「7月4日はヒッグス粒子発見の日として記憶されるでしょう」ジャンは語りかける。ここでは、90万ビューを超える Gian Giudice のTED講演を訳し、宇宙の運命と人類の未来予測について理解する。
要約
ヒッグス粒子発見の一番の驚きは、何でしょう。それは、別に驚く事でもなかったと言う事です。ジャン・ジュディチェ氏が理論物理学での問題を通し、私達に話しかけます。もし、ヒッグス場が超高密度の状態で存在するなら、全ての原子で成る物質は崩壊する事になるかもしれません。機知とその魅力で、ジュディチェ氏は、ゾッとする宇宙の運命の予測と、またそれは私達が心配する事でもない理由を語ります。(TEDxCERNにて収録)
Gian Giudice is a theoretical physicist who has contributed greatly to our present understanding of particle physics and cosmology.
1 7月4日はヒッグス粒子発見の日として記憶されるだろう
去年の7月4日は 「大型ハドロン衝突加速器(LHC)」の実験で ヒッグス粒子が発見された 歴史的な日でした。今後は間違いなく 7月4日は米国独立記念日としてでなく ヒッグス粒子発見の日として – 少なくとも CERN (欧州原子核研究機構)では – そう記憶されるでしょう。
2 ヒッグス粒子は他の素粒子のように美しさ、対称性、優雅さを持ち合わせていない
しかし その日に私が最も驚いたのは 意外な結果が発表されなかったことです。理論物理学者にとって ヒッグス粒子の発見で 他の素粒子がどうやって質量を得たのかがうまく説明できますが それだけでは十分ではなく 完全な答えだとは思えないのです。あまりに多くの疑問点が残されています。ヒッグス粒子は他の素粒子のように 美しさ 対称性 優雅さを持ち合わせていません。この理由で理論物理学者の大半は今回 発見された – ヒッグス粒子以外にもっと何かがあるはずだと 確信しています。ヒッグス粒子に伴う新しい素粒子や 現象を期待していたのです。しかし現在のところLHCでの測定値からは 新しい素粒子や予期しない現象の兆候は 検知されていません。勿論 これで はっきり決まった訳ではありません。2015年にLHCは 陽子を現在の2倍近いエネルギーで衝突させ このさらに高エネルギーの衝突で 粒子の世界を もっと探索出来 もっと色々な事が解るでしょう。
3 ヒッグス理論によると、ビックバンの百億分の1秒後に時空が相転移した
今の所 新しい現象の証拠は 見つかっていないので 今見つかっているヒッグス粒子を含む 素粒子だけが 自然界に存在する全ての素粒子だと仮定しましょう。さらに高エネルギーで探索しても これだけだと仮定するわけです。その仮定ではどうなるか考えて見ましょう。宇宙に関して 驚くべき面白い結果が分かるでしょう。これを説明するために まず ヒッグス粒子がどんなものかお話しします。それにはビッグバンの 百億分の1秒後に 戻らなければなりません。ヒッグス理論によると その瞬間 宇宙では 劇的な事が起きました。時空が相転移したのです。それは摂氏零下になった時に 水が氷に変わることに非常によく似ていますが 時空の相転移は 物質内の分子の並び方が変化するのとは異なり 時空を織り成すものそのものの変化なのです。
4 ヒッグス粒子の発見によりLHCはこの場の存在が正しいと結論を出した
この相転移の間何もなかった空間は ヒッグス場と呼ばれるもので埋め尽くされました。これは見えないかもしれませんが 明らかに存在し 常に私たちの周りにあります。この部屋の空気の様なものです。素粒子の中には ヒッグス場と相互作用を起こしエネルギーを得るものもあります。この内在するエネルギーこそが 粒子の「質量」なのです。ヒッグス粒子の発見により LHCはこの場の存在が正しいと結論を出したのです。ヒッグス粒子を生み出すものだからです。これがヒッグスに関する簡単な説明です。
5 トンネルダイオードなどの電子機器に使われる部品が量子トンネル効果
