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輸入の拡大は生産性と成長率を高める 国際経済と日本の関係

前回は、人口減少は恐くないが、高齢化は恐い 就業者数と労働時間の増加が重要についてまとめた。ここでは、輸入の拡大は生産性と成長率を高める 国際経済と日本の関係について解説する。

1 中国のGDPは、本当はいくらなのか

中国のGDPを過去にさかのぼる

中国と日本の実質購買力平価GDPとGDI(国民総所得)の推移から、中国のGDPを過去にさかのぼって推計すると、中国経済は70年代末まで長らく低迷を続けていたことがわかる(アンガス・マディソン氏による)。毛沢東時代が終わった後に成長が早まり、1980年では1人当たりGDPで397ドル、2008年では4100ドルとなっている(世界銀行「世界開発指標」より)。

 

国を豊かにするには開放主義

国を豊かにするのは開放主義であり、国を海外に開き、自由な資本主義体制を採用することだけである。毛沢東体制下でも所得はほとんど上昇することなく、儒教も共産主義も人々の生活水準を向上させたことはなかったのだ。

 

2 なぜ中国は急速な成長ができるのか

アヘン戦争時の中国のGDPは英の3倍、日本の5倍

アヘン戦争(1840〜1842)が勃発した1840年の中国のGDPは、英の3倍で日本の5倍もあった。しかし、軍事力を集中させることができなかったため、日本を含む列強の反植民地になっていたのである。

 

急速な成長の秘密は過去の経済停滞

中国経済は第2次大戦後に停滞し、その後1970年代末から発展を開始した。経済的に発展した国と遅れた国の間には差異があるが、この差異を利用してより高い成長を実現することをキャッチアップ型の成長という。

 

キャッチアップ型成長のできる国とは?

キャッチアップ型成長ができる国の条件は、以下の3つである。第一に、遅れていることを人々が認識できなければならない。第二に、キャッチアップ型の成長をした人々に報酬が与えられなければならない。第三に、人々がキャッチアップすべき差異に対して自由に反応できなければならない。しかし、中国は人々の自由な移動が制約されているため、依然として国の潜在能力を活かしきれていない。

 

3 中国は脅威なのか、お得意様なのか

競争相手、お客、それとも供給業者?

中国は競合相手はなく、日本のよいお客であり、供給者である。工業製品の日本との輸出競合度を見ると、アメリカや韓国は日本との競争者だが、中国やASEANはそうではないとわかる(COMTRADEなど)。また、日本は中国との間で貿易赤字となっているが、香港を含めた中国との貿易収支を考えると、日本の黒字になることが多い。さらに、日本は価格の下落しているものを輸入し、価格の上昇しているものを輸出してきたため、中国との貿易で利益を得てきた。

 

自然は飛躍しない

中国は近い将来に日本の競争相手となるかはわからない。しかし「自然は飛躍しない」のであり、中国は着実な発展を続けるだろうが、日本は日本でやるべきことを行っていけばよいのだ。

 

4 中国の雇用はなぜ伸びないのか

雇用と実質GDPを4カ国(中国、日本、アメリカ、フランス)で比較すると、中国は10%の実質GDPの伸びに対して、雇用の伸びは80年から89年まではその3分の1以下、90年から2000年まではその9分の1である(IMFなど)。雇用弾性値は、途上国では2分の1以上が通常であるため、中国は非効率な雇用問題を抱えていることになる。

 

アメリカの労働生産性もそれほどは伸びていない

実質GDPと雇用を、日本、アメリカ、フランスで見ると、日本は雇用の伸びが特に低い。1990年から2007年まで、アメリカの雇用が年平均1.2%伸びていたのに、フランスは0.8%、日本はわずか0.2%である。実質GDPの成長率では、アメリカが2.9%、フランスが2.0%に対して日本は1.2%と、アメリカに1.7ポイントもの差をつけられている。しかし、労働生産性(雇用当たりの実質GDP)の伸びは、アメリカ1.6%に対してフランスは1.1%、日本は1.0%と差は0.5ポイント程度である。

重要なのは、生産性の伸びとともに雇用の伸びである。中国の雇用が伸びないのは、労働が自由に国内を移動できないなどの制約や、金利が人為的に低くされているので資本で労働を代替しすぎているからだろう。

 

5 円は安すぎるのか

賃金を基準にすると、90年代の為替レートは高すぎた

為替レートが高くなるとは、日本人の賃金が国際的に見て高くなるということである。国際的に見た日本の賃金と失業率を見ると、「失われた10年」の途上で、円での時間当たり賃金は2割以上上昇した(日本銀行「実質実効為替レート」など)。経済停滞期に賃金が2割上がるだけでも大変なのに、ドルで見た賃金はこの間2倍以上に上昇した

 

