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ウーリ・アロン 真の革新的科学のために、未知の領域へ飛び込むことが不可欠な理由

「真の革新的科学のためには、未知の領域へ飛び込むことが不可欠です」アロンは語りかける。ここでは、49万ビューを超える Uri Alon のTED講演を訳し、即興劇によって既知の領域と未知の領域の境界「モヤモヤ」を活かす方法に気づいた体験を理解する。

要約

物理学を専攻し博士課程で研究していた頃、ウーリ・アロンは自分のことを失格者だと思っていました。どの研究も行き詰まっていたからです。しかし、即興劇に救われ、彼は迷いの中にも喜びがあるのだということに気づきました。研究を、疑問と答えをつなぐ直線と見るのを止め、もっとクリエイティブなものと考えるよう科学者たちに求めます。専門分野を越えて共感できるメッセージです。

Uri Alon studies how cells work, using an array of tools (including improv theater) to understand the biological circuits that perform the functions of life.

 

1 科学で学ぶのは結果だけ。プロセスは学ばない

博士課程の途中で 私は行き詰まり どうしようもなくなりました。どの方向で研究を試しても ことごとく行き詰まりました。私の研究の基本前提が 立ち行かなくなったようでした。霧の中を飛ぶ パイロットになったような気分で どっちへ進めば良いか わからなくなりました。ヒゲも剃らず 朝 ベッドから 起き上がれなくなりました。大学の門を くぐるのも 私にはふさわしくないと感じました。アインシュタインやニュートンなど 科学者たちの研究成果を学び 自分は彼らと 全然違うと思ったからです。科学で学ぶのは結果だけ プロセスは学びませんからね。ですので 私が科学者になるなんて あり得なかったのです。

 

2 研究は疑問と答えの間にある一連の論理的な手順ではない

しかし私は十分な助けを得て 何とかやり遂げ 自然界について新発見をしました。それは素晴らしい感覚で 世界でただ一人 自然界の新たな法則に 気づいていることを静かに噛みしめました。私が博士課程で 2つ目のプロジェクトを始めると また同じことが起きました。私は行き詰まり やり遂げました。そこで考え始めました。パターンがありそうだ。他の大学院生たちに聞くと 「うん まったく同じことが起きたよ。誰も そんなこと教えてくれなかったけど」 私たちは科学を 疑問と答えの間にある 一連の論理的な手順のように学びますが 研究とは そのようなものとは まったく違います

 

3 即興劇は科学と同じで未知の領域へ入っていくもの

その頃 私は 即興劇の役者になるための 勉強もしていました。つまり 昼は物理 夜は笑ったり跳ねたり歌ったり ギターを弾いたりしていました。即興劇は 科学と同じで 未知の領域へ入っていくものです。監督も台本もなしで どんな役を演じるかも知らず 他の役が何をするかも知らず 舞台上で演技をしなければ ならないわけですから。しかし科学と違って 即興劇では舞台に上がれば どうなるか 初日のうちに教わります。ひどい失敗もするし 行き詰ることにもなると 申し渡されます。そこで 行き詰まっても創造性を 保てるよう練習します。たとえば 全員で円になり 一人ずつ世界最低の タップダンスをする練習がありました。他の人は皆 拍手を送って ダンサーを称賛し 演技を応援するというものです。私は教授になって 自分の学生の研究を 指導する立場になった時 また実感しました。どうしていいか わからない 物理や生物や化学なら 何千時間も勉強しましたが 助言の仕方や 未知の領域へ誰かを導く方法 動機付けについては 一時間たりとも 概念の一つたりとも 学んだことがなかったのです。

 