しかし この話はそれよりもっと面白いのです。ヒッグス理論を研究する 理論物理学者は 実験からでなく 数学の力で ヒッグス場は必ずしも今日 見る様な姿で 存在するとは限らないと発見したのです。物質が液体や固体の状態で存在する様に 時空を埋め尽くすヒッグス場も 2種類の状態で存在するかもしれません。既知のヒッグスの状態以外の もう1つの状態のヒッグス場は 現在見られるより何十億倍のそのまた何十億倍もの高密度で この様なヒッグス場存在そのものが 問題であるかもしれません。なぜなら量子力学の法則によると 2つの状態を隔てる エネルギー障壁があっても その2つの状態の間に – 転移があり得 – その現象を – とても適切な呼び名ですが量子トンネル現象と呼びます。量子トンネル効果で 私もこの部屋から壁を通り抜け 隣の部屋に現れる事があり得はしますが 今 実際 私がそれをやるのを期待しないで下さい。なぜなら私が壁を通り抜ける その可能性の確率は驚く程 微々たるもので 起きるのを待っていたら気の遠くなる程 待たなくてはなりません。とは言っても 量子トンネル効果は現実の現象です。あらゆるシステムで見られます。例えば トンネルダイオードなどの 電子機器に使われる部品がそうです。量子トンネル効果の 驚異の力のお陰です。
6 量子トンネル効果により超高密度のヒッグス状態の泡が現れるかもしれない
ヒッグス場にもどります。超高密度のヒッグス場が存在するなら 量子トンネル効果で – ある時 宇宙のある場所で この凝縮状態の泡が 突然現れる事があるかもしれません。それは水が沸騰するのに似ていて 水蒸気の泡が水の中に出来 膨張し液体が気体になるように 量子トンネル効果により超高密度のヒッグス状態の泡が 現れるかもしれません。この泡は光速で膨張し 空間を満たしヒッグス場を それまでの状態から 新しい状態へと変えます。
7 ヒッグス場の強度は物質構成に決定的に作用する
これは問題でしょうか?そうです。大きな問題です。普段 生活では気がつかないでしょうが ヒッグス場の強度は物質構成に 決定的に作用します。もしヒッグス場がほんの数倍強かったなら 原子は収縮し 原子核内で中性子は崩壊し、原子核はバラバラになり 水素だけが 宇宙の元素となるでしょう。超高密度のヒッグス状態でのヒッグス場は 今より数倍の強度だけでなく 何十億倍も強いものです。もし時空がこのヒッグス状態で埋まっているなら 原子物質は全て崩壊するでしょう。どんな分子構造ももちろん生命などあり得ないでしょう。
8 ヒッグス粒子の質量は約126 GeV で、1本のDNAを構成する総分子の重さと等しい
それで未来にはヒッグス場が相転移を起こし 量子トンネル効果の結果 このように大変な 超高密度の状態に 変わる事があり得るか? 言い換えると 我われの住む宇宙の ヒッグス場の運命を疑問に思うわけです。この質問の答の 決定的要因はヒッグス粒子の質量です。LHCでの実験で ヒッグス粒子の質量は 約126 GeV だとわかりました。日常使われている単位からすると 10マイナス22乗グラム位にしか 匹敵しない小さなものですが 1本のDNAを構成する総分子の重さと等しいので 素粒子物理学の単位では 大きなものです。
9 ヒッグス粒子の質量は宇宙を不安定な状態にしておくのにちょうどいい
LHCからの情報を使い CERNの仲間と共に 私たちの宇宙が 超高密度のヒッグス場に 量子トンネル現象を起こす確率を計算したら 面白い結果がでました。計算されたヒッグス粒子の – 質量はとても特別なものだと – わかったのです。宇宙を不安定な状態にしておくのに – その質量は丁度の値なのです。ヒッグス場は今まで何とか存在して来た様な – 不安定な状態にありますが – いつかは崩壊するでしょう。計算によると 私たちは 崖の上にテントを張ったキャンパーの様なものです。最後にはヒッグス場は – 相転移を起こし – 物質は自己崩壊するでしょう。
10 計算ではヒッグス場の量子トンネル現象は10の100乗年内には起こらない見込み
