前回は、四分社化、政策の数値化、竹中平蔵と小泉純一郎 郵政民営化の全内幕についてまとめた。ここでは、「発想を変えて、どうすれば民ができるかを考えてほしい」 小泉政権の舞台裏について解説する。
郵政民営化と政策金融機関の関係
郵政民営化を進めることは、同時に政策金融機関も民営化や縮小などを進めることに等しい。郵政民営化とは、財投制度の中でカネを貸すほうをその枠組みから外すという意味だからである(ALM、財投債、政策コスト分析が財投改革の三本柱 財務省が隠した爆弾参照)。
政策金融機関の改革は、経済産業省の利害にも及ぶ。省庁の中で最も強い権力を持つ二大省庁との確執は避けられなかった。さらに、総務省、農林水産省も関係してくる。
財務省では「死刑でも済まない大犯罪者」
ある雑誌に「著者は3回殺しても殺し足りない」という某財務省高官のコメントが載った。それほどまでに、政策金融機関は財務省や経産省にとって天下りの巣だったのだろう。
政策金融機関は、中小企業や地域振興のために今後も必要なものもある。しかし、日本は9つも機関があり、諸外国に比べて数が多かった。そこで「残してもせいぜいひとつ。原則、民営化」という方針を打ち出した。
小泉総理の激怒
2005年10月28日の経済財政諮問会議にて小泉総理は激怒し、財務省と経済産業省を非難した。政策金融改革に議論が及んだ際に、中川昭一経済産業大臣と谷垣禎一財務大臣が霞ヶ関の意向を代弁し、政策金融は必要だと反論したのだ。それに対する小泉総理の反応を、以下に全文引用する。
「今日の谷垣議員、中川議員の話を聞いても、財務省、経済産業省がいかに抵抗しているかというのがわかる。政府系金融機関を改革するというときに、自民党の幹部がいる席に私が行ったら、とんでもない、ひと指も触れさせないと言ったのだから、いかに抵抗が強いのかわかるだろう。
郵政民営化もそう、特殊法人もそうだ。最初のヒアリングのときには『すべて必要だから存在している』と言っていた。今もそうだ。存在しているのが全部必要だと。だから、発想を変えて、官にしかできないことがあるというのなら、どうすれば民ができるかということを考えてやってほしい。
民でやれることは民にというのは賛成だと、しかし官しかできないことがあるのだったら、なぜ今まで民でできなかったのか、どうやったら民ができるか、財務省も経済産業省もそういう発想で案を出してほしい。それからまた始めてくれ。
これは全部公開しているのだからわかるはずだ。もともとひと指も触れさせないと言われたことをやるという覚悟でやっているのだから、財務省と経済産業省の大臣もあまり役所に引きずられないようにお願いする」
小泉総理は顔を紅潮させてまくしたてた。その直後の10月31日、日程を繰り下げて、突如、自民党役員人事の刷新と内閣改造を実施し、第三次小泉内閣を発足させた。竹中氏は経済財政政策担当、郵政民営化担当の内閣府特命大臣から総務大臣に鞍替えとなり、経済財政政策担当大臣は与謝野馨氏となった。著者は経済財政諮問会議に残され、竹中路線を次の大臣につなぐことを求められた。
「高橋を抹殺してやる」
「高橋を抹殺してやる」与謝野氏が周囲の人に漏らしていたと忠告を受けた。政策金融改革の財務省案が新聞にリークされ、その犯人が著者だと名指しされていたのである。もちろん著者は濡れ衣であったが、おそらく財務省と経産省から出向してきた2人の秘書官が与謝野氏に吹き込んでいたのだろう。
理財局との国有財産売却論争
著者は財務省理財局と国有財産売却に関する論争を行ったことがある。国の資産・債務に関する議論で「公務員住宅などの国有財産は民間に所有権を移したほうが、財政の観点や資源の効率利用の観点からいっても望ましい。その上で民間から借りればいい」という主張に対して、財務省から反論があったのだ。
財務省理財局の課長たちは「国有財産は必要だ」とし、「民間に所有権を移すと業者に手数料を取られるので、結果的に今より赤字になる」という主張だった。しかし、前提が現状のままの土地利用になっており、民間だったら財務省のように都内の一等地に低層の公務員住宅を建てて終わりというような非効率な土地活用はしない。
例えば、高層化して一階はテナントフロアにし、コンビニを入れるなどの工夫を当然やるだろう。官はそのうちの3階分を公務員住宅として借り受ければいい。手数料は取られても税収が上がるので、トータルとしてはおつりがくる。
自民党と経済財政諮問会議の力関係
党の案と諮問会議の案がぶつかったら、制度的にも党のほうが圧倒的に強い。竹中氏は自民党の政務調査会に活路を求めた。与謝野氏の後に政調会長に就任した中川秀直氏は、竹中路線の考え方に理解を示してくれたのである。
諮問会議は政府の機関である。諮問会議で練られた案は与党との協議にかけられ、了承されて初めて政府与党案として国会にあげることができる。議決権を持っているのは国会議員である。党が了承しないことには、国会で可決できない。
11月某日、小泉総理と中川政調会長は密かにある料亭で会食した。そこで政策の話をし、小泉裁定が下っていたのである。これによって、諮問会議は既に政策立案の機能を失い、改革の司令塔でなくなったのである。
