「人の脳は奇妙なものです。体のサイズの割には不思議に大きく、その重さの割には使うエネルギーはとてつもないものです」スザーナは語りかける。ここでは、110万ビューを超える Suzana Herculano-Houzel のTED講演を訳し、「脳スープ」を作ることで人の脳の謎を紐解いて行く。
要約
人の脳は奇妙なものです。体のサイズの割には、不思議に大きく、その重さの割には、使うエネルギーはとてつもないものです。そして、その大脳皮質は、おそろしく密度の高いものです。何故でしょう?神経科学者のスザーナ・エルクラーノ=アウゼル女史は、その神秘の世界に私たちを誘い、「脳スープ」を作ることで、人の脳の謎を紐解いて行き、驚く結果に辿り着きます。
Suzana Herculano-Houzel shrunk the human brain by 14 billion neurons — by developing a new way to count them.
1 “脳は全て同じ様に出来ている”という論理は正しくない
人の脳の何がそんなに特別なのでしょうか? 私たちは動物を研究しますが その逆はありません。何故でしょうか? 人の脳にはあり 動物の脳にないものは何でしょう? 10年前こういうことに興味を持ったとき 科学者は どの脳も 同じ物からできていると思っていました。その根拠となる証拠は殆どなかったのですが 科学者が思っていたことは全てのほ乳類の脳は 人も含め – 同じ様に出来ていて – そのニューロン数は 脳のサイズに釣り合っているということでした。どういうことかと言うと例えば同じサイズの こちらのような400グラムの2つの脳があるとすれば その2つのニューロン数は同じ位だろうということです。ニューロンが情報処理機能を担っているなら この2つの脳の持ち主は 似たような認知能力がありそうなものですが 1つはチンパンジーで もう1つは牛です。牛は本当に豊かな精神生活があり – 頭が良いのかもしれません。私たちに分らないようにしてるだけかもしれません。でも私たちは食べますよね。殆どの人は チンパンジーは牛よりもっと 複雑で精巧で柔軟な行動が出来ることには同意すると思います。これこそが 最初の矛盾で “脳は全て同じ様に出来ている”という論理は正しくない ということです。
2 人の脳は一番大きくはないが、ゴリラの脳の3倍の大きさ
しかし続けましょう。もし脳が同じ様に出来ていて いろいろなサイズの脳を持つ動物を比べてみるとします。大きい脳は小さい脳よりもっと – ニューロンの数が多い筈で – 脳が大きければ それだけ認知能力があるということになります。だとすると一番大きな脳は 最も認知能力があるべきです。でも 悪いニュースがあります。人の脳は一番大きくはないのです。全く不思議に思えます。私たちの脳は1.2から1.5キロの重さですが 象の脳は4キロから5キロまであり クジラは9キロにもなります。これが科学者が私たちの脳は“特別”だということにしていた理由です。私たちの認知能力を説明する為です。本当に特別に違いありません。そのルールに当てはまらないのですから。彼らの方が大きいかもしれませんが私たちの方がいいのです。という事は 優れた脳は 体の大きさの割に大きく その大脳皮質はずっと大きく その余分の皮質で 体を動かすだけでなく もっと面白いことができているようです。というのは脳のサイズは普通 – 体のサイズによるのですが 私たちの脳が体のサイズからして 大きすぎると言われる主な理由は 人間を類人猿と比較しているからです。ゴリラは人の2倍から3倍のサイズなので その脳は人のより大きいはずですが その反対なのです。人の脳はゴリラのそれの3倍の大きさです。
3 人の脳の重さは体重の2%しかないが、人が1日に要するエネルギーの25%を消費する
また特別なのは人の脳が使うエネルギー量です。人の脳の重さは体重の2%しかないのですが 人が1日に要するエネルギーの25%を消費します。それは2千カロリーの内の5百カロリーです。ただ脳を働かせるだけでそれほど使います。人の脳は体の割には大きく エネルギーは驚く程消費する。それで特別だ… とここで私は気になり始めたのです。生物学では生物一般に適用出来るルールを探し出します。ではどうして進化のルールが 人間にだけあてはまらないのでしょうか? 全ての脳は同じ様に出来ているという大前提に問題があり 脳が同じサイズでもニューロンの数は実際は違っているかもしれません。大きい脳は必ずしも – ニューロンが多いという訳でもないかもしれません 人の脳はそのサイズに関わらず実際は最もニューロン数が多く 特に大脳皮質ではそうなのかもしれません。私にとってこれは 興味深い大切な疑問となりました。人の脳のニューロン数は? それは他の動物と比べると?人の脳は1千億のニューロンがあると聞かれたことがあるでしょう。それで10年前同僚にこの数字が – 何処から来たのか尋ねてみましたが 誰も知りませんでした。書物をあさり その数字の出典を探しましたが 見つかりませんでした。実際に人の脳のニューロン数を数えた人は誰もいなかった様です。なにも人の脳だけに限ったことではないのですが。
