「2000年5月2日未明、社会に大きな変化をもたらすことが起きました。しかし、その変化には誰も気づきませんでした」ハンフリーズは語りかける。ここでは、55万ビューを超える Todd Humphreys のTED講演を訳し、ミリメートルの精度を持つミニチュアGPS発信器「GPSドット」が及ぼす影響について理解する。
要約
トッド・ハンフリーズがジオロケーションの近未来を予測します。ミリメートルの精度を持つ ミニチュアGPS発信機「GPSドット」 により、現実世界の持ち物の位置がピンポイントで判るようになるのです。あるいは、知らないうちに行動を追跡されてしまうかもしれません。そして、このテクノロジー悪用に対して行った対策が、恐るべき結果を招いてしまうかもしれないのです。(TEDxAustin)
Todd Humphreys studies GPS, its future, and how we can address some of its biggest security problems.
1 2000年5月2日未明、社会に大きな変化をもたらすことが起きた
2000年5月2日未明のことです。社会に大きな変化をもたらすことが起きました。皮肉にも その変化に誰も気付きませんでした。変化は静かで 知覚出来ず 事実を正確に知らなければ気づきようもなかったのです。その日の朝 ビル・クリントン米大統領が 特別なスイッチを入れるように命じたのです。GPSを司る周回軌道衛星のスイッチでした。すぐさま地球上に存在する民間のGPS受信機の誤差が全て フットボール場のサイズから 小部屋のサイズにまで縮んだのです。精度に起こった この変化が私たちにもたらした影響は とてつもないものでした。このスイッチが入る前は 道案内をするカーナビなんてありませんでした。なぜなら当時のGPSは 今いる道どころか 区画さえも判らなかったんですから。
2 紙の地図は時代遅れになってしまった
地理的な位置情報は精度が大事で ここ10年 ますます正確になってきました。基地局や地上局が増え 感度やアルゴリズムが向上するにつれ GPSは今いる道だけでなく 道のどこかさえも 伝えられるようになったのです。位置精度レベルの向上が イノベーション爆発を引き起こしました。今日ここに来るのに携帯カーナビや スマートフォンの力を借りた人は多いはずです。紙の地図は時代遅れになってしまいました。ですが 私たちは位置精度における更なる革命を 目前に控えているのです。現在の携帯カーナビやスマートフォンが与えてくれる 2メートルの精度よりも ずっと正確な位置が 得られるようになると言ったら どう思います? 実は周知の事実なのですが GPS信号の搬送波の位相に着目し さらにインターネット接続がある場合 メートル単位だった精度を センチのレベルミリのレベルにもできるのです。
3 どのメーカーもこの位相技術をGPSチップに実装していない
なのに この機能が携帯電話に入っていないのはなぜでしょう? 私は単なる想像力の欠如だと思いますがね。どのメーカーも この位相技術を 安いGPSチップには実装していません。手のひらのしわを特定できるほどの位置精度を 人々がどのように利用することができるか 思いつかなかいからです。ですが 皆さんや 私や 他の発明者は 精度の次の飛躍に潜む可能性が見えています。想像してくださ。たとえば AR(拡張現実)のアプリ、そこではミリレベルの正確さで仮想世界が 現実世界に重なります。ミリの精度で配置した 3Dの構造物が 見えているのは あなたや友人だけ ということも可能なのです。このレベルの位置精度は ずっと求めていたものであり 2~3年以内には必ず こういった非常に高精度な 搬送波の位相による測位技術が 安く簡単に手に入るようになるでしょう。それは 素晴らしい結果をもたらします。
4 そこで欲しくなるのがGPSドットミニチュアのGPS発信機
そこで欲しくなるのがGPSドットミニチュアのGPS発信機です。『ダ・ヴィンチ・コード』の映画を 覚えてますか? GPSドットを手に取ったラングドン教授に 仲間が追跡装置だと教えてくれましたね。地球上のどこにいても 60cm の精度で測位できるのだと。しかし 現実の世界ではGPS発信機が 不可能ですよね。例えば GPSは屋内では機能しません。また GPSを そんな小さくはできません。特に 測定結果を送るのにネットワークを 中継しなければならないなら なおのことです。
5 最先端のGPS受信機は1辺が1センチしかない
こうした反論は確かに正しいのですが ここ数年で事情が変わったのです。小型化と高感度化がどんどん進む傾向にあり その結果として数年前はこのような GPS受信機はカギの横にある ごつい箱の様なものでしたが 数か月前に発表されたものと比べてください。今やキーホルダーのサイズになっています。最先端のGPS受信機は 1辺がたったの1センチしかないのに さらに優れた感度を持っています。GPSドットがノンフィクションの世界に登場するのも 間もなくだと思えます。
6 もはや財布も鍵も失くすことはない