4 現実がスキーマと合わない例

そこで即興劇に立ち返り 学生たちに 初日のうちに 研究を始めたら何が起きるか 伝えました。これは研究の展開を捉える ― 心理的スキーマと関係します。なぜなら 何かをする時 人はいつも たとえば 私がこの黒板を触ろうとしたら 私の脳は まずスキーマを作り 私が手を動かすより先に 筋肉がすることを正確に予想します。そして もし邪魔が入れば スキーマが現実と合わず 認知的不協和というストレスを生じます。だからスキーマは現実と 合わないと困るのです。しかし もしあなたが 教科書通りの科学を そのまま信じていたら 研究について次のようなスキーマを 持つことになるでしょう。Aを疑問 Bを答えとしますね。研究は 直線でつながる道です。問題は 実験がうまく行かなかった場合 もしくは学生がやる気を失った場合 それは完全な間違いと受け止められ とてもつもなく大きなストレスになります。だから私は自分の学生に もっと現実的なスキーマを 教えています。まさに これが 現実がスキーマと合わない例ですね (笑) (拍手)

 

5 自分の基本前提が意味をなさなくなったように感じられる場所「モヤモヤ」

私は学生に別のスキーマを教えます。Aが疑問で Bが答えとして モヤモヤの中でも創造を忘れず そして研究を始めれば 実験失敗 実験失敗 また失敗 また失敗 ネガティブな感情が渦巻く点に 到達します。自分の基本前提が 意味をなさなくなったように 感じられます。足元のカーペットを誰かに グイッと引っ張られたような気分です。この場所を「モヤモヤ」と呼んでいます。モヤモヤの中で 迷子になることもあります。丸1日 1週間 1ヶ月 1年 研究生活の間 ずっと でも時に 運が良く 十分な支援を受けることが出来れば 手元の材料から あるいはモヤモヤの全体像を 考えているうちに 新しい答えが見つかります。Cです。そして それに向かって頑張ろうと 思うのです。そして実験失敗 実験失敗 でも そこに たどり着いて AからCへの矢印を 論文にして公に発表します。それは素晴らしい方法ですが そこへたどり着くまでの途中経過を 忘れがちです。

 

6 モヤモヤは既知の領域と未知の領域の境界の番人

このモヤモヤは研究に内在し 我々の仕事に内在しています。なぜならモヤモヤは 境界の番人だからです。見張りをしているのです。既知の領域と 未知の領域の境界で 真に新しいことを発見するためには 基本前提のうち 最低でも1つは 変えざるを得ません。それは科学の世界では かなり勇気の要ることです。日々 私たちは自分自身を 既知と未知との境界に立たせ モヤモヤと直面しています。私はBを既知の国に置きましたよね。Bは既に知っていたわけですから しかしCはBよりも 常に興味深く より重要なのです。Bがないと研究は始まりませんが Cは もっとずっと意義深く それこそが研究というものの 素晴らしいところなのです。

 

7 「素晴らしい。君は今 惨めだろう」

「モヤモヤ」という言葉を知るだけで 私の研究グループ内は一変しました。学生が私のところへ来て 言います。「先生 モヤモヤに入っちゃった」 私は こう返します。「素晴らしい 君は今 惨めだろう」 (笑) 実際 私は少し喜んでいます。なぜなら既知と未知の境界に 私たちは近づいているのかも知れず 真に新しい何かを発見する 見込みがあるからです。そう考えるようになれば モヤモヤは普通のことで さらに不可欠で 美しくさえあるのだと わかります。「モヤモヤに感謝する会」にも 入会できますし 自分を ひどく責める感情も 排出できます。指導者として 私がすべきことは その学生の支援に力を入れることです。心理学の研究によると 人は恐れや絶望を感じた時 視野が狭まり 無難で保守的な考え方しか しなくなるからです。モヤモヤを抜け リスクを伴う 道の探求を望むなら 他の人とつながることで感じる 連帯感、支援、希望といった 感情が必要です だから即興劇と同様に 科学で最良なのは未知の領域に 誰かと共に入っていくことです。

 

