前回は、世にも不思議な不動産市場 借地・借家権と定期借家権についてまとめた。ここでは、保険の原理は死の宝くじ 生命保険の仕組みについて解説する。
1 定期保険と宝くじ
生命保険の単価
生命保険は、顧客に単価を知らせずに分割払いで販売されている唯一の商品である。本来は単価がついているが、その値段が高いため分割払いが一般的になっているだけである。
保険商品の最大のポイントは、それまで納めた保険料の額に関わらず、死亡すれば満額の保険金が支払われるという保障性である。生命保険の主力商品は、この保障性に貯蓄性という銀行の積立預金のような要素が加わっているため、非常にわかりにくい形態になっている。例えば、代表的な商品の定期保険は保障性を買うもので、貯蓄性はほとんどない。一方、養老保険は保障性よりも貯蓄性をメインにした商品で、終身保険はその中間に当たる。
金融機関ごっこ
友人10人が集まって金融機関を作るというゲームをやるとする。出資金は1人10万円で、合計100万円が集まるものとする。例えば、出資した仲間のひとりに貸す場合、その人間が事業に失敗すれば丸損なため信用リスクがある。また、そのお金を何かに投資した場合、その商品が値下がりするという市場リスクがある。さらに、この10人の中で最初に死んだ人間の家族に100万円全額をあげると決めることもできる。出資した時点では誰が最初に死ぬかはわからないため、確率は平等になる。これが保険の原点である。
保険は宝くじと同じ
こうして見ると、保険の原理は宝くじと同じことがわかる。宝くじと保険の違いは、「当選」した人が死んでいるか、病気になっているか、車にはねられているか、家が火事で焼けているかなど、何らかのひどい状態になっていることである。つまり、宝くじの仕組みをお金儲けに使えばギャンブルになり、リスクヘッジに使えば保険になるということである。
確率のリスクと大数の法則
また、宝くじは当選総額が決まっているが、保険は保険金総額が決まっていないという違いもある。これは、宝くじが当選総額よりも売上が低い場合に赤字になるという販売リスクがあるのに対し、保険は保険金の受取人が予定よりも増えてしまうと赤字になるという確率のリスクがあるといえる。しかし、保険加入者が一定程度増えて、死亡率(疾病率、損害率)などの過去のデータが揃っていれば、支払わなければならない保険金額が高い精度で予測できる。このように、対象が増えれば確率の精度が上がることを大数の法則という。すなわち、保険商品は保険金の支払い予測に必要経費を乗せて保険料を決める、という仕組みになっているのである。
リスクと保険料
保険料は事故率(リスク)に応じて決まる。例えば、確率的に滅多に死なない20歳の人の保険料は安いが、85歳の人の保険料は高いというものである(定期保険の場合)。また、自動車保険などではこうしたリスクを細分化して販売している。例えば、事故を起こす確率の高い20代の保険料を引き上げ、安全運転をする人が多い中高年の保険料を引き下げるなどである。
こうした発想を生命保険(医療保険)に適用すると、「ノン・スモーカー割引」や「健康体割引」になる。このように、自分のリスクにあった保険料に設定されている保険を選ぶことが大切である。
自分のリスクに合った保障を
また、保障性を重視する定期保険を考えるときに重要なのが保険金額である。火災保険などの損害保険の場合は、冷静にリスクと保険料のバランスを考えて保険金額を決めている人が多い。しかし、生命保険の場合は「命の値段」や「大切な家族のための保険」などという感情的な言葉に流されがちで、多くの人が自分が死んだ方が家族は得という本末転倒の状態になりがちである。ライフネット生命社長の岩瀬大輔氏が著書(『生命保険のカラクリ』や『がん保険のカラクリ』)で述べているように、「保険は不安を煽って買わせる商売」という側面がある。
みんなが保険金をもらえる仕組み
終身保険とは、保障が一生涯(終身)続いて、死亡した時点で必ず一定額の保険金が支払われるという商品である。これは、加入者から預かった保険料を運用して利益を得るもので、元金(保険金)と利回りを保証する銀行の定期預金に近いタイプである。
予定利率と保険料
予定利率とは、契約者との約束を果たすために義務づけられた利率のことで、定期預金の金利のようなものである。例えば、10万円を貯金して20年後に20万円にするための利率は、約3.5%である。すなわち、平均生存期間が20年の人たちから10万円の掛け金を集め、死亡時に20万円を支払う保険を販売するためには、預かった掛け金を3.5%以上で運用すればよい。
