「アートは世界を変えられるのでしょうか?」JRは語りかける。ここでは、220万ビューを超える JR のTED講演を訳し、アートを通して世界をひっくり返す試みについて紹介する。
要約
JRは半匿名のフランスのストリート・アーティストです。彼はカメラを使って世界の真の顔を、人々の顔写真を巨大なキャンバス上に貼ることによって表現します。TED2011において、彼は「アートを通して、世界をひっくり返す」という大胆なTED Prize Wishについて話します。彼の作品をもっと知って、insideoutproject.netを通してどのように彼の活動に参加するか知りましょう。
With a camera, a dedicated wheatpasting crew and the help of whole villages and favelas, 2011 TED Prize winner JR shows the world its true face.
1 アートは世界を変えられるのか?
二週間前 パリにある自分のスタジオにいると 電話が鳴って 「ちょっと JR TED Prize 2011受賞だって 世界を救おうって願いを伝えるのよ」 戸惑いました。世界なんて救えない だれにも出来ない この世界はめちゃくちゃです。独裁者が世界を支配 人口は100万単位で増える 魚は海に全然いない 北極は溶けている 前回のTED Prize受賞者は だれもが肥満だと言う (笑) たぶんフランス人以外ですが それは置いといて 電話をかけ直して 彼女に伝えました 「TEDの人には 行かないって伝えといて。世界なんて救えないよ」 彼女は「ねえ JR 救う気はなくても 変える気はあるでしょ」 「ああ そうだね」 (笑) 「それならクールだ」 技術や政治やビジネスは 実際に世界を変えます。いつも正しいわけじゃないけど じゃあアートは? アートは世界を変えられるのか?
2 「歩道のギャラリー」
アートを始めたのは15歳 世界を変えようなんて考えもせず 落書きするだけでした。自分の名前を書きまくり 街中をキャンバスにしました。パリのトンネルに入ったり 友人と屋上に登ったり どれも遠足の様で まさにアドベンチャーでした。社会に足跡を残して 「俺はここにいた」とビルの上から伝える旅です。
地下鉄で安物のカメラを見つけてからは 友人と このアドベンチャーを写真に収めて 写真のコピーを残していくようになりました。このくらいの 本当に小さな写真です。そんな経緯で 17歳から 写真を貼り始めて 初めて “expo de rue” を開きました 「歩道のギャラリー」です。写真の周りを 額のように色付けして 広告に間違われないようにしました。私にとって 街は最高のギャラリーです。作品集を用意してギャラリーに持ち込む必要などなく 人様に見せられる作品か 判断を仰ぐ必要もありません。道で会う人々と 直接向き合います。
3 「天使じゃないけどモンスターでもないんだ」
これはパリです。場所によって 展示のタイトルは 変わります。これはシャンゼリゼ通りです。これは自信作です。まだ18歳で シャンゼリゼ通りに展示できたからです。写真がなくなっても 額は残っていました(笑)
2005年11月 道が燃えていました。大きな暴動のうねりが パリの郊外の公団へ突入しました。皆がテレビに釘付けで 街の隅から撮られた 心をかき乱す 恐ろしい映像を見ていました。子どもたちが 野放図に 火炎ビンを投げたり 警官や消防隊を攻撃して 商品を奪い尽くしていました。彼らは犯罪者で 悪党で 危険で 自分の置かれた状況に乗るやつらです。
その時 見た光景に まさかと思いました。私が壁に貼った写真が 車の炎で浮かび上がったのです。一年前に貼った写真です。違法な作品ですが 残っていました 「友人の顔じゃないか 知っている奴らだ。天使じゃないけど モンスターでもないんだ」 写真に写った目が テレビから見つめ返しているのは 何とも奇妙でした。
私は 28mmレンズを持って その場所に向かいました。それしかなかったのですが そのレンズだと 被写体に25cmまで近づかないといけません。信頼がないと撮影できません。ル・ボスケで4枚のポートレイトを撮りました。怖い顔を作って 自分を風刺しています。巨大なポスターにして パリの富裕層地域で 至る所に貼りました。彼らの名前 年齢 住所まで書いてあります。
4 紙と糊の力
