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政府資産負債管理政策、国債管理政策、財政再建 財投改革が及ぼす影響

前回は、対象分野選定の基準は公益性と金融リスクの評価困難性 政策金融改革についてまとめた。ここでは、政府資産負債管理政策、国債管理政策、財政再建 財投改革が及ぼす影響について解説する。

1 政府資産負債管理政策

財投・郵政・政策金融改革を行うと、政府の資産・負債はかなりスリムになる。すると、それらの次に政府資産負債管理を統一的に見直すことが自然な発想である。また、これまで郵貯が国債を消化してきたため、国債管理政策を変更する必要がある。さらに、「民にできることは民で」という小さな政府を目指すことから、財政再建に有効である。

 

問題の所在

日本政府は公的規制や公的企業の割合では「大きな政府」である。反面、政府支出・国民負担率では「小さな政府」である。つまり、財投・郵政・政策金融改革が必要な理由は、前者の日本政府のストックを減らして資産負債管理を容易にすることである。

国有財産については、その政策目的が十分に検証されておらず、保有コストも明確に意識されていないという問題がある。また政府保有資産について、証券化の手法によって低金利環境下で財政負担の軽減が可能になる。例えば、庁舎・官舎等について、証券化しリースバック(事業用資産を売却し、それをそのまま使用しながら買い主に使用料を支払う方式)することで、資産負債の圧縮と売却による多額の一時収入を得ることができる。さらに、特別会計には資産負債差額がある 「埋蔵金」とは何かでも述べたように、見えない資産が大量に埋もれている。例えば、財政融資資金特別会計53兆円、国有林野事業特別会計4.5兆円、労働保険特別会計6.2兆円、空港整備特別会計2.3兆円、自動車損害賠償保障事業特別会計1.2兆円などである。

政府資産・債務管理については、政府が資産を所有して民間が有効活用する機会を奪っていないかという機会費用の考え方が重要である。例えば、政府の資産であった東京中央郵便局の局社は、1931年に建てられた東京駅前にある歴史的建築物だが、この地に民間の高層ビルが建設されていたならば多額の収益を上げていたはずである(年間150億円の収益という試算もある)。

 

各論点の検討結果

国有財産売却に対する考え方

庁舎等の国有財産はできる限り、より高いアウトプットを生み出すことができる民間に売却すべきであり、庁舎の一部のみを民間に売却するなど、官と民の中間の保有形態やリースバックの可能性について検討する必要がある。また、利用していない国有財産は、特区で民間に譲渡することを試験的に導入するなど、大胆な措置も視野に入れた検討を行うべきである。

実際のマーケットにおいても土地を路線価で取引している例は少なく、立地条件や総合設計制度などの容積割り増しによる開発手法を想定すると、路線価をかなり上回る売却価格になる。つまり、民間が資産を最大限に活用して付加価値をつける分、その資産は高く売却できるのである。

 

証券化に対する考え方

証券化についても、国の資産と同時に負債を圧縮する際に極めて有効な手法である。①国有財産、②出資金、③貸付金の3つの場合について考える。

まず、国有財産の証券化は、民間企業に庁舎を譲渡することによる効率的利用の効果や、庁舎管理のアウトソースなどで財政負担を抑制できる。そして、そもそも政府には不動産管理の比較優位はない。

次に、出資金の証券化は、民営化すれば収益率が高くなる。また、ソーシャルファンドの考え方などで、収益率にかかわらず出資する企業もある可能性がある。

最後に、貸付金の証券化は、国は資金調達のコスト意識が薄いため、市場金利に直面したほうが財政支出へのガバナンスが効くようになる。また、プレミアムについても、キャッシュ・フローが安定していれば、プレミアムはそれほどでない。

 

諸外国の取り組み(イタリア、英国)

イタリアでは政府資産売却が積極的に行われている。イタリアの財政赤字の対GDP比は3.2%(2004年)、政府債務の対GDP比は106.5%(2004年)と、いずれもマーストリヒト条約がユーロ参加国に求める参照値(それぞれ3%、60%)を上回っており、これらの削減が課題となっている。

