きる」という詭弁
近年、農業への企業参入は徐々に広がってきた。2003年以降、株式会社がリース方式で農地を利用することが認められるようになり、2009年には農地法の抜本改正(自作農主義の廃止)がなされた。しかし、株式会社が自ら農地を保有することは認められていない。この根拠として農水省が挙げているのが「株式会社が農地を持つと耕作放棄が起きる」というものである。そもそも耕作放棄は株式会社うんぬんにかかわらず進んでいる。既に全国には埼玉県の面積に相当する39万ヘクタールの耕作放棄地があるのだ(05年農林業センサス)。
17 「規制の作り手たち」にまつわる規制
縦割りの規制制度を生む縦割りの人事
規制の問題の根幹として、規制分野ごとの法人制度の問題がある。病院を経営するのは「医療法人」、福祉分野は「社会福祉法人」、学校分野は「学校法人」などである。これらの分野では「株式会社は利益追求に走る」といった理由で一般法人の参入が厳格に規制され、分野ごとに特別の法人制度が用意されている。こうした”縦割り”規制によって、例えば学校と介護施設と病院が一体となって過ごす施設は容易ではない。
法案提出を許されていない国会議員
最後に、国会議員が規制で縛られていることについて触れておく。まず、役人は前述の薬事法に「厚生労働省令で定めるところにより」や「法第36条の5の規定により」といったフレーズを入れることによって、規制の肝心な部分は省令や通達で決められるようにしておく。これによって、後で国会議員によって口を挟まれることを回避しているのだ。
また、国会議員が規制で縛られている最たる例が法案提出である。国会法56条1項によって衆議院では20人、参議院では10人(予算が関連する場合はそれぞれ50人、20人)の賛同者を集めない限り、法案提出は許されないのである。こうした賛同者要件が課されたのは1955年改正であるため、現在ではこうした要件は不要であろう。さらに、地方議会でも「議員の定数の12分の1以上の者の賛成」が必要とされている(地方自治法112条)。法律を作るのが仕事の政治家が、法案や条例の提出すら許されていないという、おバカ規制の原点といえる。
最後に
投票日前に有名政治家とのツーショットポスターが増える理由は、公職選挙法による規制の抜け穴だから。派遣社員が電話に出てはならなくなったのは、厚労省の通達のため。借金の上限金利は明治時代から変わっていない。スーパーのきゅうりが真っすぐなのは農水省による規格のため。政治家にまつわる規制の最たるものに、自らの仕事ができないという法案提出の規制がある。「声を上げること」それが日本をよくする第一歩。
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