一年後 パリ市庁舎の前に展示されました。かつて 彼らのイメージといえば メディアがかすめ取って歪めたものでしたが ここでは誇りを持って自らイメージを掲げています。そこで気がつきました。紙と糊の力です。アートは世界を変えられるのか? 一年後 中東紛争の話題に 耳を傾けていました。当時耳にしたのは イスラエルとパレスチナの紛争ばかりでした。そこで友人のマルコと 現地に行って 真のパレスチナ人と真のイスラエル人に会うことにしました。そんなに違うのでしょうか? 現地に着くと 通りに出て あちこちで いろんな人に話しかけました。そうするうちに気付きました。メディアの伝える情報とは違っているのです。そこで 同じ仕事をしている パレスチナ人とイスラエル人の ポートレイトを撮ることにしました。タクシー運転手 弁護士 料理人などです。必ず表情を作るようにお願いしました。笑顔では 人柄や気持ちが 伝わらないので駄目です。対立国の人と並べて貼ることに だれもが同意してくれました。イスラエルとパレスチナの 8つの街に貼ることにしました。壁の両側です。史上最大の違法アート展の開幕です 「Face 2 Face」と名付けました。
専門家は言います「やめとけ だれも受け入れてくれないよ。軍に撃たれてハマスに監禁される」 私たちの気持ちは「OK やれるとこまでやろう」 こんな質問は大好きです 「どのくらい大きくなるの?」 「あなたの家と同じくらいだよ」 パレスチナで壁に貼ろうと思って はしごを持って行ったら 高さが足りませんでした。するとパレスチナの人が 「大丈夫 すぐ解決できるよ」と言って 降誕教会に行って 古いはしごを持ってきました。そのはしごはキリスト誕生を見たかもしれません (笑) 「Face 2 Face」をやるのは たった6人の友人と 2つのはしご 2つのブラシ 1台のレンタカーと 1台のカメラ そして約2,000平方メートルの紙です。あらゆる人々から いろんな支援を受けました。
5 「どちらの国民か見分けられる?」
これはパレスチナのラマッラーで ポートレイトを貼る様子です。にぎわう市場の通りに 両国民の写真を貼るのです。人が集まって 尋ねてきます 「ここで何をしてるの?」 「アートプロジェクトだよ。同じ職業のイスラエル人とパレスチナ人を貼るんだ。これは二人ともタクシー運転手なんだ」 すると いつも沈黙があってから 「つまり イスラエル人の顔を — そこに 貼ってるわけ?」 「そうそう それがこのプロジェクトの一環だから」 そして 少し間を置いてから 必ずこう聞くことにしています 「どちらの国民か見分けられる?」 だれも答えられないのです(拍手)
イスラエルの監視棟にも貼りましたが 何もされませんでした。使うのは 紙と糊だけです。やぶけるし 落書きできるし おしっこもかけられます。とどかない所もありますが でもストリートにいる人たちが 学芸員なのです。雨や風ではがれますが それでいいのです。でも ちょうど4年たった今でも ほとんどの写真が残っています 「Face 2 Face」が実証したのは 不可能に思えたことが 実は可能だったことです。むしろ簡単でした。境界を広げたわけではなく 想像より遠くへ行けることを証明しただけです。
6 男性から女性に感謝の気持ちを表す「Women Are Heroes」
中東では 美術館のない場所で制作しました。道に作品を展示するという方向性が 面白いと感じたので 更に突き進めようと思って 美術館が一つもない地域へ行くことにしました。このような発展途上の社会へ行くと 女性がそのコミュニティーの中心的な存在ですが それでもストリートを仕切っているのは男性です。そこに私たちは触発されて 女性たちの写真を貼ることで 男性から女性に 感謝の気持ちを表すプロジェクトを始めました。プロジェクト名は「Women Are Heroes」です。さまざまな大陸に行って いろいろな話を聞いても 彼らの複雑な葛藤を いつも理解できるわけではありませんでした。ただ傍観するしかなく 言葉も出ず 意見も言えず 涙を流すしかないこともありました。彼らの写真を撮って 貼るだけです。
「Women Are Heroes」は世界中を巡りました。行き先のほとんどは メディアで聞いたことがある という理由で選びました。例えば 2008年6月に パリでテレビを見ている時 リオ・デ・ジャネイロで起きていた ひどい状況を知りました。プロヴィデンシアというブラジル初のファヴェーラ(貧民街)で 三人の学生が 軍に拘束されました。身分証明を持っていなかったからです。学生たちは 警察署ではなく 敵のファヴェーラへ連行されて 切り刻まれてしまいました。ショックでした。ブラジル中が衝撃を受けました。一番暴力的なファヴェーラといわれ 最大の麻薬組織が牛耳っていました。私はそこに行くことにしました。
7 「文化に飢えてるの。ここには文化が必要だわ」
到着しても NGOに接触することはありませんでした。観光客も NGOも だれもいないのです。目撃者がいないのです。歩き回るうちに 一人の女性に会ったので 私の本を見せると 彼女はこう言いました 「文化に飢えてるの。ここには文化が必要だわ」 まずは子どもたちから始めました 子どもたちの写真を何枚か撮って 次の日 ポスターにして貼りました。その次の日には 傷がありましたが それでいいんです。自分たちのアートだと感じて欲しいのです。