そこでイタリアは、1993年から2000年にかけて国営企業の民営化により1000億ユーロの歳入取得を行った。また、2000年から2004年にかけて不動産と金融債権の証券化により350億ユーロの債務削減した。さらに、2004年に公的不動産基金(Fondo Immobili Pubblici)を設立し、政府庁舎等不動産396件、33億ユーロ分が移管されるとともに、政府にリースバックされている(管理コストの削減)。

英国でも政府資産売却の取り組みがある。英国では、1998年に策定された歳出改革の基本方針を示す財政安定化規律(Code for Fiscal Stability)以降、余剰固定資産の売却を促すため、各省に対して1億ポンドもしくは各省予算の3%の額を限度に、資産の売却収入について国庫に返納せずに新規投資に充てることが認められるようになっている。こうした取り組みが成果を上げているのは、民間企業の側に政府資産をより大きな付加価値を持った資産へと変える知恵やノウハウがあり、これを購入するインセンティブがあるからである。

 

2 国債管理政策

国債管理政策に何を求めるか

国債管理政策は金利水準に影響を与えられない

国債管理政策とは、必要な政府資金調達を行う観点から、その債務を管理するための戦略を立案・執行することである(IMF・世界銀行、2001年3月公表)。しかし、国債管理政策によって政府の調達コストを最小化することと、金利水準を低位にすること(金融政策)は必ずしも同じではない。

国債管理政策はマネタリーベースを所与のものとして債券発行と債券買入が同時に行われるので、金利水準に影響を与えるというより、長短金利差あるいは市場の長短金利の期間構造に影響を与えるものである。一方、金融政策は、金利操作であっても量的緩和であっても、マネタリーベースを操作することとなるので、金利水準を低位にすることができる。つまり、長期金利の上昇を国債管理政策によって抑えようとする考え方は誤っているのである。

 

国債管理と郵政民営化

2004年4月26日、経済財政諮問会議によって公表された「郵政民営化に関する論点整理」によれば、郵政民営化と国債管理政策には密接な関係がある。郵政民営化と並行して、官民資金循環の是正、国債の安定消化及び郵貯・簡保への政府保障の廃止が求められているからである。

 

現状の金融市場:預金金利は国債金利より低い

現状の日本の金融市場では、預金金利は国債金利より低い。理論的には、(定期)預金は国債より信用・流動性で劣るので、同じ期間で見れば預金金利は国債金利より高くなるはずである(預金金利=国債金利+官民信用力格差+流動性プレミアム)。実際、1982〜2001年の平均で、米国では理論どおり銀行預金金利は国債金利よりも0.6%高いが、日本では逆に預金金利が国債金利より0.3%も低い。

この事実について、金利自由化後の調整過程と見るべきか、異常な低金利環境が影響して預金者の預金行動が十分裁定的でないのか、または預金者に裁定行動を促すような十分な金利情報が行き渡っていないためなのかはわからない。特に、日本において国債の個人消化はほとんどなく、預金者が各種金融商品と国債の金利の比較をするのはなかなか困難であることは事実である。

 

郵貯と金利機能

郵貯金利は国債金利と同等

一方、郵貯の7割を占める定額郵貯の金利は国債金利とほぼ同じである。定額郵貯は、半年後からペナルティなしで解約できるプット・オプション付きの国債といえる(定額郵貯の金利=国債金利+流動性プレミアム—オプション料)。定額郵貯は、金利も解約オプションを考慮すれば、個人向け国債(貯蓄国債)の代替となっていたのである。

金融界は、定額郵貯を安全、高利かつ高い流動性を併せ持つ経済非合理な商品であると批判してきたが、安全とは国債と同程度、高利とは銀行預金金利が低すぎること、高い流動性とは解約オプションという意味で国債とオプションの組み合わせという経済合理的な金融商品だったのだ。

