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アイオ・ティレット・ライト 「フィフティ・シェイズ・オブ・”ゲイ”」

「自分がどれだけゲイかパーセントで言えますか?同性愛者の境界はどこにしますか?」ライトは語りかける。ここでは、120万ビューを超える iO Tillett Wright のTED講演を訳し、自分をLGBTQだと認識している人でも「どっちつかずの領域」に属していることの意味について考える。

要約

写真家のアイオ・ティレット・ライトは自分がLGBTQ(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー・ジェンダークィア)だと認識している2,000人の写真を取りました。その際「自分がどれだけゲイかパーセントで言えますか」との質問しました。その結果、ほとんどの人は100%ゲイでもなく100%ストレート(異性愛者)でもなく「どっちつかずの領域」に属していることがわかりました。これは差別の問題に根本的な問題を提示します-どこに境界線を引きますか? (TEDxWomenで撮影)

As a child actor, iO Tillett Wright turned her shoes around in the bathroom stall so that people would think she was a boy. As a teenager, she fell in love with both women and men. Her life in the grey areas of gender and sexuality deeply inform her work as an artist.

 

1 人は初めて出会った瞬間からお互いを分類している

人は初めて出会った瞬間から お互いを分類しています 「この人はあぶないか 魅力的か」 「将来の恋人や人脈になりえるか」 私たちは頭の中に 出会った人の履歴書を作ろうと尋問を始めます 「お名前は」「出身は」 「何歳ですか」「お仕事は」 そしてどんどん個人的な質問になります 「性病にかかったことがありますか」「離婚したことがありますか」 答えている間にも息が臭いかどうか判断したり 「趣味は」「好きな有名人は」 「男性と女性 どちらが好きか」

 

2 私たちは同類の人を探し求めるようにできている

これは仕方ないです。私たちは同類の人を探し求めるようにできています。受け入れられるという感覚を感じるようになれば 派閥をつくります。同じ音楽の趣味 人種 性別等の共通点から人と人とのつながりを持とうとします。自分の決めたことが肯定される場所を探しているのです。でも たまに 「お仕事は?」という問いが 小さい箱に自分を押しこめと言っているように感じます。なぜなら 分類するということは制限するということです。箱は小さすぎて 場合によって 危険になる可能性があります。

 

3 私は過保護な環境で育った

この問題について深く話す前に私の話を少しだけします。私は過保護な環境で育ちました。私が育ったのは1980年代 マンハッタンのダウンタウン パンク音楽の中心からたった2ブロック離れた場所です。宗教による偏見や 社会的制約の痛みから守られてきました。そこでは 過激思想 女装趣味の持ち主もしくは 何らかの大道芸人でなければ 変人でした (笑) 変わった生い立ちですよね。ただ ニューヨークで育った子どもとして 自分の本能を信じること 自分の考えをやり遂げることを学びました。

 

4 6歳の時男の子になると決め、8年間男の子として生活した

なので 私は6歳の時男の子になると決めました。ある日学校で 男の子たちが言ったのです「女の子にはバスケットボールをさせない」と。そこで家に帰り 髪を剃り 次の日学校で 「私は男の子だよ」と言いました。だれもわかりませんよね? 6歳には可能なんです 私は皆に女の子だと知られたくなかった。それは成功して 私は8年間男の子として生活しました

 

5 だれも女の子が男の子の役を演じていると知らなかった

これが11歳の私です。映画『ジュリアン・ポーの涙』でウォルターという男の子を演じてました。クリスチャン・スレーターにくっついて困らせていたガキです。この子役の経験がさらに男の子としてのアイデンティティーを強くしました。だれも女の子が男の子の役を演じていると知らなかったのです。さらに言えば 私の周りの人たち例えば 先生 そして友達 一緒に働いた映画監督でさえ私が女の子だと知りませんでした。教室では同級生が私に近付き喉仏を確認するため喉をつかんだり 股をつかんで何があるかを確認してきました。トイレの個室では靴を180度回転して 立って使っているように見せました。お泊り会では 女の子たちに カミングアウトせずに キスさせない方法を考えて不安になっていました。

 

