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日本の地方にはなぜ豪邸街がないのか 日本の「意外な事実」の経済学

「多くの人が思い込みに囚われている経済現象の真実を数字で読み解く」著者は冷静に語る。ここでは、原田泰『日本はなぜ貧しい人が多いのか』を6回にわたって要約し、経済政策、少子高齢化、国際競争力、教育、年金制度について流布している通説を統計データと経済学的思考で逆説的に覆す。第1回は、日本は大丈夫なのか。

1 日本の地方にはなぜ豪邸街がないのか

サブプライムローンはアメリカの夢を表している

サブプライムローンとは、融資基準は甘いが金利が高い住宅ローンである。最初の2〜3年は金利が安く設定され、その後住宅価値が上がればそれを担保にして金利の低いローンに借り換えできるというものだった。リーマン・ショックによる悲劇も多いが、2004年までに買った人々の4分の3はなんとか返せているようである。家族全員で働けば、なんとか持ちこたえることのできる人も多いのだろう。

 

豪華な住宅が流通しているから繁栄が分散する

販売されている高額住宅(100万ドルクラス)の数を都市の人口順に並べてみると、以下の3つのことがわかる(Yahoo!不動産より)。第一に、日本では東京が突出している。第二に、アメリカでは様々な都市で高額の住宅が販売されている。第三に、日本では東京以外では高額の住宅が販売されていない

これらの事実は以下の3つのことを意味している。第一に、アメリカには高額の住宅を購入できる人が様々な地域に住んでいる。第二に、豊かな人々が様々な地域に移り住んでいる。第三に、豊かな人がその所有する豪邸を盛んに売却している。日本の地方には豪邸が立ち並んでいないことから、同格の者同士の競争がないことを意味する。これが日本の政治家のレベルを引き下げているのではないかと著者は考えている。

 

2 日本にはストライカーがいないのか

日本の敗因は守備力

ワールドカップ2006年ドイツ大会の予選リーグでの順位と得点と失点を比較すると、日本の敗因は守備力ではないかと考えられる。1位突破国(ブラジルなど)の平均得点は6.3点、平均失点が1.1点なのに対し、4位敗退国(日本など)は順に1.8点、6.9点となっている。2位でも予選は突破できるため、順に見ると4.0点、2.8点となっている。

ここで、2位突破国と日本の得失点を比較すると、日本が足りない得点は2点、余計に失った点は4.2点である。ここから、日本により必要なのは得点力ではなく、守備力だとも考えられる。

 

勝つためにすべきことを冷静に考えてみる

これを経済に応用すると、国内の投入コストを下げることが、ストライカー産業を育てるために必要なことといえる。例えば、自動車や電子製品産業というストライカー産業に予算を使うのではなく、そのコストとなる運輸、通信、電力、金融、工業団地、工場用水などを提供する産業の効率を高めるのである。また、中央と地方の政府がムダなお金を使わなければ税コストも低下するだろう。

 

3 人口減少でサッカーも弱くなるのか

データは揃っている

古くから、所得分配の不平等な国ほどサッカーが強いという説がある。しかし、FIFAの国別のサッカーの強さとジニ係数(不平等さを表す指数。1に近いほど不平等)を比べると、FIFAランクと不平等度の間に有意な相関は見られなかった

 

人口が減少しても大丈夫

また、豊かであるほどサッカーが強いという説がある。そこで、人口、1人当たり所得(購買力平価)、所得分配(ジニ係数)という3つの変数が、FIFAランクにどのように影響を与えるかを調べると、人口が多いほど、1人当たり所得が多いほどサッカーは強いが、所得分配が不平等でもサッカーは強くならないことがわかる。さらに、計数の値から、人口が倍になるより、1人当たりGDPが倍になった方がサッカーが強くなるので、人口が減少しても大丈夫だということがわかる。

 

4 日本は投資しすぎなのか

成長の要因を分解して考える必要

成長の要因を分解する方法には成長会計がある。実質経済成長率を、資本と労働の増加の寄与とそれ以外の要因、すなわち全要素生産性(TFP)の上昇率とに分ける方法である。TFPとは、生産の増加のうち資本と労働の投入の増加では説明できない部分で、広い意味での技術進歩を計ることができる。ただし、資本や労働は稼働率を考慮する必要があるため、ここでは長期のデータを用いることによってこの問題を無視して考える。

 