 

金利差と郵貯シフトの関係

預金金利と国債金利の差は郵貯シェアの変化に影響を与えている。時系列分析及びクロスセクション(横断面)分析から、預金金利が低いほど郵貯シェアは高くなり、国債金利が預金金利と比べて相対的に高いほど郵貯シェアは高くなっている。つまり、1990年代における郵貯シフトは、市場機能が部分的に発揮された結果であり、むしろ問題は国債金利より低い預金金利といえる(郵貯・資金運用部の歴史と郵貯シフトの要因 郵貯の経済分析参照)。

 

個人向け国債が十分に存在しない

欧米では、郵便貯金は少ない代わりに個人向け国債がある。欧米の国債の個人所有比率は10〜20%だが、日本ではわずか2.6%にすぎない(2002年)。この理由は、日本では広い意味での財政収入(財投の原資)になる郵貯が存在していたために、個人向け国債が必要なかったのだ。実際、郵貯は政府保証が付されており、個人向け国債と同じ機能になっている。

しかし、ALM、財投債、政策コスト分析が財投改革の三本柱 財務省が隠した爆弾でも述べたように、2001年の財投改革によって大きく変わった。預託制度が廃止されたことで、プラス0.2%の利益補填はなくなったのである。いずれにせよ、2003年3月から個人向け国債は発行されているため、国債の保有者構造は徐々に是正されていくだろう(2010年12月現在、家計比率は4.5%)。

 

結論:郵政民営化と整合的な国債管理政策—郵貯の個人向け国債化

当面行うべき国債管理政策は、長期的な観点から国債市場の整備などを除くと、長期金利の上昇に対処することではなく、官民資金循環の是正、国債の安定消化及び郵貯・簡保への政府保証の廃止である。これは、これまで発行されてきた個人向け国債を拡充することで達成可能である。

また、郵貯の資産・負債のオフバランス化を推進するために、郵貯の個人向け国債化(bond conversion)も考えられる。これは、郵貯の資産の国債・預託金部分を国が引受けることである。これによって、政府保証債務を解消し個人向け国債比率を一気に高めることができるし、郵貯にとっても各種のリスクを減少させ、経営の安定化を図ることが可能になる。さらに、郵貯の利用者にとっても、これまでの金融商品を継続して利用できる。

 

3 財政再建

財政再建とは

財政再建とは、将来における公債残高対GDP比を一定の範囲で抑えることである。そのためには、①プライマリーバランス対GDP比を黒字にすること、②できるだけ成長率が金利より大きくなるようにすること、③成長率が国債金利より小さくなっても悪影響を少なくするように、現在の公債残高対GDP比を小さくすることが必要となる。

小さな政府という考え方は、①から③までに好影響を与えると思われる。特に、郵政民営化や政策金融改革とその延長線上にある政府資産負債改革は、直接的に③を達成できる。なお、名目成長率と国債金利の論争については、長期的には成長率と国債金利の大小関係は確定しにくい(ドーマー条件など)。

 

諸外国の財政再建の状況

世界における財政管理の潮流はルール・目標の導入である。英国ではゴールデン・ルール(建設公債原則。減価償却を考慮)とサステナビリティ・ルールの2つが1998年から導入されている。フランスではマーストリヒト条約の後に中期的財政のフレームワークなどが導入されたが、マクロ経済のコントロールと毎年の予算編成がリンクしていない。ドイツは日本の赤字国債脱却の仕組みと似ているが、フランスのように予算とリンクしていない。さらに、州政府の権限、独立性が強いので、州政府の財政規律を担保する仕組みがない。

オランダは1994年からトレンドベース・アプローチというフレームワークを導入して、選挙後の4年間の財政全体の枠組みを決めて成功している。スウェーデンは一般政府の財政収支を平均的に2%の黒字にするというマクロ・ルールをつくり、さらに向こう3年分の歳出総額のシーリング(概算要求基準)を決めるという仕組みを導入している。