8 「Yes, and」と言って提案を受け入れさらに膨らませていく

だから モヤモヤについて知ると 即興劇から モヤモヤの中で会話をするのに有効な 手段を学ぶことが出来ます。これは即興劇の 中心原理に基づきます。私は また即興劇に 救われたわけです。「Yes, and」というもので 共演者の提案に「そうだね そして」と 応えることです。つまり「Yes, and」と言って 提案を受け入れ さらに膨らませていくのです。たとえば もし一人が 「水たまりがある」と言い 他の役者が 「いや ただの舞台だよ」と言ったら 即興は終わりです そこでおしまい 誰もが不満を覚えます これは遮断と呼ばれます コミュニケーションに気を配らなければ 科学に関する会話は 遮断だらけになります。

 

9 「Yes, and」は私たちの内なる批評家を黙らせる

「Yes, and」だと こうなります。「水たまりがある」 「本当だ 飛び込んでみよう」「あっ クジラだ!尻尾を捕まえよう」 「月まで連れて行かれちゃう!」「Yes, and」は私たちの 内なる批評家を黙らせます。内なる批評家は私たちの発言を 管理し 他人に 非常識、狂っている、凡庸と 思われないようにしています。科学では凡庸と 見られるのは恐怖です。「Yes, and」は 内なる批評家を黙らせ 自覚していなかった潜在的な 創造力を解放します。それがモヤモヤに関する 答えをくれたりするのです。

 

10 ネットワーク・モチーフの発見のいきさつ

そんなわけで モヤモヤや 「Yes, and」を知ることは 研究室を創造性あふれるものにしました。学生たちは互いのアイディアに 反応し始め 物理学と生物学が融合した分野で 私たちは驚くべき発見をしました。たとえば私たちは1年にわたり 細胞内の難解な 生化学ネットワークの解明に行き詰まり 「モヤモヤの深みに はまった」 と言っていました。陽気な会話の中で 私の学生の シャイ・シェン=オー が 言いました 「このネットワークを紙に描いてみよう」 それで私は 「でも それはもう何度もやって ダメだっただろう」 とは言わず 「そうだね。そして 特大の紙を使おう」と言い するとロン・ミロが 「建築の設計図みたいな 巨大な紙を使おう。印刷は任せて」と言いました。そのネットワークを印刷して 検証したところ 最も重要な発見につながりました。この複雑なネットワークは いくつかの簡単な 繰り返し現れる相互作用パターンだけで できているのです。ステンドグラスのモチーフの ようなものです。これをネットワーク・モチーフと呼び その基本回路は 我々の体を含む あらゆる生命体における細胞の 意思決定の論理を 解明するのに役立ちます。

 

11 自分の研究室はなるべく創造的にしよう

その後 ほどなくして 私は講演に招待されるようになり 世界中の何千もの 科学者の前で話しましたが 「モヤモヤ」や 「Yes, and」の知見は 研究室内に留まったままでした。科学の世界では プロセスなど 主観的 感情的な話はせず 話すのは結果だけですから 学会で話題にすることは一切なく あり得ないことでした。やがて私は よその科学者たちが 自分達の現状を説明する 術もないまま行き詰るのを見ました。彼らの考え方は 無難な方に狭まり 研究の可能性は最大限に発揮されず 彼らは惨めでした。私は思いました。それが現実だ。自分の研究室は なるべく創造的にしよう。どこの研究室もそうしたら 科学はいずれ より豊かに より良くなるんじゃないか。

 

12 私が科学の文化に変化を起こせばいい

その考え方は覆されました。エヴリン・フォックス・ケラーの 女性科学者としての経験談を たまたま聞きに行った時のことです。彼女は こう投げかけました 「なぜ私たちは 科学をやる上での ― 主観的 感情的な面を 語らないのでしょう。これは偶然ではありません。価値観の問題なのです」 科学が追求しているのは 客観的で合理的な知見です。そこは科学の美しいところです。しかし文化的な神話もあります。科学をやるということは その知見を目指す 日々の行為も また 客観的で合理的であるはずだ というものです。ミスター・スポック並みにね。物事を客観的で合理的だと 分類すれば おのずと その反対側にある 主観的で感情的な物事は 非科学的 あるいは反科学 科学への脅威という分類になるので それについては口を閉ざすのです。科学には文化があると聞いて 私の中で 全てがすとんと腑に落ちました。科学に文化があるなら 文化は変えられますし 可能な限り働きかけて 私が科学の文化に 変化を起こせばいいのです。私はさっそく 次の学会の講義で 自分の科学について話し 続いて 科学をやる上での 主観的で感情的な面の大切さと その対処法を語りました。聴衆に目をやると 冷ややかなものでした。10本も研究発表が続く 学会という場で 私の言葉は 聴衆の耳に届きませんでした。私は学会があるたびに 何度も挑戦しましたが 理解は得られませんでした。私はモヤモヤの中でした。