その次の日に 広場でミーティングを開くと 何人かの女性が来ました。殺された三人の学生につながりのある人たちです。母親や 祖母や 親友もいて 事件のことを声高に訴えていました。その日から ファーベラに受け入れられて 撮影も進み プロジェクトが動き出しました。麻薬密売組織のボスは そこでの撮影を危惧していたので こう言いました 「暴力や武器を撮る気はない。メディアで十分見たからね。私は素晴らしい人々を見せたいんだ。この数日間 目の当たりにしてきたんだ」 これはとてもシンボリックな作品です。初めて中心街から見えない作品を作ったのです。三人の学生が拘束された場所です。写真は 一人の学生の祖母です。この階段には いつも売人が立っていて よく銃撃が交わされています。だれもがプロジェクトを理解してくれて 丘一面に作品を貼ることができました(拍手)
面白いことにメディアは入れません。つまり ヘリコプターで遠くから 望遠レンズを使って撮影しなければならなかったのです。私たちはテレビで 自分たちの貼る作業を見たものです。テロップには「何をしているか ご存じの方は お電話を」 プロジェクトを終えると 私たちは立ち去ったので メディアは知る由もありませんでした。プロジェクトについて知るには 現地で女性たちを見つけて 説明を求めるしかありません。このプロジェクトが メディアと 名も知れぬ女性たちとの架け橋になったのです。
8 モチベーションは人々の好奇心
私たちは旅を続けました。アフリカ、スーダン、シエラレオネ リベリア、ケニア 戦争で荒れたモンロビアもです。人々はまっすぐにやってきて 何をしてるのか知りたがります 「どうして こんなプロジェクトをやっているの? NGOなの? メディアなの?」 「アートだよ。アートをやってるだけ」 「なんで白黒なの? フランスにカラーは無いの?」 (笑) 「みんな死んだ人たち?」 プロジェクトを理解した人は ほかの人に教えていました。ある人は 理解できない男に こう説明していました 「なあ 君はここで数時間もこうして 理解しようと 話し合ってるだろう。その間 君はきっと 明日の食事なんて考えてない。それがアートなんだ」 プロジェクトに人を引き込む — モチベーションになっているのは 人々の好奇心だと思います。さらに それが大きくなって 欲望になり 必要なものとなるのです。モンロビアの橋で 元反乱軍兵士が手伝ってくれました。戦争中にレイプされたとされる女性の写真です。女性はいつでも 紛争の最初の犠牲者となります。
9 インドで逮捕されずにアートをする方法
ここはケニアにあるキベラです。アフリカで一番大きなスラムの一つです。選挙後の暴動を見たことがあるかと思います。2008年に ここで起こった事件です。屋根の上に貼りました。でも紙は使いませんでした。家の中まで雨漏りするのを 紙では防げないからです。でもビニールなら防げます。アートが実用的になったのです。だから残っているのです。面白い事があって 一番大きな目が見えますね。中に家がたくさんあるのですが 数ヶ月前に また訪ねてみると 写真はあるのですが 一部が欠けていました。どうしたのかと聞くと 「ああ 彼なら引っ越したよ」 (笑) 屋根を覆うと ある女性がジョークを言いました 「神様が見つけてくれるわ」 キベラを見ると キベラも見つめ返します。
では インドです。言っておきますが どこへ行くにも ガイドは付けずに 現地を訪れた仲間で 部隊のようなものを作って 壁に写真を貼っています。でも壁に写真を貼れない地域もあります。インドがそうです。文化的にも法律的にもいけないようで 貼ったらすぐに逮捕されるので 白い紙を貼ることにしました。白だけです。白人の男が 白い紙を貼っていると こう尋ねてきます 「ねえ そこで何してるの?」 「ああ アートをやってるだけだよ」「アート?」 よくのみ込めないようでした。インドの道には 砂がつもっているので たくさんの砂ぼこりが 舞い上がります。うっすら見えていますが 白い紙には ステッカーの裏のように 接着剤が塗ってあるので 砂ぼこりが舞うごとに 写真が浮かび上がってきます 貼った後 何日か歩き回るだけで 写真が自然と現れるのです (拍手) ありがとう だから 逮捕されずにすみました。
10 写真の女性からサインをもらうことが条件
この映像は 「Women Are Heroes」を撮影したものです (音楽) OK プロジェクトのたびに 映像を作ります。これは「Women Are Heroes」の紹介ビデオの一部です。ご覧いただいているものは ほとんどが 時の流れに沿って撮影した写真です。私たちがいなくても 写真は旅を続けています (笑) (拍手) ぜひ この映像を見て プロジェクトの意図をつかんで 現地の感情をくみ取ってください。それもプロジェクトにとって大事な要素です。どの写真にも 多くのストーリーが隠されています。