 

金融政策とインフレ目標政策

マクロ経済のパフォーマンスの向上に金融政策が重要だということは世界の常識である(変動相場制では財政政策は効果なし 物価の安定が目的の金融政策参照)。特にインフレ目標政策が鍵を握っているというのが一般的である。

インフレ目標政策とは、米国と日本以外の先進国で採用されている標準的な金融政策の枠組みである。ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデン、フィンランド、オーストラリア、スペイン、韓国、チェコ、ハンガリー等の国は、インフレ目標政策が金融政策になっている(ユーロ加盟国はECBが実施)。多くの国で目標とされているインフレ率は2〜3%である(目標設定は政府の責任、手段は日銀の責任 透明性を担保するインフレ目標参照)。

名目成長率とプライマリーバランスの相関関係を考慮すると、4%程度の名目成長率を目指すのが合理的である(名目成長率=インフレ率+実質成長率)。

 

フリードマン・ルール

フリードマン・ルールとは、名目金利をゼロにする政策(ゼロ金利政策)という形で紹介され、社会厚生を最大にする最適な金融政策といわれている。大学院レベルのマクロ経済学の標準的な教科書に書かれている。ゼロ金利の状況では、現金・債券は同じ収益率になるため、経済の歪みをなくすことができる。

フリードマン・ルールが実施されている場合、インフレ率はマイナスになる(予想実質金利=名目金利—期待インフレ率 → インフレ率=名目金利—予想実質金利)。この式をフィッシャー方程式(恒等式)という。つまり、金融政策をフリードマン・ルールで運営すれば、長期経済均衡では経済はデフレになるのだ。

 

最適金融政策とは

最適金融政策とは、経済に発生するショックに対して経済厚生を最大化する政策を表す。経済厚生とは、理論的には代表的な個人の効用関数を考えて、それを最大化させることである。言い換えると、中央銀行の損失関数を最小化する政策といえる。中央銀行の損失関数とは、インフレ率の上昇によって個々の財の相対価格のばらつきが大きくなり、各財の相対生産量が効率的でなくなることである。

 

最適金融政策の導き方

最適金融政策は、総需要曲線(IS曲線)と総供給曲線(フィリップス曲線)の下で、中央銀行損失関数を最小化することとして求められる。具体的には、ラグランジュアンによる乗数法によって得られる。

 

貨幣の保有コストを考慮した最適金融政策

貨幣需要を説明する考え方として取引動機がある。収益を生まない劣位資産である現金を人々が保有する理由は、現金の流動性が高く取引に便利だからであるというものだ。この取引動機に基づく貨幣需要モデルとして代表的な「トービン・ボーモル・モデル」によれば、銀行往復費用が高いほど、所得が高いほど、金利が低いほど、貨幣需要残高は増加することがわかる。

 

デフレは本当に最適か

長期的にプラスのインフレ率は2つの理由から正当化できる。1つは、名目金利にはゼロ下限があり、金融政策の景気安定化機能を損なうからである。もう1つは、名目賃金の下方硬直性(下落しにくい性質)に基づくものである。この結果、世界の中央銀行では、ゼロより若干上のマイルドなインフレ率が目標とされている。

さらに、同じ均衡を達成する最適金融政策は複数あるが、インフレ率が一時的に上昇しても一定期間ゼロ金利政策を継続することについて、経済主体の予想に強く働きかけられるのは、物価水準ターゲッティングである。これによって、より長期の金融緩和が予想され、景気回復につながるだろう。

 

最後に

政府資産負債管理政策は、証券化や国有財産の民間への売却によって機会費用を最小化することが重要。国債管理政策は、郵政民営化を通して郵貯の個人向け国債化をするのが整合的。財政再建は、将来における公債残高対GDP比を一定の範囲で抑えること。そのためには、インフレ目標政策を採用すればよい。財投改革を景気回復につなげよう

財投改革の経済学


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