living-forever

スティーブン・ケイヴ 死について私達が信じる4つの物語

「なぜ人間は避けられない死に抵抗するのでしょうか?」ケイヴは語りかける。ここでは、170万ビューを超える Stephen Cave のTED講演を訳し、死について複数の文明に共通する4つの物語を理解する。

要約

哲学者スティーブン・ケイヴの最初の問いは、不吉だけれど興味深いものです。「自分が死ぬと初めて気づいたのはいつか?」さらに面白い質問を続けます。「なぜ人間は避けられない死に抵抗するのか?」ケイヴは魅力あふれる話を通して、複数の文明に共通する4つの物語を検討します。それは、死の恐怖をコントロールするために私達が信じようとする物語なのです。

Philosopher Stephen Cave wants to know: Why is humanity so obsessed with living forever?

 

1 成長するにつれて死の捉え方は変わる

質問があります 「人はいつか死ぬ」と最初に気づいた時のことを 覚えている方はいますか?私は覚えています。まだ小さい頃で祖父が亡くなった直後でした。数日経って夜中にベッドの中で その出来事について考えていたのを覚えています。祖父の死にはどんな意味があるのか? どこへ行ってしまったのか? まるで現実にぽっかりと穴が開いて 飲み込まれたようでした。その一方で衝撃的な疑問がわいてきました。祖父と同じように自分もいつか死ぬんだろうか? 開いた穴に私も飲み込まれるのか? ベッドの下に その穴が開いて 寝ている間に飲み込まれないだろうか? 誰でも子どもの頃に死の存在に気づきます。気づき方は様々でも 段階があるのが普通です。成長するにつれて死の捉え方は変わります。記憶の中の暗い片隅を 探っていけば 誰だってそんな記憶があるでしょう。祖父が死んで「自分も死ぬ」と気づいた時に 私が感じたように 死の背後には 「無」が待っているという感覚の記憶です。

 

2 「自分もいつか死ぬ」と気づくことは私達の宿命

このような子どもの成長は 人類の進化を反映しています。人間は発達する過程で 自我や時間の捉え方が成熟して 自分がいつか死ぬことに 気づくようになります。同様に人類は進化する過程で 初期の人類が持っていた自我や時間の ― 捉え方が成熟して 「自分もいつか死ぬ」と 気づいたのです。これは私達の宿命です。人類が これほどまでに賢くなった代償です。私達は最悪の事態が いつか必ず起きると知りながら 生きていくしかありません。私達の将来や 希望や夢 自分の世界にも終わりがあります。それぞれが自分なりの黙示録の中で 生きているのです。

これは真の恐怖です。ゾッとします。だから誰もが逃げ道を探します。私の場合は母にたずねました。5才くらいの時です。死んだらどうなるかを 私がたずねるようになると 周りの大人は 気まずそうにキリスト教的な答えを返しました。典型的なイギリス人の答えです。一番よく耳にしたセリフは おじいちゃんが 「天国から見守ってくれる」 ― そして万が一私が死んだ時にも 天国に昇っていくというのです。これでは まるで死が 存在におけるエレベーターのようです。説得力に欠けます。私は昔 子ども向けのニュースをよく見ていました 当時は宇宙探査の時代です。ロケットが宇宙に向かって 飛んでいくのを いつも見ていました。でも亡き私の祖父や 死者に出会ったという宇宙飛行士は ゼロでした。それでも私は死が怖くて 存在のエレベーターに乗って 祖父に会いに行くと考える方が 寝ている間に 無に飲み込まれると思うよりずっとよかったのです。だから筋は通らなくても 信じるようになりました。

 

3 死の恐怖を与えるとキリストにすがるようになった

私が子どもの頃から 大人になるまで繰り返してきた – この思考の過程は 心理学で「バイアス」と呼ばれるものから 生じています。バイアスとは私達が犯しがちな 誤りの体系です。見込み違いや判断ミス – 現実を歪めることや希望的観測もそのせいです。死に関わるバイアスは 次の様に作用します。人は いつか死ぬという事実に直面すると それを否定する話を何でも信じてしまい 本当は永遠に 生きられると思い込みます。エレベーターの話でさえ信じてしまうのです。これはバイアスの中でも最大のものでしょう。400件以上の研究で 実証されていますから。研究方法は巧妙かつシンプルです。説明しましょう。