日本の成長を底上げした資本投入

1970年から2006年までのデータを用いて、各国の実質GDP成長率の要因分解を行う。また、全期間と、日本の成長率がアメリカより低くなった90年で2つの期間に区分したものと、合わせて3つの期間について成長要因を分解する。

まず、全期間での日本とアメリカとの比較だが、日本は資本の投入とTFP上昇率の高さで労働投入の伸びの低さを補い、アメリカは資本投入とTFPの伸びの低さを労働投入の寄与で補って、ほぼ同じ成長率(3%前後)を達成している。1970年から90年では、日本は優等生で、実質GDPの成長率(4.2%)と資本の寄与は他国よりも一段と高い。1990年から2006年の期間は、日本の実質GDP成長率は1.3%と低く、TFP、資本、労働の寄与がほぼ同じだけ低下して成長率の低下を招いたことになる。

 

5 日本の労働生産性は低下したのか

労働生産性とは、労働時間当たりの実質GDPである。日本の労働生産性を見ると、バブル崩壊後の大停滞期においても2%前後という伸びを示してきたのである。

 

「100年単位」で見ればどちらが重要か

100年単位の経済効果を問題にするときには、失業率の高さよりも労働生産性の上昇の方が重要である。仮に2%の生産性上昇率が50年続けば、実質GDPは2.7倍になるからである。失業率は10年単位の経済停滞を説明する上で重要である。

 

6 少年犯罪は増加しているのか

少年犯罪が増加しているという説と増加していないという説がある。前者は犯罪検挙率が落ちたから少年犯罪は増えているといい、後者は少年検挙者が減少しているから増えていないとしている。

 

少年犯罪数を推定する

少年犯罪数を推定するには、少年検挙者数から推定するしかない。つまり、「少年犯罪者数=少年検挙者数×(1/検挙率)」とする。そして、犯罪の種類ごとに少年犯罪者数を推定すればよい。必要なのは、少年刑法犯の検挙者数と検挙率(検挙数/認知件数)の署名別データである。認知件数とは、警察が犯罪として認知した数である。ここでは、警察の方針によって認知率があまり変わらない少年の凶悪犯罪(殺人、強盗、放火、強姦)のみを考える。

 

大人の強盗も少年の強盗も増えている

少年凶悪犯の推移を見ると(総務省統計局より)、少年強盗犯は1990年代末に急激に増加した。しかも、96年まで8割以上だった検挙率は、2001年に5割以下に低下している。一方で、殺人や放火、強姦は増えていない。解釈はいくつか考えられるが、大人の犯罪も増えたが少年の犯罪も増えたというのが実態ではないか。なお、2004年以降、強盗は急激に減少している。これは、警察が2000年頃から路上犯罪対策を強化したことなどが要因とされている。

 

7 給食費を払わないほど日本人のモラルは低下しているのか

払えない?払わない?

給食費不払いの理由を、都道府県事の給食費未納率、1人当たり県民所得、失業率によって整理する。給食費未納率と1人当たり所得との関係はあまり密接ではないが、給食費未納率と失業率は同じ方向に動く傾向が見られる。前者は未納率変動の11%しか説明していないが、後者は42%を説明しているといえる。

 

個人に配る予算は意外にムダが少ない

ただし、払われるべき給食費4210億円のうち、未納の金額は22億円で0.5%にすぎない。失業によって説明できない部分のすべてがモラルの問題だとしても、その未納額の比率はせいぜい0.3%にすぎないということである。日本の予算は組織に配られることが多いが、談合で水増しされる公共工事の額は20〜30%と報道されることから、組織よりも個人のモラルの方がマシであるともいえる。

 

8 なぜ「新しい世代」ほど貯蓄率が高いのか

ナンセンスな貯蓄の文化決定論

世代別の貯蓄率を見ると、新しい世代ほど貯蓄率は高い(総務省統計局「家計調査年報」)。例えば、30〜34歳のときの貯蓄率は1947〜51年生まれの世代だと21.2%だが、1967〜71年生まれの世代では34.1%である。つまり、古い世代は貯蓄好きで新しい世代は消費好きという、貯蓄についての文化決定論はナンセンスだと言える。

 

貯蓄率を決定づける「消費標準化」行動

貯蓄率を決定づける経済理論に、恒常所得理論ライフサイクル理論がある。恒常所得理論とは、人々は現実の所得ではなく、恒常所得に応じて消費をするという理論である。ライフサイクル理論とは、人々は若くて働ける期間に貯蓄をし、高齢で働けなくなったときにそれを消費するという理論である。この2つの理論は、ともに貯蓄の目的を消費を平準化することとしており、生涯にわたって消費を平準化することができるのである。

 

新しい世代ほど高まる”所得の変動度”

新しい世代ほど貯蓄率が高まっている理由は、所得の変動度が高まっている、恒常所得が低下している、高齢化で働けなくなる期間が長期化している、などが考えられる。具体的には、成果主義の導入、年金の減少への不安、寿命が延びることへの不安である。

 

9 若年失業は構造問題なのか

若年失業だけが特殊なのか?