アメリカの賃金と均衡して、失業率が低下した

アメリカの賃金も1990年からの5年間で1割程度上昇したが、日本の賃金は2倍以上になってしまったということである。これは、日本の労働生産性が、5年間でアメリカよりも90%高く上昇しないと、日本の相対的な国際競争力は維持できないということである。そんなことは不可能なので、結果として日本企業の経営は苦しくなり、リストラをするしかない状況に陥ったのである。

 

6 経常黒字をため込むことは必ず損なのか

経常収支の黒字とは海外への投資である

経常収支が黒字であるとは、日本が海外に投資をしていることを意味する。経常収支とは、輸出(サービスを含む)から輸入(サービスを含む)を差し引いたものである。海外に投資をしていることから海外に資産を持つことになるが、その大きさからドル建ての資産を持つことが多い。ただし、ドルは米国や世界中のものを買える価値ある紙切れであるため、それをため込むことが必ず損だとはいえない

 

根拠がない海外投資惨敗説

自国の債券と外国の債券を長期に持ち続けた場合、為替の損失は金利差で埋め合わされ、得も損もあまり大きくないのが普通である。売買のタイミングの問題はあるが、経常黒字をため込んで海外投資をしたから損をしたという主張には根拠がない。

 

7 経常収支の黒字はどれだけ円高をもたらすのか

為替レートは何で決まるのか

為替レートとは、自国通貨と他国通貨の交換比率であるという基本的事実を認めれば、日本の財やサービスに対して、日本のお金が少なければ、日本の通貨の価値は上がるといえる。一般に円の対ドルレートは、以下の6つのことがいえる。

  1. 日本のマネーストックが増えるほど低下
  2. 日本の生産が増えるほど上昇
  3. 日本の経常収支黒字が積み上がるほど上昇
  4. 米国のマネーストックが増えるほど上昇
  5. 米国の生産が増えるほど低下
  6. 米国の経常収支赤字が積み上がるほど上昇

 

為替レートはどれだけ動くのか

為替レートを決める主要なものには、ベースマネー、鉱工業生産指数、累積経常収支/名目GDPがある。それぞれ、①日本のベースマネーが1%上昇すれば、円は0.76%安くなる、②鉱工業生産指数が1%上昇すれば、0.84%円高になる、③累積経常収支の対GDP比が1%上昇すれば、円は0.34%上昇する、といえる(日本銀行「外国為替相場」「国際収支」より)。

 

8 人口減少に輸入拡大で対応できるか

労働者を入れないで労働を輸入できる

労働をより多く含んだ製品を輸入すれば、それは労働をより輸入しているのと同じことである。産業別生産性(就業者当たり、総労働時間当たり生産)を見ると、農林水産業や繊維産業、金属製品や小売・サービス業などが付加価値を生み出すのに多くの労働が必要となることがわかる(内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算」より)。例えば、農産物を1兆円輸入することは、38.4万人の労働者を輸入することと同じである。食料自給率を問題にすることも多いが、そもそも石油がなければ肥料や農薬を作ることはできず、トラクターやトラックも動かないので農産物は生産できないのだ。

 

輸入によって労働生産性が高まる

より多くの労働を含んだ製品を輸入することは、労働人口の減少に対処するだけでなく、労働生産性を引き上げる効果を持つ。輸入可能な産業のうち、労働生産性が平均よりも低い産業を輸入に置き換え、平均よりも高い産業で輸出を増やせば、労働生産性は平均として上昇するのである。

 

9 「国際競争力」はどれだけ生活レベルを高めるのか

「国際競争力」と「経済水準」を定義する

国際競争力という概念は漠然としている。国際競争力を「輸出競争力」として捉えると、世界の輸出合計に占めるある国の輸出シェアの伸び率が客観的な指標となる。一方、経済水準の指標としては、購買力平価で計った1人当たりGDPを用いる。

 

国際競争力と経済水準には関係があるか

輸出競争力(国際競争力)と経済水準の関係を見ると、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのような先進工業国においては相関がなかった。一方、アジアの国(シンガポール、韓国、マレーシア、タイ)では、国際競争力の上昇とともに経済水準が増加するという関係が見られた。この結果から、先進工業国では関係がないが、発展途上国では関係があるといえる。その理由は、先進工業国では、輸出とは関係がないサービス産業の比率が高いからだと考えられる。つまり、一国の経済水準は、国内経済が効率的かどうかに注目する方が重要である。

 

最後に

賃金は為替と労働生産性によって決まる。「失われた10年」の途上にもかかわらず、ドル建ての賃金は2倍以上に膨れ上がっていた。結果として日本企業の経営は苦しくなった。経常収支黒字は海外への投資。為替レートを決める主要因は、ベースマネー、鉱工業生産指数、累積経常収支/名目GDP。労働をより多く含んだ製品を輸入すれば、それは労働をより輸入しているのと同じ。国際競争力よりも国内経済の効率性に注目すべき。マクロ経済を知らないと、適切な経営方針は立てにくい

次回は、経済停滞は政策の失敗によって生じる 金融政策の錯乱と規制強化についてまとめる。

新潮選書 日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学


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