4 人の脳には平均して860億のニューロンがある
それで脳の細胞を数える方法を考え出しました。簡単にいうと脳を溶かして スープ状にするのです。この様になります。脳または脳の一部をとり それを界面活性剤と混ぜて 細胞膜組織を壊します。細胞核はそのままです。それで遊離核の懸濁液が出来ます。こんな感じで 澄んだスープの様です。これは ネズミ1匹の脳の細胞核が 入っています。スープが素晴らしいのはそれはスープだからです。掻き混ぜて細胞核を 溶液内に均一に分散します。その均一溶液のサンプルを 4,5滴取り顕微鏡で見て 細胞核を数えれば それで脳の細胞数がわかります。単純で簡単です。時間もかかりません。この方法でニューロンを数えた生物は 数十種類になります。分ったことは 脳は全部同じ様には出来ていないということです。齧歯類と霊長類を見て下さい。大型齧歯類の場合ニューロン自体の平均径が大きくなり 脳が急に膨らみ ニューロンの数が増える以前に脳は格段に大きくなりますが 霊長類は平均的なニューロン自体は大きくならずその数が増えるのです。これはニューロンを増やすには効率的な方法です。つまり霊長類の脳は 同じサイズの齧歯類の脳よりニューロンが多いのです それで脳が大きければ大きい程 それだけその差は広がるでしょう。では私たちの脳はどうでしょう 人の脳には平均して860億のニューロンがあると突き止めました。その中の160億は大脳皮質にあります。大脳皮質が 論理・抽象的な推論能力や知覚といった機能の中枢で 160億という数はどんな大脳皮質も持ち合わせていないことを考えると これで私たちの驚くべき認知能力の説明が簡単に出来ると思います。脳の全ニューロン程の重要性があると言って良い程です。脳のサイズとニューロン数との 関係が数学的に説明出来るので 人脳が齧歯類のような脳だったなら どんなものだろうかそれも計算出来るでしょう。齧歯類が860億数のニューロンを持ったとしたなら その脳は 36キロにもなります。それはあり得ません。その重さで脳自体が 潰れてしまいますし そんな脳に見合う身体は 89トンになってしまします。これでは人間だといえそうもありません。
5 人の脳は大きな霊長類の脳というだけ
ここから導き出される重要な結論は 私たちは齧歯類ではなく 人の脳は齧歯類の脳を大きくしたものではないということです。ネズミと比べると私たちは特別に見えますが ネズミと比べるのがいけないのです。人とネズミの違いは明らかですから 私たちは霊長類です。比較は他の霊長類とするべきです。そこでその計算をすると 860億数のニューロンを持つ一般的霊長類は 約1.2キロの脳を持つことになるでしょう。66キロ位の体にはそれで丁度という感じですね。私の体に丁度合います。あまり驚くことではないのですが それでもとても重要な結論です。私は霊長類です。あなた方もそうで、ダーウィンもそうです。ダーウィンがこれを本当に理解してくれると思っています。彼の脳も私たちのと同様 他の霊長類にそっくりに出来ています。人の脳は確かに驚嘆すべきものですが ニューロン数に関しては特別でもないのです。人の脳は大きな霊長類の脳というだけ – この考えはとても謙虚で冷静だと思います。これは自然界に於ける人間の立場を思い出させます。
6 ニューロン10億に対して一日平均6カロリー要する
では何故私たちの脳はそんなにエネルギーを使うのでしょうか。どれくらいのエネルギーを 人や他の動物の脳が 使うかは分っています。既に それぞれの脳にある ニューロン数が分っていますから計算が出来ます。その結果 人と他の動物達の脳も エネルギー消費量は同じくらいで ニューロン10億に対して一日平均6カロリー要します。脳が使用する総エネルギーは ニューロン数のシンプルな一次関数です。人の脳のエネルギー消費は 予想通りというわけです。それで人の脳が これ程 – エネルギーを費やしているのは – ニューロンが膨大にあるからというだけで 人は霊長類で – 他の動物より体のサイズの割にはニューロンが多いため – エネルギー使用量は比較的多いのです。でも それは霊長類だからであって特別だからではないのです。
7 他の霊長類には大きな体と多数のニューロンの両方を維持して行くエネルギーがない
