前回は、経済停滞は政策の失敗によって生じる 金融政策の錯乱と規制強化についてまとめた。ここでは、税金を賢く使い、物価安定と経済成長を実現せよ 政府と中央銀行の役割について解説する。
1 日銀総裁のパフォーマンスはその出身によるのか
物価を安定させ、長期的かつ最大限に成長を高める
よい中央銀行総裁の条件は、成長率が高く、物価が安定している状況を作り出すことである。具体的には、実質GDPを伸ばし、消費者物価指数をマイルドインフレ(2%程度)に安定させることだろう。
「誰が」ではなく「何を」が大事
財務省出身と日銀出身のどちらの総裁のパフォーマンスがよかったかを見ると、どちらも同程度である(内閣府「国民経済計算」、総務省統計局「消費者物価指数」)。むしろ「誰が」ではなく「何を」するかについて議論を深める必要がある。
2 日本銀行は何を目標としているのか
日銀は実質的にゼロ%物価目標政策を採用している
これまでの日銀は物価上昇率をゼロ%にすることを目的としているように見える(総務省統計局「消費者物価指数」より)。
金利の正常化も財政再建もできない
しかし、日銀がゼロ%物価目標を採用していることは、中長期的には「金利正常化」という日銀の目標と矛盾する。金利正常化とは、過去や海外との比較でも4〜5%である。物価上昇率がゼロであれば、中長期的な名目GDPの成長率は2%弱ということになる。長期金利≒名目GDPならば、長期金利は2%となるため、永遠に金利正常化にすることができない。さらに、2%の名目成長率では税収の増加も望めず、財政再建は難しいだろう。
3 なぜ低金利が続いているのか
短期的には、金融緩和政策を行うと金利が低下し、金融引き締め政策によって金利が上がる。金融緩和政策とはコール市場を通じて資金を潤沢に供給することによって金利を下げるが、その後の設備投資や消費の増加などによって資金需要が高まり、長期的には金利が高くなるのである。つまり、低金利が続いている背景には、金融引き締め政策がある。
マネーストックの縮小が低金利の理由
マネーストックの縮小が低金利になる理由は、期待物価上昇率の低さによって実質金利が高くなるからである。物価が将来的に安くなると皆が思っていれば、必要以上に消費しなくなるし、設備投資も減る。結果として、不況がますます深刻になるのである。
4 日本の物価はなぜ上がらないのか
物価は3つの要素に分けられる
消費者物価は主に、食料も含めた資源価格、サービス価格、ハイテク価格という3つの要素で構成されている。このうち資源価格は新興国の需要拡大などを背景に上がっているが、家電製品などの耐久消費財や通信料のようなハイテク価格は、技術進歩によって低下している。サービス価格はほとんどが人件費だが、賃金は上昇していない(総務省統計局「消費者物価指数」より)。
循環論法を断ち切るには
物価が上がらないから賃金が上がらないという循環を断ち切るには、日銀が物価上昇率目標をたてればよい。物価上昇率目標に即した金融政策を打つことで、安定的に物価を上げることができるからである。
5 資本注入は経済を救えるか
公的資金を注入しても貸出は伸びなかった
資本注入には金融危機を救う力はあるが、経済を救うこととは分けて考える必要がある。その理由は、公的資金を注入しても貸出が伸び、それに応じて生産が増加するかはわからないである。例えば、98年3月には1.8兆円が21行に、99年3月には8.6兆円が2行に公的資金が注入されているが、それによって株価が上昇することはなかったのである。
費用対効果を考えると…
費用対効果を考えると、公的資金注入よりも金融緩和や預金保障の限度額の引き上げ、そして決済性預金の全額保護の方が効果的である。これらの方が、より少ない税金で、よりモラル・ハザードの問題を引き起こすことなく危機を乗り切ることができるだろう。
6 金融機関の破綻は負の乗数効果を持つのか
北海道は拓銀破綻後、全国並みの不況に「回復した」
1997年11月、北海道拓殖銀行が破綻した。拓銀の貸出残高は96年度末で3.7兆円、北海道における貸出全体は19.8兆円であったから、全貸出の2割を占めていた。この拓銀破綻の影響を見ると、破綻後も全国と比べれば悪くない北海道経済の様子がわかる(通商産業省および北海道通産局「鉱工業生産動向」より)。つまり、98年の北海道の不況は、拓銀破綻の影響ではなくて別の要因での全国の不況の余波を受けたものだと考えるべきである。
拓銀破綻の事例が示唆すること
拓銀破綻の事例が示唆することは、金融機関の破綻が乗数的に経済全体を悪化させるわけではないということである。むしろ、破綻によって貸しはがしがなくなって、景気が早く回復したともいえる。
7 最後の日本人にとって国債とは何か
最後の日本人はすべての負債と資産の相続人
最後の日本人はすべての負債と資産の相続人である。国債は政府から見れば「国民に負った債務」だが、国債を保有している国民にとっては「政府に貸し付けた資産」である。つまり、国債を自国民が保有している限り、何の心配もないのである。