銀行預金の場合、金利が高いと満期時の受け取り金額が多くなるが、保険の場合受取額(保険金)はあらかじめ決まっているので、予定利率が高いと保険料が高くなり、予定利率が低いと保険料が高くなる。
このように、生命保険の保険料は予定利率(利差)、事故率(死差)、経費率(費差)の3つによって決まる。掛け捨て型の定期保険や損害保険の場合は、運用部分の影響が少ないので、主に事故率と経費率によって保険料が決まる。貯蓄性の高い養老保険は予定利率の影響が強い「保険付定期預金」のようなものである。
2 配当と解約返戻金
有配当と無配当
保険商品は安全性を重視するため、予想される保険金支払額に対して常に多めに保険料を徴収している。そうして会社にたまった利益を加入者へ還元するのが配当である。通常は年2回、保険会社の決算時に加入者への配当額が決定され、通知される。
日本生命や明治安田生命などの保険相互会社の場合、保険業法によって利益の80%以上を配当として契約者に還元しなければならないと定められている。しかし、その配当を誰にどのように支払うかは、保険会社が自由に決めていいことになっている。
そこで、多くの生命保険会社がやっているのが、バブル期の高い予定利率で契約した保険は配当率を下げ、現在の低い予定利率の保険には配当を手厚くしている。他にも、重点的に販売している主力商品の配当を厚くしたり、配当をなくすことで保険料を下げるなどの戦略をとるところも出ている。こうした配当が支払われる保険を有配当型、配当が支払われない保険を無配当型という。
解約返戻金
解約返戻金とは、中途解約の際に支払われる払戻金のことである。しかし、定期保険のような保障重視の保険ではまだよいが、終身保険においてこれに期待するのは非常に不利である。なぜなら、終身保険の保険料の一部を中途解約のために積み立てているに過ぎず、純粋な金融商品で行う利回りには到底及ばないからである。つまり、終身保険に貯蓄性を期待せず「保障と貯蓄の分離」をした方がはるかに有利である。
定期保険の解約返戻金
定期保険の場合、解約返戻金が一番多くなるところで解約するのがおすすめである。例えば、10年ものの定期保険だと8年目、15年ものだと12年目である。よく知られている商品に、中小企業の社長向けに開発された大型・長期の定期保険がある。いわゆる節税対策で、法人名義で保険に加入すれば、保険料を損金で落とすことができる(現在はケースバイケース)。
格安生命保険の登場
無配当かつ解約返戻金を無しにすることで、ムダのない格安生命保険が登場してきた。例えば、ライフネット生命やオリックス生命などである。このように、配当の有無と解約返戻金の有無の組み合わせで、4タイプの保険商品がある。両者があるほど保険料が高く、ないほど保険料が安くなるのである。
3 個人年金と変額保険
保険金と個人年金
保険金の支払い方で、異なる2つのタイプの商品が生じる。通常、加入者が死亡した場合、保険金は一括で支払われる。この保険金を分割で支払うと個人年金になる。個人年金の場合、支払われずに保険会社が預かっている保険金に対して運用益が加算されていく。この個人年金に事故率を当てはめて、加入者が生きている間ずっと支払われるように設計したものが終身年金である。
定額保険と変額保険
保険は支払う保険金を定額にするのか、運用成績によって変動させるのかで分類することもできる。なお、日本の保険のほとんどは定額保険である。
確定拠出年金
確定拠出年金(日本版401kプラン)とは、変額年金のことである。保険料(拠出金)だけが確定していて受取額は未確定(運用結果次第)なため、「確定拠出」の名称がつけられたのである。なお、国民年金などの従来の年金は、定額年金(確定給付型年金)といえる。
変額保険の悲劇
日本に変額保険がない理由は、借金と変額保険がバブル期に相続税対策として使われたからである。相続税法26条は、保険事故が未発生の生命保険契約を「既払保険料の合計額の70%から保険金額の2%を控除した額」で評価することにしていた。そのため、10億円の土地を所有していても9億円の借金(保険料)があれば、約7割の5億6000万円程度しか相続税の対象にならなかったのである。なお、2003年の税制改正で「相続税法26条」の廃止が決まっている。
変額保険で金利を払う
