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マクロ経済の安定で構造改革は実現可能 インフレ目標と手段の独立性

前回は、「狂乱物価」のトラウマとインフレへの恐れ 日銀が利上げを急ぐ理由についてまとめた。ここでは、マクロ経済の安定で構造改革は実現可能 インフレ目標と手段の独立性について解説する。

新日銀法における日銀の「独立性」

新日銀法は、日銀に「目標設定の独立性」と「政策手段選択の独立性」の両方を与えている。前者の目標の1つである「物価の安定」の具体的な中身の決定も、日銀の判断に任せているのだ。

 

インフレ目標採用国の中央銀行の「独立性」

これに対し、インフレ目標採用国では、物価の安定を具体的なインフレ率で定義し、その達成を金融政策の目標としている。目標インフレ率は政府が設定する。つまり、インフレ目標採用国の中央銀行の「独立性」は、「政策手段選択の独立性」は保証されているが「目標設定の独立性」を持っていない

 

日銀の常套句は「総合判断」

日銀は「目標設定」と「政策手段選択」の独立性の両方を手にしているが、その金融政策の運営は「総合判断」を軸にした曖昧なものである。例えば、速水優日銀総裁や三重野康総裁、福井俊彦総裁も「総合判断」という発言を繰り返して、その中身はその時々の日銀の裁量に任されているのだ。

 

1930年代大不況を招いたFRBの裁量的金融政策

金融政策の歴史上、中央銀行の最大の失敗例としてあげられるのは、1930年代のFRBの金融政策である。1932年と33年のアメリカの実質GNP(国民総生産)は、1929年のピークからそれぞれマイナス30%とマイナス33%へと大きく落ち込んだ。失業率は32年には25%台に達した。当時はこの原因として急激な消費減少説と急激な貨幣減少説が対立していたが、現在では後者が支持されている。30年代に入ってから貨幣が急激に減少し始めると、消費者物価は低下に、失業率は急上昇に、それぞれ転じたのだ。

FRBは1927年後半から金融引き締めを開始したが、それは当時の株価急騰を抑えようとしたからであった。たび重なる利上げは29年秋の株価大暴落をもたらし、以後アメリカ経済は激しい資産デフレとデフレに陥り、不況に転落した。不況に転落したにもかかわらず、FRBは貨幣の減少を放置する政策をとったのだ。

 

裁量的金融政策が招いたスタグフレーション

戦後になると、各国は大不況が世界大戦を引き起こした苦い経験から、国内的には完全雇用を、国際的には自由で多角的な貿易・資本取引を推進しようとした。しかし、失業率はある水準まで低下すると、金融政策ではそれ以下に引き下げられなくなる。そのため、さらに失業率を引き下げようとする金融緩和政策はインフレを高めるだけで、スタグフレーション(高インフレ下の高失業率)になってしまった。失業率をある水準以下にするためには、職業紹介や職業訓練、さらに教育水準の引き上げなどの政策が必要なのだ。

 

マネタリー・ターゲティングの提案

ミルトン・フリードマンは、1930年代の大不況や70年代のスタグフレーションを引き起こした原因は、中央銀行の裁量的金融政策にあると考えて、金融政策は一定のルールに従って運営されるべきであると主張した。具体的には、貨幣を一定率で増加させるというマネタリー・ターゲティング(貨幣増加率目標政策)を提案した。こうして各国の中央銀行は、70年代半ば以降、貨幣の動きを重視する金融政策を採用するようになった。

 

FRBの金融政策はテイラー・ルールだったか

アメリカの経済学者ジョン・テイラーは、短期名目金利(オーバーナイト・レートなど)を政策金利とするルール型金融政策を提案している。テイラー・ルールでは、実際の実質国内総生産が趨勢値を上回る場合や、実際のインフレ率が目標インフレ率を上回る場合には、中央銀行は短期名目金利を引き上げるように金融政策を運営する。FRBの金融政策は何らかのルールに従って運営しているものではないが、このルールとほぼ同じように運営しているとも指摘されている。

 

増加するインフレ目標政策採用国

1980年代半ば以後、多くの国で貨幣増加量と名目国内総生産成長率やインフレ率との関係が安定的でなくなったとして、マネタリー・ターゲティングを放棄する中央銀行が増えた。それに代わって登場したのが、インフレーション・ターゲティング(インフレ目標政策)である。

インフレ目標政策はニュージーランドが1989年4月に初めて採用した。その後すぐにカナダが採用し、92年9月にイギリス、93年にスウェーデンとオーストラリアが続いた。97年から98年にかけて起きたアジア通貨危機に際して、アジア諸国の中でインフレ目標政策を採用する国が増えた。IMF(国際通貨基金)の調べでは2006年現在、インフレ目標採用国は25カ国である。

 

