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チップ・コンリー 「人生に意味を与えるものをどう測るか」

「国内総生産は国のすべてを端的に表す。人生に価値を与えるもの以外すべてを」ロバート・ケネディは演説でこう語りかけた。ここでは、100万ビューを超える Chip Conley のTED講演を訳し、「何を測るか」に焦点を当てることの重要性を考える。

要約

ITバブル崩壊後、ホテル経営者チップ・コンリーは幸せを基準にしたビジネスモデルを模索し始める。従業員との古い友情と仏教国の王の英知を通し学んだのは、成功には何を「測る」かが大切だということだった。

Chip Conley creates joyful hotels, where he hopes his employees, customers and investors alike can realize their full potential. His books share that philosophy with the wider world.

 

1 「何を」測るかが肝心

21世紀のリーダーシップにおける 真実について話しましょう。 今世紀、考えるべきことですが― 皆さん、思い出してみてください。 小学校時代に 「測る」ことを習いましたね。今の私達が考えるべきことは 「何を」測るか。それが肝心なのです

 

2 ビビアンにとって大切なことは同僚や客との心の交流

はじめに紹介したいのが ヴァン・クアッシュです。 86年にベトナムからアメリカに移民し ビビアンと改名しました。 アメリカに溶け込みたかったのです。 サンフランシスコ市内の小さなホテルで メイドとして働き始めました。 それから3ヵ月後に 私がそのホテルを買い取ったので ビビアンとの付き合いは23年になります。

私は26歳の若さと理想主義を胸に 1987年 ジョワ・ド・ヴィーヴルという会社を設立。 呼びづらい名前ですが 「生きる喜び」を創り出したかった。 最初に買ったこのホテルは 時間貸しのラブホテル。 サンフランシスコの街中にありました。 ビビアンを見ていて気づいたのです。 彼女は自分の仕事に 「生きる喜び」を感じている。 不思議に思いました。 どうしたら、トイレ掃除の仕事に 喜びを見出せるのだろうか? そのうち、わかったのです。 喜びを感じる理由はそこではなかった。 ビビアンの目標、使命は トイレ磨きで世界一になることではなく 彼女にとって本当に大切だったのは 同僚達や滞在客との心の交流でした。見知らぬ土地に滞在する人々の 助けとなっているという事実が 仕事に意義を与えていたのです。 彼女自身も異国で暮らしていましたから。

 

3 「うちはサンフランシスコの会社です」

もう20年前ですが ビビアンから学んだことが 過去数年の不景気の中 私を救ってくれたのです。9.11テロとITバブル崩壊によって サンフランシスコとベイエリアのホテルの収益は 業界の歴史に例を見ないほど 激減しました。ベイエリア最大規模のホテル経営をしていたうちは 特に大変な打撃を受けました。 そのうえ、ちょうどその頃 アメリカ人がフレンチ・フライを食べなくなった。 実際は食べていましたが。 「フリーダム・フライ」と呼んでね。フランス製品のボイコットも始まった。うちの会社の名前はフランス語。 手紙がくるようになりました。 アラバマとか、オレンジカウンティーから。うちのホテルをボイコットするというのです。フランスの会社だと思っていたんですね。なので、返事を書いた。 『うちはサンフランシスコの会社です』 返事は一言、『なお悪い』(笑)

 

4 マズローの欲求階層説

そんなある日 落ち込んで、「生きる喜び」も感じられず オフィスの近くの本屋に立ち寄って 最初は、ビジネス本コーナーにいました。 仕事の解決策を探していたので。 だが、混乱した頭で気がつけば 自己啓発本のコーナーにいた。 そこで再会したのが マズローの欲求階層説でした。 大学で一度だけ心理学の授業をとり アブラハム・マズローについて学んだ。 彼の欲求階層説は有名ですね。 その日の午後、本屋で4時間座り込み マズローを読みふけったのですが そこに書かれていたのは リーダーシップにおける真実でした。 ビジネスでは見落としがちですが こんなシンプルな事実がある。私たちは皆、人間だということ。仕事での役職にかかわらず 働く人の一人一人に 欲求階層があるのです

 