まず あらゆる面で 似通った人々を2グループに分けます。片方には 皆いつか死ぬことを伝え 他方には何も伝えず行動を比較します。こうすれば死を意識することで 行動にどんな影響があるかを観察できます。何度やっても結果は同じです。自分の死を意識したグループは 死から逃れて 永遠に生きられる話を 信じる傾向が強くなります。最近の研究を例にあげると 不可知論者 すなわち 特定の宗教的信条を 持たない人を2グループに分け 一方には自分が死んだ時のこと他方には – 孤独な時のことについて 考えてもらいます。その後 再び宗教的信条をたずねます。死後のことを考えたグループは 神とキリストへの信仰を表明した人が 2倍にのぼりました。2倍です。実験前は全員が不可知論者でした。でも死の恐怖を与えると キリストにすがるようになったのです。

 

4 バイアスの基礎となる「存在脅威管理理論」

死を考えると証拠の有無とは関係なく 信条にバイアスがかかることがわかりました。これは宗教だけでなく 不死を約束する信念体系なら どんなものにも作用します。後世に名を残すことや 子どもをもつこと – 大きな集団の一部として 生き続けることを約束する国家主義にまで作用します。これは人類の歴史の過程で 形作られてきたバイアスです。

これらの実験におけるバイアスの 基礎となる理論は 「存在脅威管理理論」と呼ばれます。発想は単純です。私達が培ってきた世界観 すなわち この世界や自分の居場所について 私達が語る物語とは 死の恐怖を コントロールするために存在します。不死の物語は 何千もの表現方法がありますが 一見 多様に見えても 実際には たった4つの 基本形式しかないと考えています。そして歴史の中で 基本形式は繰り返され時代ごとの言葉を反映して わずかな違いが生じているだけだと考えます。それでは不死の物語の 基本的な形式を紹介しましょう。あわせて不死の物語が 文化や世代ごとに 時代に応じた言葉で 語り直される様子を説明します。

 

5 永遠に生きる「不死」

1つ目の物語はとてもシンプルです。死を避けることを望み 自分の体のまま この世界で 生き続けるという夢が 最初の 最もシンプルな不死の物語です。信じられないかも知れませんが 実際 人類の歴史上ほとんど全ての文化に 不老不死の薬や 若さの泉といった 私達に永遠の命を与えるものの 神話や伝説が残されています。古代のエジプトや バビロン インドにもありました 欧州でも錬金術師の著書に記されています。今でも この物語は信じられていますが 科学の言葉を使って語られる点だけが 違います。だから 100年前に ホルモンが発見された時 – ホルモン治療で 老化や病気を治せると期待されたのです。今 期待されているのは幹細胞 遺伝子操作 – ナノ・テクノロジーです。ただ科学が死を止められるという発想は 不死の薬の物語に 新たな一章を加えるに過ぎず 文明と同じくらい長い歴史があるのです。一方 霊薬を見つけて永遠に生きるという発想に すべてをかけるのは 危険なことです。歴史を振り返ると 過去に不死の薬を求めた人々は 共通して 皆 死んでいるのです。

 

6 「復活」して生き返る

だから次の手が必要になります それにうってつけなのが2番目の不死の物語 – 「復活」です。その根底ある考え方とは 自分に身体があることです。私達が死すべき存在であっても 復活して生き返れるのです。キリストと同じです キリストは死後3日間 ― 墓の中にいてその後 復活をとげました。誰もが復活できるという考え方は キリスト教徒だけでなく ユダヤ教徒やイスラム教徒にも見られます。復活を信じる気持ちは あまりに深く根づいているので 科学の時代に合わせて 新たに語り直されています。例えば人体冷凍保存です。これは人の死後 身体を冷凍し テクノロジーが進歩してから解凍し 治療して復活させるのです。全知全能の神が復活させてくれると 信じる人がいる一方で 全知全能の科学者を信じる人もいるのです。

 

7 精神的な「魂」の不死

ただ 生き返って墓から出てくるという 発想自体が B級ゾンビ映画のようだと思う人もいます。そんな人達にとって身体は汚らわしく頼りないので 永遠の命を保障できそうにありません。だから3つ目のより精神的な不死の物語に 希望を託します。死後 身体を置き去りにして 「魂」が生き続けるという考え方です。この世の大部分の人が 魂の存在を信じており 多くの宗教で教義の中心です。ただ 魂という考え方が 今の形であれ 伝統的な形であれ 広く信じられているにもかかわらず デジタル時代に合った形で 語り直されています。例えば 身体を残して 精神 本質 本当の自分を コンピュータにアップロードし アバターとしてエーテルの中で生きるという考え方です。

 