GPSドットであふれる世界を想像してみてください。もはや財布も鍵も失くすことはありません。ディズニーランドでお子さんが迷子になることもありません。GPSドットをまとめて買い 2~3千円以上の持ち物に 片っぱしから貼りつけていくのです。靴が見つからなかったら いつもなら妻に場所を尋ねていました。しかし妻をつまらぬことで悩ませる必要はもうありません。自分の家に聞けばいいんです。靴はどこ? (笑)Gmail に乗り換えたことのある方は思い出してください。メールを体系だてて整理していた作業が 単純な検索で済むようになりましたね。GPSドットなら 持ち物に対して同じことができるのです。
7 元彼が車にGPS追跡機を仕掛けていた
もちろんGPSドットにも良くない面があります。何ヶ月か前 職場に ある電話が かかってきました 電話の向こうの女性 キャロルというのですが うろたえていました。どうやら カリフォルニアにいるはずの元彼が テキサスにいる彼女を見つけ出しつきまとっていると言うのです。なぜ彼女が私なんかに相談するのかと思うかもしれませんね。私もそう思いました。実は キャロルの事件には専門技術が絡んでいたんです。元彼が現れるのはいつも 絶対にあり得ないような時間や場所でした。元彼はノートPCを持ち歩いており やがてキャロルは 元彼が車にGPS追跡機を 仕掛けていたと気づいたのです。それで私に装置を止めてくれと頼んできたのです。
8 装置は安全圏の中にいるか移動中にしか電波を発信しなかった
「腕のいい修理屋に車を見せては?」と提案しましたが「もうした」 とのことでした。「おかしなものは見当たらないし これ以上は車を分解しないと判らない」 と言われたそうです。「警察に行ったらどうかな」 と勧めました。「それもした」 との答えでした。「犯罪の確かな証拠が無いし 警察には装置を見つける技術が無い」 と言うのです。「なるほど じゃ FBI は?」「それもしたけど 答えは同じだった」私は彼女に 研究所へと来てもらい 車から出る電波を丹念に検査しました。しかし どの周波数に合わせても 何の反応もありません。装置は安全圏の中にいるか 移動中にしか 電波を発信しなかったのです。つまり何も発見できませんでした。キャロル以外にも GPS追跡装置が原因でこのように恐怖を抱き 心配する状況に陥る人は多くいるはずです。
9 誰かの車に追跡機を仕込むことが犯罪とは限らない
事実 彼女の事件を調べているうちに 驚愕の事実を知りました。誰かの車に追跡機を仕込むことが犯罪だとは限らないのです。最高裁は先月 警察が長期に渡り追跡装置を使うなら 許可が必要だと判決を出したものの 一般人が行う場合については明確になっていないのです。だから 強大なる「政府」の監視に怯えるだけでなく 強大なる「隣人」にも怯えなくては(笑)
10 自分の空間を取り戻す装置「ウェーブ・バブル」
キャロルは ある強力な代替手段をとることもできました 「ウェーブ・バブル」です。MITの大学院生リモア・フリードが開発した オープンソースのGPS妨害装置で リモアはこれをこう呼んでいます「自分の空間を取り戻す装置」 スイッチを入れるとあたり一帯にバブルが作られて もはやGPS信号は存在できません。バブルによって かき消されてしまうのです。リモアはこれを設計したのはキャロルと同様に GPS追跡による脅威を感じていたからです。そして彼女は設計をウェブに投稿し 自作する時間の無い人には買えるようにもしたのです。いまや中国のメーカーがほとんど同じものを インターネットで大量に売っています。
11 この装置の使用はアメリカでは完全に違法
「ウェーブ・バブル」 が素晴らしく思えたかもしれませんね。家に1つあったら良いですね。車に追跡機をつけられたりしたら便利です。しかし この装置の使用はアメリカでは完全に違法だと 知っておいてください。なぜかって? なぜなら これがただの「バブル」ではないからです。妨害信号は 個人空間や車内だけに 留めることはできないのです。害のないGPSも無効化してしまうんです。周囲何キロにも渡ってね(笑)あなたがキャロルやリモアや GPS追跡機に怯える人なら 「ウェーブ・バブル」を使いたいかもしれませんが 実際には 大変なことになってしまうのです。想像してくださいたとえば あなたはクルーズ船の船長で 深い霧を抜けようとしている時 後ろで乗客が「ウェーブ・バブル」をオンにしたとします。突然 GPSは無反応になり あなたは 霧に包まれ 使えるのは レーダーシステムからのデータだけ 使い方を覚えていればの話しですが それらは 実際 灯台の位置を更新も維持もしておらず GPSの予備だったLORAN(長距離航行装置)も去年 廃止されていました。
12 GPSは「見えざる公共サービス」
我々の現代社会はGPSと特別な関係にあるのです。盲目的に依存していると言ってもいい 我々のシステムとインフラに深く入り込んでいます 「見えざる公共サービス」 と呼ばれることもあります。 「ウェーブ・バブル」をオンにするとただの迷惑では済まないかもしれません。命にかかわるかもしれないのです。
13 GPS信号のフリをする「GPSスプーファー」
実は個人のプライバシーを守るために 公共のGPSの信頼性を犠牲にする ウェーブ・バブルよりも 強力で破壊的なものも存在します。それが 「GPSスプーファー」 です。GPSスプーファーのコンセプトは単純です。GPSの信号を妨害するのではなく信号のフリをするのです。GPS信号を模倣し うまくすれば 攻撃された装置は偽者だと気づくことさえありません。