若年失業率は景気とともに変動しており、多くは経済全体の景気状況で説明できる(97%)。実際に、総務省統計局「労働力調査年報」を見ると、若年失業率と全体の失業率は同じように動いていることがわかる。

 

経済環境の好転が若年失業率を引き下げる

経済環境の好転が若年失業率を引き下げるといえる。ニートになる若者は、どんな経済情勢でも同世代の一定比率はいるかもしれない。しかし、何もかもが構造問題という議論は、むしろ社会問題の解決を妨げるものになる

 

10 日本の教育論議はなぜ「信念の吐露」にすり替わるのか

経済協力開発機構(OECD)の生徒の学習到達度調査(PISA、57カ国・地域の15歳対象)で、日本の高校1年生の学力が低下している。調査が始まった2000年に2位だった科学的応用力は6位に、8位だった読解力が15位に、1位だった数学的応用力が10位に低下している。

 

混乱している学力低下論争

こうした状況を受け、学力低下論争は混乱している。常識的に考えれば、低下する前に戻ればよいと考えるのが普通だが、1位のフィンランドをまねるには予算が足りないだとかの責任逃れの論争も多い。まずは、学力低下を招いたとされるゆとり教育を以前の状態に戻せばよい

 

学力が低下しているのは教育関係者

国際学力調査は、学力の国際比較と時系列比較ができる。過去に比べて低下したものは以前の状態に戻し、もともと高くなかったものは高い国の教育に学んで引き上げるというのがまともな対応ではないか。例えば、教育関係者が韓国の読解力の上昇について調べることが考えられる。

 

11 なぜ教育が必要なのかを語らないのか

「知」を生むために必要な「知識」

豊かな社会のためには、技術開発や制度の設計などの知的活動が必要になる。勉強することによってこの活動が行えるようになるのであり、それを習得させるためには強制的にでも勉強をさせることが必要なのではないか。

 

社会の富を拡大するために必要な能力

社会の富を拡大するために必要な能力とは、企業が求めている能力に絞り込むことで近い答えが見つかるかもしれない。たしかに、世界金融危機をもたらしたアメリカの金融機関の経営者たちは、長期的には全く儲かっていなかったのに莫大な報酬を得ていたということもある。しかし、トヨタやキャノンなど、私たちが優良企業と思う企業の大部分は、社会全体の富と企業の富を同時に増大させてきたといえる。

 

学校に過大な期待はかけるべきではない?

企業が求めている能力は「販売・営業力」54.2%、「発想・企画力」41.8%、「コスト意識・財務センス」40.1%である(厚生労働省「平成13年度産業労働事情調査」)。次に、どのように人材を確保しているかを聞くと、「内部社員の能力開発の強化」60.2%、「中途採用者の採用」52.1%、「社内の配置転換等で対応」29.7%である。学校には様々な期待がもたれているが、現実的にはせいぜい「知」の基礎となる「知識」を叩き込むことぐらいだろう。

 

12 学力格差をどう克服するか

日教組の強いところは学力が低いのか

都道府県事の成績と都道府県ごとの1人当たり所得と教職員組合の組織率の3つの変数を分析すると、子どもの成績と組合の組織率には関係がないことがわかった。

 

学校にやる気を出させるイギリスの工夫

イギリスでは親の所得が教育格差を生むことを認識し、低所得者の多い学校に重点的に予算が配分され、その予算は学校が自らの裁量で使うことができる。学校間の成績競争がなされているが、それは学校に教育の質を高める手段が与えられた上でなされているのである。

 

最後に

日本の地方に豪邸街がないのは、同格の者同士の競争がないから。これが地方の発展を妨げ、日本の政治家の質を引き下げいている要因にもなっている。100年単位で考えれば、失業率よりも労働生産性の上昇の方が重要。親の所得による教育格差が生まれないために、学校間の成績競争をさせればよい。データと統計で事実を明らかにしよう

次回は、高齢化、若年雇用の悪化、国際化、女性の社会進出 格差問題の本質は何かについてまとめる。

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学


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