「高度な金融工学は必要ない。デリバティブは決して怪しいものではなく、四則演算だけでオプションの価格計算はできる」著者は語りかける。ここでは、吉本佳生『金融工学の悪魔』を4回にわたって要約し、金融工学やデリバティブの虚像を破壊する。第1回は、ポートフォリオ理論。
1 株価の予測にコンピュータは役立つか
コンピュータと予測制度の関係
株価のように企業や産業の動向だけでなく、人々の複雑な心理が大きな変動要因として働くものについての予測は、コンピュータや金融理論がどれだけ進歩してもさほど正確性は向上しないだろう。経済学は儲けるためのものではなく、間違った話をする人たちのウソを見抜くためにこそ役立つのだ。
資産の価値とは
資産とは、保有していると将来にわたって何らかの利益が得られるという性質を持つものといえる。具体的には、株式、土地、現金、預金、金、債券、宝石、美術品などである。例えば、預金を持っていると毎年金利を受け取ることができるし、土地を持っていてそれを駐車場にしていれば駐車場代を毎月受け取ることができる。
資産がどのような価格で売買されるかは、売り(供給)と買い(需要)のバランスに応じて決められていく。しかし、資産を売買しようとする人にとって、実際の資産の価値を計算・評価することは簡単ではない。また、来年受け取る10万円よりも、今年受け取る10万円の方が価値が高いといえる。こうした将来受け取る金額を現在の価値に評価し直したものを現在価値という。つまり、資産の価値を計算するには、その資産を保有することで将来にわたって得られる各期の利益を全て知り、受取時期に応じて割り引いて現在価値に評価し直して合計することが必要である。
資産価値の理論的計算の問題点
資産価値の理論的計算の問題点は、企業業績にしろ土地の値段にしろ金利や流行など様々な変動要因があるため、正確に数値化することが難しいことである。例えば、近くに大型店舗ができて業績が悪化したり、各国の金融政策によって金利や為替が変化したりと不確定の要素が多いのである。
コンピュータ利用のデメリット
コンピュータを利用するデメリットは、多くの前提条件を加えることができる反面、大まかなイメージとしての因果関係がわかりにくくなりがちなことである。高等数学を駆使して資産運用やデリバティブについて分析する金融理論を金融工学と呼ぶが、こうした技術を活用する上でもまずは大まかな理論を把握しておく必要がある。
LTCMの破綻
LTCM(ロングターム・キャピタル・マネージメント)とは、ノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンが参加していたヘッジ・ファンドである。しかし、1998年秋に数十億ドルの巨額の損失を抱えて破綻してしまった。ここから、金融工学への過剰な期待は危険であることが示された。
人々がバブルに踊らされたのはなぜか
人々がバブルに踊らされたのは、人間の判断力に限りがあり、なかなか冷静な分析や判断ができないことが多いからである。バブルであると薄々感じていたとしても、適正な株価そのものが計算できない以上、実際の株価についてバブルが発生しているのかどうかを知るのは難しいのだ。
バブルの崩壊を予想すれば利益が得られるか
バブルの崩壊を予想すれば利益は得られるが、その予想を的中させることは難しい。「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる」とグリーンスパンが述べたように、それを予測することは無理があるのである。
2 リスクを減らす方法はあるのか
分散運用によるリスクの軽減
ポートフォリオ理論(資産選択理論)とは、複数の資産を組み合わせて持つことでリスクを軽減し、できるだけ効率的に資産運用するための理論である。例えば、エアコンをつくって国内外で販売しているA社の株式と、外国から果物を輸入しているB社の株式を組み合わせて持つことを考える。両者の株価に影響を与える要因はいろいろあるが、「円相場」と「夏の気温」の2つの要因だけで左右されると仮定する。そうすると、円高で冷夏、円高で猛暑、円安で冷夏、円安で猛暑の4つの場合が考えられるため、それぞれに応じて株価がどの程度変動するかを予測するのである。
リスクの種類と意味
リスクの種類には様々なものがあるが、特に重要なのが市場リスクと信用リスクである。市場リスクとは、株価や為替などの価格変動リスクのことである。信用リスクとは、企業や個人が倒産するリスクのことである(マーケット・信用・流動性・取引・法的・システム 金融工学とリスク参照)。
分散運用の実際上の問題点
分散運用の実際上の問題点は以下の3つが挙げられる。第一に、選択可能な資産の数が非常に多いことである。日本のみならず外国の株式や国債なども選択肢に入れると、膨大な数になる。第二に、現実の複雑な状況を場合分けや組み合わせをして正確に予測することは困難である。第三に、国全体の景気、物価、金利といったマクロ経済要因の影響が大きいからである。
ポートフォリオ理論の概念図
ポートフォリオ理論の概念図は、収益率の高さとリスクの大きさの2軸によって描くことができる。前者は予想される収益率の平均値を表し、後者は収益率のバラツキを表す。これによって、例えば収益率もリスクも大きい資産を選ぶと同時に、収益率もリスクも小さい資産を選ぶことによって収益とリスクをコントロールできる。また、収益率が低いにもかかわらずリスクも大きい資産を選ぶことがないよう気をつけることができる(本質は収益のバラツキとリスクを小さくすること ポートフォリオ理論参照)。
理論とコンピュータの進歩は役に立つのか
ポートフォリオ理論を利用して資産運用する場合には、以下の4つの手順が必要になる。
- 各資産の収益率とリスクがどのような要因に応じて決まるのかを予測する
- リスクのある複数の資産を組み合わせて、より効率的な収益率とリスクの組み合わせを探し出す
- 預金などのリスクのない資産も組み合わせて、自分の希望する収益率とリスクの組み合わせを選ぶ
- それを達成するような資産の組み合わせで資産を運用する
このうち、2.の作業には膨大な計算が必要になるため、コンピュータの進歩が役に立つ。しかし、1.の予測が困難であることは変わりがないため、理論とコンピュータの進歩が必ずしも役に立たない側面もあるのだ。
3 預金や年金の本当のリスク
銀行預金は安全か
銀行預金はたとえ金融破綻が起こったとしても、ペイオフによって1つの銀行に1000万円とその利子までは守られている。ただし、インフレ(物価上昇)による目減りリスクがある。例えば、10年後に物価が2倍になっているにもかかわらず、金利が上がらなければ物価が変化していないときと比べて半分のモノしか買えなくなるのだ。なお、銀行にお金を預けることを預金、郵便局に預けることを貯金といって区別される。
高齢化と年金の不安
高齢化は現在の日本の年金制度では不安がある。日本の公的年金は賦課方式であり、現在働いている人が支払う掛金で、現在の高齢者(退職者)に年金を支払う仕組みである。この方式は、現役世代が多ければ1人当たりの負担が小さくなるが、現役世代が少なくなると1人当たりの負担が大きくなるからだ。一方、自分が貯めたお金を自分が高齢者になったときに受け取る方式を積立方式という。公平性の観点から、長い目で見れば年金方式を変えていく必要があるだろう。
最後に
資産価値の計算は難しいため、将来の資産価格は予測しにくい。ポートフォリオ理論による収益・リスク管理には限界がある。預貯金や積立方式の年金でさえインフレリスクがある。リスクのない資産はない。
次回は、四則演算だけでオプションの価格計算はできる デリバティブの仕組みについてまとめる。
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