これが人類滅亡のシナリオでしょうか? そうではないと思います。計算では ヒッグス場の量子トンネル現象は 10の100乗年内には起らない見込みです。随分先の話です。それはイタリアが 安定した政府を築くよりずっと先の話です(笑)
11 人類がヒッグス場の崩壊を見る事はあり得ない
そうだとしても それまでには人類は絶えているでしょう。今から約50億年後には 私たちの太陽は赤色巨星になり 地球軌道に迫るほど膨張します。そうなれば 地球はおしまいです。1兆年後には – 暗黒エネルギーが今の割合で 宇宙の拡張を加速していれば 周りのすべてが光速より速く拡張しているでしょうから 私たちは自分の足元さえ 見ることはできないでしょう。なので 人類は ヒッグス場の崩壊を見る事はあり得ないでしょう。
12 理論物理学者が関心を持つのは、現象がなぜその様に起きるかということ
ヒッグス場の転移に 私が関心を持つ理由は ヒッグス粒子の質量が なぜそのような特別な値をしているか と問いかけたいからです。なぜその質量の値が宇宙を – 相転移の瀬戸際の状態にして置くのに丁度なのでしょう。理論物理学者は常に「なぜ」という質問を持ちます。現象がなぜ起きるかというよりも 理論物理学者が関心を持つのは 現象がなぜ その様に起きるかということです。この「なぜ」という質問は自然の根本的原理に関しての – ヒントをもたらしてくれると理論物理学者は思うからです。実際 私の質問への答えは 文字通り 新しい複数の宇宙へと導いてくれるでしょう。私たちの宇宙は泡だった石鹸のような 多元宇宙の中のたった1つの宇宙にしかすぎず その1つ1つの泡は 独自の基本的な物理定数や 物理の法則があると 憶測されています。こう考えるとヒッグス粒子の質量といっても ある特定の値を発見する確率を語ることしか今出来ません。その神秘の鍵は – 多元宇宙の統計的特性に – あるかもしれません。それはビーチの砂浜で – 起きてる事に似ています。原理的にはビーチにあらゆる傾斜角を有する 砂丘が存在するはずですが しかし 典型的な傾斜角は 30度から35度です。その簡単な理由は 風が砂を積み上げ その後重力で又滑り落ちるからです。その結果 砂丘の山の大半は 崩壊寸前の臨界値に近い角度の傾斜にあるのです。多元宇宙のヒッグス粒子にも 同じ様なことが起きているかもしれません。多元宇宙の殆どでは ヒッグス粒子の質量は臨界値 に近く ヒッグス場の宇宙崩壊寸前の値なのかもしれません。2つの競合する影響の結果 砂丘と似た現象が起こっているのかもしれません。
13 ヒッグス粒子の質量だけでもわかることが多い
この話の終わりは まだわからないので – これで終わりではありません。進行中の科学です。この謎を解くにはまだもっとデータが必要です。LHCが すぐに新しい手がかりを もたらしてくれることが期待します。ヒックス粒子の質量、ただこの数字だけですが これからわかる事が多いのです。今まで探索された範囲を超えてでも 宇宙にある素粒子は 既知のものだけという仮定から始めました。これからわかったことは時空を埋め尽くすヒッグス場は 宇宙崩壊寸前の 非常に不安定な状態にあるかもしれないことであり また私たちの宇宙は 多元宇宙という 巨大なビーチの砂の1粒でしかないのでは – という仮定が正しいということの手掛かりを得ました。
14 これからの探求の旅は驚きで満たされている
この仮説が正しいかどうか分りません。これが物理の世界です。たった1つの測定値が 新しい宇宙の理解への道を開いてくれるか 我々を行き詰まらせてしまうかです。どちらにせよ – はっきり言える事は1つ – これからの探求の旅は驚きで満たされているでしょう。ありがとうございました(拍手)
最後に
ヒッグス粒子の質量だけでわかることは多い。なぜそのように起きるかを考えるのが理論物理学者。探求のたびは「なぜ」から始まる。
和訳してくださった Reiko Bovee 氏、レビューしてくださった Tomoyuki Suzuki 氏に感謝する(2013年10月)。