国債は何に使ったかが重要
ただし、国債を発行して何に使ったかは重要である。多くは公共事業によって社会インフラが作られるが、これが車の走らない道路や客の来ない厚生施設などに使われていたとしたら、ムダなインフラが相続されるだけである。
ムダな支出をしないこと
こうして考えると、ムダな支出をしないことに尽きる。もちろん、国債が発行されていなければ国民は投資ではなく消費をして楽しんでいるかもしれない。ムダな投資では、それによって仕事を与えられた人しか楽しめないのだ。過去のすべてを相続する最後の日本人の立場から見れば、お金をどう集めるかは問題ではなくて、集めたお金をどう使うかが重要なのである。
8 どの都知事が財政家だったのか
健全財政の指標で見ると…
健全財政の指標を、一般会計の歳出をどれだけ地方税で賄っているかによって見てみる(自治省財政局指導課「都道府県決算状況調」など)。
税収があれば使ってしまう
これによると、①税収が増えればどの知事も支出を拡大する、②財政悪化は、支出を増やした後に税収が減少したことの結果、③財政赤字が拡大すれば、どの知事も支出を絞る、ということがわかる。つまり、どの知事も税収が増えれば使ってしまい、赤字が増えれば支出を絞るということである。
9 大阪府はなぜ財政再建できたのか
10年連続で赤字だった大阪府の一般会計が、2009年度には黒字に転じた。しかし、景気については大阪単独ではほとんど対処できないので、知事がコントロールできるのは歳出だけである。
橋下知事は何を削減したのか
橋下知事は歳出全体では1560億円(5.1%)減少させた(07年と08年の比較)。そのうち、人件費が458億円(5.0%)、建設事業費853億円(30.9%)、補助費443億円(5.1%)、貸付金220億円(4.4%)、物件費73億円(9.4%)である。
「走ってから考える」のが橋下流
2009年度予算では、人件費はさらに減額しているが、建設事業費と貸付金は増やしている。このように、大きな項目を思い切って減らし、それからまた考えるというのが橋下流といえるだろう。
10 日本は本当に省エネ大国なのか
エネルギー生産性の国際比較(2005年)を見ると、日本は必ずしも省エネ大国とはいえない。日本はアメリカや中国よりも格段に高いが、ヨーロッパの国と比べるとそれほどでもなく、イギリスと比べると低いのだ。購買力平価で見ると、イギリスやドイツよりも低くなる(米エネルギー省による)。
「国際競争なし」非効率部門の効率を上げるには
日本の購買力平価GDPを引き下げているのは、農業・建設・卸小売などの非輸出部門である。これらの部門の生産性を引き上げるためには、規制緩和や構造改革が必要である。そうすれば、生活水準当たりのエネルギー効率を大幅に引き上げられるだろう。
11 官民賃金格差は地域に何をもたらしたのか
所得の低い地域でも公務員は高給
公務員の賃金水準が高い都道府県ほど、都道府県民の所得は低い傾向がある(総務省「平成18年 地方公務員給与の実態」、内閣府「県民経済計算」、厚生労働省「賃金構造基本調査」による)。なぜ所得水準が低い都道府県で公務員に高い賃金が払えるかは、中央からの膨大な補助金を配る地方交付税制度があるからである。こうした制度がないアメリカでは、公務員賃金が相対的に高いことはない。
公務員の相対賃金が高ければ、ビジネスに人材が集まらない
公務員の相対賃金が高ければ、民間企業に人材が集まらない。だから、地域の経済発展が遅れるのではないだろうか。
12 離婚と地方の自立はどこが似ているのか
自由はどのくらい価値のあるものなのか
離婚すると女性は経済的に苦しくなる。しかし、離婚した女性の支出の満足度は、むしろ上がるという研究がある(坂口尚文「結婚、離婚に伴う女性の所得、支出変化」参照)。離婚によって女性1人当たりの所得は、年収で252万円から160万円へと36.5%も減少してしまうにもかかわらず、その満足度は高まるのだ。
お金がなくても幸せになれる
つまり、離婚後の女性は経済的には貧しくなったのに、その支出に対する満足度は上昇している。自由に、自分の使いたいようにお金を使うことができるようになったからである。
同じことが、地方と国の関係にもいえるのではないか。すなわち、地方分権、独立の志ある自治体の場合、使途が自由になるのであれば補助金や交付税が多少削られても、満足度は低下しないのではないだろうか。
最後に
公的資金を注入しても、貸出が伸びるとは限らない。公的資金注入よりも金融緩和や預金保障の限度額の引き上げ、そして決済性預金の全額保護の方が効果的。公務員の相対賃金が高ければ、ビジネスに人が集まらない。政府からお金を取り上げて、身近な地方で主体的に使おう。
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