では最後の質問として どうやって こんな膨大な数のニューロンを手に入れたのでしょう。特に類人猿が 人より大きいなら なぜ彼らの脳の方が大きくニューロンがもっと多くはないのでしょうか。脳が多くのニューロンを維持するのは大変なことに気付いた時 単純な理由があるかもしれないと分ったのです。他の霊長類には大きな体と 多数のニューロンの両方を維持して行くエネルギーがないのです。それで計算しました。まず計算したのは1日の 生の物を食しての霊長類のエネルギー摂取量です。その一方 あるサイズの体の 消費エネルギー量と ある数のニューロンの脳の消費エネルギー量を計算して 体がどれくらいの大きさで ニューロンがどれくらいなら動物が維持できるのか その組み合わせを探しました。その動物が1日に食する時間が決まっているとしてです。
8 体のサイズとニューロンの数の間にはトレードオフがある
分ったことは ニューロンは熱量をよく消費するので 体のサイズとニューロンの数の間にはトレードオフがあるのです。1日に8時間食べる動物は 最大で530億ニューロンを維持出来ますが その体は大きくてもせいぜい25キロです。それ以上の体重では ニューロンを犠牲にしなくてはなりません。つまり大きな体か ニューロン数が大きいかの どちらかということです。類人猿の様に食べていたら 脳も体も大きいということはあり得ません。
9 類人猿みたいに食べていたら人はここまで進化していない
この代謝限界を克服する一つの方法は 1日に食事に費やす時間を増やすことですが それは危険です。限界を通り超え 絶対無理です。例えばゴリラとオランウータンが 約3百億数のニューロンを持とうと思ったら それには1日8時間半も食べなくてはなりません。食べることだけしか出来ないという感じですね。1日9時間が 霊長類には限界でしょうね。では私たちは? 860億のニューロンを持ち – 60から70キロの体重なら – 1日に9時間以上 毎日食べなければなりません。これは ちょっとあり得ませんね。類人猿みたいに食べていたら 私たちはここまで進化してなかったでしょう。
10 料理をすることで短時間でより多くのエネルギーを得ることができる
では どうやってここまで来たのでしょう。もし私たちの脳が計算通りのエネルギーが必要で – 眠る以外の全ての時間を 食事にあてられないとしたら それに代わることは もっとエネルギーを 同じ食物から得なくてはなりません。驚くことに私たちの祖先が 考え出したことが丁度それなのです。それは150万年前のことです。料理をするということ考え出し – 料理に火を使い – 食べ物自体を消化し易くしたのです。料理された食べ物は柔らかく噛み易く 口の中で完全にぐちゃぐちゃになり 完全に消化され易く – 体に吸収され易くなります。なので短時間でより多くのエネルギーになり易いのです。だから料理することのお陰で私たちは ニューロンを使いもっと面白いことをする時間ができ 食べることや食糧を探すことばかり考え – 一日中食べてばかりいなくてもいいのです。
11 料理をすることで大きな脳が私たちの主要財産となった
それで 料理をすることにより – かつて 二ューロンが多い大きな脳は維持が大変で不利なものでしたが 今や 脳は私たちの主要財産となりました。多くのニューロンを維持するエネルギーと時間を確保でき ニューロンで面白いことが出来るようになったからです。これで進化において人の脳がどうして こんなに速く大きくなったかが説明できると思います。それでも霊長類の脳ではありますが 料理をすることによりこんな大きな脳が維持可能になり 生の食生活から始まり文化 – 農業 文明 スーパー 電気 冷蔵庫 と – 1日に必要な総エネルギーを 私たちに一度に – 好みのファーストフード店で – 全て 確保可能にさせてくれる様になったのです。それで解決策であったことが 問題となり 皮肉なことですが私たちは生鮮食品にその解決法を探しているのです。
12 私たちを人にしてくれた料理を考えついた先祖に感謝します
人間でいることの利点は? 私たちにはあり – 他の動物にないことはなんでしょう? 私の答えは 人の脳では最も多くのニューロンが 大脳皮質にあるということです。それが人の優れた認知能力の理由だと思います。他の動物はせず人だけがすることはなんでしょう? それによって 人の脳がこれほど大きくなり 大脳皮質が他にない程のニューロンを持つことになったのだと思います。それは料理です。他の動物は料理をしません。人間だけです。そのお陰で今の私たちがあるのだと思います。人の脳の研究をして私の食に対する考えも変わりました。自分の台所を見ると 頭を下げて 私たちを人にしてくれた料理を考えついた先祖に感謝します。どうもありがとうございました (拍手)
最後に
霊長類の脳は同じサイズの齧歯類の脳よりニューロンが多い。人の脳は大きな霊長類というだけ。体のサイズとニューロンの数の間にはトレードオフがある。料理こそがニューロンの多い大きな脳を維持可能にした。私たちを人にしてくれた料理を考えついた先祖に感謝する。
和訳してくださった Reiko Bovee 氏、レビューしてくださった Yuko Yoshida 氏に感謝する(2013年6月)。