14 2つのピークをピッタリと合わせられたら、より強力な偽の信号に乗っ取られてしまう
仕組みを ご覧にいれましょう。どんなGPS受信機も その内部に 本物の信号に対応するピークを持っています。3つの赤い点は 追跡ポイントです。ピークが中心に来るように常に調整しています。ところが 偽のGPS信号を送ると この2つのピークをピッタリと合わせられたら 追跡ポイントは見分けられなくなり より強力な偽の信号に乗っ取られてしまうのです。本物のピークはもう役に立ちません。この時点でゲームオーバーです。いまや偽の信号がこのGPS受信機を完全に制御しています。
15 つい最近までは誰もGPSスプーファーの心配はしていなかった
こんなことが本当に可能かって? スプーファーでこんな風に GPS受信機のタイミングや位置決めを 操れる人が本当にいるのでしょうか? いるんですよ。民間のGPS信号は 完全にオープンになっています。暗号化も 認証もありません。広く開かれているためスプーファーのような攻撃に弱いので。 だとしても つい最近までは 誰もGPSスプーファーの心配はしていませんでした。複雑すぎ あるいは高価すぎて ハッカーには作れないと考えられていたのです。
16 最初にGPSスプーファーを作ろうと思った
しかし 私も 学生時代からの友人も そうは思っていませんでした。それほど難しいとは思えませんでしたし 最初に作った者になろうと思ったのです。これができれば 問題に立ち向かうことができ GPSスプーファーの予防にもなります。皆で一緒にやったあの1週間を鮮明に覚えています。それを造るために私の家に集まりました。つまり 3歳の私の息子 ラモンが手を貸してくれました。これがラモン(笑) この1週間 パパの注意を引こうと頑張っています。当初 スプーファーはケーブルとコンピュータの 寄せ集めでしたが 最後には小さな箱に 集約されました。
17 GPSスプーファーが起こしかねない大災害の規模は想像もできない
フランケンシュタイン博士の気分でした。スプーファーはついに命を宿し 恐るべき可能性を垣間見せたのです。それは その夜遅く 私が iPhone に対して 試したときでした。一番最初の実験のときに撮影した。本物の実験記録をお見せしましょう。私はこの小さな青い点と そのまわりに輝く光に 全幅の信頼を寄せていました。話しかけられてる気がしました 「ここにいるよ ここにいるよ」 って(笑) 「信じてね」 って そして とても不快なことが起きました。裏切りと言ってもいいでしょう。私の家にいた小さな青い点が 北へ向かって走り出したのです。私を置き去りにして私は動いていませんでした。移動する青い点が見せてくれたものは 大混乱の可能性でした。飛行機や船がコースから逸れて 機長や船長が異常に気づいても もう手遅れです。ニューヨーク証券取引所の 時刻を合わせているGPSが ハッカーの餌食になるかもしれません。GPSスプーファーを知ると それが起こしかねない大災害の規模など 想像もできません。
18 GPS発信機に対する切り札となる
とはいえ GPSスプーファーには良い面も あるのです。それはGPS発信機に対する切り札となるのです。たとえば あなたが追跡されているとします。本当は休暇中なのに仕事中のふりをして 追跡者をバカにすることもできます。あなたがキャロルの立場なら 警官の待つ駐車場に 元彼を誘い出せるのです。差し迫るこの対立には目が離せません。プライバシーと 妨害の無い電波の必要性との戦いには興味をそそられます。GPSの妨害やスプーファーを許せないのは当然ですが とはいえ GPS発信機からプライバシーを守るのに 有効で合法な手段がまだありません。純粋にそのスイッチを入れたがるのは 本当にいけないことでしょうか?
19 GPSドットは皆さんの人生を根本から変えてしまう
私は期待しているのです。まだ発明されていないテクノロジーが この対立を解消してくれると でも それまでは目が離せません。これからもっと面白くなるんです。数年以内に 皆さんもGPSドットを手にして喜んでいることでしょう 袋一杯ものGPSドットを有するかもしれません 自分のものを失くすことは もはやありません。GPSドットは皆さんの人生を根本から変えてしまうでしょう。しかし 友人を追跡したいという誘惑に 耐えられますか? プライバシーを守るために GPSスプーファーや ウェーブ・バブルのスイッチを入れるという誘惑に 耐えられますか?そして 例により 地平線の彼方に目をやると 希望と危険で溢れています。これらがどうなっていくのか もう目が離せませんね。ありがとう(拍手)
最後に
ミニチュアGPS発信器「GPSドット」があればピンポイントで位置を特定できる。ストーカーなどに悪用されることもあるが、「ウェーブ・バブル」や「GPSスプーファー」で対策できる。いずれにしろ、GPSドットは人生に大きな影響を与えるだろう。
和訳してくださった Wataru Terada 氏、レビューしてくださった Masahiro Kisono 氏に感謝する(2012年2月)。