8 後世に残す「遺産」

これには懐疑的な人もいます。科学的な根拠の中でも 神経科学を検討すると 精神や本質や 本当の自分は 身体の特定の部分 – つまり脳に存在するからです。そんな懐疑主義者達は 4つ目の不死の物語 – 後世に残す「遺産」に安らぎを見いだします。これは現世に 生きた証を残すという発想で ギリシャの偉大な戦士アキレスが トロイ戦争で命と引き換えに 不滅の栄誉を得ようとしたことに似ています。名誉の追求は現在も 広く受け入れられています。デジタル時代では名誉は得やすくなっています。偉大な戦士や王様や 英雄である必要はなく インターネットとネコの動画さえあればいいのです(笑) もっと具体的に 生物として 子孫を残したいと考える人もいます。あるいは 国家や家族 部族といった – より大きな集団の 遺伝子プールの一部として 生き続けることを望む人もいます。それにも懐疑的な人は 「遺産」を残すことが 本当に不死と呼べるか疑っています。ウディ・アレンの言葉です 「ぼくは国民の心の中に生き続けるより 自分のアパートで生き続けたい」

 

9 バイアスの原因は死への恐怖

これが基本となる – 4つの不死の物語です。次に これらの物語が 時代に合うように形を変えながら 各世代の人々に どう語り継がれてきたか説明しましょう。不死の物語が様々な信念体系で これほど似た形で繰り返されるのは 逆に言うと 私達が あらゆる不死の物語を 疑っているからでしょう。全知全能の神が 人間を復活させると信じる人がいる一方で 全知全能の科学者を信じる人もいるのは どちらにも確証がないことを 示しています。私達が不死の物語を信じるのは 確証があるからではなく バイアスのせいであり バイアスの原因は死への恐怖なのです。

ここには問題があります。たった一度の人生は死への恐怖と死の否定によって 定められているのか あるいは バイアスは克服できるのか? ギリシャの哲学者エピクロスは 克服は可能だと言っています。死の恐怖は自然な感情だが理性的なものではないと エピクロスは主張します。「私達にとって死は何ものでもない – なぜなら生きている間は死は私達のところに無いし 死が訪れた時には私達はいないからだ」 よく引用される言葉ですが 本当の意味で理解し納得するのは 難しいことです。死後を想像し難いからです。2,000年後 もう一人の哲学者 – ヴィトゲンシュタインはこう言っています 「死とは人生における出来事ではない。私達は死を経験するために生きる訳ではないからだ」 続けて こう言います 「その意味で生に終わりはない

 

10 人生を一冊の本のように捉えよう

子どもだった私が無に捕われるのを恐れたのは 自然なことではあっても 理性的ではありません。無に飲み込まれてしまえば その後のことは 経験できないからです。このバイアスが乗り越えにくいのは 死への恐怖が深く根付いているからです。それでも恐怖自体が理性的なものではなく 無意識のうちに 影響されていることを理解すれば 少なくともバイアスが 私達の人生に与える影響を 最小限にできるでしょう。

私は人生を一冊の本のように 捉えるとよいと思います。ちょうど本が表紙と裏表紙の 間にあるように 私達の人生も誕生と死の間にあります。本には始まりと終わりがありますが そこにあるのは遠くの風景や 異国の人々 幻想的な冒険です。本に始まりと終わりはあっても 登場人物にとって 終わりは見えません。登場人物は物語の中の瞬間だけを知っています。本を閉じていても同じです。だから登場人物は 最後のページに近づくのを恐れることはないのです。ジョン・シルバーも読者が 『宝島』を読み終えることを恐れたりしないのです。私達も そうあるべきです。皆さんの人生が 表紙や 始めと終わり誕生と死がある本だとします。知る事ができるのは その間にある ― 人生の瞬間だけで 表紙の外側にあるものを 怖がる意味などありません。それが誕生前だろうと 死後であろうと同じです。本の厚さを気にする必要も – 四コマ漫画か叙事詩かを気にする必要もありません。唯一大切なことは 自分が良い物語を作ることだけです。ありがとうございます(拍手)

 

最後に

「自分もいつか死ぬ」と気づくことは私達の宿命。成長するにつれて死の捉え方は変わる。死の恐怖を与えるとキリストにすがるようになった。バイアスの基礎となる「存在脅威管理理論」。バイアスの原因は死への恐怖。不死、復活、魂、遺産の4つの物語人生を一冊の本のように捉えよう。

和訳してくださったKazunori Akashi 氏、レビューしてくださった Tomoko Kanahara Tanaka 氏に感謝する(2013年7月)。

「死」を哲学する (双書 哲学塾)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>