前回は、ゲートウェイ経由でメールやWebアクセスするコア・ネットワーク技術についてまとめた。ここでは、OFDM、スケジューリング、MIMOといったLTEによる高速通信について解説する。
1 LTE(Long-Term Evolution)とは
LTE(Long-Term Evolution)とは、無線区間の高速化を図るための新しい携帯電話の規格である。その特徴は、①超高速、②遅延が小さい、③IPパケットベース、④周波数が柔軟という4つである。
- 超高速:最大の通信速度の要求条件は下りで100Mbps、上りで50Mbps。HSDPAの7倍以上である
- 遅延が小さい:5ミリ秒以内。HSDPAの半分以下
- IPパケットベース:パケット通信に特化。音声はVoIP(Voice over IP)方式でサポート
- 周波数が柔軟:1.4M、3M、5M、10M、15M、20MHzまで複数の周波数帯域幅をサポート。W-CDMAやHSDPAは5MHzに固定
ここでは、以下の3つのLTEの特徴的な無線通信技術を解説していく。
- OFDM:より高速に複数ユーザーのデータを多重する技術
- スケジューリング:ユーザーごとの電波状況を考慮して、少しでも高速に通信できるように交通整理する
- MIMO伝送:限られた周波数で高速に通信できるようにするために、送信側も受信側も複数アンテナを使う技術
2 高速になると干渉を抑えにくいCDMA
LTEにおいてOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)が使われるようになった理由は、パケット通信で高速伝送をしようとすると拡散率が小さくなり、干渉を抑えることが難しいからである。そのためLTEでは、CDMAとは異なるOFDMという方式を使うことにした。
3 遅延波に強いOFDM
OFDMには、高速通信で問題となる遅延波の影響に強い、パケット通信に用いる周波数・時間スロットを時々刻々変える制御がやりやすいといった利点がある。
まず前提として、遅延波の影響を小さくするためには、シンボル(ある固定長の送るべき情報ビットを変調した結果得られる無線信号の単位)の時間周期をなるべく大きくしたいが、高速伝送をするためにはシンボルの時間周期を短くしなければならないというジレンマがある。
そこでOFDMは、マルチキャリア化によってシンボルの周期を長くした。まず、送信する情報シンボル系列を直列・並列変換して、同時に送信するいくつかのシンボルのセットを生成する。同時送信するシンボルの数をLとする。次に、同時に送信する情報シンボルL個にそれぞれ周波数の異なるsin波(キャリア)をかけ合わせて送信する。キャリアとは情報シンボルを伝送する電波のことで、OFDMでは同時に周波数の異なった複数のキャリアを用いて通信をするのでマルチキャリアと呼ばれる。なお、OFDMでは異なる情報シンボルを送るキャリアの一つひとつをサブキャリアと呼ぶ。
4 積和処理でほしい情報だけを取り出せる
積和処理とは、受信信号と取り出したいシンボルに掛け合わされているsin波を乗算してから、乗算後の信号をシンボル周期に渡って総和を取り出すことである。受信側でそれぞれの情報シンボルを取り出すために行われる。
5 遅延波にはサイクリックプレフィックスで対処
次に遅延波がある場合には、OFDM信号にサイクリックプレフィックス(CP:cyclic prefix)という信号を付け足す処理を行う。これはでき上がったOFDM信号の終わりの一部分をコピーして先頭につけるという処理である。つけた信号がCPである。
つまりOFDMでは、まずマルチキャリア化によってシンボル周期を大きくし、さらにCPを付与することによって遅延波があっても干渉の生じない伝送を実現しているのである。
6 OFDM信号は逆フーリエ変換で作る
OFDM信号の生成と復調には、逆高速離散フーリエ変換(IFFT:Inverse Fast Fourier Transform)と高速離散フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)が用いられる。OFDMの送信機では逆フーリエ変換(IFFT)を使い、受信機ではフーリエ変換(FFT)を使うことで、効率よく計算できるのである。