6 14歳のある朝、また女の子になることを決断した

しかし はっきりいいますが 私は自分の体や性別を嫌っていませんでした。間違った体だとは感じず入念に演技をしている感覚でした。なのでトランス・ジェンダーには当てはまりません。しかし もし私の家族がセラピーなどを真に受ける人でしたら 私を性同一性障害とみなし ホルモン治療を施し私は思春期を迎えなかったかもしれません。でも私の場合 14歳のある朝また女の子になることを決断しました。思春期に達し女であることはどういうことか 見当もつきませんでしたが本当の私を探す準備はできました。

 

7 私は成長とともに変わってもありのままでいられた

子どもが私のようにふるまった場合 カミングアウトは必要ないですよね? 誰もびっくりしません (笑) 私は親に同性愛者なのか違うのかはっきりしなさいと言われたことはありませんでした。15歳の時 父に恋をした と伝えました。初恋の人が女性でありそれが何を意味するかは 私たちにとって重要ではありませんでした。3年後に男性と恋に落ちても 両親は瞬きすらしませんでした。自分が何者か規定する必要がなかったのは私の変わった生い立ちの 大きな幸運の一つです。私は成長とともに変わってもありのままでいられました

 

8 政教分離の議論が私の周りに境界線を作り始めた

さて4年か5年前ぐらいから 住民投票事項8番同性婚の権利の平等化に関する議論が 国内で大きくなっていました。その時 結婚に関してあまり考えていませんでしたが 差別という汚れた歴史を持つアメリカが同じ過ちを繰り返そうとしていることに 衝撃を受けました。討論をテレビで見て興味深かったのは 住む人が政教分離を信じるか信じないか それによってこの国に 境界線が引かれていたことです。そしてその議論は私の周りに境界線を作り始めました

 

9 人によって男性でも女性でも好きになるおてんば娘だった

これが二者間の戦争であれば 私は自動的にチーム同性愛者に入れられます。私は完全な異性愛者じゃないからです。その時の私は 8年間の 紆余曲折を経たアイデンティティ・クライシス つまり男の子に始まり男の子に見える女の子になり その正反対に位置する 男に尽くしすぎる女の子らしい女の子になっていたのを 乗り越えて ためらいながらも本当の自分を探し始めたところでした。それは人によって男性でも女性でも好きになるおてんば娘でした

 

10 私は法律的に明確に「準」国民だった

1年間 私のような 新世代のどちら側にも属していないと感じる 女性の写真を撮っていました。レースの下着を着ながらスケートボードを楽しんだり 男性の髪型にかわいいネールをする女性 擦りむいた膝に似合うようにアイシャドーをつけたり 女の子が好きな女の子や女の子も男の子も好きな男の子 皆 何かに縛られるのが嫌いです。彼らが好きで 彼らの持っている自由を尊重していました。しかし 私たちが存在しないところで 爆発的な議論が巻き起こり 評論家たちが私たちの愛と動物の愛を比べるのを見たとき 私の一面だけを切り取り 私が少数派だと私の母国が決めつけていることに 強い危機感を感じました。私は法律的に 明確に「準」国民でした

 

11 写真を通じてお互いを紹介しようと思った

活動家でもなく 旗振り役もしたことがありませんでしたが 次の疑問に憑りつかれました。私が知っている人達の一面を切り取り 権利を奪うようなことに 投票する権利が誰にあるのか? 何を持って 私たちのグループが平等な権利を得るのに値しないと言うのでしょうか? そもそも私たちはグループなのか?何のグループなのか? 彼らは差別の被害者と会ったことすらないのではないか? 誰に対して どんな影響があるか知りながら投票しているのか?そして はっと気がつきました。もし 皆が 「準」国民と 分類している人々の 目を深く見れば投票しづらくなるのではないかと。投票を躊躇するかもしれないと。もちろん2千万人を集めてパーティーを開くのは不可能です。そこで写真を通じてお互いを紹介しようと思いました。照明も使わず 編集もせず 何一つ私が手を加えない写真を使って。写真では ライオンに噛み付かれる心配もなく顔を観察できます。

 

12 100%異性愛者でない人たちの写真を撮って回ることにした

私にとって 写真撮影とは写真を見せるだけではなく 写真を見た人に 新しい何か 例えば 行ったことのない場所 そして何より 知らずに恐れていた人々に触れさせるものです。雑誌『ライフ』は写真を通して 多くの人たちに 遠く離れた文化を紹介してきました。それで私は単純な顔写真をシリーズにすることにしました。マグショット集です。つまり この国の100%異性愛者でない人たちの 写真を撮って回ることにしたのです。実は いくらでもそういう人がいるんですよ(笑)