5 自己変革欲求階層

マズローの本を何冊も読んでいて 知ったのですが 後年、彼は欲求階層説を 個人レベルから集団レベルへと 当てはめていこうとしていた。 組織、特にビジネス関係に。 残念なことに早世したため、 最後まで夢を叶えることは至らなかった。 マズローの遺志を継ぐこと それが自分の役目だと思ったのです。 今から数年前のことでした。マズローの欲求階層に従い考案したのが 自己変革欲求階層。生存、成功、自己変革の3段階がある。ビジネスだけでなく、人生全般の基本です。そして自分の会社を見直してみました。 私たちはどのように 要となる社員たちのより高度な欲求 自己変革欲求に応えられているだろうか。 自己変革欲求階層の3段階は マズローの欲求階層の5段階と 呼応しています。

 

6 欲求の高度さと忠誠心は比例する

だが、社員と顧客の自己変革欲求について 自社を見直す中で困ったのは はっきりとした測定基準がないのです。 物差しとなるものがまったくない。 そこでまた自問自答です。 あからさま過ぎず 社員が仕事に感じる意義や 顧客と我々の心のつながりを 測れる基準は何だろうか? そこで、社員たちに聞いてみました。 会社の理念を知っているか? その理念を信じているか? 自分の仕事は理念の実現に 貢献していると感じられるか? そして、顧客にも聞いてみました。 我々との心のつながりを感じるかどうか 7つの例を挙げて。 すると、素晴らしい結果が出ました。より高度な欲求に目を向けることで より強い忠誠心が得られたのです。リピーター率が飛躍的に上がり 離職者率が業界平均の 3分の1に下がりました。 IT業界が不振に苦しんだ5年間で 我が社は3倍のビジネス拡張。

 

7 「測れる」ものは欲求階層の最下層

当時、他のビジネスリーダーたちに会うと どのように不況を切り抜けているか聞いていました。 彼らの多くは 「測れる」ものだけに目を向けていた。「測れる」ものとは、目に見えるもの つまりは欲求階層の最下層。階層の上の目に見えない部分には 気づいてもいなかったのです。 目に見えないものの大切さを伝えるには どうしたらいいか考えました。 リーダー達が「測れる」ものだけを管理し 目に見えるもののことしか考えなかったら 欲求階層の上部は無視されてしまう。

 

8 大切なものを測る基準がわからない

そこでいろいろと調べてみたところ ある研究結果を見つけた。 世界のビジネスリーダーの 94%が ビジネスにおいて目に見えないものが大切だと考えている。 たとえば、知的財産や 会社の文化、ブランドへの忠誠心。 だが、そのうちのたった5%しか それを「測る」術を持っていなかったのです。 つまり、私たちリーダーは 目に見えないものの大切さを知っているが それを測る基準がわからないのです。 アインシュタインは言いました。 『「測れる」ものだけが大切なのではないし 大切だが「測れない」ものもある』 アインシュタインに反論したくはないが 人生やビジネスにおいて もっとも大切なものが 「測れない」のだとすれば 私たちの人生の基準はいつも 平凡なものになってしまうのだろうか?

 

9 1週間休んでブータンを訪れた

そんな疑問に突き動かされ 一週間CEOを休業し ヒマラヤ山頂に旅をしました。 何世紀も謎に包まれた場所 シャングリラとも呼ばれる場所です。 欲求階層の最下層の状態から 自己変革を成し遂げ 世界の国の模範となった。訪れたのはブータンです。まだ十代の国王は興味深い人物だった。 1972年のことで 彼は2日前に父を亡くし 王位を継いだばかりだった。 17歳の彼が抱く疑問は 初々しさの残るものでした。

 

10 「考えるべきなのは国の幸福量でないのですか?」

王座についてまもなく 訪問したインドで インド人記者に質問されたのが ブータンの国内総生産が どれだけかということでした。その時の国王の答えが 40年後の私たちを変えたのです。『どうしてそんなに 国の生産量にこだわるのですか? それよりも考えるべきなのは 国の幸福量ではないのですか?』つまり、国王が提唱していたのは 成功の新たな定義。今ではこう呼ばれています。GNH(国民総幸福量)。 当時はほとんどの国が関心を持たなかったか 単に「仏教的経済思考」だと考えた。 だが、国王は真剣だった。 それは歴史的瞬間でした。 200年間で初めて 一国の指導者が 目に見えない幸せについて 発言した―― 200年前の例は トーマス・ジェファーソンのアメリカ独立宣言ですが その200年後 ブータン国王が主張したのは 政府は目に見えない幸せを 重んじるべきではないのか ということでした。