また、平均的な送信電力(電力増幅器出力)の減少を防ぐために、LTEでは従来のシングルキャリア伝送を用いる。このためLTEの上りはSC(Single Carrier)-FDMAと呼ばれる。ただし、信号生成の方式は、OFDM とほとんど同じ仕組みを使っている。
7 3種類のサイクリックプレフィックスを使い分け
OFDMではオンラインゲームなどリアルタイム型アプリケーションをサポートできるようにするため、短いサブフレームという単位で信号をやりとりする。サブフレームは時間方向で見た送信信号の構造で、1つのパケットを送信する時間単位である。サブフレームの長さは1ミリ秒(ms)である。
OFDM、DFT-Spread OFDMで生成されるOFDMシンボルの時間長さとCPの長さは、なるべく高速な通信速度を実現できるよう3つの種類(オプション1、2、3)が定義されていて、通信環境に応じて切替えて使えるようになっている。
8 1ミリ秒単位できめ細かくスケジューリング
このように、これまでの回線交換型の通信とパケット通信では考え方に大きな違いがある。回線交換では個々の独立な道路(回線)の回線数と品質の確保が重要なのに対し、パケット交換では共有される広い道路(回線)の利用効率が重要なのである。この利用効率を上げるための機能が、パケットスケジューリングである。
パケットスケジューリングは、個々のユーザーが送るべきパケットが今どれくらいあるか、必要な通信速度や遅延時間はどれくらいか、各ユーザーの伝送状況がどうなっているかといった条件を総合的に考慮して、各ユーザーに時間・周波数のスロットを割り当てるものである。
LTEでは、スケジューラが1秒間に1000回(1ms)、180kHzごとにどの周波数を誰に割り当てるかを決めている。実際には、1msに含まれる14のOFDMシンボルのうち、先頭の1〜3のOFDMシンボルはスケジューラで、残りの11〜13のOFDMシンボルが実際のパケットデータの伝送に使われる。
9 スケジューリングの3つの方法
スケジューリングの方法は、時間や周波数によって受信電力が大きく変動するといったマルチパスフェージングへの考慮の仕方によって、大きく以下の3つに分けられる。
- ラウンドロビン:フェージング状態を気にしないで、3ユーザーに順番にリソースブロックを割り当てる方法。誤りなく伝送できる通信速度(スループット)は下がる
- 最大CIR法:最も受信信号電力の大きいユーザーにリソースブロックを割り当てる方法。ユーザー間の公平性は満たされない
- プロポーショナルフェアスケジューリング法:それぞれのリソースブロックで各ユーザーのその瞬間の受信信号電力と平均的な受信信号電力の比を計算して、最大のユーザーにリソースブロックを割り当てる方法(マルチユーザーダイバーシティ)
10 1ミリ秒、180kHzごとにユーザを割り当てる
リソースブロックは周波数の幅が180kHzごと、時間の幅が1msの単位で、誰に割り当てているかを表す。上りはシングルキャリアの制限があるためあるユーザーに割り当てるリソースブロックは必ず連続したものに限られるが、下りはリソースブロックが連続しなくても存在できる。
11 無線基地局がスケジューリングを担当
これらのスケジューリングは無線基地局で行う。これまで述べたようなフェージング状態を考慮したスケジューリングをするためには、基地局が全ユーザーのフェージング状態をあらかじめ知っていなければならない。
下りのスケジューリングのためにユーザー端末は、下りで観測されるリソースブロックごとのフェージング状態を下りの試験信号(リファレンスシグナル)を使って測定し、定期的に基地局にフィードバックしている。このフィードバック信号はCQI(Channel Quality Indicator)と呼ばれる。一方、上りのスケジューリングのために各ユーザーの端末は、定期的にリファレンスシグナルを送信する。
12 音声は半固定的にスケジューリング
また、LTEではVoIPのパケットのように周期的に(VoIPは20ms間隔)に小さなパケットが発生するようなユーザーに対しては、半固定的なスケジューリングを併用できるようにしている。この場合はフェージングを考慮していないのでフェージングのいいとこ取りの効果はないが、毎回制御情報を送る必要がない。