インフレ目標政策とは

インフレ目標政策とは、金融政策の「枠組み」(1〜3%など)を明示して、その枠組みに沿って金融政策を運営するものである。この政策は以下の6つの特徴を持つ。

  1. 短期的にはインフレ率と失業率(生産量)との間にトレード・オフがあることを認める。目標インフレ率は中期的(1年半〜2年)に達成するもの
  2. 1〜3%の範囲を設定する国が多い。しかし、デフレ回避のために下限はゼロを超える水準に設定する
  3. 資産価値の上昇がインフレ率を中期的に目標の上限を超える水準まで引き上げるリスクは小さいと判断すれば、金融引き締め政策は採用しない。資産価格の暴落は金融危機と厳しい不況をもたらす可能性があるから
  4. 金融政策の枠組みを決める政策であって、何が何でもインフレ目標を達成するという硬直的なルールではない
  5. 中央銀行は随時、市場との対話を深め、定期的に事業報告を国会に提出して説明責任を果たす
  6. 中期的にインフレ目標政策の達成に失敗したときは、中央銀行は説明責任を負う

 

インフレ目標政策国の良好なパフォーマンス

インフレ目標採用前後の平均成長率と平均インフレ率をみると、採用後、インフレ率の低下と成長率の上昇が起きている。つまり、これらの国ではインフレ率の低下は、成長率の低下というコストを払って達成されたのではないことがわかる。日本はインフレ目標非採用国だが、1993年から2007年までの平均成長率は1.4%と、主要先進国の中で最低の成長率となってしまった。これは、インフレ目標政策に対する信頼が高まった結果、インフレ・ショックが起きても人々が過剰に反応しなくなるからである。

 

イギリスがインフレの安定化に成功した理由

イギリスが中長期的にみてインフレの安定化に成功した理由の1つは、あるモノやサービスの価格が上昇すると、ほかのモノやサービスの価格が低下して、価格の上昇を相殺する力が働くためである(逆も成り立つ)。これは、英米とユーロ地域のエネルギー価格と輸入物価の消費者物価に及ぼす影響をみるとわかる。エネルギー価格や輸入物価が下がる(上がる)と、エネルギーを含まないインフレ率は上昇(低下)しているのである。つまり、インフレ目標政策を採用すると、人々のインフレ予想が安定するため、人々の名目所得も安定的に増加するようになるのだ。

 

日本でデフレが起きる理由

日本でデフレが起きる理由は、人々の間にデフレ予想が定着してしまったからである。そのため、人々は名目所得はほとんど伸びないと予想したのである。本来であれば、一部のモノの価格が下がれば、ほかのモノを消費する余裕ができるはずである。ここからも、中央銀行がインフレ目標政策を採用し、それを人々に信頼してもらうことによってデフレを脱却することが重要なのだ。

 

2-3%のインフレで、構造改革の成果実現

インフレ目標採用国は規制緩和や財政再建などの構造改革を進めてきた。しかし、そうした構造改革の成果はマクロ経済が安定していなかった期間は実現しなかった。構造改革の成果は、インフレ率が2〜3%で安定することによってはじめて実現したのだ。

 

金融政策の枠組みを評価する基準

金融政策の枠組みを評価する基準として、インフレ目標の事前的設定説明責任の2つが挙げられる。前者は具体的でわかりやすいものでなければならないし、後者はその説明が説得的なものでなければ、中央銀行総裁をはじめとする政策委員会のメンバーの辞任あるいは免職を伴うものでなければならない。

 

日銀に金融政策運営の枠組みはあるのか

日銀の金融政策運営の枠組みは、以下の3つの部分から構成されている。①「物価の安定」についての明確化、②2つの「柱」に基づく経済・物価情勢の点検、③当面の金融政策運営の考え方の整理、である。ただし、この目的が達成されなかったときの責任の所在や、わかりやすい数値での説明は行われなかった。

 

専門家である日銀の「総合判断」に任せなさい?

結局、日銀の「総合判断」という曖昧なものに任せろという意味なのだろう。実際に日銀のホームページでも「中央銀行という組織の中立的・専門的な判断に任せることが適当である(中略)」と述べられている。

 

政府は日銀に「インフレ目標」の錨をつけよ

しかし、インフレ目標採用国の中央銀行自身が述べているように、金融政策にはそこから離れてもまた元に戻る「アンカー」(錨)が必要である。インフレ目標は中央銀行の金融政策における錨の役割を果たしている。日銀自らが達成責任を伴う「インフレ目標」を設定することはないだろうから、政府がその錨をつければよいのだ。

 

最後に

インフレ目標は政府が決めるべきで、中央銀行が持つのは政策手段の独立性のみ。インフレ目標採用国はインフレ率は低下し、成長率は上昇した。インフレ目標は中央銀行の金融政策の評価基準にもなり、人々のデフレ予想を払拭するのにも役立つ。政府は日銀に「インフレ目標」の錨をつけよ

次回は、日銀に透明性と説明責任を導入せよ 外部機関の監視による日銀改革についてまとめる。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)


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