 

13 アメリカのLGBTQ達の写真ドキュメンタリー「自明の真実」

これは大変なプロジェクトで 完成するには 人々の助けが必要でした。2年前の2月 私は すごい寒い中 心当たりのある人たち全員の 写真を撮るために奔走しました。そしてそれらの写真を携え HRC(国連人権委員会)に支援を求めニューヨークでの 2週間におよぶ撮影会の資金が提供されました。そして このようなものが出来上がりました(音楽)ニューヨークで生まれ育ったアーティストのアイオ・ティレット・ライトです (音楽)「自明の真実」はアメリカのLGBTQ達の写真ドキュメンタリーです。100%異性愛者ではなく 何らかの形で LGBTQに属すると考えている人たちの単純な肖像を撮りました。これらの単純な顔写真を通して彼ら一人一人の 人間性に触れてほしいと思っています (音楽)「われわれは 以下の事実を自明のことと信じる。すなわち すべての人間は生まれながらにして平等である」 独立宣言に書かれた この国家の礎を私たちは守っていません。アメリカには平等がぜんぜんありません。 [ あなたにとって 平等とは何か?] [ 結婚、自由、人権 ] [ 自分と同じように他人をあつかうこと ] 難しく考えなければ 単純なことです。この権利の平等を求める戦いは同性婚に限りません。この国の半分以上の29州では 合法的に 性的嗜好を理由にクビにされることがあります。

 

14 だれが平等に責任を持つか

[ だれが平等に責任を持つか ] 何百人もの人々が同じ答えを言いました 「 私たち全員が責任を持つと」 これまでニューヨークにいる300人の写真をとりました。これはHRCの惜しみない 支援なしには達成できませんでした。私はこの取り組みを全国で行いたい。アメリカの25都市を訪れ4000人から5000人の写真を撮る。これが私の人権運動への貢献です。彼らの顔を見て「私たちと同じ権利が あなた達には許されない」と言えますか? 言えませんよね (音楽)

 

15 顔を見せたがっていた人は期待していたより多かった

[「自明の真実」] [「アメリカ 4000人の顔」](音楽) (拍手)この後に起こったことにはびっくりしました。全国で85000人がそのビデオを見て 彼らからEメールがたくさん届きました。私たちの町に来て彼らの顔を紹介してくれと。そして顔を見せたがっていた人は期待していたより多かったのです。そこで目標を10000人に変更しました。さきほどのビデオは2011年の春に撮影されて そして今日までに 私はすでに20の都市を訪れ 2000人の顔写真を撮りました。これは講演会ですが 少しだけ 彼らの顔を紹介するために静かな時間をください。なぜなら 付け加える言葉がないからです。百聞は一見にしかずで これらの顔写真を表現するには 新しい言葉が必要です。

 

16 見えること、親しむことが共感への入り口

オクラホマやテキサス等の州を訪れそこに住む人々と話した結果 私たちの考えは正しかったことを確信しました。見えることこそ本当に大切なのです。親しむことが共感することへの入り口なのです。もし問題が近所の人たちやあなたの家族のものだったら あなたは共感を持ってそれに接するか新しい視点で見つめるはずです。もちろん 道中では 自分の子どもを 異性愛でないという理由で離婚させた人にも会いました。しかし同時に娘がレズビアンだったため 保守的な南部バプテスト派を抜けた人にも会いました。共感を起こすというのは「自明の真実」のバックボーンです。でも私がこの取組から学んだもっと興味深いことは 「自明の真実」は私たちと異性愛者の違いをなくすわけではなく 実は 逆に浮き彫りにします。この取り組みは 個性が違う たくさんの人がいるというだけでなく 各人の中にも色々な側面があることを映し出しています。箱が多すぎるわけではなく箱が足らなかったのです。

 