このように、LTEではいろいろなサービスや通信状況に効率良く対応するように2つのスケジューリング法を切り替えられるように準備しているのである。
13 たくさんのアンテナを使って通信速度を上げる
LTEの目標最大通信速度(下り100Mbps)を実現させるための工夫がMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)である。MIMOとは、無線基地局とユーザー端末の双方で複数のアンテナを用意して無線伝送するものである。フェージング自体を利用し、送信と受信で2本ずつアンテナを使うことで通信速度を2倍にできるのである。
なお、LTEでは送信も受信もアンテナ数はともに最大4である。送信帯域幅は最大の20MHzで、最も効率の良い変調方式「64QAM」(後述)を用いると、1Hz当たり6ビットを伝送できる。4つのアンテナを使うMIMOと組み合わせると4(本)×6(ビット)×20M(Hz)=480Mbpsとなる。実際は伝送効率の劣化により、約300MbpsがLTEで実現できる最大の通信速度になる。
14 受信電力をアップするプリコーディング
LTEのMIMO伝送では、プリコーディングというフェージング状態を考慮した送信側での制御を行うことによって、MIMO伝送の利益をさらに増大している。プリコーディングとは、アンテナから送出する前の送信信号にある重みを乗算することである。プリコーディングをすると受信信号の電力を大きくすることができる。
実際のLTEでは、プリコーディングの重みはいくつかのパターンがあらかじめ仕様で決められており、受信者であるユーザー端末は自分で観測した時々刻々変動するフェージング状態から最も良いプリコーディングパターンを選んでいる。プリコーディングパターンのフィードバック信号は、PMI(Precoding Matrix Indicator)と呼ばれている。
15 電力よりも変調方式などを調整してより高速に
そのほかのLTEとW-CDMA、HSDPAの違いとして、電力制御ではなく変調方式によって伝送品質を維持していることが挙げられる。LTEでは、適応変復調誤り訂正符号化(AMC:Adaptive modulation and Channel coding)という方式を用いて、フェージングが落ち込んでも誤りにくい低速の変調法とFECの組み合わせを用いるようにしている。逆にフェージング状態が良い場合は、雑音に弱いが通信速度の速い変調方式とFECの組み合わせを用いる。
AMCの仕組みは、基地局の距離に応じて変調方式と符号化率を変えていることである。基地局に近いユーザーは伝搬路状態が良いので多値変調と高符号化率を用いて高速伝送にし、遠いユーザーは変調多値数と符号化率を小さくし、高信頼度の低速伝送を行う。
16 最大300Mbps、同時通話数は3倍以上に
13のMIMOのところで述べたように、LTEの最大通信速度は下りで300Mbpsである。システム容量も下りでHSDPAの3倍以上、上りでHSUPAの2倍以上になっている。
さらに、LTEでは音声伝送にVoIPを使っているが、同時に通話できるユーザー数を増やしている。セル半径が500mのときの同時通話ユーザー数は、W-CDMAが70程度だがLTEは240程度と格段に向上しているのである。
最後に
OFDM、スケジューリング、MIMOといったLTEによる高速通信についてまとめた。
LTE(Long-Term Evolution)とは、無線区間の高速化を図るための新しい携帯電話の規格である。超高速、遅延が小さい、IPパケットベース、周波数が柔軟という4つの特徴を持つ。OFDMはより高速に複数ユーザーのデータを多重する技術、スケジューリングはユーザーごとの電波状況を考慮して、少しでも高速に通信できるように交通整理する技術、そしてMIMO伝送は限られた周波数で高速に通信できるようにするために、送信側も受信側も複数アンテナを使う技術である。
次回は、国際ローミング、FMC、位置情報、番号ポータビリティといった付加機能について解説する
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