その後、36年間 国王は実際に国の幸福量を測り 管理し始めたのです。 そして近年ではブータンを 絶対王政から立憲君主制に移行しました。 血はまったく流さずに。ご存知かもしれませんが、ブータンは たった2年前に民主主義国になったばかり。

 

11 「幸福の住処をつくる」

GNH運動のリーダーたちと出会う中で 私はだんだん理解を深めました。 元国王の総理大臣と話す機会もあり ディナーの席で 生意気な質問をした。『いつかは消えてしまう幸福のようなものを どうやって生産し、測れるというのですか?』 賢明な総理は答えました。『わが国の目標は幸福を生産することではなく 幸福が起こりやすい環境を生み出すこと。つまりは幸福の住処をつくるのです』 非常に面白い考えです。 科学的な分析が行われているそうで 4つの必須事項と 9つの主要指標 72の測定基準を使い GNHを測っているのだそうです。主要指標のうちの1つは、一日の時間の使い方について 国民はどう感じているか。いい質問ですね。 皆さんはどう感じていますか? 現代社会において 時間は希少な資源です。それなのに 目に見えない「時間」というデータは 国内総生産の計算には含まれない

 

12 感情方程式(感謝の心/満足感)

ヒマラヤでの一週間を経て 私が考え出したのは 「感情方程式」でした。基になったのは昔に読んだ本で ハイマン・シャハテルというラビが著者ですが ご存知の方はいますか? 54年に書いた『生きる喜び』という本に書いた。 幸せは欲しいものを手に入れることではなく すでに手にしているもので 満足すること。つまり、ブータンの人々にとって幸福とは 手にしているものに満足すること つまり感謝の心を分子にし、欲しいものを手に入れること つまり満足感を分母としている。 彼らはいつも足りないもののことばかり考えて 自分を追い立てたりはしないのです。 宗教観、外界との隔離、 自国文化への深い尊敬の念 そして今のGNH運動の理念。すべてが、彼らの手にしている物への 感謝の心を育んだのです。観客の皆様の中で何人の人が この方程式の分母のことばかり 考えて過ごしているでしょう? 私たちは「お尻の大きい」文化に生きている。いろんな意味でね(笑)。事実、西洋文化では 「幸福の追求」によく焦点が当てられる。まるで幸福とは追いかけて 捕まえなくてはならないもののように。辞書で引いてみると 「追求」の定義は 『敵意を持って追うこと』。私たちは敵意を持って幸福を追っているのでしょうか?

 

13 フランスの「生きる喜び指標」

さて、ブータンの話に戻りますが、ブータンの北側と南側の国の人口を合わせると 世界の38%にもなる。 この国が 古い業界のベンチャー企業のように 21世紀の中国とインドの 中流階級を変えていく きっかけになるかもしれない。 事実、ブータンは重要なものを世界に広めました。 幸福を測る新しい世界通貨です。今では40カ国が 自国のGNHを研究しています。ご存知かもしれませんが、去年の秋に フランスのサルコジ大統領が 2人のノーベル賞経済学者による フランス人の健康と幸福についての 1年半の研究結果を発表しました。サルコジが提唱したのは 世界の指導者たちは 国内総生産だけを気にするのではなく 新しい指標を考え出すべきだということ。 フランスでは「生きる喜び指標」と呼ばれています。わが社と同じ。ブランド提携のチャンスだ。

 

14 「国内総生産は的外れの測定基準だ」

そして、たった3日前のことですが、 TEDで、デビッド・キャメロンが同時放送トークを行った。次期英国首相候補といわれる人ですが 彼が、私の大好きな演説を引用していた。1968年のロバート・ケネディーの演説で 私たちは目先のことにとらわれてばかりだ、 国内総生産は的外れの測定基準だ という部分でした。 世の中が変わってきているように感じます。

 

15 子どもの健康状態や官僚の人間性は含まれない

ロバート・ケネディーの言葉を基にして ちょっとバランスシートを作ってみました。ケネディーが演説の中で言及したものを 集めてあります。国内総生産を測る基準には 大気汚染から森林破壊まで含まれる。だが、子どもの健康状態や 官僚の人間性は含まれない。この二つの表を見て、思いませんか?今の私たちに必要なのは 新しい測定基準なのではないか 人生で大切なものは何なのか 考え始めるべきではないのかと?