竹中大臣と飯島秘書官の間の溝
竹中大臣と飯島勲秘書官の間には大きな溝があった。小泉総理は改革の矢面に竹中氏を立たせる一方で、飯島筆頭秘書官と財務省から出向した丹呉泰健秘書官を使い、財務省とのパイプもしっかりつないでいた。郵政民営化など、手を組めるものについては財務省と連携して改革を進めた。孤高の政治家である小泉総理は、非常にバランス感覚が優れた人だったのである。
閣僚を自在にコントロールする財務省
官邸コントロールにおいて、財務省は2つの面で他省庁にない強みを持つ。1つは総理につく秘書官の中で最も力を持つことで、もう1つはどんな政治家が総理になっても即座にふさわしい秘書官を出せることである。
総理や閣僚には複数の省庁から秘書官からつく。総理の場合、財務省、経産省、警察庁、外務省の四省庁から秘書官が送り込まれる。外務省の秘書官は外交、警察庁は特殊な役割なので、実質、財務省と経産省の秘書官が総理の内政の片腕になる。そして、4人の中でも入省年次の最も古いベテランが、財務省から来た秘書官なのである。
また、予算編成はすべての分野にまたがっているので、財務省主計局は幅広く政治家に対応している。だれが総理になったとしても、すぐに気心の知れた秘書官をあてがうことができるのである。
党政調会へのパワーシフト
諮問会議から党政調会へパワーシフトが起こったことで、「小さな政府法案」の一部である政策金融改革が前に進んだ。政府資産・負債に公務員人件費を加えた3つを半減させるというものだった。
この「3つのカット・イン・ハーフ」がすべて国会を通過したことで、霞ヶ関に恨みを買った。特に、財務省は重要な天下りポストを失い、現役次官より影響力の強い次官OBから叱責を受けるほどだった。
諮問会議が有名無実化する一方で、党政調が急上昇した。この過程で、次第に加熱したのが、自民党内の「上げ潮派」と「財政タカ派」の論議である。上げ潮派と財政タカ派の目的は財政再建で同じだが、その方法論が正反対である。前者が経済成長に力点を置くのに対し、後者は増税に力点を置くのである。後者は極端にいえば、財政さえ立ち直れば、国民経済が多少がたついても構わないという「財政原理主義」といえる。
自民党結党以来の快挙とは
自民党結党以来の快挙とは、予算を党がつくったことである。党政調は5年間の歳出削減の見取り図であるシーリングを練り上げたのである。「骨太の方針2006」にも、諮問会議の意向はほとんど反映されず、上げ潮派の施策だけが採用された。
政党の本来の意義は政策立案集団である。派閥は政策を同じくする議員の集まりで、政策立案の装置でなければならない。それが長らく、総理、大臣の醸成装置としてしか働いてこなかったことに問題があった。しかし、2005年11月を境に自民党はダイナミズムを発揮し、本来の姿である政策集団に戻ったのである。
「国庫に入ったカネは自分たちのもの」
「国庫に入ったカネは自分たちのもの」中央官庁の官僚はこの感覚に陥りやすい。しかし、それは地方の自立は放棄するといっているのと同じである。
2007年5月、菅義偉総務相が創設を表明した「ふるさと納税」という仕組みがある。これは、ふるさとを離れて働く人が、自分の裁量で、ふるさとに税金の一部を納めることができるという制度である。意味合いとしては「税額控除方式による寄付」である(法人税ゼロ、寄付控除、地方分権の財源 税と地方分権の問題点参照)。
地域格差を解消するためには、こうした仕組みをつくり、地方にできることは地方にやってもらうことが必要である。竹中チームで知恵を出し合い、従来の補助金、地方交付税、地方税の三位一体に加えて、地方分権一括法、地方債自由化、地方行革を盛り込んだ計画を策定した。
地方分権改革推進委員会をてこにしながら、徐々に段階的に地方に権限を委譲していき、最終的に国民が満足する範囲で全権委任する、これが「竹中プラン」である。なお、2013年現在、地域分権改革推進委員会は廃止されているが、地域分権改革有識者会議が開かれている。
家庭が主計官
「家庭が主計官」ふるさと納税を極めてわかりやすい表現で説明した自民党の中川秀直元幹事長の言葉に、財務省は反発した。しかし、だとしたら、なぜ多くの国民が今、税の使い道に疑念を抱いているのか。
予算の配分は公平にやってくれることが前提になっている。しかし、地方が疲弊している事実は明らかである。地方分権や道州制の導入が、今後の地方の復活の鍵となるだろう(財源、地方交付税、消費税、新たな利権 大阪維新の経済政策参照)。
最後に
小泉総理の抜群のバランス感覚で、郵政民営化や政策金融機関の改革、そして地方分権への道が開かれた。その根幹には「どうしたら民ができるか」を考える、発想の柔軟さがあった。「どうしたら地方ができるか」を考える地方分権も同じ。政党の本来の役割は政策立案集団であること。家計に主計官になってもらおう。
次回は、長期試算、歳出増加、低成長率、高金利 増税の前提と埋蔵金の全貌についてまとめる。
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