 

13 「またスクープだ」というブルースの歌

最終的に私は即興と音楽を使って モヤモヤから なんとか抜け出しました。以来 学会に行くごとに 科学の話の後 「研究室での愛と恐れ」と呼ぶ 第2部の特別な話をします。それは歌で始まります。テーマは科学者たちにとっての 最大の恐怖 ― 一生懸命 研究をして 新しい発見をしたと思ったら 他の誰かに 先に発表されてしまうことです。それを「スクープ」 と 呼んでいます 先を越された気分は最悪です。お互いに話すのが怖くなります。これは良くないです。科学をやる目的は アイディアを共有し 互いに 学ぶことのはずですから。それで私は あるブルースの歌を 演奏します。それは ―(拍手) 「またスクープだ」という題です。皆さんに合いの手を お願いしています 「皆さんのセリフは 『スクープ スクープ』ですよ」 こんな感じで 「スクープ スクープ!」 こんな感じです。

また先を越されちゃった。スクープ!スクープ!では行きますよ。また先を越されちゃった。スクープ!スクープ!また先を越されちゃった。スクープ!スクープ!また先を越されちゃった。スクープ!スクープ!また先を越されちゃった。スクープ!スクープ!ねぇママ この痛みがわかるでしょ。神様 助けて また先を越されちゃった (拍手) ありがとうございます。合いの手に感謝します。こうして皆 笑い始め 一息ついて 自分の周りには同じ問題を抱える 科学者がいると気づき 研究をする上で現れる 感情的 主観的なことについて話し始めます。重大なタブーが消えたように感じます。ついに 私たちは これを学会の場で 話せるのです。そして科学者たちはグループを作り 定期的に会って 学生の指導や 未知の領域へと入る時の 感情的 主観的なことについて 語り合う場を設けました。さらに科学をやる過程や 未知なる領域へ 共に入って行くことなどについての 講座まで始めました。

 

14 モヤモヤは1人ではなく、誰かと共に切り抜けよう

私の展望は 科学者なら皆「原子」という言葉や 物質が原子からできていると 知っているように 科学者が皆「モヤモヤ」や 「Yes, and」を知り 科学が もっともっと創造性を発揮し 私たち皆のために予期せぬ発見を どんどんして もっと遊び心を持つようになることです。この話の中で覚えておいてほしいのは 仕事にせよ 人生にせよ 解の見つからない問題に 今度 直面した時には この言葉を思い出すことです。「モヤモヤ」 モヤモヤは一人ではなく 誰かと共に切り抜けます。あなたの考えに「Yes, and」と言い あなた自身も自分の考えに 「Yes, and」と言えるよう 助けてくれて モヤモヤのたなびく中 あの静かな感覚に出会う可能性を 広げてくれる誰かです。その時 初めて見えてきます。あなたの予期せぬ発見 あなたにとっての「C」の兆しが。ありがとうございました(拍手)

最後に

研究は疑問と答えの間にある一連の論理的な手順ではない。即興劇は科学と同じで未知の領域へ入っていくもの。既知の領域と未知の領域の境界「モヤモヤ」。人は恐れや絶望を感じた時、視野が狭まり無難で保守的な考え方しかしなくなる。「Yes, and」と言って提案を受け入れ、さらに膨らませていく。「モヤモヤ」に感謝し、誰かとともに切り抜けよう

和訳してくださった Emi Kamiya 氏、レビューしてくださった Makoto Ikeo 氏に感謝する(2013年6月)。

即興<インプロ>の技術


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