 

16 「国内総生産は国のすべてを端的に表す。人生に価値を与えるもの以外のすべてを」

ケネディーは演説の最後に言いました。『国内総生産は国のすべてを端的に表す。人生に価値を与えるもの以外のすべてを』まったくです。では、どうしたらいいのでしょう? たとえば、ひとつできることがある。 今から10年間、この国でだけでもいい。 今は国勢調査の時期ですが いったい何故こんなものがあるのか。 100億ドルも費やして 単純明快な質問を10個。それだけ。 どれも目に見えるものに関する質問です。人口統計について。 どこに、何名の人間が住んでいるのか。持ち家か賃貸か。その程度の質問です。意味のあること 大切なことについては聞かない。目に見えないものについての質問がない。

 

17 「金槌しか道具を持っていなければ すべてが釘に見えてくる」

マズローはかつて言いました。皆さんも、聞いたことがあるかもしれない。『金槌しか道具を持っていなければ すべてが釘に見えてくる』 持っている「ブツ」に騙されてきた。下品な言い方ですが(笑)。「道具」に騙されてきたのです。 国内総生産が「金槌」で 19世紀、20世紀の産業発達の視点から見た 成功のモデルが「釘」だった。しかし、今日の世界の総生産量の 64%を占めるのが 目に見えないもの、すなわちサービス。私の働く業界です。目に見えるものはたった36%。製造業や農業です。もっと大きな道具箱が必要なのです。その道具箱を使えば 簡単に測れる目に見えるものだけでなく 私たちがもっとも大切にしているもの 目に見えないものを測れるのです。

 

18 リーダーは製造単位の質を変えることができる

私は毛色の違うCEOだと思います。 経済学専攻の学生だった時もそうでした。 経済学者は何を測る際にも 目に見える製造、消費単位を用いると学んだ。 まるでその「単位」が どれも同じであるかのように。 そんなはずはないのです。 考えるべきなのは、私たちリーダーは 製造単位の質を変えることができる。そのためには社員たちが 使命感を感じられる環境を 生み出すのです。たとえば、ビビアンの場合 彼女にとっての製造単位は 目に見える「時給」ではなかった。それよりも、その1時間の間にお客のために 何ができるかが大切だった。

 

19 やる気のある社員は利益をもたらしてくれる

彼はデーブ・アリンデール。 ビビアンの働くホテルの常連です。 過去20年間で 何百回も滞在しています。 デーブがホテルの常連となったのは ビビアンを初めとする従業員たちが 彼の「幸福の住処」を創り上げたからです。 デーブが私に言ったのは 「ビビアンたちがいるおかげで ここでは心から寛げる」。なぜビジネスにおいて リーダーや投資家たちは 気づかないのでしょう。 目に見えない社員の幸せを 生み出すことによって 目に見える金銭的な利益も 生み出されるということに。 社員のやる気と会社の利益は 二者択一ではなく 両方を手に入れることが可能なのです。実際、やる気のある社員は 利益をもたらしてくれるものでしょう

 

20 「あなたは今日から何を測り始めますか?」

思うに、 今、世界が必要としているのは 何を「測る」べきかをわかっている 政治、ビジネスのリーダーなのです。我々には数字が必要です。 そして人も必要です。人を本当に大切にするために数字を使うこと それが一番重要なことなのです。私は一モーテルのメイドと 一国の王からそれを学びました。あなたは今日から 何を測り始めますか?ビジネスにおいてもそうでなくても、あなたの人生に意味を与えているものは 何だと思いますか? ありがとうございました。

 

最後に

あなたが必要最低限の衣食住を手に入れたならば、それ以上の時間はあなたの好きに使ってください。そのうち「幸福の住処」に出逢えますよ。

和訳してくださった Kana Sasayama 氏、レビューしてくださった SHIGERU MASUKAWA 氏に感謝する(2010年6月)。

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