しかし、この相続税対策にもひとつ問題があった。被相続人がすぐに死亡すればいいのだが、そうでない場合いつまでも9億円の借金が残ってしまうのである。そこで、ハイリターンの変額保険に加入して、その運用益を金利の支払いに使うという仕組みを、当時の銀行や保険会社が生み出した。しかし、運用益が保証されているわけではないため、非常にハイリスクのあるものだった。
破綻したスキーム
この状態でバブル崩壊が起こり、株価が下落して変額保険の運用成績がマイナスとなり、金利の支払いが滞るということが起こった。その結果、銀行は担保不動産を差し押さえ、それでも地価の下落により融資全額を回収することができずに差額分を保険加入者に請求し、加入者はすべての資産を失うことになったのである。これが変額保険の悲劇である。この悲劇があるからこそ、日本においては変額保険や変額年金というシンプルな名称ではなく、確定拠出年金という難しい名称になっているのである。
ジグソー・パズル
これまで述べてきたように、保険には通常の金融商品と異なって、確率の要素(ギャンブル性)が加わっている。それ故に、不利な立場におかれやすいように注意する必要がある。以下に、保険を構成する要素を6つに整理する。
- 貯蓄性と保障性:運用リスク(予定利率)と確率のリスク(事故率)。養老保険、終身保険、定期保険(医療保険)
- 保険料の支払い方:一括払い+分割払い、分割払い(年払い・月払い)、一括払い
- 保険金(解約返戻金)の受け取り方:一括払い+分割払い、分割払い、一括払い
- 配当:あり、なし
- 解約返戻金:あり、なし
- 保険金:変額保険、定額保険
4 医療保険
公的保険と民間保険
医療保険とは、病気やケガで入院して医療費がかさんだり、収入が得られなくなるリスクをヘッジするものである。こうした医療保険には、日本国が運営する公的医療保険(健保組合を含む)である国民健康保険制度と、民間の保険会社が提供する個人医療保険がある。
公的医療保険は治療費の一定部分(原則7割)を保険によって支払う制度であり、多額の医療費が家計を圧迫するリスクをヘッジするためのものである。それに対して民間生保の個人医療保険は、入院1日当たり5000円や1万円の給付金を支払うものがほとんどで、公的医療保険ではカバーできない差額ベッド代などの自己負担分を補ったり、入院によって収入が途絶えるリスクをヘッジするためのものである。貯蓄性はなく、掛け捨て型の定期保険が中心となる。
生き延びるリスク
医療保険が重要な理由は、死亡するリスクよりも「生き延びるリスク」のほうが高くなってきているからである。特に、介護が必要な高齢者にかかるコストは莫大な金額になる。
医療保険の意味
民間生保の医療保険には、ほとんどすべての入院に対して保険金が下りる総合医療保険と、がんや生活習慣病など限られた病気だけを保証する部分的な医療保険がある。
民間医療保険は仕組みが複雑だが、ポイントは以下の5つである。
- 1日当たりの保障金額:5000円、8000円、1万円など
- 給付金が支払われる日数:120日、180日、360日など。入退院を繰り返す場合は通算される。入院から再入院まで一定期間を経過すれば給付金が支払われる場合もある
- 保障期間:65歳まで、80歳まで、終身など
- 保険が適用される病名:三大疾病(がん、脳卒中、心筋梗塞)、女性特有の病気など
- その他:免責期間(通常、4〜5日間)、手術一時金、通院保険の有無など
こうした民間医療保険を選ぶ基準は、一般的に「1日当たりの入院給付金5000円、保障日数180日は必要」とされている。しかし、この程度の保障ならば「高い保険料を払って終身医療保険に入るよりも、十分な貯蓄を準備しておいた方がいい」といえる。
日本では、公的医療保険と民間生保の医療保険が完全に切り離されているため、十分なリスクヘッジ機能を持っていない。アメリカで試みられているマネージド・ケアなどでは、民間の保険会社が治療費の一部(場合によっては全額)を保障する代わりに、医療機関に対しても一定の権限を持つようになってきている。こうした試みについても、次回述べていく。
最後に
保険を構成する要素は、貯蓄性と保障性、保険料の支払い方、保険金(解約返戻金)の受け取り方、配当、解約返戻金、保険金の6つである。生命保険の保険料は予定利率(利差)、事故率(死差)、経費率(費差)によって決まる。民間医療保険のポイントは1日当たりの保障金額、給付金が支払われる日数、保障期間、保険が適用される病名、その他(免責期間など)の5つである。
次回は、不思議の国の保険会社 保険会社の仕組みについてまとめる。
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