「Women Are Heroes」がコミュニティーに 新たな潮流をもたらして 私たちが去った後も 女性たちが受け継いでいます。例えば 私たちは非売品の本を作りました。どのコミュニティーも入手できますが 写真の女性からサインをもらうことが条件です。どの地域でもやりました。定期的に戻ることもしています。例えば プロビデンシアのファヴェーラには 管理事務所を設置しました。キベラでは年々 貼る屋根が増えます。私たちが立ち去る時に 近くに住む人たちが 尋ねるのです「ねえ 私の屋根は?」 だから 翌年も行くことになっていて プロジェクトが続いているのです。
11 重要なのはブランドや企業スポンサーに頼らないこと
重要なのは ブランドや企業スポンサーに頼らないことです。だから責任がありません。責任があるのは 自分と 被写体に対してだけです (拍手) それが 作品作りにおいて 一番大事なことの一つです。どうやるかが 結果と同じくらい重要です。それが いつも作品作りの中核になっています。面白いことに 単なる画像と 広告との境界はあいまいです。先週 ある別のプロジェクトで ロサンゼルスで写真を貼りました。MOCA美術館を覆うという誘いも受けました。でも昨日 市から電話が来ました 「広告と誤認されるので はがさないといけなくなります。法律で決まっていますから やめてください」 いったい 何の広告だっていうのでしょう?
被写体の皆さんは 参加することも コミュニティーの中に貼られることも 誇りに思っていますが お願いされたことがあります 「私たちのストーリーも一緒に広めてください」 だからそうしています。これはパリです。これはリオ どこでもストーリーを交えて展示するので ストーリーも広まって プロジェクトの意図が伝わります。これはロンドンです。ニューヨーク 今日は ここロングビーチに参加しています。
最近 あるパブリックアートを始めました。私の作品は使っていません。マン・レイ ヘレン・レヴィット ジャコメリなどの作品を使います。今日では 自分の写真かどうかは関係ありません。その写真を使って 何をするかが大事なのです。貼る場所が 主張を伝えます。例えば ミナレットの写真を スイスで貼りました。建設禁止を支持する国民投票があった数週間後です (拍手) ガスマスクをした三人の男の写真は チェルノブイリで撮影されたものですが 貼った場所は 南イタリアです。マフィアがときどきゴミを埋める場所です。
12 アートが変えるのは世界の見方
アートは世界を変えます。アートは直接的に物事を 変えるわけではありませんが ものの見方を変えます。アートが変えるのは 世界の見方です。アートは比喩となります アートは物事を変えられないからこそ 意見を交換して議論する — 中立な場を提供してくれるのです。その結果として 世界を変えることができます。作品を作っていると 二種類の反応があります 「イラクやアフガニスタンに行ったら? とても役に立つよ」と言う人と 「何か手伝える?」と言う人 皆さんは きっと後者でしょう。その方がいい このプロジェクトとしては 写真を撮って貼ることを お願いしたいからです。
私の願いは — (ドラムロールの真似) (笑) 何か思うところがあるなら 解決のために立ち上がってください。グローバル・アート・プロジェクトに参加してください。そうすれば 一緒に世界をひっくり返すことができます。この場から始まります。ここにいる皆さん 集まった皆さんが始めるのです。まさに今ここから 始めて欲しいのです。情熱を持っているテーマや 伝えたい人のこと 自分の写真でも結構です。主張を聞かせてください。ポートレイトを撮って アップロードしてください — やり方は説明します — そうすれば ポスターを返送します。グループに分かれて 世界に発信しましょう。データはすべてウェブサイト上にあります 「insideoutproject.net」 今日から始動します
目にするものが 人を変えます。共に行動すれば 全体は 単なる足し算より大きくなります。世界の歴史に残るものを 一緒に作り上げたいのです。ここがスタートです。そして 皆さんに懸かっているのです。ありがとう(拍手)
最後に
落書き作品「歩道のギャラリー」。同じ仕事をしているパレスチナ人とイスラエル人のポートレイトを撮る「Face 2 Face」。男性から女性に感謝の気持ちを表す「Women Are Heroes」。メディアの伝える情報とは違っていることを明らかにする紙と糊の力。「どちらの国民か見分けられる?」「文化に飢えてるの。ここには文化が必要だわ」重要なのはブランドや企業スポンサーに頼らないこと。モチベーションは人々の好奇心。アートは世界の見方を変える。
和訳してくださった hiroko nakatani 氏、レビューしてくださった Satoshi Tatsuhara 氏に感謝する(2011年3月)。
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