前回は、利害関係者の拡大による統制困難 財政投融資制度の概観と問題の所在についてまとめた。ここでは、政府活動の重心は市場の維持・競争促進におくべし 政府金融活動の役割について解説する。
1 はじめに
金融活動に対する政府の関与の存在は普遍的な現象であり、ほとんどあらゆる国でその経済発展の段階を問わずに見られるものである。例えば、一般的にわが国よりもはるかに市場原理が貫徹していると思われている米国でも、連邦信用・保険計画(Federal Credit and Insurance Program)と呼ばれるかなり大規模な政府金融活動が存在する。ただし、その関与の目的及び関与の形態についてはかなりの多様性が見られる。そこで、ここでは政府金融活動に期待される役割とそれに伴いがちな問題点について経済理論的な立場から検討し、実際の個々の政府金融活動の是非について判断する際の基準を明確化することにする。
2 政府関与の分類学
一般に経済学的な観点から規範的に是認される政府関与の目的としては、大別すると①市場の維持にかかわるものと、②市場の補完にかかわるものが考えられる。前者には市場機構が機能するために必要な制度的基盤の整備と保持と、競争政策が含まれる。後者にはいわゆる「市場の失敗」を是正するための政府活動に該当する。これはさらに、預金者・契約者・投資家保護と金融システムの安定性確保と、資源配分の状態に影響を与えることとの2つに大別できる。
市場機構が円滑に機能するためには、それを支える一定の制度的基盤(市場メカニズム)を必要とする。市場メカニズムとは、価格にパラメントリックに反応する形で需要量と供給量が決定され、需要量が供給量を上回るときには価格が上昇すること(逆は逆)で、需給のバランスを図るようなしくみである。また、特に資本市場が発達するためには、そこでの取引対象である企業証券の品質について市場参加者が容易に知り得るようにならなければならない。こうした制度には、法制的な制度と慣習的な制度との2層があり、慣習的な制度の形成は自主的なものといえる。
そもそも、法制的な制度についても慣行のようなものを追認し、それを権威化する形で作られることも多い。一方、市場機構が望ましい成果を生むのは競争的な環境が維持されているときに限られる。独占や寡占が生じると、市場機構のパフォーマンスは低下するからである。これらの競争政策を維持するのも政府の役割である。
他方で、政府の役割は「市場の失敗」に関するもので、金融分野では最終的な資金提供者と金融仲介機関の間の関係にかかわるものと、金融仲介機関と最終的な資金調達者の関係にかかわるものに大別することができる。前者については情報の非対称性が避け難いことで、後者については次節で詳しく述べる。
3 金融市場の失敗
金融取引を通じて達成されるべき社会的機能は、資金の配分(貯蓄の投資への転換、小口資金の集約化)とリスクの移転・プールである。そして、望ましい資金配分のためには、次の3つのことがなされねばならない。第一は、資金調達者・投資プロジェクトの選別である。第二は、資金配分後の資金調達者の行動の監視である。第三は、プロジェクトの結果が出た後の契約履行の強制である。これらのモニタリング活動が金融仲介機関の役割といえる。
しかし、そうした役割を十分に果たせない可能性もある。いわゆる「市場の失敗」だが、その原因として以下の4つがある。
- 情報の非対称性:信用割当の発生と逆選択。前者は資金調達者側に市場で成立している利子率よりも高い利子率を支払う用意があるにもかかわらず、望むだけの量の資金の提供が受けられないという事態。後者は利子率の引き上げに伴って質の良い借り手から真っ先に退出し、残った借り手の平均的な質が劣化していく現象。政策金融において「量的補完」をすることで解消してきた
- 外部性:プロジェクトの実施主体が自らのものとできない利益。社会的利益と私的利益の間の乖離を補助金で埋めればよい。金融仲介を通じる方式の場合、低利融資や利子補給方式がある
- 不完全競争:最終的な資金調達者の状態に関する情報が特定の金融仲介機関にのみ知られているという、双方独占的な状況によって生じる交渉力の格差。政府が代替的な資金調達の機械を提供することによって、取引関係がそもそも成立しなくなるジレンマを解消できる
- 市場の欠落:著しくリスクが大きいといった理由からそもそも市場が存在しないという可能性。政府は徴税権という能力を背景に、大きなリスクを負うことができる
4 政府の失敗
政府の失敗とは、政府が関与を試みても事態を改善できず、かえって悪化させてしまう可能性のことである。政府の失敗としては以下の4つがある。
- 情報制約:社会的利益と私的利益の間の乖離の大きさを不正確にしか推定できない可能性が高いこと
- 利害整合化の困難:政府組織の場合、民間企業よりインセンティブ・メカニズムを工夫するのが困難で、業績の比較ができないことが多い
- 抱き込みと結託:民間主体による政府組織の抱き込み(天下りなど)や結託が生じると、一部の主体は利益を受けたとしても、社会全体としての利益は損なわれてしまう。政府組織の裁量の余地を少なくすることが望ましい
- 予算制約のソフト化:予算制約を超過して赤字を出したとしても、それに対するペナルティが小さく、当該の主体が予算制約を守るように十分に動機づけられていない状態を指す
5 呼び水と対抗力
呼び水効果とは、特定の産業や事業に対する政府による資金提供がその産業や事業に対するより多額の民間部門による資金提供を引き出すことにつながるという効果を意味する。こうした効果は、政策金融に伴う情報伝達機能と補助金提供機能から生じると見られる。しかし、発展途上における先例がある時期と異なり、現在の政府に情報優位があるとは考えにくい。
対抗力効果とは、民間金融機関が非競争的・寡占的な体質を持っている中で、行動原理の異なる政府金融機関が存在することは、むしろ競争を強める対抗力となって経済厚生の向上につながるという効果である。しかし、これはそもそも政府が競争的環境の維持という本来的な役割を怠っていることを無視した言い訳にすぎない。
日本経済の発展段階を考慮すると、いまや政府活動の重心は明らかに市場の維持(環境整備と競争促進)におかれるべきであり、政府組織が市場の機能を代替するような活動からは撤退すべきである。
6 おわりに
ここでは、政府金融活動の役割を資源配分の効率という観点から検討してきた。ただし、政府の役割に関しては、所得分配の公平化や景気変動の安定化が合わせてあげられることが一般的である。しかし、政府金融活動と所得分配の手段と位置づけると、今以上に政府の失敗③(抱き込みと結託)の問題が深刻化するおそれがある。さらに、景気変動の安定化(景気対策)としての政府金融活動も、民間金融を縮小させる可能性もあるため、減税等との組み合わせにした方が効果的である。
最後に
政府関与の目的には市場の維持(環境整備と競争促進)と補完(市場の失敗の是正)がある。金融市場の失敗には情報の非対称性、外部性、不完全競争、市場の欠落の4つがあり、政府の失敗には情報制約、利害整合化の困難、抱き込みと結託、予算制約のソフト化の4つがある。いずれにせよ、政府活動の重心は市場の維持におくべきである。
次回は、インフラや信用保証の活用 財政投融資の入口と出口の役割とその将来についてまとめる。
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