17 100万通りの同性愛がある

ある日 「同性愛者」を撮るというのは間違っていると気が付きました。なぜなら100万通りの同性愛があるからです。私は彼らを助けようとしながらも 自分が最もしたくなかったこと つまり彼らを箱に押し込んでしまっていたのです。ある時から私はアンケートに質問を加えました 「自分がどれぐらい同性愛者か0から100%で答えてください」 「自分がどれぐらい同性愛者か0 から100%で答えてください」 たくさんの自我の崩壊が見られました (笑) こんな考え方は今までなかったのでどうすればいいか分からなかったのです。性的嗜好の寸法は取れるのでしょうか? 衝撃を克服した後 ほとんどの人が70-95%もしくは 3-20%を選びました。もちろん どちらか一方を選んだ人もいました。でもより多くの人が もっと曖昧な所に自分がいると認識していることがわかりました。ほとんどの人は「グレー」と私が言っている部分にいます。

 

18 人は多面的で、色々な性的嗜好の度合いを持つ人がいる

大事なことははっきりさせておきたいのですが 嗜好がないと言っているわけではありません。そしてこの嗜好が生まれつきか選択したのか討論する気はありません。もしあなたが性的嗜好は選択された と信じていたら「グレー」になろうとしてください。写真を撮ってあげますよ (笑) 私の言おうとしていることは人は多面的だということです。この質問表の結果が示唆する大切なことは 同性愛者がこちらにいて 異性愛者が今度はこちらにいるとすると ほとんどの人がどちらかの極端に近いところにいるとはいえ その間にも 色々な性的嗜好の度合いを持つ人がいるということです。

 

19 同性愛者の境界線はどこにしますか?

また これは複雑な現実を浮き彫りにします。例えば 同性愛者のような行動を とった人をクビにできるという法律を通したとします。同性愛者の境界線はどこにしますか? 一つや二つ 異性愛を経験したここらへんになりますか? それとも 同性愛の経験が一つや二つあるこちらになりますか? どのあたりから人は「準」国民になるのでしょうか? そしてこのプロジェクトを通してもう一つ気がついたのは 性的嗜好というのはなんて弱いくくりだろうということです。たくさんの場所に行きたくさんの人に出会い 分かったことは LGBTの中にもいい人 性悪 民主党の支持者 共和党の支持者 男らしい人 女らしい人 おおよそ考えられうる 様々な種類の人たちがいます。私たちは皆 異性愛者でないことから不利な法律にしばられ 差別や苦難を受けてきましたが そこ以外で 共通点があるとは限らないのです。

 

20 「自明の真実」が映す人々の顔は無限に増え続けている

「自明の真実」が映す人々の顔は無限に増え続けています。そしてもっともっと色々な所で見られて欲しい。バス停で 広告板で フェイスブックでスクリーンセーバーで この人間らしさを探る旅の中で興味深くて 有益なことが起こるかもしれません。願わくば この様な人の分類 あまりに単純な箱 それらがどんどん無駄で意味のないものになって欲しいと思います。なぜなら 本当にこれらの箱は私たちの見ているもの 知っている人 私たち自身について何一つ語っていないのです。私たちは人が皆 色々な側面を持っていることを知っています。それらを見ると 彼らの人間性を否定するのは難しくなります。せめて人権を否定するのが難しくなるといいと思っています。

 

21 私たちを一人の同じ人間として受け入れてください

あなたは私個人から 家を買い 結婚し 養子をもらい 自由に住み 買い物をする 権利を奪うことを選びますか? あなたは私個人を 子ども 兄弟 親 ご近所 従兄弟 叔父さん 大統領 警察官 消防士であることを 認めないことを選びますか? でも もう遅いのです。なぜなら私はすでにその全てだからです。私たちはすでにその全てであり今までもそうでした。ですから私たちを見知らぬ人ではなく 一人の同じ人間として受け入れてください。ありがとうございました(拍手)

最後に

人は初めて出会った瞬間からお互いを分類している。分類するということは制限するということ。6歳のときに男の子になると決め、14歳のときに女の子に戻ると決めた。人によって男性でも女性でも好きになるおてんば娘だった。アメリカのLGBTQ達の写真ドキュメンタリー「自明の真実」見えること、親しむことが共感への入り口。人は多面的で、100万通りの同性愛がある。箱は無限にある

 

和訳してくださった Timote Loketi 氏、レビューしてくださった Makoto Ikeo 氏に感謝する(2012年12月)。

LGBTQってなに?―セクシュアル・マイノリティのためのハンドブック―


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